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死は史となりて街になる



 僕からとあるものが欠落し、僅かばかりの胸の膨らみが増えた。


 女の子になっちゃった……。


 僕は部屋にあった鏡で変わってしまった自分を観察する。

 男だったときの僕の印象をおぼろげながら残し、ボブカットにして毛先は外ハネにした感じだ。髪の毛の色まで双子のボカロっぽい。

 年齢も十六歳ぐらいに見えた。


 僕も二十七歳の男だ。かわいい女の子に興味がないわけじゃない。でも、自分がかわいい女の子になるのとは違う気がする。


「なぜ気が付かなかった……」


 道理で魔石屋の店主が心配するはずだ。お金を持ってない少女が来たんだから。どう考えても近隣の街からの家出だと思ったろう。

 宿のカウンターで説明を受けたお風呂の時間も合点が行く。そりゃ女湯だよ。女の子だもん!


 どうすればいいの、どうしたら……。


 天使と戦争でも始めようか。いや、恋じゃないよ。


 今まで気が付かなかったぐらいだ。少女になってしまったショックはそれほどでもない。それでも長年連れ添った相棒が居なくなると寂しくはある。


 おしっことかどうやるんだろうな。

 生理とか来る前にわかるんかな。そもそもこの世界ではどうやって対処するんだ?

 変なやつに襲われたらどうする?


 元々非力ではあったが男と言うだけで随分と面倒事は減っていた気がした。少女は面倒事が多そうだ。


「まずはレストランに行ってくるか」


 精神が病んできそうだったのでご飯を食べることにした。ご飯を食べれば少しはいい考えが浮かぶかもしれない。

 カウンターで貰ったお食事券を用意し、部屋を出ると鍵をかける。音貨は念の為に全部持ってきた。


 レストランでは思い思いに食事をする人がたくさんいた。レストランの中までは霧も入ってきてないので、昼間に見えなかった顔立ちも服装もはっきりと見える。こうやって見ると割とカラフルな服装で僕の着ている現代日本の普段着も目立つ感じではない。

 髪の色は日本のファンタジーよろしく色々でバナナ色の髪の毛でも違和感はなかった。


 でも、魔石屋の店主のような美人は見当たらず、あれは面倒を避けるためにフードで顔を隠していたのだろう。

 なんか悪いことをした気分だ。ただ僕が女の子だったから心を許して顔を見せたままにしていたのかもしれないし。

 色々理由をつけて自分を納得させた。




◆ ◆ ◆




「……死ぬ……」


 酷い風邪を貰ってきてしまった。ファミレスで後ろに変な咳をしている女の子が座っていて嫌な予感はしていたんだ。

 熱にうなされて起きた。

 朦朧とする頭でなんとか起き上がって冷蔵庫を確認する。


「何もない」


 そりゃ家にいてもカップラーメンしか食ってないんだからあるはずもない。カッとなって冷蔵庫のコンセントを引き抜いた。

 ワンルームの狭い台所にいってなんとか水を飲む。生温い水だが、これで一息つけた。


「薬なんてあるわけないしな……」


 近くのコンビニまで買い物に行くのもダメそうだ。


 寝よう。


 下が荷物置き場になるタイプの組み立て式ロフトベッドの上へあがり、なんとか横になる。


 天井が近い。


 上の階の音が聞こえる。何してるんだろう。


 ものすごく僅かな音なのにそれが気になって眠れない。

 熱の不快感と相まってイライラしてくる。寝たいのに眠れない。

 ロフトの下で眠ればマシかもしれないけど、今度は布団を下ろす体力がない。


「なんで」


 原因を考えてみたがわかるはずもない。風邪を引くのに理由などないのだ。世の中はいつでも風邪を引く危険性に満ちている。そのリスクを軽視して備えなかったのは僕で、上の階の人はいつも通り生活しているだけだ。

 なにか変わったのは僕だけ……。


 僕はのそりと身を起こすと、ロフトベッドから転げ落ちないようにゆっくりと降りた。


 ノートパソコンを取り出すと電源を入れる。


 眠れないのなら時間の無駄だ。曲作りを少しでも進めよう。


 だが、五分もしないうちに僕はノートパソコンにかぶさるようにして寝落ちした。ノートの一つも打てなかった。




◇ ◇ ◇




 注文した料理はステーキ定食のようなものだった。たぶん、百グラムぐらいのステーキに小さめのパンが三つ、それにサラダの代わりの野菜の酢漬けだ。飲み物は自由に選んでいいらしいので僕は紅茶のようなお茶をもらってきた。

 味は美味しかった。調味料や香辛料は日本人の感覚で見ても変な偏りがない。素材の下処理も行われているようで血なまぐさいとか雑菌が発生しているような臭いはない。


「隣の街のダンジョンで女神の祝福を受けた白金音貨が見つかったんだと」


 隣の席で食べている二人組の男の会話が聞こえてくる。鎧下のような厚手のチュニックを着ていた。普段は鎧を着ている職業なのだろう。ダンジョンと言っていたから冒険者とか?


