まわりまわるは無辜の愛
タウロスは背が高く筋肉隆々でスキンヘッドで見た目は怖くはあるけど、性格は優しく子どもたちにも人気が高い。
さらに孤児院の運営資金を命がけで稼ぎ、教育が必要だと見抜く長期的な視野もある。
元男の僕から見ても完璧に近い人物だった。
今日はタウロス、スノウ、僕の三人でちょっと高級感のあるレストランへ来ていた。
レストランは個室がたくさんあるタイプでコース料理がゆっくりと時間をかけて出される。
話をするのにちょうど良い感じだ。
だが、何が原因かわからないが、今日はスノウの行動がちょっと、いや、かなりおかしい。
事あるごとにトイレに立つし、危ないから僕が付いていこうとすると、「お店の人に頼んでますから、お二人でゆっくりとお話してください」と断ったりする。
仕方ないのでスノウがいない状態で、僕はタウロスと話をすることになるのだが。
「ダンジョンて何階ぐらいから魔石が取れるの?」
僕はダンジョンの一階で死んでしまったため下の階には降りていない。結構奥まで進んでもなかったので魔石は地下にあるんだと思っていた。
「そうですね……。運が良ければ一階でも取れますが、大抵は地下三階ぐらいからです。そこからは魔物も強くなります。冒険者でも地下三階の置くまで進む人は少ないので魔石が残りやすいのです」
「へー。因みに地下三階の魔物って何?」
「グレイゴブリンです。一匹一匹は小さく脆いのですが、大抵群れで襲ってきて、かなり素早く頭も回ります」
「へ? そんなの倒せるの?」
僕が死ぬ原因になった灰色の魔物はたぶんグレイゴブリンなんだろう。確か十匹以上いて二人組の冒険者を襲っていたはずだ。
冒険者たちを追いかけて一階まで来ることもあるんだな。
「はい。素早いと言ってもダンジョンは狭いですので、壁の端から端へ戦槌を振るえば必ず当たります」
なるほど。リーチの差。
僕や他の冒険者では真似できない戦法だ。
「死を覚悟したことある?」
「はい。何度もあります」
「もうダンジョンに行きたくない、と考えたことは?」
あまり、こういうことを質問してはいけないような気がするけど、どうしても聞きたかった。
「何度もあります」
「それでもダンジョンへ行くんだね」
「はい。それが私の仕事ということもありますが、私の力を試す場所はそこしかありませんから」
「……ああ、そうか」
僕はタウロスの言葉がすっと胸に染みていくのがわかった。
僕がろくに再生されない曲を動画サイトへ投稿してたのは僕の力を試す場所がそこしかなかったからだ。
たぶん、探せば色々な発表の機会はあるだろう。それこそ、自分で個人コンサートを開くなんてことも出来たかもしれない。
ただ動画サイトは僕のようなお金を持ってない人もお金を持っている人も平等に使える。
「僕のなすべきことがわかった気がするよ。タウロスのおかげだよ」
孤児院の支援だけではなく、僕は誰にでも幸運を掴み取る機会を与える場所を作るべきなんだ、と思いついた。
「それは光栄です」
タウロスはにっこり笑って答えた。
「ところでスノウ、遅いね。様子を見てくるよ」
流石に遅すぎるので僕はトイレの方を見に行く。
すると廊下の壁に隠れているスノウが見えた。
「スノウ、大丈夫?」
「は、はい! 大丈夫です!」
急に声をかけたからか、スノウは非常に驚いたようで、飛び上がりそうになっていた。
「どうしたの? 具合が悪い? 帰ったほうがいいかな?」
「い、いえ、大丈夫です。席に戻りましょう」
「じぁあ、つかまって」
「ありがとうございます。あの」
「なに?」
「シマ様はタウロス様のことをどう思ってますか?」
僕はなんかピーンときてしまった。もしかしてスノウはタウロスの事が好きなんじゃなかろうか。
だって、タウロスは強くて優しく頭もいい。スノウの面倒もよく見ているし、タウロスを好きになっても不思議じゃない。
そして、タウロスを横からかっさらっていきそうな僕を警戒しているのだ。
