閑話 ジルギスタ国1(アイシャ目線)
本日二話目です
おねえさまが異国に行くだなんて、予想外のことでしたわ。しかも、おねえさまの書いた手紙を届けてくれたのが、カニスタ国の侯爵令息アシュレン様。
カーター様よりもずっと格好が良く、整ったお顔は見惚れるほど。
彼の下でおねえさまが働くと思うと癪に障るけれど、愛想なく器量も悪い、その上気の利かないおねえさまがうまくやっていけるとは思えない。
きっとそのうち、泣きながら帰ってくるわ。その時には、私はカーター様と結婚しているかもね。
おねえさまの代わりの補佐官はすぐにやってきた。誰でも代わりができるので当然のことですけれど。
これでお仕事に全く支障がない、そう思うのに、最近のカーター様はずっと機嫌が悪い。
今も私がせっかく紅茶を淹れて差し上げたのに、一口飲んだだけで「美味しい」とも「ありがとう」とも言わずに難しい顔で書類に目を通している。
「まさか退職届を第二皇子殿下に渡されるとは思わなかった。俺の手元に届いていれば、もみ消してすぐにライラを連れ戻すことができたのに」
ブツブツと、もう何度目になるか分からない同じ内容の不満を口になさる。
おねえさまなんてどうでもいいいじゃない。
それより私をもっと見てくだされば良いのに。新しい髪飾りにもまったく気づいてくれない。
「カーター様、ご指示通りこちらの資料を纏めました」
新しい補佐官が数センチの厚みがある書類を持ってきた。
「たったこれだけを纏めるのに、どれだけの時間がかかっているのだ」
「しかし、……これでも急いだのですが」
「言い訳をするな。それより、試薬品の作成が遅れている、準備はできているんだろうな?」
「今まで書類を作っていたので、これからすぐに致します」
補佐官は三十歳ほどの男性。グレーの髪を後ろに撫でつけ気難しそうな顔をしている。
その眉間の皺が日増しに深くなっていく気がするけれど大丈夫かしら。
そうだ、彼にも紅茶を淹れてあげましょう。少し休憩すればいいのよ。
やっぱり私って気が利くわ。
お茶の用意に取り掛かろうとすると、カーター様に呼び止められる。
「アイシャ、昨日頼んだ書類はどうなった?」
「書類?」
何のことかしら?
書類は毎日たくさん渡されるけれど、多すぎて何が何か分からない。
とりあえず机の上に置いていたら一塊の山のようになってしまった。
「少しお待ちください」
どこに置いたかな?
真ん中にある書類を引っ張り出すと、上の方に置いていた書類がつられてドバっと崩れて床になだれ落ちてしまった。
「おい、その中には機密書類もあるのだ。もっと丁寧に扱え!!」
苛立った怒声が私に浴びせられる。
私を怒鳴るなんて! カーター様が次から次へと書類を渡すのがいけないんじゃない。
「酷い、そんな大声をあげなくてもいいではありませんか」
「い、いや。そんなつもりは。でもアイシャ、悪いが、もう少し整理してくれないか?」
少し目に涙を浮かべながら上目遣いで言うと、カーター様は慌ててしゃがみ込み書類を拾い始める。
「以前はもっと机の上が綺麗だったじゃないか。あの時のようにしてくれればいいんだ」
あれは、渡された書類を全ておねえさまの机に置いていただけ。
今もおねえさまの机は残っているけれど、すでに書類がうず高く積まれていてもう置き場がないから、私の机に置いているのに。
仕方なく私も落ちた書類を拾うと、細かな数字が沢山書かれたものを見つけた。
「もしかして探しているのはこの書類ですか?」
「あぁ、そうだ、これだ!!」
ほら、ちゃんとあるじゃないですか。
それなのに、せっかく見つけた書類をカーター様は眉間に皺をよせ見る。
「おい! まだ半分も出来ていないじゃないか! しかも書いている数字が半分以上間違っているぞ」
「そうですか? でもそんなに沢山の数字、見ているだけで頭が痛くなってしまいますもの」
だって、令嬢が計算なんてする必要ないでしょう。
お母様もそう仰っていたわ。
難しいことは全て殿方がしてくれるものだって。
それなのに、カーター様は深いため息をつく。
以前なら「仕方ないな」って優しく笑いながら頭を撫でてくれたのに。
向けられた視線には僅かに侮蔑の色が滲んでいた。
「アイシャ、ライラと同じようにとは言わないが、もう少し仕事をしてくれないか?」
「!? カーター様は私よりおねえさまの方が優れていると仰るのですか?」
「いや……そうは言っていないが。しかし」
「そんなこと、補佐官にさせればよいじゃありませんか」
おねえさまの代わりをするための補佐官でしょう?
