まわりまわるは散歩の縄
僕はこの前、冒険者ギルドで購入した音貨の音階セットを持って神殿の真面目な武闘神官タウロスを訪ねていた。
タウロスは「孤児院の子どもたちに良い教育を受けさせたい」と言っていた。ミューズの街は音楽が盛んだ。恐らく音楽に関係する職業もたくさんあるだろう。
ならば音貨で音階を覚えることも教育されているかもしれない。これがあれば手助けになるのではないか。
流石に三十セット全部は重いので、まずは必要か聞いてみようと思って一セットだけ持ってきていた。
あとは神託の話がどうなったのか直接聞きたかったし、これを寄付する口実にタウロスの過去のダンジョン探索の話とかを聞いてみたかったのもある。
この前来たときの応接室で待っていると「お待たせしました」とタウロスだけ入ってきた。上級神官のハミルトンはいないらしい。
「忙しいところ呼び出してごめんね」
「いえ、シマ様のためならいくらでも時間を空けます」
そうだよね。あんだけ寄付したら待遇も良くなるよね。
僕は少し寂しさを感じながらも、持ってきた音貨の音階セットを出した。
「これをたまたま冒険者ギルドで購入したんだけど、使い方がわからなくてさ。タウロスなら知ってると思って」
「たまたまですか……」
たまたま買うようなものじゃないんだろうなあ。
「もちろん使い方は存じております。一つはこの棒で叩いて音色を楽しむ使い方があります」
セットについていた宝石付きの棒を取り出す。それでリズミカルに音貨を叩いて音を出した。
「もう一つは演奏室で使う使い方です」
「演奏室?」
「ええ、そうですね。ちょうど今は演奏室を使っている人はいなかったはずです。そちらで実際に見てみましょう」
タウロスはその筋肉に見合わない繊細な動作で音貨の音階セットをしまうとそれを持って僕を促す。
「こちらです」
僕は黙ってタウロスに続く。
「そう言えば、タウロスは神託がどうなったか知ってる?」
「……はい」
なんか間があったぞ。
「どうなったの?」
「私達の力が足りずミューズ様の神託は伝わらないままです」
「そうなんだ」
「『お使い様』には大変申し訳なく……」
「いやいやいや、僕は『お使い様』じゃないからね?!」
「しかし、ミューズ様を神殿に招いてくださったのはシマ様ですし」
「あれはたまたま街であった女神を連れてきただけだから!」
「たまたまですか……」
くっそ! なんか僕が『たまたま』が好きみたいじゃないか!
「神託は女神を見た人だけが信じていればいいと思うよ。噂でも広まってくれれば少しは違うだろうし」
タウロスや孤児たちも立場があるだろうから、神殿の偉い人には逆らえないだろうし、それで今の平穏な生活を乱すのは本末転倒な気がする。
要は事が起きたとき助かる人が多ければいいのだ。
「お気遣いありがとうございます」
タウロスは剥げ上がった頭を深々と下げた。
「気にしないで」
そこから少し歩くと演奏室についた。中は録音を行う部屋のようで余計な音響を防ぐようにできている。
部屋の真ん中から放射状に線が引かれ、同心円がたくさん書かれている。
線と円の交点には音貨がおけるほどの凹みがあった。
「この部屋は曲を録音するときに使います。こちらの音貨を使わせていただきますね」
タウロスは渦巻を描くように音階順に音貨を凹みにおいていく。
「へー」
なんにもわかってないけど感心する。タウロスが手慣れているからだ。
「今日は譜面がないため音階順に鳴らすことしかできませんが、本来は譜面に従い音貨を起き曲を演奏し、それを録音します」
「なるほど」
音貨を起き終わるとタウロスは円の中心に立った。
何か集中しているかと思ったら、タウロスの足元から波紋のように白い光が流れ出る。
光が音貨に当たると音が鳴る。次々に音貨に当たり音がなり音階順に演奏された。
「面白いなー」
その声でタウロスはちょっとサービスしてくれたのか、早く鳴らしたり遅く鳴らしたりしてくれた。BMPは自在なんだな。
「ありがとう。使い方は理解したよ。これって教育するための教材として必要なものだよね?」
「は、はい。おっしゃる通りです。特にミューズの街では音楽に関する仕事が多いため、こう言った正確な音階のセットは教育に非常に有用です」
「じゃあ、たくさん買ったからあとで三十セット持ってくるね」
「そんなに……」
「演奏するならたくさん同じ音符が必要でしょ?」
「はい。そうです」
この録音方法の面倒なところは曲に使われる全部の音符に対応する音貨が一度に必要なところだ。
