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死は然らば僕の供とならん



 思案した結果、僕は女神を無理に問い詰めないことにした。ここまで危険を避けるように行動してきたのに警告されたリスクを取る必要もないと思ったからだ。

 それにミューズの街で生活していくだけなら、この異世界に深く関わる必要もない。


「わかったよ。その代わりと言ったら何だけど、DTMの神具以外にもチートスキルをくれない?」


 無理筋なお願いだとはわかっているし、ダメ元だ。


「何が必要なんですか?」


 女神はすんなりと僕のお願いを聞いてくれるようだ。ダメ元でも言ってみるものなんだな。嫌われているかと思ってたから断られるものだと思ったけど。


「えっと、出来ればダンジョンなんかに行っても無事に帰ってこれるような生存率が上がるスキルがいいな」


 僕の欲しいものを聞いて女神は怪訝な表情を浮かべる。


「それは音楽に関係あるものですか? 録音用の魔石も、この街で百年ぐらい生活できるだけの音貨もアイテムボックスに入ってますよ」


 そうだった。僕は『この世界でも音楽を作ってください!』と言われたんだった。


「えっと、それは……」


 なんと言えば女神に納得してもらえるだろう? 


『音楽はもう作る気がありません』などと言おうものなら全部取り上げられて殺されちゃいそうな予感がする。神様って元々理不尽な存在だし。


「ダンジョンに行けば新曲の着想が得られるかと思って……」


 これは嘘ではない。ただ新曲を作るつもりがないだけだ。


 天使はふわふわと浮くのをやめてベッドに腰掛ける。そしてトントンと隣を叩く。

 僕は言われるままに女神の横に座った。


「新曲が出来なくて苦しんでいるんですか?」


 その言葉に胸が痛くなった。新曲はできている。もう発表できるレベルだ。だが、自信がない。




◆ ◆ ◆




 僕は人気のあるボカロPの動画をいくつか見ていた。人気の秘密を探るためだ。


「クォリティが落ちないんだな」


 少し受けると、それを超えようと色んな挑戦を始め、クォリティが下がっていく人を何人も知っている。僕もその仲間だ。

 しかし、人気のあるボカロPは同じような曲を似たテーマで聞き心地があまり変わらない新曲を出してくる。


 だが、それでも聞いてて飽きない。


 何度でも聞くことができる。


 それが人気の秘密だとわかっていても僕には真似できないことだった。


「人気が出たあとのことなんて考えてなかったな……」


 彼らのように僕は新曲を作り続けることが出来るだろうか。


 今の人気のない僕の曲でさえ、心血注いだものなのだ。それを超える努力を永遠に続けることが本当に可能なのだろうか。


 今のような地獄が続くことに耐えられるだろうか。


 僕には到底不可能なことに思えた。




◇ ◇ ◇




 魔石屋でソニアは僕の曲を『すごい曲だ!』と言った。だが、それは僕の曲がすごいわけではなく日本の音楽の基礎レベルがすごいのではないだろうか。もっとすごい曲を聞いたら僕の曲など意識の片隅に追いやられてしまうと思う。


 だから、今のままじゃだめなんだと思う。


「正直に言うと新曲は出来ている。でも、出来具合に納得は出来ていない」


 女神はひとつ溜息を履いた。


「後付はFPがめっちゃなくなるんですけどね。特別です」


 FPがなんのことかわからないが大切なものらしい。でも、ダンジョンには行ってみたい。女神には悪いが。


「お願いします」


「では、あなたに『隠密』『罠発見』のスキルを与えます」


 女神は僕の胸のあたりに手をかざす。そこに光が集まったかと思うと、その光は僕の胸に吸い込まれて消えた。


「終わりました。これであなたはダンジョンでもモンスターに見つかりにくくなり、罠があっても避けられるようになるでしょう。でも、完璧というわけではありませんので気をつけてくださいね。入るとしても入り口から少し行ったあたりまでですよ?」