おねえさまの仕事は全て彼がすべきこと。
私は、忙しいのよ。
肌や髪の手入れもしなければいけないし、流行りのドレスも作らなきゃいけない。
「あぁ、そうだな。……分かった。でも、せめてその机の上だけは片付けてくれないか。それから、もうすぐ製薬課の者が、薬草の乾燥時間を聞きに来るから教えてやってくれ」
そう言うとがっくりと肩を落としてカーター様は隣の実験室に向かった。
その後姿が疲れていて貧相に見えることに私は眉を顰める。
私の婚約者なのだから、もっと相応しい立ち居振る舞いをしてもらいたいものだわ。
扉を叩く音がして開ければ製薬課の人が立っていた。
「薬草の乾燥時間を聞きにまいりました。カーター様はいらっしゃいますか?」
「それでしたら私がお教えすることになっております。少しお待ちください」
薬草の乾燥時間って何かしら?
毎日のように聞きにくるけれど良く分からないのよね。
とりあえず今日もお姉様の机の中から適当なメモを見つけて、そこに書いてある数字を書き移す。
それにしても、ただ乾燥させるだけなのに、どうしてわざわざ聞きにくるのかしら。
あ、分かった。きっと私に会いに来たのね。ふふ、それなら仕方ないわ。
とびっきりの笑顔でメモを渡したのにも関わらず、受け取った職員は首を傾げる。
「あの、これで本当にあっていますか?」
「わたしが間違っていると仰るのですか?」
「いえいえ、そういう訳ではないのですが。最近、受け取った時間の通り薬草を乾燥させても仕上がりが良くなくて。ライラさんから言われた通りにしていた時はこんなことなかったのですが」
「それはあなた達のやり方が間違っているのではなくって。私のせいではないわ」
再びおねえさまの名前を聞かされる。
この男も私とおねえさまを比べるの?
しかもまるでおねえさまの方が優れているかのような言い方。
「申し訳ありません。ではこのメモの通りにいたします」
慌てたように出て行くその後姿を睨みつける。まったく失礼な男ね。
今度は実験室からはカーター様の怒鳴り声が聞こえてきた。
また、あの補佐官が怒られているみたい。
でもそんなこと私には関係ない。
だってもう五時ですもの、帰る時間だわ。
でも机の上の書類を片付けておかないと、またカーター様がイライラしそう。
「そういえば、カーター様がこれらの書類を読んでいるのを見たことがないわ」
ということは、これはきっとそれほど大切なものではないのよ。
「それなら捨ててしまいましょう!」
私はゴミ袋を取り出すと、机の上の書類をその中に放り込む。
すぐに机の上はすっきり。ついでにゴミ袋は一杯。
よし、これで完璧。
あとは補佐官宛にゴミを捨てるようメモを残して。
これで今日の私の仕事おしまい。
今回はジルギスタ国の話。
ブクマ、★がどんどん増えて凄く嬉しいです。ありがとうございます、
興味を持って下さった方、面白いと思ってくださった方、次が気になる方、是非ブックマークお願いします!
☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。