だから、色々な音色を使った音楽は高価になるし、長い曲なら更に高価になる。たぶん、録音用の白金音貨が十万円するのなんて可愛いものだろう。
「この前渡したお金で浮いた時間を使ってタウロスが音楽の基礎教育をしてあげてよ」
「なんと、そこまでお考えになられていたのですね」
実のところ、この前、ダイヤモンド音貨十個を渡したときには考えてなかった。単にお金があれは助かるだろうな、としか思ってなかった。
でも、こういうのって継続的なのに援助が必要だと気がついた。お金だけではなく、現状を良い方向へ変えていくスパイラルに入るまで必要な支援を必要なタイミングでする必要がある。
幸い僕には女神に貰った音貨がたくさんある。これがなくなるまでは支援することが出来る。
そう考えてこの前買った音貨の音階セットを持ってきた。決して宿においてあっても邪魔になるからという理由じゃない。
「そ、そうだよ。これからも出来るだけ支援するね」
ちょっと噛んでしまったけど、肯定の返事をすることができた。
「ありがとうございます」
そう言うとタウロスは僕の前で跪き、頭を下げた。
「ちょ、ちょっと大げさだよ!」
「いえ、これは私の覚悟でございます。シマ様のご支援に対し私はこの命を捧げましょう。どうぞ孤児たちが成長するまでご支援をお願いいたします」
「命は要らないけど、支援はするよ。僕に出来ることは、ですけど」
僕は救世主にはなれない。だからせめて僕のできることだけしようと考えるようになった。
でも僕のできることは少ない。そこで信用がおけるタウロスを間接的に支援することで直接僕がやるよりも効果を出すようにしようと考えたのだ。
「お気持ちはわかりました。しかし、シマ様がお困りのことがありましたら、この武闘神官タウロスがいることを思い出してください。力はすべてを解決する一番簡単な方法ですので」
「いやいやいや」
タウロスは絶対に信仰する神様を間違えている気がする。
「……まあ、でも、実際、タウロスのその力は数年後に必要になるかもしれない。そのときは宜しくね」
「はい。お任せください」
魔物の大群に襲われることを予想し、準備万端だったとしても戦う必要があるだろう。すべてのリスクに適切に備えることは難しく、結局は防衛線を突破した魔物は各個撃破が必要になるはずだ。
◆ ◆ ◆
ボカロの声は最初聞き取りにくかった。
具体的には高音で不明瞭で無声音のような風の音が聞き慣れなかった。
それは僕がボカロを使いこなせていないからなんだとは思ったけど、何をしても良くならない声にちょっと絶望した。
これなら僕が歌ったほうがマシだと思って自分で歌って録音したら比べるまでもなく僕は下手だった。
「歌って難しいんだな」
歌を歌う機会はとても少ない。いや、カラオケに行くようなコミュニケーションを取れる人なら歌う機会も多いだろう。
僕らの前の世代は合唱が奨励されていて、全国の学校が合唱をしていた。
だが、何をトチ狂ったのかダンスが奨励されるようになり、僕たちはヘンテコなダンスを中途半端に習い、ダンスの練習場所なんかないのにダンスの技術だけを求められる。
いや、練習場所はある。僕の度胸がないだけだ。
歌の練習をして自分で歌うか、それともボカロをもっとうまく聞こえるように調整するか。
そのどちらかしか道はないようだ。
◇ ◇ ◇
「本当にありがとうございます。これで子どもたちの教育が捗ります」
「うん。よろくしね」
僕は一度帰って宿に残っていた音階セットを持ってきた。
「あ、あとさ、タウロスの時間が取れるときでいいから、ダンジョンの探索の話とかを聞かせて」
「ダンジョンの話ですか。いつでもいたしましょう」
「じゃ、タウロスのお休みの日に食事でもしながら聞かせて」
「……えぇ。わかりました。明日は休みですので昼食をご一緒させてください」
なんか変な間があったな。僕、変なこと言ったかな。
「もし宜しければスノウも同席させても良いでしょうか?」
「スノウ? もちろんいいよ」
スノウみたいな可愛い女の子が来てくれるのなら断る道理はないよね。
「ありがとうございます」
「じゃ、明日のお昼ちょっと前に迎えに来るね!」
僕はそう言うと、タウロスに別れの挨拶をして宿へ帰った。
ここまでで大体小説一冊の半分(約6万文字)ぐらいです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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