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【書籍化、コミカライズ】虐げられた秀才令嬢と隣国の腹黒研究者様の甘やかな薬草実験室  作者: 琴乃葉
第1章

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湖の古城1

本日も二話投稿予定です


 カニスタ国の春は思ったより早くきた。

 それほど冷え込むことのない冬を終えると、木々の蕾が膨らみ始めた。そして、


「クシュン」


 室長が頻繁にくしゃみを繰り返すように。 

 

 今日は仕事がお休み。

 遅めの朝食を摂ったあと、ナトゥリ侯爵家の別宅のリビングで本を読んでいると、カリンが遊びにきた。

 その後ろには、本宅の料理人が焼いたマドレーヌを持った室長の姿も。せっかくだからと、アシュレン様も加わり皆でお茶をすることに。


「あぁ、今年も駄目だったわ」


 赤い鼻をハンカチでおさえ、涙目で室長が呟く。


「申し訳ありません。私も花粉症の薬には何度も挑戦しているのですが、まだ成功しなくて」


 冬の間、室長が取り組んでいた新薬は花粉症を完治させる薬。途中から私も加わり完成を目指したけれど、失敗に終わってしまった。ジルギスタ国にいた時から何度も挑戦しているけれど、いつも失敗して春を迎えてしまう。


「ライラにも作れないものがあると聞くと、何だかホッとするな」


 鼻を赤くする母親を横目に、アシュレン様が意地悪く唇の端を上げる。


「そんな薬、沢山ありますよ? アシュレン様が頑張ってください」

「俺は花粉症ではない」

「苦しんでいる人は沢山います。それに親が花粉症の場合子供もかかることが多いですよ」


 うっ、と眉をひそめ口をへの字にする。是非次はアシュレン様も薬作りに強制参加させよう。


「それでも、ライラが調薬してくれた薬のおかげで今年はまだ症状が軽いわ」


 鼻をズッと鳴らしながら室長が紅茶を口にする。でも、鼻が詰まっているせいでせっかくの良い匂いも味も分からないと嘆く。


「目のかゆみや鼻水を抑える薬なので、完治させるわけではありませんが、症状が軽くすんでいるならよかったです」


 でもこの薬、加減が難しいのよね。目も涙も潤いは必要で効きすぎると乾燥させてしまうし、かといって効き目を弱くすると効果が下がる。このバランスがうまくいかない。来年こそは完成させたいものね。


「おばあさま、来週の旅行のお誘いにきたのでしょう?」


 話に入れないのがもどかしいようで、室長の膝に座って本を読んでいたカリンが会話に入ってくる。

 うん? 旅行?


「ね、ライラも一緒に来るでしょう?」

「えーと、どこに?」


 拙い説明では全く要領を得ず。首を傾げていれば室長が説明をしてくれた。


「来週一週間、研究室は春休みに入るでしょう。いつもそれに合わせて、少し離れた領地に行っているの。今年は貴女も一緒に来ない?」


 カニスタ国は働く時はしっかり働き、その代わり長期休暇もちゃんと与えられる。普段は仕事で忙しく、どうしても子供と過ごす時間が少ないので、長期休暇は家族で旅行するのがこの国のスタンダードな過ごし方らしい。素晴らしい!


 とはいえ、私は居候の身。一緒に行ってもいいのかな?

 本来なら一ヶ月ぐらいで家を探すはずだったのだけれど、女性の一人暮らしはやっぱり物騒でなかなかいい物件が見つからない。それにカリンが毎日のように訪ねてきては、また明日ねと帰っていくのでなんとなく先延ばしになってしまっている。


