湖の古城3
今日も二話投稿します
次の日、室長、侯爵夫人、カリンは近くの街にお出かけ。
アシュレン様と侯爵様は馬で遠乗りに。
室長達から誘われたけれど、私は湖の周りを散歩したいからと一人お留守番を選んだ。
「さてと、準備はこんなものでいいかな」
侍女から借りたリュックに必要と思えるものをあれこれ詰める。
さらに料理人に頼んで、お昼に食べるサンドイッチも作って貰い、潰れないように荷物の一番上に置いた。
水筒は少し大きめのものを用意。よし、荷物はこれで完璧ね。
服装は、動きやすさ重視で買ったひざ下丈のワンピース、それに編み上げブーツを合わせる。
髪は首の後ろで一つに束ね、虫刺され防止に長袖の上着を羽織る。
「うわ、凄く統一感のないコーディネートね」
鏡に映る自分の姿に思わず眉が下がる。
季節感もテイストもバラバラ。
別に気にしないけれど。
私はもう一度忘れ物がないかを確認して、行ってきますと別荘を出た。
「とりあえず湖に行こうかな」
行こうというまでもなく、別荘を出て右に回るとすぐに着いてしまうのだけれど。
そこは岩場なのでそのまま湖の縁を歩き進めると、足元が小石まじりの砂利になってきた。
春の日差しを受けて湖面がキラキラ輝いている。こんなに綺麗なのに、どうしてここの水は飲むことができないのかしら。
十分も歩けば小さな砂浜が広がる場所まで来た。
そこで靴を脱ぎ、スカートを太ももまで捲り上げて湖の中に入る。もちろん、周りに人がいないことは確認済みだ。
「冷たい!」
予想はしていたんだけれどね。朝だからか思ったより水が冷たい。
立っていると小さな波が寄せ、足の指が砂に埋もれていく。
少しくすぐったいその感触を楽しみながら。しばらく、湖の底に揺らぐ自分の足の甲を見ていたけれど、特にかゆみや痛みはない。刺激もなし。
身体を捻って、膝裏の皮膚の柔らかい部分を見ても赤味は帯びていない。
新薬を作った時、肌に負担がないか皮膚の薄い手首の内側で確認する。今回、膝裏の皮膚で試したのは……単に湖に入りたかったから。特に深い意味はない。
「飲んだらお腹が痛くなるのよね」
言い換えれば死ぬことはない。
私は片手でスカートが湖面に付かないよう纏め、もう片方の手で水を掬うと躊躇うことなく口に含む。
口内で味を確かめるように、ワインのテイスティングの要領で舌の上で水を転がし、最後にぺって吐き出す。品がないけれど、誰も見ていないからセーフでしょう。
「なるほど。お腹が痛くなる原因はわかったわ」
小さな小魚が足元を泳いでいるから、毒はないと思っていたけれどそういうことね。
それなら井戸水が飲めないというのも納得できる。
「さてと、そうなるとますます不思議なのが湖の中にある小島よね」
昨晩、話を聞いたときから不思議だったのよね。どうして島に古城があるのか。
だって、湖の水は飲めないし、井戸水もだめ。
別荘で使う飲み水はここまで運んできたもの。
だとしたら、その古城に住んでいた人達はどうやって飲み水を確保していたのか。
古城というからにはそれなりの人間が暮らしていたのでしょう。毎回船で飲み水を運ばなきゃいけない場所にどうしてわざわざお城を建てたのか。
「気になる」
気になることがあると調べないと気が済まない、それが研究者の性というもの。
幸い湖に張り出した桟橋には手漕ぎボートもあるし、湖だから波はほとんどない。島までの距離も……多分大丈夫、だと思う。
私は湖から出ると、リュックからタオルを取り出し足を丁寧に拭いてから再びブーツを履く。
そして桟橋に向かって歩き出す。
桟橋に並ぶボートから一番奥にあるものを選び、恐る恐る足を入れると、ぐらりと揺れる。
「きゃっ」
思わずしゃがみ込み、ボートの縁にしがみつくよう腕を掛ける。ゆらゆらと揺れるのがおさまるのをその体勢のまま待ってから、縁から手を離し身を乗り出してボートを桟橋につないでいる荒縄に手を掛けた。
でも、思ったより固く結ばれてい中々ほどけない。固い、というか独特な結び方、というべきかな。
「……何やってるんだ?」
荒縄と格闘すること五分。
頭上から呆れた声が聞こえて来た。
「アシュレン様! どうしてここに!?」
「兄がやはりカリン達と街に行くと言い出してな。それならライラと一緒に散歩でもしようかと探しにきたんだが……随分遠くまで散歩にいくつもりなんだな」
「……せっかくいい天気ですので、ボートの上でお昼を食べようかと」
島に行ってはいけないと、カリンに言われていた手前ここは誤魔化した方がいい気がする。
「凄い荷物だな、それ全部食べ物か?」
「……自然豊かだとお腹が空きますよね」
「草むらにも分け入っていけそうな靴だな」
「……」
「水筒も大きいし、水分補給は問題ないか」
ニタニタと目を細めこちらを見る顔は、私が何をしようしているのか分かっているようで。
これはもう誤魔化しようがないと諦めるしかない。
「……一緒に来ますか?」
「それは俺の台詞だ。ボートを漕いだ経験は?」
「ありません」
でも、なくても出来ると思うのよね。
見た感じ、簡単そうだったし。
「意外と無謀なところがあるんだな。いや、俺に声を掛けられそのままこの国に来るぐらいだから向こう見ずな性格は折り紙付きか」
アシュレン様はヒョイとボートに乗り込むと、あっという間に荒縄を解く。何でも水夫達が使う特別な結び方があるらしい。
「では行くか。向かうはあの島だろう?」
「はい」
観念するように頷く私を、満足そうにアシュレン様が見下ろす。
こうなった以上、主導権はアシュレン様にあるのでしょう。
でも、いったいいつから私を見ていたのかな。
窺うようにアイスブルーの瞳を覗き込むと、私の考えはお見通しとばかりに意地悪く唇が弧を描く。
「湖の水の味はどうだった」
「……アシュレン様も口にされたことがありますよね」
「子どもの頃にな。今日はなかなか刺激的な物を目にすることができた」
「それは今すぐ忘れてください」
太ももまで見られていたのかと思うと、顔が熱くなる。
でも、きっと遠目に見ていたはずだからはっきりとは見えていないはず。
そうよね。きっと、多分。
「覗き見のご趣味があるとは思いませんでした。記憶から消し去ってください」
「不可抗力だ。というか、無防備すぎる。見ているこっちが冷や冷やしたぞ」
いや、そのタイミングで声を掛けてください。
こっそり見ているなんて、やっぱり腹黒だ。
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