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湖の古城5

本日一話目

 

 玄関扉はもちろん鍵がかかっていてピクリともしなかった。風雨でサビたのか持ち手そのものが動かない。さて、どうしましょう。窓を割ってもいいかしら?


「とりあえず中に入るか」


 アシュレン様はサラリとそう言うと、勢いよく足を上げ扉を蹴破った。さびた蝶番は強度が弱まっていたのか、足の威力がすごいのか、一蹴りでそれは内側にパタリと倒れた。


「……言い出しっぺの私が言うのも何ですが、良いのですか?」

「言っただろう。ここはナトゥリ侯爵家の領地。この湖も古城も持ち主は兄だ。そして兄はここに来ない」

「バレることはない、と言うことですか」

「まあな」


 ニヤリと笑うアシュレン様はいたずらっ子がそのまま大きくなった……というにはすこし邪気が多い気が。

 アシュレン様は、エントランスの土ぼこりを足でさっと払いのけた場所に私のリュックを降ろすと、中身を見せろと指さす。勝手に開けてくれてもいいのだけれど、そういうところはきちんとしている。

 

「持ってきているんだろ?」

「まあ、一応」


 リュックの紐を解いていると、何が入っているのか気になるのか、アシュレン様が額がくっつく距離まで寄ってくる。近い。でもそのことに戸惑っているのは私だけなのが何故か悔しくて、敢えて平気なふりをする。


「えーと、確かこのあたりに。あっ、ありました。」


 折りたたみ式のランプを取り出し、平たくなっていた形を筒状に整えてから、中央部に蝋燭を置いて燐寸で火をつける。


「ひとつしか持ってきていませんが」

「そうだろうな。俺が持つ」


 再びリュックを背負い、ランプを手にしたアシュレン様に続いて私も古城の中に入っていく。埃とカビの匂いが鼻をつき、城の中の荒れた様子からも使われなくなって随分年月が経つのが分かる。


「水、といえば厨房か。とりあえずそこを目指そう」

「はい。大抵一階の裏口付近にありますよね」


 建物の造りは昔と今でもそう変わらないと思う。特に台所は、毎日のように食材を仕入れ、水を使うから裏口付近にあることが多い。ま、これは裏庭に井戸が多いこともあるのだけれど。


 一階にあるのは確実なので、とりあえず手前の部屋から順に開けてみる。扉は蝶番が錆びていて開けるたびにギギッと嫌な音を立てた。


「やっぱり表の庭に面した部分は客間やリビングのようですね。家具は昔のままですか?」

「金になりそうな物は売ったと聞いているが、高価でも持ち運びが大変なものはそのままにしているらしい」


 船で運び出さなきゃいけませんものね。そもそも、古城を建てるレンガといい、持ち込む労力が大変。そのあたりに浮気された夫の執着を感じる。


「買い取った時には、夫婦二人の肖像画がいたる所に飾られていたらしい」

「仲直りした、という訳ではありませんよね」


 それなら幽閉するはずがない。


「女性の笑顔は蝋人形のように引き攣っていたらしい」


 怖い、怖い。まさか本当に蝋人形とか言わないでね。

 呪いなんて信じていないけれど、幽霊の類は実は苦手。  

 それなのに、背後からアシュレン様が私の肩に手を置き、耳に顔を近づけ低い声で囁いてきた。


「その肖像画から、夜中に啜り泣きが……」

「わー! わー!」


 私は何も聞いていない。聞こえていない!

 咄嗟に耳を塞ぎしゃがみ込んだ私の頭上から、笑い声が降ってくる。


「ははは、ライラにも苦手な物があったんだな」 

「違います! ちょっと、びっくりしただけです」 

「驚きすぎだろう」


 はは、とまだ笑い続けているアシュレン様を一睨み。

 まさか弱みを知られてしまうとは。

 それにしても笑いすぎじゃない?


 悔しくってぽんぽんとスカートの埃を払い立ち上がると、貴族社会で叩き込まれたポーカーフェイスを顔に貼り付ける。いや、今更無理だとは分かっているけど、ここは見栄を張りたいところだ。


「もう平気です」

「そんな青い顔してよく言えるな。ほら、手を繋いでやるから次の部屋に行くぞ」


 アシュレン様は問答無用とばかりに私の右手を掴むと、そのまま次の部屋へと歩き出す。振り解いてやろうかと思ったけれど、頼りないランプで足元がよく見えないことに今更ながら気づき、手を繋がれた意味に思い至った。こういうところが憎めない。



 幾つ目かの扉を開けるとそこは厨房だった。  


 アシュレン様がランプを目線より少し上に上げると、部屋全体が弱い灯りに浮かび上がる。鍋やフライパンが埃を被ったまま無造作に置かれていて、大きな戸棚にはお皿が並ぶ。


 壁際にある洗い場らしき場所に向かい、その近くをぐるりと照らせば、角に大きな水瓶が置かれていた。私の胸ほどの高さのそれをランプで照らしてもらったけれど、やはり水は一滴も入っていない。使われなくなって随分経つから当然なのだけれど。


「ここに台所で使う水を溜めていたのですね」

「裏庭に井戸があるか先に見るか?」

「見ても良いですが、別荘と同じで飲料水でない可能性が高いと思います」


 そうだよなー、とアシュレン様。

 その時、シュッと小さな音が聞こえたような。

 えっ? と耳を澄ませば今度ははっきりと女性の啜り泣きのようなか細い声が聞こえてきた。

 

「アシュレン様!」

「なっ、なんだ? どうした!?」


 突然私にしがみつかれたアシュレン様は、少し仰反りながらも私の背に手を回す。


「今、聞こえませんでした?」

「何がだ?」

「ヒュッーていう、音。あれは女性の啜り泣きです!」

「いや、そんなはずは。だってあれは、俺の作り話で……」


 再び聞こえてきた声にアシュレン様の言葉が突然途切れる。ついで、ランプの灯りがゆらゆらと揺れ始めた。


「幽閉された妻の幽霊です!」

「まさか、そんな筈ない。落ち着け、きっと何か理由があるはず」


 ぎゅっとアシュレン様の背中に手を回し、それでも足の震えは止まらない。

 やっぱりいるのよ、幽霊。呪いはなくても幽霊はいる。


 足元からゾゾっと冷たい空気が吹き上げてきて、その度に啜り泣きが台所に響き渡る。

 スカートが風で膨らみ……

 うん? 膨らむ? 


 私はアシュレン様から腕を離し、二人の間に半歩ほどの隙間を作る。

 その下から風が吹き上げてきていた。


「どうした? ライラ」

「アシュレン様、下から風が吹いています」

「そう言えば啜り泣きも下から聞こえるな」


 床は板張り。これはもしかしてとアシュレン様を見上げれば同じことを考えているようで。

 私達はさらに一歩ずつ後ろにしゃがむと、埃だらけの床板の上を手さぐりで探し始める。


「すみません、いきなり抱きついてしまいました」

「構わない。それより下から風が来るということは……」


 床板の埃を撫でるように払っていくと、すぐに指先に冷たい金属の感触が。


「見つけました」

「地下室か。啜り泣きの原因は下から吹き上げる風のようだな」


 そうですね! だって幽霊なんていないはずですもの!


 

 

まだランキング残っていてドキドキしています。

ブクマ、評価下さった方ありがとうございます。


興味を持って下さった方、続きが気になる方是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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