死は四を数え僕は理解す
魔石屋を追い出された僕は『隠密』の効果を確かめるべく、色々な露店を巡っていた。スキル発動は任意で行え意識していれば『隠密モード』になるらしく、露店や屋台を歩いている程度では誰かに気が付かれることはなかった。
ものは試しと先日剣士の少女を助けた場所に来てみたら、あのときの暴漢の仲間らしき男がうろついていた。
ただ目の前を横切っても僕に気がつくことはない。
チートスキルより劣る普通のスキルと言っても性能はかなり高いらしい。
次は小鳥がいた粉屋で小鳥に気が付かれないか確認してみる。
粉屋の小鳥は人が近づいてくるとピピピと鳴き主人に教えているが、僕が近づいてもなんの反応も無かった。
試しに『隠密』スキルを切ってみると、小鳥はびっくりしたのか籠の中を飛び回って籠にぶつかりまくる。
「ご、こめん」
僕は小鳥と粉屋の主人に謝るとその場を離れた。
「これは本物じゃん。女神に感謝だな……」
そうなると『罠発見』の方もかなり期待が持てる。本当にダンジョンを安全に探索できるかもしれない。
ひとしきりスキルで遊んだ僕は魔石屋が帰ってきてるか確認しようと街の奥に戻るのだった。
◆ ◆ ◆
――投稿することに価値がある。
――人気なんてなくてもいいじゃない。あなたらしさがあれば。
みんながそう言う。もちろん、それでいい人もいるだろう。
でも僕は違う。
僕はみんなに自分の曲を聞いてもらいたいし、認めてもらいたい。
端的に言えば「褒めてもらいたい」んだ。
褒めてもらえない曲に意味はない。
僕は新しい曲を投稿した直後から再生数を確認していた。五分もしないうちにリロードボタンを押す。
再生数が増えないときはブラウザのキャッシュが残ってるんじゃないかってシフトキーを押しながらリロードした。
「増えない」
公開設定を何度も確認する。『非公開』にはなっていない。ちゃんと『公開』になっている。
僕の曲は少しだけ再生されるけど、それ以上増えることはない。インターネットが壊れているんじゃないかって本気で思ったりもした。
「またダメか……」
何日も何ヶ月もかけて作り込んで睡眠時間を削って精神を擦り減らしてプライドも捨てて真似できそうなことは全て真似てストレスで吐いても胃液しか出なくて常に頭痛を抱え、やっとのことで出来た曲も通用しなかった。
理由もわかっている。
僕には音楽の才能がない。人気のボカロPと同じことをするにもよりたくさん時間をかけなきゃならない。
でも、僕にはこれしかないんだ。
音楽以外のことはもっと出来ない。何もできないんだ。
僕はマウスから手を話すと目を拭った。
◇ ◇ ◇
魔石屋に戻ると店の前で座っている女の子が見えた。背がソニアより一回り小さな少女で金髪だ。ただ目の部分に包帯が巻かれていた。血が滲んでるような様子は見えないが、包帯の下からケロイド状の皮膚が見えている。火傷の跡かな。
表情はあまり読み取れないが何か困っているように見える。
「こんにちは。魔石屋に用事かな? ソニアはちょっと急用があって出かけたんだけど……」
「そうですか……」
明らかに僕を警戒しているようだ。
「僕は最近ミューズの街に来てソニアにはお世話になってるシマと言うんだ。僕のせいでソニアは急用ができちゃったみたいで、ごめんね。ソニアに用事があったんでしょ?」
「はい。でも、戻ってきそうにないので帰ります」
「あ、じゃあ、送るよ」
「い、いえ、大丈夫です」
うーん。壁が厚い。
ただこのままひとりで帰すのも心配なんだよな。
「じゃあさ、ソニアが帰ってきたら教えるから、どこへ行けばいいか教えて?」
少女は固まったまま喋らなくなった。そして、明らかに震えている。人さらいが何かと勘違いしていそうだ。
「……ごめん。知らない人に声をかけられて怖かったね。えっと、僕は帰るから」
そういうと僕は少女から離れ、自分の宿に帰ろうとする。少し離れてから少女の方を見てみるが、少女は魔石屋の前でひとり座っていた。
心配だけど知り合いでもない僕が側にいたら落ち着かないもんな。仕方ないよな。
後ろ髪がひかれる思いで宿に帰った。
宿についてもあの少女のことが気になった。あの少女はなぜ魔石屋にいたのだろう? ソニアとは知り合いのようだったけどどんな関係なんだろうか。目に包帯を巻いていた理由は?
その全てが気になって仕方がなかった。
これは恋にも近い強迫観念のようで、何か別のことを考えようとする都度、あの少女のことを考えてしまう。
夕方頃に行けばソニアは帰っているだろうか。ソニアに少女のことを聞いてみよう。
と、思ったが、なんとなく心配になってもう一度魔石屋に行く。
魔石屋の前では先程の少女がまだ座っていた。ソニアは戻って来てないようで魔石屋は閉まったままだ。
「気になりますか?」
僕の背後から声がする。
悲鳴を上げそうになり口を抑えて後ろを確認する。背後には女神が立っていた。怖い。
「驚かせないでよ」
「いや、私が神託を授けた女の子を見ているものですから気になるのかな、と思いまして」
「え、神託を授けたのはあの娘なの?」
「そうですよ。私が行った神殿でお祈りしてたのがあの女の子なんです」
「へえ、巫女なのかな?」
「いえ、違いますよ。普通の孤児です」
「えっと?」
神託って普通は神官とか巫女に授けるものじゃないのかな。
「あの女の子が一番信仰心が高かったんです。FPの消費をかなり抑えられました」
信仰心の強さに応じて神託を授けるためのポイントが違うのか。なるほどなあ。
「なんて言ったの?」
「それは……おっと、駄目ですよ。あなたにそれを言ったらまたFPを消費しちゃいます」
「ふーん。未来予知みたいなものなのかな?」
こうやって雑談は出来るけど神託の内容は言えない。すると常人では知り得ないことを神託として授けるのではないだろうか。
「ご想像にお任せします。ただ老婆心ながら助言すると神託の内容には関わらないほうがいいですよ」
「危険なことなのか」
女神は言えないと言いつつちょっとずつヒントをくれる。
「ところであなたはあの女の子になんの用事があるんですか?」
「いや、目が見えないみたいだし、危ないかなと」
「ははー。守ってあげたい女の子が好みなんですね?」
女神はニヤニヤしている。僕は自覚があるだけに顔を赤くした。
「ち、違うよ! 僕はただ心配なだけで……」
「女の子をメロメロにするスキルを授けましょうか?」
僕は一瞬言葉に詰まったが首を横にふる。
「い、要らないよ!」
「そうですよね、あなたも今は女の子ですし」
女神とそんな話をしているうちにソニアが帰ってきたようだ。店の入り口で待っていた少女を店内に招き入れている。
「あ、帰ってきた。じゃ、またね」
僕は急いで魔石屋へ駆け出す。あの少女のことをソニアに聞くためだ。
「そっけないです」
その女神の呟きは聞こえなかった。