 近所のお姉さんみたいな口調で僕に注意をする。チートスキルではなかったことを残念に思いながら、女神に「ありがとうございます」とお礼を言った。


「あー」


 女神が突然の溜息をつく。


「今月貰ったFP全部吹き飛びましたよ~」


「そのFPってなに?」


「ふふふ。教えてあげましょう! FPとは『faithful points』の略、すなわち」


 英語の発音が無駄にいい。


「すなわち?」


「信者ポイントです!」


「へー」


 割とどうでもいいものだった。


「あ、その顔は理解してませんね? 我々、神は信者の行いにより信者ポイントを貰います。その信者ポイントを使って神の奇跡を起こすのです!」


「なるほど。拡大再生産ゲームなわけね。しかも、他の神とはゼロサムゲームになるやつ」


「難しい言葉を知ってますね。まあ、そんなもんです」


 えーと、そうなると僕は期待されてるのか? 一年で起こせる十二回のうち一回分の奇跡を僕に使ってもらったのだ。


「それで僕はミューズの信者を増やせばいいの?」


「……そうなればいいとは思いますが、あなたは気にする必要はありません。曲作りに集中してください」


 思ったのと違う答えが返ってきた。


「曲を作る選択肢しかないのか……」


「苦しんでいるのならすぐにとは言いません。この世界に来たばかりですから、慣れてからでも遅くはありません」


「スローライフ推奨?」


「ダンジョンに潜りに行くような人がスローライフを送れるとは思いませんが、自由に生きていただいて気が向いたら新曲を作ってください」


 ここに来て僕の中の女神の印象は随分と変わった。女神は僕に意地悪してるわけじゃないのかもしれない。ただ曲を作れと言ってるだけだ。それが女神にとってどんな意味を持つのかはわからないが。


「うん。わかった」


 未だにやる気は出ないけど女神の意思は伝わった。ちょっとだけ女神に好意を持った。女の子にされた恨みは忘れないが。


「それでは私はそろそろ神託を授けに行きます」


「本当に神託を出すんだね」


「はい。せっかく外界に来たのですからついでにやっていきます。あなたも体にお気をつけて」


「うん。楽しんで!」


「ふふ。はい、楽しみます」


 ミューズの街式の挨拶をして窓から出て行く女神を見送る。すでに夜は更け、篝火も消されて真っ暗だった。


 女神だけが淡く光っていた。


 光はゆっくりと上がり霧の中に溶けていく。


「さて、寝るか」


 このとき、僕はこの世界における神がなんなのか、本当に何もわかっていなかった。




「という経緯で『隠密』と『罠発見』というスキルを手に入れまして」


 目の前には呆然としたソニアが座っていた。僕は例によって魔石屋に来て、ダンジョンに行けるようになったから一番近いダンジョンがどこにあるか聞こうと思っていた。


「……ミューズ様が枕元に来て、スキルを授けていった?」


「そうそう」


 ソニアはコメカミを抑えて目を瞑っている。


「にわかには信じられんが、ダンジョンにどうしても行きたいのなら私がついて行ってやるから次の休みまで待て」


「本当? ありがとう」


「それにしてもミューズ様がなせ『隠密』と『罠発見』を……。司る分野が全然違うではないか」


 ソニアの呟きを聞いて僕は気がついてしまった。専門外だからチートスキルではなく、普通のスキルをくれたんだ。なるほどなあ。


「あ、そういえば」


 僕はひとつ思い出した。


「昨日女神は神託を授けると言ってたような?」


「なに!?」


 ソニアはカッと目を見開いて僕の方を見た。


「それは一大事だぞ! 前回の神託は百年以上前だぞ!」


 マジか。女神はどんだけサボってるんだ? いや、下界に顕現するのに必要なFPがものすごく多いのか……?


「こうしちゃおれん。悪いが店じまいだ。出てってくれ」


「え、ええー」


 不満を訴える僕を追い出すと魔石屋は『CLOSED』になった。





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