冬の始まりと風邪予防2
本日一話目
少し遅れて練習場に辿り着いた私は、積み重なるように置かれた薪から適当な大きさのものを選び、それを地面に置いて椅子代わりにする。
目の前には剣を振るアシュレン様。カーター様が剣を握った姿を見たことはないし、剣術は全く分からない。ただ、騎士相手に互角にやり合っている、気がする。
切っ先をぎりぎりで躱し、身を捻ると同時に深く切り込む。鍔迫り合いっていうのかな、力負けもしていない。
それでも二十分も経てば優劣ははっきりしてきた。
「おい、もう息を切らしているのか」
「お、俺は頭脳派なんだよ」
肩で息をしているアシュレン様に対してマーク様は汗一つかいていない。さすが騎士は違う。
「アシュレン様ハンカチをどうぞ」
見かねてハンカチを貸せば、アシュレン様は受け取り額の汗を拭う。
「意外と負けず嫌いなんですね」
「学生時代は互角だった」
「今では大きな差ができたがな」
「黙れ、脳筋」
ムスッと膨れるその顔がなんだかやけに子供染みていて、私は思わず吹き出してしまった。
「おい、俺が負けたのがそんなに面白いのか」
「違います、そんな顔もするのかと。新しいアシュレン様を見ました」
クスクスと笑う私にアシュレン様はむぐっと言葉を飲み込む。マーク様は私達を見比べなぜかニヤニヤ。
そして気づけば私達を大勢の騎士が遠巻きに見ていた。
その中から一際大柄な男性が出てきたのを見て、アシュレン様がキッと表情を正す。
「騎士団長、訓練に勝手に参加させて頂きました」
「構わない。体力はともかく剣筋は相変わらず悪くない。騎士団はいつでも入隊を受け付けるぞ」
「ご冗談を。それより、新しく作った薬はどうですか? 忌憚のない意見を聞きに参りました」
「だとさ、皆、思うことが有れば言ってやれ」
騎士団長が振り返りながら、後ろで円を描いている騎士達に声をかければ、幾人かが手を上げた。私がポケットから紙とペンを出しメモをとる準備をすれば、口々に意見を述べ始める。
「あの傷薬は凄い、これまで使っていた物と比べると倍ぐらいの速さで完治した。ほれ、見てくれ」
壮年の騎士は、わざわざ私の前までくると袖を捲りあげる。太い筋肉の塊のような腕には、縦方向に薄らと傷跡が残っていた。
「いつ、どれぐらいの傷だったのですか?」
「一週間前、深さ二センチ、長さ十センチほど。太い血管をやっちまって血が中々止まらなかったが、ほれ、もうすっかり治っている」
使用した時にかぶれや痒みも無かったらしく、かなり気に入ってくれていた。良かった。でも、血が止まらないっていうのが気になるから、明日は止血剤を作ってみよう。
「湿布薬も良かったが、もう少ししっかりとくっついて欲しいな。包帯で固定したから問題なかったが、湿布だけだと剥がれやすい」
そうか、騎士の人達は運動量が多い。それに耐えられる粘着力を持ちながらかぶれないようにもしなきゃ。これは改良の余地ありね。
「あとは水虫の薬な!」
「ああ! あれは最高だ」
「長年の苦しみから解放された。もう手放せない」
……一番好評なのは水虫薬、と一応書いておこう。
それにしても、こんなに沢山の騎士の方々と会ったのは初めて。皆さん大きいな。小柄な私は大木に囲まれているようで先程から首が痛い。アシュレン様も背が高いけれど、筋肉質ではないのでここまでの威圧感はない。
しかも、さっきまで訓練していたからか、上半身のシャツをはだけさせ胸元が見えている人もチラホラ、ちょっと目のやり場に困る。
「ライラ、何か聞きたいことは?」
アシュレン様が聞いてくれたけれど、急だから具体的な質問が思いつかない。でも、せっかくの機会だし、漠然とした質問でもいいかな?
「そうですね、えーと。ではこんな薬が有れば良いなというものはありますか?」
「筋肉痛にならない薬」
「足の臭いを消したい」
「モテる薬」
「毛生え薬」
「そりゃ、やっぱり精力ざ……っ痛っぅ」
誰か殴られていたけれど大丈夫?
「ライラ、脳筋にその質問をしてもまともなものは返ってこない……って書いたのか?」
「一応、参考にと」
毛生え薬なら何とかなるかも、とボソリと呟いたらあちこちから響めきが起こった。
えっ、作ってみる?
「それからこの季節は風邪が流行るから、よく効く風邪薬が欲しいな」
「それでしたら、昨日薬草課にレシピを渡しましたから、沢山作ってくれていると思いますよ」
研究室で作ったものは安全を確認して、薬草課にレシピを渡すことになっている。早速作るって言っていたから、明日にでも取りに行ってみては、と騎士団長に伝えた。
「それは嬉しいな。でも、欲を言えば風邪にならない薬があるといいんだがな」
「はは、団長、いくらライラでもそれは無理ですよ」
「ありますよ」
「「えっ??」」
私の言葉に騎士団長とアシュレン様が目を丸くする。ううん、彼らだけじゃなく、騎士の方達も唖然とした表情を浮かべている。
「あるのか? そんなものが」
「完全に防げる訳ではありません。感染を防ぐ効果がある、程度でよければ簡単にできますよ」
ガヤガヤと周りが騒ぎ始める。「あるんだって」「しかも簡単にだって」「子供がすぐ風邪引くんだ、しかも一人倒れると次々と」
しまった、こんなに需要があるなんて。
もっと早く作るべきだったわ。
あまりに作り方が簡単だからうっかりしていた。
「アシュレン様、今から作ってもいいですか?」
「もちろん。必要な薬草はあるか?」
「倉庫で見かけたことはないのですが、この近くに薬草園はありますか?」
「それなら王城の裏にある。案内するよ」
薬草園! 実は一度行って見たかった。
ジルギスタ国にいる時は頻繁に薬草園に行っていたけれど、ここに来てからは必要なものは全て倉庫にあったので薬草園に行く必要がなかったのだ。
やった、と喜びながら、騎士団の方々にお礼を言って私はお城の裏へと続く道を早足で進む。
浮かれて前ばかり見ていた私は、アシュレン様が優しく目を細めながら隣を歩いていることに、最後まで気づかなかった。
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