 僕は興味が湧いてきて二人の話に耳を立てる。


「マジか。何階?」


「十階らしい」


「うわっ! 俺、一昨日に十階で魔石採ってたわ」


「おしかったな」


「いいよなあ。最低百ダイヤモンド音貨はするもんな。一気に大金持ちじゃん」


 それを聞いて僕は『マジか!』と大きな声を上げそうになった。魔石屋の店主、ソニアが一億円で買い取ると言ってたのは大げさではなかったんだ。

 今後は困ったら魔石屋に録音してもらって少しお金をもらおう。そうすれば働かなくても生きていけそうだ。

 欲を出して何億円も儲けることは可能かもしれないけど、ソニアは言っていた。


『よしておこう。これをたくさん持っていたらよくないことに巻き込まれそうだ』


 良くないことがなにか分かってないし、それがわかったとしても身を守る方法もわからないんだから欲は出さない方がいいよね。


 ただそうなると何もしてないのにお金を持っているのも怪しいと思われる可能性もある。なんらかの仕事を見つけなきゃならないな。

 大抵のアルバイトはやったから力仕事以外ならなんとかなりそうだが、ここは異世界だもんね。どんな仕事があるのか。

 さっきの二人組の話からするとダンジョンに潜って魔石を採取する仕事、あとは商品を仕入れて露天や屋台で売る仕事、宿屋や魔石屋のような店舗を構えているところもあるので、従業員として雇ってもらうというのもあるかもしれない。

 何にしろ、ソニアに相談するのがいいかもしれないな。


 そこまで考え終わると僕は目の前にある残りの料理を平らげた。




「大事なことを忘れていた……」


 お風呂はどうしよう。一日ぐらい入らなくても平気か?

 いや、入りたい。

 霧が多くて湿度が高いから汗も乾かなくてベトベトしている。若い肌だから少しはマシかもしれないけど、水浴びだけでもしたい。


 だが、入っていいのか?


 体は少女、心は男。


 犯罪臭がする。

 

 かと言って男湯に入るわけには行かない。男湯に少女が入ったら大事件だが、たぶん入る前に止められる。


 女湯でも他の人を見ないようにささっと入れば僕の罪悪感は最小限に抑えられて大丈夫かな?


 楽観的な結論を出し、念の為にパンツの中身がないことを確認すると、お風呂に向かう。


 タオルとかは備え付けで、使い終わったら使用済みタオル籠へ入れればいいらしい。着替えを保管しておく用のロッカーもあった。脱衣所は薄暗くなっていて他の人の裸は見えにくくなっているようだ。


 これならいけるのではないだろうか。誰の裸も見ずにささっと体を洗うのだ。


 僕は服を脱いでロッカーへしまうとタオルを一枚借りて隠しながら目を閉じてお風呂場へ入った。


 ゆっくりと目を開くとそこは篝火が炊かれていて明るかったが、湯気、いや霧が立ち込めていた。どうやら露天風呂のようだ。

 どこから湯になっているかわかりやすいように柵があって霧の中でも薄っすらとわかる。僕は周囲の人が体を洗ってからお湯に使っていることを確認すると、洗い場においてある小さな椅子に座った。


 洗い場にはお湯が流れる樋が通っていて、そこに蛇口代わりの板があった。板を押し下げるとお湯がせき止められて樋の横にある切り欠きからお湯が出てくる仕組みだ。よく考えられている。

 手桶にお湯を溜めるとタオルを濡らし備え付けの石鹸をつける。よく泡立つ石鹸だ。タオルを泡で一杯にする。


「……」


 色々考えた末、とりあえず腕から洗い始めることにした。胸とか股とかは最後にしよう。


 体を洗い終わったがお湯に浸かるかどうか考える。そこまで疲れたわけではないし、霧でよく見えないが湯船が広くて他の人が見えない、という状況は考えにくい。


 今日のところはこのまま出るか。


 僕は肩身の狭い思いをしつつお風呂から出てそそくさと着替え、自分の部屋に戻った。




 お風呂に入ったのにいまいち疲れが取れなかったし、なんか体が暑くなって眠れなくなってしまったので、窓を開けて外を見てみた。

 通りのあちらこちらに篝火が炊かれ、霧の中に光の道が出来ているようだ。とても幻想的で夜の街には夜の街の音楽が流れていた。

 官能的というか、非日常を強調するような、そんな曲が多い。


「楽しそうだな」


 もし二十七歳の男の僕だったら迷わず夜の街に繰り出していただろう。実際にお姉さんと遊ぶわけではなく、こういう雰囲気を味わうために見学しにいくのだ。

 意味もなく夜の歌舞伎町を散歩するようなものだ。


 しかし、今の僕は割と美少女な十六歳の女の子だ。この世界の成人が何歳からかはわからないが、ソニアが心配するぐらいだ。子供の域を出ていないのだろう。


 明日になったら夜の街がどんなものかソニアに聞いてみよう。安全に遊べそうなところがあったら紹介してもらいたいし。

 あとは僕に出来そうな仕事も紹介してもらえないかな?


 とりあえずの予定を決めると、僕は窓を締めてベッドに潜り込む。


「ダンジョンも気になるなあ。モンスターとか出るのかな」


 知らないことが増えて僕は興奮しているらしい。色々なことがあって疲れているはずなのに布団に入っても眠れない。


 あの天使には意地悪をされたけど、この世界に連れてきてくれて感謝してもいいかもしれない。音楽をまたやれ、とDTMの魔道具を渡されたときは愕然となったけど、強制されるわけじゃないみたいだし。


 ソニアに聞きたいことを色々考えているうちに僕は眠りに落ちた。






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