2 記憶の扉
♪〜
神社の方から聞こえてきた音楽はとても懐かしくずっと前にしまい込んだはずのとある記憶を甦らせた。
胸が締め付けられているかのように苦しい…
俺が高校生の時、つまり今から3年ほど前の事になるが俺には恋をしていた相手がいた。
彼女は幼なじみで実家も近く、幼稚園の頃からずっと同じ学校に通っていた。
高校生にもなるとお互い忙しくて会う頻度は減っていたが俺はずっと彼女に思いを馳せていた。
二度と叶うことの無い初恋であり片思い。
この音楽はまさに彼女が気に入って着信音に使っていた昔流行っていた曲だ。
俺もCDを買って聴き込んでいた。
だけどありえない…。
そう、ありえないのだ。
もう彼女はいない。
なぜなら…彼女は高校1年の夏休みが終わりを迎える頃に亡くなったのだから。
若すぎる死にどれだけ絶望した事か。
どれだけ神様を恨んだ事か。
彼女の死因はその頃から流行り始めたコロナ感染症による肺炎。
元々重度の喘息を持っていて感染してすぐに重症化し入院後、数日もしないうちに俺を置いて天国へと旅立って行ってしまった。
あの頃はまだワクチンも薬も開発中で手の施しようがなかったと聞いた。
それまで普通に過ごしてきた日々が、当たり前のように迎えた朝がその日から、恐ろしい怪物のように姿を変貌したように思えた。
コロナ感染症なんてテレビの中の話で俺達には関係ないよな、なんて話していたのに。
それは急に牙を剥けたのだ。
1番最悪な形で。
なぜ彼女なんだ?
なぜ俺じゃなかったんだ?
自問自答を繰り返し引きこもる毎日。
あの暑くて寝苦しい日々が思い起こされる。
そうだ、きっと誰かの着信音がたまたま同じだっただけだよな…
そう思いつつも音が鳴っている場所にゆっくりと近づいて行く俺。
神社の裏のフェンスを越えた向こう側の草原から聞こえてくるその音は徐々に大きくなる。
人影は見えない。
もしかしたら誰かの落し物か?
そう考え始めた時、目に入ったのはフェンスに大きく空いた穴。
子供の頃から空いているこの穴を出入りしてよく神主に怒られたっけかな…
大人でも通れそうなくらい大きなそれを見ると「いい加減直せよな…」と呆れながらも俺の心はその先から鳴る音に胸をざわつかせていた。
フェンスをくぐり足元をよく見ると草の間に一昔前の折りたたむタイプの携帯が落ちていた。
俺が小学校の時は折りたためるタイプのこいつが主流だったけど最近は全く目にしなくなった。
「今だにいるんだなこんな古いの使ってるやつ」
誰に言うでもなくポツリとつぶやきながら携帯を拾い上げると俺は無意識に呼吸を止めていた。
水色の携帯にサッカーボールのストラップ。
忘れるわけがない。
中学に入ってすぐ、俺のとお揃いがいいと言うのでプレゼントした色違いのストラップ。
ずっとつけていたから紐が切れて一緒に直したこの不格好な出来栄え。
間違いない。
これは彼女の携帯だ。
でもなぜここに?
彼女の遺品は親御さんが大切に保管しているはずだし、第一とっくに契約は解約されているはずだろ?
なんで着信音が鳴ってんだ?
俺は恐る恐る携帯を手に取りゆっくりと開くと、その瞬間着信音は鳴りやんだがチラッと見えた着信相手の名前には見覚えがあった。
彼女の妹さんの名前だ。
「どう…して…?」
俺の手は汗ばみ大きく震えた。
胸の鼓動が徐々に激しくなっていく。
なぜって?
彼女の携帯が落ちているのもありえないけれど、この着信はもっとありえないからだ。
だって妹もまた彼女が亡くなったすぐ後に同じ場所に旅立ってしまったのだから。