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死は使となりて僕に仕える



 この世界でも録音できることにびっくりしたけど、よく考えたらここに来る前でに聞いた音楽はそうやって作られているのだろう。

 録音と言うと不正利用が念頭に来て普通の作曲家は嫌な顔するかもしれない。けど、僕は人気のないボカロPだったので、勝手にコピーされて困った経験がない。むしろ、僕の曲を広めるために無断転載をしてくれないかと思っていたぐらいだ。

 この世界に著作権を管理する団体なんてたぶんないだろうし、例え録音した僕の曲で儲けることができるとしても、僕はその方法がわからない。


 結論としては『録音されても問題ない』だ。どうせ削る予定のイントロ部分だし。


「いいですよ」


「本当か? 早速準備する!」


 店主は矢よりもはやく店の奥に引っ込んでいったかと思うと次の瞬間には露店や屋台にも置いてあった蓄音機のような魔道具を持ってきた。


 蓄音機は録音する道具でもあるようだ。


「タイミングを合わせて三、ニ、一で鳴らしてくれ」


「うん。わかった」


「三、ニ、一」


 僕はDTMの再生ボタンを押す。


 静かな店内に僕の作った曲が流れる。作っている最中に何度も聞いているせいか、いい曲なのか、悪い曲なのか、わからなくなっていた。


「もういいぞ」


 三十秒ぐらいしたところで、録音は終わりらしい。僕もDTMの停止ボタンを押した。イントロが一分以上あるため、まだ歌には差し掛かってなかった。


「やはり、すごい曲だな! 今まで聞いたことがない! これを買い取らせてもらってもいいか? なに悪いようにはしない。出来るだけ高値をつけるから」


 店主は興奮した様子で蓄音機から取り出した音貨を僕に見せた。なにが違うかわからないが、店主の手にある音貨は白金色でキラキラしている。宝石としても価値があるんじゃないだろうか。


「しばらく生活できるぐらいの金額を貰えれば」


「よし! 待ってろ」


 また店の奥に引っ込む。先程から綺麗な顔が見えているのだが、いいのだろうか。フードで顔を隠していたのはなぜなんだろう?


「おい! ちょっと手伝え」


 カウンターの奥にある扉の向こうで僕を呼ぶ声が聞こえた。店の奥に入っていってもいいのかな?と思いながらもカウンターの中に入り、扉を開けた。


 そこは薄暗い倉庫のようで壁という壁に棚が取り付けられ、そこには音貨や魔石が並んでいた。在庫なのだろうか、蓄音機のような魔道具もたくさんあるようだ。


 更に奥に進んでいくと店主がいくつかの袋を抱えていた。


「この袋に音貨が入っている」


 袋は小分けで三十個は超えている。店主はいくつかの袋から中身を出すと、僕に持たせる。


「銅、銀、金、白金、ダイヤモンドの順で価値が高い。銅は十個集まって銀一つ分だ。他の音貨も十個で一つ上の音貨と両替ができる」


「なるほど。見た目はガラスみたいだけど、言われてみれば金属のようにも見えるね」


 メタリックなビー玉を思い出した。


「銅の音貨があれば質素な食事が一回、銀の音貨五個があればそこそこの宿に一晩泊まれるだろう」


 銅の音貨は百円、銀の音貨は千円ぐらいの感覚なんだと理解した。


 百銅、千銀、万金、十万白金、百万ダイヤということなんだろう。


「それで対価だが、ダイヤモンド音貨がひとつしかなく、白金音貨も録音用しかないのだ。細かくなるが金音貨で支払わせてくれ。百ダイヤモンド音貨分ある」


「えっと……」


 自慢じゃないけど大きな数字は得意じゃない。百かける百万だといくら……?