「タウロスはよい神官だと思うよ」
「あの、生涯の伴侶にするとか……」
「そんな気は全くないから安心して」
「……全く一ミリも毛の程もないんですか?」
「ないないない。僕はそもそも男に興味ないし……あ」
失言じゃん。こんな言い方だったら僕が女の子を好きみたいじゃん。いや、女の子は好きだけど、そうじゃない。
「違うんだよ。男も女も興味ないんだよ。恋愛なんてしないから!」
慌てて言い繕うもスノウの怪訝な表情は消えない。
「……シ、シマ様は『お使い様』なのですか?」
「違うよ。普通の人間だよ」
「……そうですか」
今の質問の意図はなんだろう。『お使い様』って所謂天使の事だから性別がないとかなのかな。
「席に戻りましょう」
「そ、そうだね」
僕とスノウはそのまま席に戻った。席にはメインディッシュのステーキが用意されていた。
◆ ◆ ◆
恋をしたことがない人は居ないだろう。恐らく人間である限り、いつかは恋をする。
僕も例外ではなく恋をしたし、なんなら今も恋をしている。
相手はもちろん人間で、この手の話にある『二次元』とか『インターネットの中』とかの話ではない。
バイト先にいるちょっとギャルがかった見た目の女の子に恋をしていた。もちろん、告白するとかなく、さらに言えばチラチラ見たりもしない。
仕事に必要最低限なことしか話をしなかった。
「枝里クンて、あたしのこと好きでしょ?」
なぜかバレてしまった。僕はしどろもどろになりながら、「ごめんね、ごめんね」と謝っていた。
「あははは! 何その反応!」
めちゃくちゃ笑われた。
「いや、別にいいんだよ。好意を寄せてくれることはうれしいし。でも、気持ちには答えられないかな。あたし、好きな人がいるし」
それはわかっていた。わかっていて好きなんだ、と言う状況も自己分析できていた。でも、自己分析と、はっきりと言われるのでは、全てが違った。
「胸、貸そうか?」
なんでそんなことを言うのかと思ったら、僕は泣いていた。割と本気で。
黙って頷くと僕の頭を抱いてくれた。
僕はちょっと引かれるぐらい、めちゃくちゃ泣いてギャルの服を濡らしてしまった。
「ごめんなさい」
「いいよ。気にしないで。その代わりあたしが失恋したら胸貸してよね」
そう言って笑って許してくれたが、僕が胸を貸すことはなかった。
これが僕が持っている思い出の中で一番美しく感じるものだった。
◇ ◇ ◇
「スノウは普段何してるの?」
「普段は神殿のお手伝いをしています。お休みの日にはミューズ様に捧げる曲を作っています」
おお。なるほど。女神に信心深い人たちは作曲したり演奏したりするのか。
マニ車だっけ。回すと功徳を積める道具。それと同じように蓄音機で音楽を再生することでFPを女神に与えているのかもしれない。
「今度、聞かせてよ」
「は、はい。でも、シマ様のお耳に合うかどうか……」
「スノウの作る曲は素晴らしいものです。それにもう千曲は超えてますか、作った楽譜はすごい量になっています」
タウロスが情報を補間してくれる。
「千曲! すごい……」
もちろん、この世界の曲の長さが短いということもあるだろうし、巧拙入り混じっている可能性はある。
でも、僕がやってできるかと問われたらまずアイデアの時点でその十分の一も出てこないだろう。
「ますます聞いてみたい。もし録音が必要なら必要な機材とお金は用意するよ」
「では、録音用の白金音貨をいくつかお預かりできれば、こちらで録音いたします」
「やった。十二個でいい?」
「はい。十分です」
「タ、タウロス様!」
スノウはなんとか断ろうと思っていたのだろう。首を横に振っている。
「神殿の中ではスノウの才能はずば抜けております。私達ではもう正しい評価をしてあげられません。ぜひシマ様にお聞きになってもらい、どの程度の実力なのか客観的に判断してもらいなさい」
おっと、そこまですごいのか。僕の自信がなくならなければいいなあ……。




