湖の古城8(アシュレン目線)
本日二話目です
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夕食後、母の目が机に並べた瓶に釘付けになった。
義姉はカリンが眠くなったので寝室に行き、今は兄と母、俺とライラの四人がリビングで寛いでいる。
「どうしたの、これ?」
「ライラの収穫です」
「いえ、私だけではとてもではないですが採取できませんでした」
慌てて首を振るライラに、見つけた経緯を話すよう促すと、戸惑いながらも説明を始めた。
どうもライラは自分の研究結果を口に出すのを躊躇うところがある。報告を人に任せるのは以前の習慣だろうか。
今も時々、自分が話して良いのかと、不安な視線をこちらに向けてくる。俺は琥珀色の酒をグラスに注ぎその視線に気づかないふりをした。
酒を割るのに使う水はあえて湖の水にした。
なに、飲み過ぎなければ特に問題ない。
それにライラの説明は簡潔で分かりやすく、俺がグラス一杯空ける間に終わったようだ。
母が若い娘のように瞳を輝かせ瓶を手に取り始めると、ライラの興味は俺の前にあるグラスに移った。
「水によってお茶の味が変わりますが、お酒もそうですか?」
「ああ、試しに飲み比べてみるか? 普段の水の方が甘さが引き立ち口当たりがまろやかで飲みやすい。対して湖の水は味の深みが増し、酒の風味が強くなる」
言いながら新しいグラスに酒を注ぐ。
そこでふと思った。
「ライラ、酒はいける口か?」
「さあ、飲んだことがないから分かりません」
「そうか、では薄くしておこう。全部飲まなくていいからな」
俺が飲んでいた酒の半分ぐらいの濃さで作った二種類の酒をライラの前に置く。ライラはそれを手に取ると、天井からぶら下がるシャンデリアの灯りに酒を照らし物珍しそうに眺めたあと、ゆっくりと口に含んだ。
舌の上で味を楽しんだ後、喉が小さくコクリと音を立てた。同じように違う方のグラスも口に運ぶ。
「本当ですね。味が違います! どちらも美味しいです」
「そうか、気に入ったなら良かった。だが飲み過ぎるなよ」
「はい」
ライラは湖の水が入ったグラスを再び口に運ぶ。美味しそうに飲んでいるから、酒には強いのかも知れない。
そのあとは母に捕まり、俺の口からも話を聞きたいと根掘り葉掘り聞かれた。質問が藻と水草以外に飛ぶことも多く、何故ライラと一緒に行くことになったかをしつこく聞かれたことにはうんざりした。
ふとライラを見ると、ソファではなく床の上にペタンと座り、体を前後させている。
うん、もしかして……
「ライラ、大丈夫か?」
「ふぁい? あっ、アシュレンしゃまだ」
とろりとした瞳に空のグラス。もしかして、と机を見ればもう一つのグラスも空になっていた。
「酔っぱらっているのか?」
「いいえ〜。だいじょーぶですよ」
コテンと小首を傾げる様は可愛いが、赤い頬をして口調が怪しい。
絶対大丈夫じゃない。
「えーと、気持ち悪くはなさそうだな」
「はい! ふわふわして楽しいです」
そうか、楽しいか。これはダメだな。
「立てるか? 母上、俺はライラを部屋まで連れて行きます」
「あらあら、酔っ払ってしまったのね。アシュレン、どれだけ飲ませたの?」
「種類の違う水で薄めた酒を二杯。全部飲まなくていいと言ったのですが」
「飲んじゃったのね」
困ったわね、と眉を下げながらも面白がっているのは分かる。ま、それは俺も同じことだが。
ただ、幼女のように無防備に笑う姿を俺以外に見せたくないとも思う。
「いくぞ、肩を貸そうか?」
「はーい」
甘えた声を出しながら、俺の腕にしがみつく。
母と兄の生暖かい視線が背に突き刺さり、振り返らなくてもニマニマとした笑みが目に浮かぶ。
ライラの部屋は二階、別荘はそれほど広くないのですぐに辿り着けると思ったのだが。
「アシュレンさまぁ、そっちじゃありません」
二階の廊下に足を踏み出すと、そっちじゃないとさらに階段を上がろうとする。そうか、ライラは昨日屋根裏部屋で寝ていたんだ。
どっちでもいいか、と引っ張られるまま屋根裏部屋に向かい、背を屈め小さな扉を潜ってライラをマットレスまで運ぶ。うん、もし寝相悪く転がっても、こっちの方が安全だな。
あとは布団を上から掛けて俺の仕事は終わり。
ちょっと名残惜しいけれど、一応紳士なので。
そう思っていたら、ライラが少し上半身を起こして俺の首に手を回してきた。
「アシュレンさまもゴロンってしましょう。星がきれーですよ」
不安定な体勢で首を押さえられ、バランスを崩した俺はそのままマットレスに横たわった。すぐ目の前にトロリとした瞳に頬を赤くしたライラが笑っている。
これはまずい、と思うも、ライラは無邪気に三角屋根の傾斜につけられた窓を指差す。フフフっと何が面白いのか笑いながら、星座の話をし始めた。悪いがまったく頭に入ってこない。
「昨日、このほしを見て、アシュレンさまといっしょにみたいなと、思ったのでしゅ」
その言葉に頬にかぁっと熱が集まる。
昨日の夜、星を見ながら俺を思い出してくれたのか。
思わず手を伸ばし頬に触れれば、冷たくて気持ちいいのか擦り寄ってくる。
コロコロ、ふわふわ笑いながら戯れるように甘えられ。
これはいったい何の試練なんだ。
酔ってなければ確実に誘われているんだろうが、無防備な笑顔にそれ以上踏み込んではと、なけなしの理性をかき集める。
ライラは婚約者と別れてまだ数ヶ月。
今日だって婚約者の話になると暗い顔をしていたし、心の傷はまだ癒えていないだろう。
「ライラ、お休み」
旋毛に唇を落とすぐらいは許されるだろう。
甘い匂いの誘惑に何とか打ち勝ち、布団を掛けると「おやすみならい」と舌ったらずの言葉が返ってきた。
やれやれ、と階段を降りると一番下で兄が座って降りてくる俺を見上げている。
「どうしたのですか?」
「帰りが遅いから母上に様子を見てこいと言われたが、兄としてはどうすべきかとここで悩んでいた」
「ちゃんと寝させてきましたよ」
「指一本触れずにか?」
うぐっと、言葉に詰まった俺に「内緒にしといてやる」とニマリと笑ったその顔を見て、腹黒は遺伝だと悟った。
久々のアシュレン目線です。今ラスト付近まで書いております。五十話弱になる予定です。一話2,000文字程度なので、もう暫く一日二話のペースで投稿します。
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