まわりまわるはタンゴの縞
録音にはそれなりに時間がかかるらしく、一週間後に神殿でスノウの曲を聞くことになった。
それはそうだ。あの部屋に一つずつ音貨を並べるのだから、時間はかかるというものだろう。
僕も手伝うと申し出たんだけど、神官だけが使える部屋ということで断られてしまった。
「暇になった」
厳密には暇はないのだけど、ちょっと落ち着いて考える時間が出来た、というところだろうか。
「タウロスに大見得切ったはいいけど、何すればいいんだろう?」
要は音楽を好きな人が自分の音楽を発表できる機会を増やして、ミューズの街を活性化するとともに、スノウのような孤児だけど才能がある人を拾い上げる仕組みを作れればいいのだ。
もちろん、具体的な手段は一切思いついていない。
お金はある。しかし、女神から補充されるわけではないので自ずと限りがある。無計画にバンバンやればいい、という感じではないことは僕にも分かった。
因みに一週間後はまたバザールが開かれる期間になる。
そこに合わせて少しでも具体的な方向性を作りたいところだ。
――トントン
宿の一室で考え事をしていると、ドアをノックする音が聞こえる。
「どちら様ですか?」
僕に用事がある人はいないはず。なんの武器もないけど身構える。
「宿の女将です」
声は確かにいつもカウンターで会っている女将だ。
「なんでしょう?」
「あの、姫様のお使いが来ております」
「姫様?」
「はい。テミス様です」
そう言えば、テミスは領主の娘だった。
「今行きます」
扉を開けると心配そうな女将が立っていた。
カウンターで話をするときは肝っ玉母さんという感じなのだが、流石に二度も領主の娘から迎えが来たら「実は偉い人なんじゃないか」と心配もするんだろうか。
「あ、あの……シマ様はもしかして……」
「いや、たまたまバザールでテミス様と知り合っただけですよ」
「……そ、そうですか。たまたまですか。テミス様のお使いの方が一階のカウンター前でお待ちです」
全く納得いってない様子だが、領主の娘のお使いを待たせるわけにもいかず、すぐに案内してくれた。
段々と目立ってきてる気がするなあ。
◆ ◆ ◆
僕は圧倒的に基礎が不足している。音楽を体系立てて学んでないので未だに知らないコードがある。
基本的なコード進行もよく知らない。
それで曲作りができるのだから、音楽って間口は広いんだと思う。
だけど、間口が広いと言うことはそれだけ参加する人が多く、そこには明確な実力差が付くということだ。
僕の作曲スキルは底辺で、もっと上に上がるための努力が必要なことはわかっている。
そして、それには地道な勉強が一番だ。
具体的には全てのコードを暗記し、コード進行を覚える。使い方を学習するためにそれを使った作曲を繰り返す。
全部やり終わっても地肉になるまで繰り返す。
兎に角、時間と根気と、身につくまで止めないという意思力が必要になる。
時間と根気はなんとかなっても意思力は不足している。
僕は意志が弱いんだ。
◇ ◇ ◇
領主の館につくとすぐにテミスの部屋へ通された。どうも私的な友人という扱いらしく、戻ってきている領主夫妻と会わずにすんだ。
「久しぶりだな」
「こんにちは。いや、そんなに経ってないよね。一週間ぐらい?」
「来て早々悪いんだが、本題に入らせてくれ」
テミスは椅子を僕にすすめる。テミスは執務机に寄りかかった。
「まず君に確認しておきたいのだが、ハーメスのダンジョンへ行ったか?」
やばい。バレてる。どこからバレたんだろう。なるべく『隠密』スキルを発動していたはずなのに。
テミスの忠告を聞かず、ダンジョンに行ったのだ。ここは大人しく怒られよう。
「……はい。行きました」
「そうか……」
テミスは特に怒ってはいないようだった。だが、続く言葉が出てこない。
重い。空気が重くなっていく。
僕が耐えきれず、何か言おうとしたときだった。
「……『お使い様』と言うのは君か?」
「ち、違うよ」
不意の質問に僕はちょっと動揺する。
「そうか。ところでミューズ様が神殿に現れたそうなんだが、君は知ってたか?」
知ってるも何も僕はその場にいたし、神殿の人たちもそれを知っている。テミスがそれを聞いてくるということは僕がいたことを知っているのだろう。
「うん。その場にいたから」
「なるほど」
「さっきから何なの? ちょっと怖いんだけど……」
これは逃げ道を潰すタイプの尋問だ。テミスが僕を疑っているんだと思う。
テミスは僕を真剣な目で見つめる。
「君は私に嘘を付いているな?」
「う……」
