6 涙の理由
「あのさ、覚えてるか?」
俺は自分を落ち着かせる為に小さな深呼吸を1つしてから優しく彼女に問いかけた。
「何を?」
「前にさ学校で俺に話したい事があるって言ってたよな?あれってなんだったんだ?」
「それは…」
俺の質問に彼女はあの頃からは想像がつかないとても辛そうな表情を浮かべてそっとさっきまで自分がいた場所を向いてしまった。
「どうした?言いにくい事なのか?」
「…もういいの。どうせ意味がないから」
その時の彼女の背中はとてもちっぽけでほんのかすかな風でさえも遠くへつれて行ってしまうのではないかと俺の胸を不安にさせた。
「そんな事…俺、ずっと心残りだったんだ。あの時、ちゃんとお前の話を聞いてやればって。もっとたくさん話しておけばよかったって」
「…」
あの日からずっと…どれだけ後悔しても、もうやり直す事はできないと思っていた。
でも今、俺の目の前に彼女が居る。
確かにいるんだ。
ここで聞かなかったらきっと俺は一生自分を責め続ける事になるだろう。
彼女はしばらくの間、悩んでいる様子だったがもう一度俺の事を見てゆつくり呟いた。
「それなら約束してくれる?」
「ん?何を?」
「聞いても今のまま変わらないでいること」
その言葉の意味を俺はすぐには理解できなかった。
そんなに複雑な事なのか?
内容を聞けばその理由がわかるんだろうけど…
でもこれだけははっきりと言える。
「俺は何を聞いても変わらないよ」
「…優しいんだね。昔からずっと変わらないよね」
「そうかな…」
変わらない…か。
それは俺じゃなくて…
「あのね、そうゆう優しい所が昔からずっと…ずっと大好きだったんだ。誰よりも大好きだった」
「……」
なんて言えばいいのかな?
きっと初恋の男子ってこんな気持ちなのかなって…今更になって思ったんだよ。
彼女の赤く染まった頬が夕日に照らされて、まるであの頃に引き戻されたような錯覚に陥っていく。
「でもね、私はもう隣にはいられないから。気にせずに幸せになって欲しい」
「…うん」
何か言葉にしないととは思うんだけどこの時の俺はただ「うん」としか言えなかった。
口を開けてしまったらきっと涙が溢れてしまうから。
そんなのかっこわいるだろ?
例えこの先一緒に居れなくても思い出すのはやっぱ笑顔のがいいもんな。
頭の中に霧がかかるように目の前がぼやける。
変わらないでいてってそうゆう意味だったんだな。
きっと気持ちを伝える事で俺がもっと辛くなるって心配してくれたんだよな?
「それにね…きっと」
「ん?」
何かを言いかけて黙り込む彼女。
少し焦ったように首を振ってまた遠くを見つめる。
その様子にぼやけていた視界が戻っていく。
「…やっぱりやめとく!これ以上話すとあの子に怒られちゃうから!」
「あの子って……妹?なんで?」
「…」
昔から彼女は妹の事を話す時は「あの子」って言い方をしていたから俺はすぐに理解できたんだけど。
その時ふいに神社で拾った携帯の画面に映し出された妹の名前が頭に浮かんできた。
そういえばあれって…どうゆう意味だったんだ?
「なんでもない!」
「でも…」
「家族の事だから気にしないで、大丈夫。本当に」
大丈夫…本当か?そう話す彼女はいっさい目を合わせようとはしない。
走馬灯ってゆうのかな?
2人の思い出がやけにリアルにかけめぐっていく。
そういば…
俺、あんまり彼女に家族の事とか聞いた事がなかった気がする。
両親と仲が良くて、妹とよくイタズラして怒られたりして俺からしたら羨ましいくらい幸せそうな家族に見えた。
だけど彼女は俺の知らない所でずっと悩み苦しんでいたんじゃないだろうか?
もしかしたらこの世界につれてこられたのはそれを知る為だったんじゃないのか?
うすれていく思い出達の中から懐かしい誰かの声が響く。
「聞いてやってくれ」
この声は……何も知らないガキだったあの頃の俺自身?
いや…きっとずっと昔から俺の心に住み着いていた後悔とゆう名の証。
そしてその時知ったんだ。
俺が今まで見ていた彼女が真実を形どったパズルのほんの1ピースだったとゆう事を。