カニスタ国の研究室5 (アシュレン目線)
本日もう一話投稿します
夜会で彼女を見た時、新薬を作ったのはこの人だと直感的に思った。
真実を見つけようとする目、揺るがない姿。
それはもう勘のようなものだ。
同じ仕事をしている人間はなぜか分かる。
そのまま視線を指先に走らせ、俺の勘が正しかったと確信する。
それならば、と隣に立つ男を見る。
彼は彼女の共同研究者か?
いや、違う、彼からは研究者の匂いがしない。
耳をすませていれば、話は思いもよらない方へ行き、彼女は会場をあとにした。
慌てて後を追い、どう声をかけようかと迷った末に出た言葉は、
「あの、すみません。少し私に時間を頂けませんか?」
なんだ、この軽い口調は。
これではただのナンパではないか。
今まで令嬢を避けてきたつけがこんな風に回ってくるとは。
案の定、怪訝な表情を浮かべこちらを見る彼女を、「五分だけ時間をください」と強引に廊下の隅に連れていく。まずい、これでは余計に警戒されてしまう。
すこしでも好印象をと、多少自信のある顔で微笑んでも、すでに疑り深い目しか向けてくれなくて。
おまけに腹黒とまで言われてしまう。
こうなれば自棄だと、顔を近づけ「研究結果は貴女のものだな?」と伝えればやっと表情を変えてくれた。そのあと本題に入り声を掛けた目的を伝えれば、大きな瞳をさらに見開き驚いたとばかりにパチリとさせる。
このまま話を畳み込んで、と思っていたところで、邪魔が入ってきた。
ライラの研究結果を奪った男は彼女を蔑み馬鹿にする。
その口調にかっとなり、気づけば腕を捻り上げていた。
しかし何が功を奏するか分からない。
俺は信頼に値すると判断してくれたようで、ライラはカニスタ国に来ることを最終的に了承してくれた。
一緒に働きだしてからは、その才能に驚かされるばかり。
正直、同じ研究者として羨ましく劣等感を感じることもあるけれど、真摯に研究に打ちこむ姿を見ればそんな考えは吹き飛んだ。
彼女の才能を伸ばしたい、そう素直に思えて来た。
でも、俺が見ていたのは彼女のごく表面的な部分だった。
ジルギスタ国を出国するときも、船の上でも落ち着き冷静で、新しい職場にも物怖じしないライラが、大粒の涙をこぼした。
「ふぇっ……」
小さな子供のように声を上げ、大きな瞳からポロポロと涙をこぼす。
「あり、がとうございます。私、今まで誰にもそんなこと言われたことなかったから」
手の甲で涙を拭い、その細い肩を震わせる姿を見て彼女の心の傷の大きさに今更ながら気が付いた。
傷ついていないはずがない。
あれほどの研究結果を出すのにどれだけの時間と労力が必要かなんて考えなくても分かる。血のにじむような努力がそこにはあったはずなのに、彼女は誰にもその事を認められなかったのだ。それがどれほど悲しくつらいことなのか。
淡々と話す姿にばかり目がいってそんなことにすら思い至らなかった自分が情けない。
気付けばその細い肩を抱きしめていた。
細くふわりとした髪をできるだけ優しく撫でる。
「今までよく頑張った」
気の利いた言葉が出てこない。ただそれだけは言いたかった。
ライラは立派な研究者だと。
「うっ、うっ、……」
ライラの細い指が俺の背中にしがみつく。さらに腕に力をこめれば、堰を切ったように泣き始めた。
どのぐらいそうしていただろうか。薬草課の人達は俺達に気を遣って部屋を譲ってくれた。
揃って部屋を出て行く姿には少し照れるものがあったが、腕の中の震える身体を離そうという考えはまったく浮かばず、ただずっと抱きしめていた。
しっかりしていて、天才肌のライラが頼りないただの女性に思える。
付きまとい、腕に絡まる女を鬱陶しく思うことはあっても、抱きしめたいと思ったことはない。
守ってやりたい、初めてそう思った。
この国に連れて来る時、ライラのためにできることは何でもすると約束した。
あの時も本心から言ったが、今は心の底からそう思う。
「……申し訳ありません」
ずずっと鼻を啜りながら、ライラが背に回していた腕をゆるめ俺から離れた。
下を向いた顔が耳まで赤く、また抱き寄せたくなる衝動をどうにか抑える。
「気にするな、今まで随分ため込んでいたんだ。泣いてすっきりすることもあるだろう」
「はい、おかげですっきりしました」
まだ涙のあとが残る赤い目で、でも晴れ晴れした笑顔をライラは見せた。
良かった、とそっと指の背で涙の痕を掬えば、恥ずかし気に視線を彷徨わせる。
なんだ、その可愛い反応は。
「あれ、皆さんは?」
「気を遣ってくれたようだ」
「あぁ、なんてこと! 他の部署の方にご迷惑をおかけしてしまいました」
オロオロと頬に手をあて立ち上がるライラを、落ち着かせて再び座らせる。
「大丈夫だ。ここは倉庫だから、皆他の場所で仕事を続けている。特に困ってはいないだろう」
「本当でしょうか?」
「ああ」
いや、多分、倉庫に薬草を取りに行きたいけど行けない、と悩ましく思っている奴もいるだろうが、そこは我慢してもらおう。こっちはとんでもない資料を持ってきたのだから、おつりがくるぐらいだ。
「アシュレン様、もう大丈夫ですので、そろそろ帰りませんか?」
「そうだな」
「それから、ありがとうございます」
そう言われライラを見れば、赤銅色の潤んだ瞳で俺を見上げながら、花がほころぶようにふわりと笑った。
「私のことを研究者だと言ってくださり、頑張ったと褒めてくださってありがとうございます。今まで自分がしてきたことが報われた気持ちになりました」
「……俺は思ったことを言っただけだ」
「でも、その言葉は過去の私を救ってくれました」
俺が彼女を救えたのなら。そんなことで喜んでくれるのなら。
何度でも言おう、ライラは素晴らしい研究者だと。
彼女を連れて帰ってきてよかった、心底そう思った。
お読み頂きありがとうございます。
投稿半ばで沢山の方に読んで頂けてとても嬉しいです。ストックもあるので本日二話投稿します。
もう一話は夜になるかと。
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