嘘をついているのは間違いないので僕は返答に詰まる。
「もちろん、誰しも言えないこともあると言うのはわかる。だが嘘はついてほしくない。約束しよう。私は君が黙秘するとしたことは追求しないと」
誠実な人柄が僕の胸に刺さる。
人間は同じものを返そうとする。
敵意なら敵意を。無関心なら無関心を。好意なら好意を。
そして、誠意なら誠意を返さなければ、きっと僕はこの先、テミスを見るたびにモヤモヤしてしまうだろう。
「一つだけだよ。嘘は」
「ふむ。ならば訂正をお願いする」
「ダンジョンに現れた『お使い様』と言うのは僕のことであっていると思う」
「そうか。よく言ってくれた」
テミスは僕の前に立ちひざまずいた。
「ちょっと、やめてよ!」
そういうのが嫌だから言いたくなかったんだ。
「いや、これは『お使い様』だからしているわけではない。君がまた助けてくれたから礼をしているのだ」
「え?」
「ダンジョンで君が助けた冒険者の二人組は私の友人でな。私の依頼でダンジョンの探索をしてくれてたのだ」
世間は狭いな。まさかテミスの友達だったなんて。
「本当にありがとう」
とても丁寧な礼だった。僕はテミスが特別扱いをしているのではなく、普段通りに扱ってくれることに安堵していた。
「どういたしまして。と言いたいところなんだけど、本当にたまたまなんだ。助けるつもりがあって助けたんじゃないんだ」
その結果、僕は一度死んだわけでお礼をされるのは物凄く歯がゆい。
「そうか。君はそういうやつだったな! では、礼はこの辺にさせてもらおう」
テミスは立ち上がるとまた執務机に寄りかかった。
「次は君の番だ。私に頼みたいことがあるんだろう?」
僕はそう言われて思い出した。
「ある! よくわかったね」
「ふふふ。私はこれでも領主の娘だからな」
領主の娘に特別なスキルでもついているのだろうか。言っている意味はさっぱりだけど。
「テミスは神託の内容は聞いた?」
「ああ、数年以内に魔物の大群がミューズの街を襲うという話だったな」
「そう。それを神殿も領主も偽物だと決めつけてるんだ。でも、信じてほしい。女神は本物だし神託も本物なんだ」
ちょっと感情的になって声が大きくなってしまった。
「正直、私も神託の真偽については疑問符がついていた」
「なんで?」
テミスなら最近魔物が増えていることはわかっているだろう。神託通りの出来事が起こる可能性も低くはないことがわかるはずだ。
「まずミューズ様が本物であるなら、なぜ神官へ神託をくださなかったのか。過去に授かった神託はすべて神官か巫女だった」
「それは信仰心が一番厚かったのがスノウだからだよ」
「なるほど。次に街を襲うほどの魔物がいる場所がない」
「百年前もそうだったんじゃないの?」
詳しくは知らないが女神は百年前の時も信じてもらえなかったと言っていた。当時の人たちも同じようなことを言って「魔物は出ない」と言っていたに違いない。
「いや、私たちも馬鹿ではない。百年前の失態を繰り返さぬように周囲の魔物を定期的に狩っている。それに魔物の生息数も把握しているんだ」
僕が思っているより周辺の魔物の対策しているみたいだ。
「でもさ、魔物に備えるぐらいは進めてもいいんじゃない? 使わないとしても、いざという時に役に立つのだし」
「そうは言ってもな、私たちは何をすればいいんだ?」
「防壁の強化や万が一のときの避難所、それにしばらく暮らせるだけの備蓄が必要だと思う。今のミューズにある?」
「な、なかなか本格的な意見だな。君がそこまで考えているとは思って見なかったぞ」
僕はどうやって備えるかなんて知らないけど日本で暮らしていたときはそれが当たり前だった。当たり前なのはそれを必要だと思って用意する人がいたからだ。
ミューズの街には必要だと思う人が足りないんじゃないかと思う。
「備えが全くないわけじゃないが……」
テミスも本当に魔物の大群が来たとき、今ある備えでは足りないと思っているのだろう。
「少ないミューズの街以外に避難所が必要だよ」
「ふむ……。君の意見はわかった。ちょっと考えさせてくれ。私の一存では解決することは出来ないからな」
「じゃあ、やってくれるの?」
「神託の真偽は置いておくとして、魔物の大群が襲来する想定はしておいたほうがいいだろうな」
「ありがとう! テミス!」
僕は神託について良き理解者が出来て喜んだ。テミスの手を取りブンブンと振る。
「はは。君は私も私の友人も救ってくれたのだ。今度は私が君を助ける番だろう」
そう言ってテミスは胸を張った。




