死は詞となりて僕を詠う
「話は聞いた。ちょっと整理させてもらってもいいか」
朝一番でソニアの魔石屋に来た僕は他に客がいないことをいいことに昨日考えていたことをペラペラと喋り倒した。
ソニアは困惑しながらも全部聞いてくれたというわけだ。
「最初に聞かれた夜の街だが安全とは言い切れないな。信用の出来る大人がいないと危ないことは間違いない。ミューズは周辺の街や村に比べれば治安はいいほうだが、今はバザールの期間だからな。余所者も多い。夜は出ないほうがいいな」
「そうか……。あ、ソニアがついてきてくれれば見学出来る?」
「まあ、外から店を見る程度ならできないことはないかも知れんが……」
ソニアは『正直行きたくない』という顔をしていたので、これは諦めるしかないようだ。
「とりあえず、次の話題だが、ダンジョンはモンスターも罠もあるから危険だな。絶対に行かないほうがいい」
「ダンジョンもダメかあ」
行きたかったが仕方がない。やはり命が一番大事だ(一回死んでるけど)
「最後にシマに出来る仕事だが、シマは何歳なんだ?」
「えっと、二十七歳」
元の世界では二十七歳の男であった。今は見る影もないが。
「は? 私より年上なの?」
「そ、そう」
「そのなりで?」
いや、凄い怒ってる。僕がソニアをからかってると思っているんだろうか。
ここは嘘の年齢を言ったほうがいいか? いや、もし未成年で行動に制限がかけられるようだと面倒だよな。
ここは二十七歳で押しきろう。
「そういう種族なんだよ」
「……わかった。信じよう」
どうやらこの世界にも実年齢より若く見える種族がいるようで、とりあえず信じてくれた。エルフかな? 機会があったら会ってみたい。
「ふむ。一応成人してるみたいだから色々な仕事が出来るだろう。ただミューズで働くのは人気だからな。どこもすぐに決まってしまう」
「と、なると、僕の仕事はミューズにはなさそう?」
「すぐには見つからんだろうな。ただ私のツテを当たれば紹介できるかもしれない」
ソニアの伝手だったら安心だろう。ちょっと時間が空いてもソニアがくれた音貨でしばらく暮らせる。
「手間だけどツテでお願いできる?」
「うむ。任せてくれ。シマにはなるべくミューズにいて欲しいからな。他の街にいって危ない目にあってほしくないし」
僕の実年齢は信用されてないようだ。完全に子供扱いである。
◆ ◆ ◆
『帰ってこい』
そういう内容の手紙が届いたのが七月だった。消印でわかった。封筒を開けてみたのは十月だ。
料金延滞でスマホを止められていた期間で、電話がつながらないため手紙を出したらしい。直接確認しに来ないところが僕の親らしい。
僕も手紙が(請求書以外で)来るとは思ってなかったのでポストを確認するのを忘れていた。
なお、バイト先からの電話にガイダンスの案内が流れるようになってバイト先のオーナーにばれた。
延滞しまくった各種料金は僕の窮状を見かねてオーナーが立て替えてくれた。『分割で返します!』と言ったのだが『金は貸さない主義』と押し切られた。オーナーが言うには回収が面倒だし必ず人間関係も拗れるので嫌だそうだ。
僕は感謝してシフトの穴が空いたら率先して埋めるようになった。元々時間の融通は利いたのだ。
それでスマホが復活し実家からのメールが受け取れるようになって手紙に気がついた、という顛末だった。
実家に帰るには莫大なお金か、体力のどちらかが必要になる。まず飛行機に乗る方だが、金銭的に無理だった。往復の飛行機代を用意できない。
次に夜行バスや船を乗り継いで帰る方法だが、一度若いときにやったが体力か持たない。絶対に途中で力尽きるだろう。
よって実家に帰るには仕送りをしてもらう必要があるがそれだけはいやだった。
僕のなけなしのプライドが『家族には頼らない』だからだ。家族に頼った瞬間にボカロPもやめるだろうし、何事にもやる気がなくなるだろう。
なんなら息をするのもやめるかもしれない。
僕は短く『帰れない』と書いたメールを送った。
このときの僕は自分が外部環境に変えられてしまうことをとても恐れていたのだと思う。
◇ ◇ ◇
僕はソニアに倣って面倒ごとを減らそうと、男の子に変装するためのアイテムを探しにバザールへ来ていた。
相変わらず今日も霧が濃い。何が売っているかは近づいてみないとわからない仕様だ。
昨日とは違う道の露店も探してみる。今日は音貨を持っているので何でも買えそうだが、無駄遣いはしないようにしようと思う。
今着ている服の他に替えの服、髪の毛を隠す帽子、ソニアのようなフード付マント、あとは晒が欲しいな。胸の膨らみは僅かだとは言え服の上からでもわかる。男装するとしたら隠したほうがいいだろう。
