1 導きの音色
あれはもう7年も前の話。
俺が大学に入学して初めて迎えた夏休みの初日。
あの頃の俺はただ平凡に繰り返す日々をなんとなく過ごしていたように思える。
あの日、とても不思議な体験をするまでは。
俺は久しぶりに地元に戻ってきていた。
正確に言えば両親の仕事の都合で何度か引越しをしていた俺は大学に入学すると同時に地元で一人暮らしを始めた。
入学当初は慣れない通学や勉強にサークル活動となかなかに忙しい毎日を過ごしていたので久々の地元をゆっくり散歩するなんて事もなく、夏休みに入って急に時間を持て余し見覚えのある景色を眺めながらぶらぶらとしていた。
昔、背が高くとても大きく見えていた道端の木々や公園のブランコやすべり台が今見るととても小さく時の流れを嫌々ながらに感じさせる。
あの頃はよく泥んこになって一日中遊んで家に帰ると母親に怒られたりしたっけ。
遠い過去の景色がうっすらと蘇る。
さすがに10年以上も経つと見慣れた街並みも随分と変化しているのがよくわかる。
古くなった木造の家がコンクリートを敷きつめた駐車場に、放置され雑草だらけだった空き地には綺麗な10階建てのマンションが建っているとゆう具合に。
そんな変わりつつある景色を横目に同じく昔とは確実に変わった事がある。
公園で遊ぶ子供たちも、部活帰りの学生も、コンビニでレジをうつスタッフもみんなマスクをしている。
ここ数年、コロナ感染症とゆう風邪に似た症状を出し肺炎によって死に至る危険性のある感染症が爆発的に広がりつつある。
緊急事態宣言、蔓延防止措置なんて言葉もよく耳にするようになった。
TVをつければ今日は感染者が何千人を超えたとか芸能人の誰々が感染したとかそんなニュースばかりが流れていく。
行動は制限され物価はあがっていく。
こんな毎日にうんざりしている人も大勢いる事だろう。
日に日に人々の顔色は悪くなるばかり。
もちろん俺もその1人。
高校の体育祭も文化祭も卒業旅行もことごとく中止になり、それらの思い出が載るはずの卒業アルバムは通常授業の風景しかない寂しい本になりはてていた。
大学に入学しても授業の時間が通常どうりにはいがずサークル活動も制限があって自由とゆうには程遠い生活が続いている。
一体いつになったら元の生活に戻れるのだろうか?
誰もがあの頃を懐かしみ空を見上げる。
きっと変わらないのはどこまでも続くこの広い空の色だけなんだろうなと。
そんな事を物思いにふけりながら歩いているといつの間にか見覚えのある神社の前に来ていた。
ここには昔からよく来て遊んでたっけかな。
裏が公園に繋がっててちょっとした森みたいになってるから探検気分で歩き回ったり秘密基地を作ったりしてさ。
公園で遊ぶ子供の声、さっきまで歩いていた大きな道が近くを通っていてたくさんの車が行き来しているはずなのにここだけは何故かとても静かでまるで違う空間のようだった。
軽くお辞儀をしてから境内に足を踏み入れる。
前にTVで神社での作法とかってのを見たけどこんな風に実際にやってみると俺も大人になったんだなとしみじみ思う。
賽銭箱の前に立ち、徐に財布から取り出した五円玉を投げ入れて手を合わせる。
二礼二拍手一礼だっけか?
まぁいいや。
目を閉じて願い事を思い浮かべる。
俺の願いってなんだろう?
健康で平凡に過ごせればそれでいいかな…
その時頭の中にある人物の顔が浮かんだ。
もし…もしももう一度だけ会う事ができたら…
閉じていた目をゆっくりと開き「ふっ…」と苦笑いを浮かべる。
叶うはずのない願い。
何してんだろうな、俺は。
神様、今のは忘れてくれ。
そんな事を思いながら来た道を振り返り神社を出ようとしたその時だった。
♪〜
「!?」
もう二度と聞く事は無いと思っていたその音色が俺の足を立ち止まらせた。