「一億円!? いやいやいや、そんなに要らないよ!」


「いや、しかしだな」


「そんなにお金持ってたら強盗にあって殺されちゃうよ!」


 僕は不健康極まりない生き方しかしてないので筋力にも自信がないし、馬鹿なんでお金を使って身を守る方法も知らない。


「ならぱ、当面必要な金額の音貨を渡し、あとは預かろう。それならばよいだろう?」


「うん。……いや、やっぱり要らないよ。三十万円……白金音貨三つ分ぐらいでいいよ」


 金額は適当だけど、大体一ヶ月分ぐらいの生活費があればなんとかなるんじゃないだろうか。宿代にしたら二ヶ月分だ。切り詰めれば一ヶ月以上は生活できる。


「……そこまで言うのなら」


 店主は金音貨十五個、あとの分は銀音貨で取り出すと、袋に詰めて僕にくれた。


「今は、これしか渡さぬが金に困ったらウチに来ればいくらでも都合しよう」


 店主は真剣な表情だ。嘘を言っているようには見えない。


「ところで疑問なんだけど」


「なんだ?」


「録音した音貨を鳴らして、また録音すればたくさん増やせるんじゃないの?」


 所謂、違法コピーってやつだ。この世界でも違法になるかどうかは知らないけど。


「……そう考えるやつもいるな。しかし、音貨を鳴らして録音したものは雑音が入るから偽物だとすぐにわかる。聞いてみるか?」


「お願いできる?」


「ちょっと待ってろ」


 そう言うとたくさんある棚からいくつかの音貨を取り出す。先程、僕の曲を録音したのと比べると白金音貨の輝きが少し弱い気がする。


 店主は蓄音機にその音貨セットすると(たぶん)再生ボタンを押した。


 すると、なんとも言えない雑音の混ざった音楽が流れてくる。聴けないこともないが、これで音楽鑑賞をしようとは思わないだろう。


「なるほど……」


 納得した僕を見て店主は蓄音機を停止した。


 僕の曲が一億円の価値があるかはさておき、オリジナルの音源を持っているということはステータスなようなものなのかもしれない。例えば貴族に高値で売れるとか。


「いや、待てよ……」


 僕はとあることに気がつく。


「また僕が再生して録音すれば増やせるのでは?」


「!」


 店主も僕の言ったことを理解したようだ。


「天才か?」


「僕は間違いなく天才じゃないけど……そもそも露天で鳴ってる蓄音機の音貨はどうやって録音されたの?」


「バザールで聞いたと思うが、あれらの音楽は音貨を複数使って演奏したものだ。専用の魔道具の上に一音ずつ鳴る音貨をたくさん並べて演奏し、それを録音する。場所も魔力も手間も必要なため、たくさん録音するのは難しいのだ」


 だから僕の曲を高い値で買ってくれようとしたのか。あの数のノートを物理で並べて録音する光景を考えただけで気が遠くなる。


「また録音する?」


「うーん」


 店主は金髪の髪をガシガシかきむしると、なにか決意したようだ。


「よしておこう。これをたくさん持っていたら良くないことに巻き込まれそうだ」


 それは暗に僕にもそれをするなと忠告しているのだろう。理由はなんとなくわかる。


「お世話になったね。僕は枝里シマ」


「シマか。私はソニア。もし金が必要ならここへ来ればミューズだけじゃなくて、近くの街で使える通貨もあるからな。他所へ行くんじゃないぞ?」


「うん。ありがとう」


 余程、僕が心配なんだろうか。よわっちいと言っても男なんだけどなあ。


「あと宿は店を出て左の道にある最初の宿を使うんだぞ。あそこなら信用できる」


 ミューズを歩いた限り治安が悪いようには見えなかったが、何にしろ霧の深い街なのだ。見えないどこかで悪いことをしてる人がいるかもしれない。


「わかったよ。何から何までありがとう」


「一緒についていってやろうか?」


「そこまではいいよ」


 僕は苦笑いして最後まで心配そうな店主に別れを告げた。




 魔石屋から出ると薄暗くなっていた。相変わらず濃い霧がオレンジに染まってまるで街中で火事でも起きているかのようだった。


「たしか出て左の道に」


 店主に言われた通りに左の道を進んでいく。街行く人々もバザールから帰ろうとしているようだ。


 僕はうまく流れに乗ると、最初の宿屋に入っていく。


 入ってすぐのカウンターでは先に着いた客が手続きをしていた。混む前につけたようだ。


「一晩五銀音貨だよ。食事は夜だけこの前にあるレストランで食べられるよ」


 はやくもレストランで食事をしている人がいるが、料理は見た感じ悪くない。魔石屋の店主が薦めるだけはある。


 しばらく待って僕も手続きを終えると、三階にある部屋に向かう。途中、お風呂の時間も書いてあったが、カウンターで受けた説明と時間が違った。


「女湯の時間じゃん」


 危ない危ない。異世界転生初日に危うく痴漢で捕まるところだった。


 宿泊用の部屋は決して広いとは言い難いが掃除も行き届いていて清潔感はばっちりだった。ベッド以外にも小さな机と椅子がついていて簡単な食事ならできそうだ。たしか食事を運んでくれるサービスもあると言っていたから、そのためなのだろう。

 少し休んだらレストランで食事をしようかな。汗もかいたからお風呂も入りたい。




◆ ◆ ◆




 湯船に最後に使ったのはいつだっただろう。もう覚えてなかった。少なくとも一人暮らしになってからは湯船に浸かった記憶はない。

 シャワーで素早く洗うと髪の毛も乾かさずにノートパソコンへ向かう。シャワーを浴びている最中に思いついたアイデアを組み込むためだ。


「ここを」


 少しだけテンポをずらす。そうすれば、ちょっとした違和感で次の小節で発生する転調を自然に見せることが出来るはずだ。


 だが、うまくいかなかった。


 同じようなことをしているボカロPはたくさんいる。だから僕にも出来るはずだ。ただ時間が足りてないだけだ。ムキになってテンポを修正する。しかし、なかなか自然に聞こえない。


「クシュン」


 思った以上に時間が経ち流石に体が冷えてしまったようだ。僕は気落ちしながら体を拭いた。




◇ ◇ ◇




「ない!」


 ない! ないよ!


 僕は自分の体に起こったまさかの事態にパニックになっていた。


 あの天使! 重要なことを伝え忘れてるんだけど。





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