湖の古城7
「なんだか楽しそうですよ」
「ライラもだろう」
ま、そうなんですけれど。
私はリュックをゴソゴソ漁ると、瓶を六個取り出した。その数にアシュレン様が呆れるように眉を下げる。
「やけに大きなリュックだと思っていたが、それが大半を占めていたのか」
「あとは水筒とお昼ご飯です。あっ、傷薬と虫除けも入っていますよ」
「予想より偏ったラインナップだった」
そうですか?
現地調査とか、したことがないからよく分からないんですよね。
「では、水だけ、藻だけ、水草だけをそれぞれ二本お願いします」
「分かった」
アシュレン様は袖を捲ると底に生えている水草を引き抜き、くるくると丸めて強引に瓶に詰める。その間に私は水と縁に生えた藻を採取した。
古城から出て船に再び乗り込みながら、私はご機嫌だ。
「結局、お姫様には会えなかったですね」
「ま、姫が美人とは限らないしな」
選ぶ側なんですね。ま、お綺麗な顔してますから。
「好みじゃなかったら、助けずに立ち去りそうですね」
「待て、お前の中でいったい俺はどれだけ非道なんだ」
眉間に皺を寄せ睨むその顔を、ニコリと笑って躱す。うーん、私も随分逞しくなったものだ。
「サンプルからどんな結果が出るか楽しみですね」
「そうだな、帰ったら母上に報告するか。明日にでも自分も行くと言うだろうな。ついでにもう少し採取してきて貰おう」
「そうですね。もっと瓶を持って来れば良かったです」
もう一つ鞄を用意すればよかったと今更ながら後悔する。
「気にするな。ここは王都から三時間、早馬ならその半分。いつでも来れる」
「アシュレン様達は現地調査によく行かれるのですか?」
「そうだな。冬は少ないが、春から秋にかけては出かけることもある。ジルギスタ国では現地に行かないのか?」
「はい。何度か頼んだことがあるのですが、代理の者を行かせるから、と言われてしまいました」
「行って見たからこそ分かることもあるのに。ライラの代わりをできる者などそうそういないだろう」
私の代わりがいるかはさておき、今回みたいに行って初めて発見することもある。やっぱり現地に行く必要はあると思った。
「ライラの元婚約者をあまり悪く言いたくないが、研究者としては失格だな」
「そうですね。そこは否定しません」
支えなさい、と言われ私なりに頑張ってきたけれど、今ではその価値もない人だったと思っている。
「役に立とうと頑張っていたのですが、利用されただけでした」
情けないなぁ。
薄々カーター様の気持ちや考えには気づいていた。
でも、頑張ればいつか認めてくれると信じていた結果がこれだ。
動き出したボートが湖面を小さく波立たせる。パシャリ、とオールが水面を打つ音を聞きながら、私はその波をぼんやりと見ていた。
「……そいつのこと、まだ好きなのか?」
「えっ?」
思いもよらない質問に顔を上げれば、真剣な顔をしたアシュレン様がいた。いつもは冷たくさえ見えるライトブルーの瞳に、ゆらりと熱が篭ってる。
「……どうでしょうか」
今となっては好きだったのかさえ分からない。
恋焦がれたことも、嫉妬に狂ったこともない。
ただ、アイシャと比べられ惨めで悲しかった。
二人は今頃どうしているのだろう。
お父様達は私が居なくなって少しは寂しがっているのかな。
この国に来てから毎日が楽しくて、ジルギスタ国のことを思い出すことはほとんどない。
薬草研究所がどうなっているか気にならない訳ではないけれど、正直、私にはもう関係のないこと。冷たいかも知れないけれど、未練もないし、二度と関わり合いたくない。
「そうか」
低い声でそれだけ言うと、アシュレン様はもう何も聞いてこない。私も自分から話すつもりはないので、これでこの話は終わりにしよう。
なんだかせっかく楽しかった気持ちが萎んでしまったのが悔しくて、私は敢えて明るい声を出す。
「アシュレン様、お腹すきませんか? サンドイッチと紅茶があります」
「でもそれはライラの分だろう?」
「少し多めに作って貰いました。湖の上でピクニックなんて素敵じゃないですか」
潰れないよう鞄の一番上に置いていたサンドイッチを取り出す。布に包まれたそれを解き一つをさしだすと、アシュレン様はオールをボートの縁にかけて受け取ってくれた。
「ありがとう」
「冷めていますが紅茶もあります。私と同じカップで良いですか?」
「……ライラが嫌じゃ無ければ」
躊躇う気持ちはあるけれど嫌じゃない。私は水筒の蓋に紅茶を注ぐとそれもアシュレン様に手渡す。
青い空に湖面を吹く風が気持ちいい。それにリュックには予想外のサンプルも。うん、やっぱり今日は嬉しい日だ。
「来てよかったです。楽しかった」
「それならいい。明日帰る予定だが、もう少し長居してもいいぞ」
「アシュレン様はどうされるのですか?」
「多分、母に古城を案内しろと言われる。俺はもう少しここに滞在するつもりだ」
侯爵様達は一週間滞在するけれど、私達は明日、帰る予定だった。もう少しここにいたい気もするけれど、さすがにそれは図々しいというもの。
「私が馬車を使って先に帰っても問題ありませんか?」
「母上の馬車で帰るから大丈夫だ」
「でしたら、予定通り明日帰ります」
「分かった。でも採取したサンプルを調べるのは休暇明けだ。ライラは休みなのにすぐ仕事をしようとするからな」
「はい、分かりました」
思いっきり釘を刺されてしまった。休みのうちに調べたかったのだけどな。
今日も二話投稿します!
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