露店には本当に色々売っていてバザールがかなり大きな祭りのようなものであることがわかる。
そういえば朝ごはん食べてないな。
宿には朝食がなかったので、適当な屋台で焼き鳥のようなものを買って食べた。一本一銅音貨。
焼き鳥を食べ終える頃、マントも帽子も売ってる露店を見つけた。色は黒がいいかな。ソニアは深緑色だったが。
背の高いお姉さんが店の商品を並べ直しているところだった。マネキンのようなものにかかっているマントがなかなか良い。
「これください」
僕はマントと帽子を指差す。
「ふたつで一金音貨だよ」
「これ、お代。あと晒を売ってるところを知りませんか?」
「晒……うーん、ちょっとまってて」
どうやら露店の後ろに在庫があるようで霧の中へ消えていく。
しばらくすると戻ってきた。
「これでいい? 綿地のやわらかい生地だから肌にも優しいよ」
「それを二つもらえますか?」
「ふたつで一金音貨ね」
この店は五千円均一なのか? ちょっと高いよなあ、と思いながらも値切る度胸もないので素直に支払う。
残金が減るのは痛いが面倒事を減らすためだ。仕方がない。安全第一。
「たくさん買ってくれたから、バッグをおまけしようか。マントと帽子は着ていくかい?」
「ありがとうございます。はい。着ていきます」
お姉さんに手伝ってもらい、マントをつけ、髪の毛を帽子の中にしまってかぶった。これで男の子のように見えないこともない。
丈夫そうな布でできたトートバッグの中に晒を入れてもらった。これで一度宿に戻らなくても散策を続けられそうだ。
「じゃ、楽しんで!」
「はい!」
お決まりの挨拶で分かれるとバザールの散策を続ける。色んな音楽を聞きながら気になる音楽の露店や屋台を覗く。
そのうちに露店が途切れ、目の前には壁のようなものがあらわれた。どうやら街の端っこに来たようだ。
「やめてください!」
女の子の声が聞こえてきた。明らかに誰かに絡まれている。
僕はなるべく静かに声のする方へ移動する。霧があって何が起こっているかわかりにくいが、数人の男が少女を取り囲んでいる。
紫色の髪の少女は剣士風の出で立ちだったけど、剣を佩いていない。
「悪いね。これも仕事でさ」
男のひとりが少女に掴みかかろうとしたが少女はひらりと避けて逆に男の股を蹴り上げた。
「うわあ……」
僕は思わず声を漏らす。あれは痛いだろうなあ。
男たちは何も言わずに剣を抜いた。脅しの文句がない。これは本当にまずいのではなかろうか。衛兵を呼びに行く暇なんてないよな。
僕は急いでDTMの魔道具を取り出すと「助けてください!」と叫ぶだけの音声を打ち込む。
そして、できる限り大きな音量にして再生した。
「助けてください! 助けてください!」
僕の作った音声がループして何度も繰り返される。その声に驚いた男たちは僕の方へ振り返った。
「助けてください! 助けてください!」
少女も驚いていたが、僕の意図が伝わったようで男の囲みをすっと抜けて僕の方へ走ってきた。
「逃げましょう!」
少女は僕の手を掴み走り出す。
「わっとと」
僕はDTMの魔道具を男たちはの後ろへ放り投げると、少女とともに駆け出した。
剣士の少女は霧の中、まったく迷う素振りもなく走り、男たちを引き離すと路地に入り込む。
流石に霧の街。男たちは僕たちをすぐに見失ったようでしばらくすると離れていった。
「もう大丈夫なようね」
それを聞いて肩で息をしている僕は地面に座り込んだ。
「助けてくれてありがとう」
「え? あ、はい」
助けたのか邪魔をしたのかわからないが、なんにしろ面倒にならなくて良かった。
「私はテミス」
テミスと名乗った少女が僕の方へ顔を向けると、紫色のポニーテールが豪快に揺れた。
「僕はシマ」
「シマはこのへんじゃ見ない顔ね」
「うん。ミューズには昨日ついたばかりなんだ」
ミューズだけじゃなくてこの世界にだけど。
「ふーん。しばらくミューズにいる? お礼したいんだけどさ、これから外せない用事があって。どこに泊まってるの?」
「しばらくミューズにいるけど、えっと」
そういえばあの宿はなんていうんだっけ?
「宿の名前はわかんないや。魔石屋から出て左の道の一番最初の宿屋」
「わかったわ。じゃ、急いでるからまたね。あなたも気をつけて」
「うん」
なんかよくわからないけど少しは役にたてたようだ。
「あ、DTMどうしよう……」
放り出して来たけど、誰にも見えないから、ずっとあそこで叫び続けてるんだよな。でも、あの周りには暴漢らしき男たちがまだいるだろうし。
どうにもならないので一晩放置しようかな……。