「ねぇ、一緒にいこう。アシュレン様もライラがいたら嬉しいよね」

「ごほっっ!」


 急に話を振られたアシュレン様が、紅茶を吹き出しかけてむせている。それを見て室長がクスクスと笑いながら、ハンカチを差し出す。


「げほっ、俺はどちらでもいいが、ライラはどうだ?」

「家族旅行に私が付いて行ってお邪魔ではないでしょうか?」

「兄達は子守が増えて寧ろ喜ぶと思う。それにお邪魔といえば俺も同じだ」

「アシュレン様も、いつも行かれるのですか?」

「二、三日ほどだがな」


 どうしようかな。それなら私もアシュレン様と同じように数日ご同行しようかしら。

 休みの日にフローラと一緒に買い物をしたり、カフェに出掛けたりしたことはあるけれど、王都から出たことはまだ一度もない。せっかくカニスタ国に来たのだから、いろいろ出掛けてみたいと思っていたところ。


「では、私も数日ご一緒させてください。カリンのお世話をいたします」

「やった! 約束だよ。よかったね、アシュレン様!!」

「なっ! 俺は別にどちらでも……」


 あれ、ご迷惑だったかしら? 

 ツイと逸らした目の下が少し赤いのは気のせい?


「やっぱり図々しいでしょうか?」

「いや、そんなことは……」

「私が一緒に行くの嫌ですか?」

「……そんなこと言っていない」

「あっ、もしかしてまた何か企んでます?」

「なっ! なんでそうなる。それにまた、とはなんだ!」


 だって腹黒だもん。怪しい、とジト目で詰め寄る私を室長とカリンは額を寄せ合いながら笑ってた。


 

 夕食後、私はリビングで本を読みながら窓の外をチラチラと見る。ここからは本宅のカリンの部屋がよく見えて、そろそろ彼女の寝る時間。


「あっ、灯りが見えた」


 手元に置いていたランプを持ち、庭先へと張り出したテラスに向かう。小さな灯りが丸く弧を描き次いで真横に引かれる。


「あれは何だったかしら?」

「明日、だな」


 私の呟きに背後からアシュレン様が答えてくれる。小さな灯りはまだ動きをやめず今度は斜め上から下に、そして三角形を描く


「えーと、『行く』でしょうか」


 灯りの動きには意味がある。なんでも手旗信号の派生で灯りを使って遠くの人と言葉を交わすらしい。本宅にいても話がしたいとカリンが言い出し、アシュレン様が思い出したのがこの方法。


 カニスタ国の令息は最低限の騎士教育が必須らしく、手旗信号や灯りでの合図もそこで学ぶらしい。人口が少ないから、いざと言う時は皆が剣を振るえるように教育している、と教えてくれた。


「どうやらカリンは明日もこっちに遊びにくるつもりらしい」

「いいではありませんか。賑やかで楽しいです」


 『分かった』の合図として私は灯りを頭上で二回まわす。


「アシュレン様、『楽しみにしている』はどうしたらいいですか」

「うーん、あくまでも緊急事の伝達手段だからな。ま、これでいいか」


 ランプを持つ私の手にアシュレン様の手が重なる。その手の大きさと、背中に感じる温もりに思わず心臓が跳ねる。近い。


 私の手を、アシュレン様が縦に真っ直ぐ下ろした後、横に少し動かす。アルファベットのLに似ている。


「これはどういう意味が?」

「分かった、に好意的な意味を込めたものだ。同じ同意するにしても渋々の意味を交えたものもある」


 耳朶に温かい息がかかり、顔に熱が集まってくる。

 婚約者がいたとは言え、カーター様とは夜会のエスコートで手を重ねるぐらい。背後から抱きしめられるようなこの体勢は、私にはちょっと、いや、かなり刺激が強い。


「どうしたんだ? 顔が赤いぞ」


 それなのに、更に覗き込むなんて。

 わざと私を揶揄っているのだろうか。


 耐えかねて、腕から離れるように一歩前に進み、ゆらりと半円を描く。私とカリンで考えた「お休みなさい」の合図。


「アシュレン様、私も自室に戻ります」

「ああ、お休み」


 ポンとごく自然にアシュレン様の手が私の頭を撫でる。私は赤い顔を見られないよう、下を向いたままその場を離れた。

暫く王都を離れお出かけします。

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