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まわりまわるは珊瑚の華



 目を覚ますとダンジョンで寝ていた僕は割かれた腹が服ごと治っていることに気がついた。


 すぐに『隠密』状態になるとビクビクしながらダンジョンを進む。少しでも声や音が聞こえたら脇道に潜み、やり過ごす。


 時間をかけて慎重に慎重を重ねてダンジョンから出た。


 僕は一息ついてダンジョンから離れたところにある木に寄りかかる。


「まだドキドキしてる……」


 と胸に手を触れて心音を確認しようとした時、


「あ、あれ……?」


 柔らかい。


「なんで」


 胸がある?


 そうか。僕は下界では少女の体になってしまうんだ。天界では日本にいたときのままでいられるけど、下界では少女になってしまうらしい。


「はあ……」


 ちょっとだけ落胆する。男に戻れていれば、この危険な下界で少しは安全に生きていけると思っていたからだ。


 しかし、一度死んだことで僕の実力はわかった。何にもできなかったので実力がマイナスに振れていることを認識できたというところだけど。


 僕はとにかく一刻も早く安全なミューズの街まで戻りたかった。




◆ ◆ ◆




 終電に乗り遅れ帰りの電車賃はあるが漫画喫茶に入れるほどのお金もない状態で僕は眠気と戦いながら自宅へ向かって歩いていた。


 線路沿いに帰れば明るくて安全に帰れると思っていたけど途中に河があってまっすぐ進めないし、線路沿いの道は思った以上に暗かった。

 電車が走ってなければ街頭の少ない道と変わりがない。


 何より人が少なくとても静かだ。


 人によってはこの雰囲気が好きな人もいるだろうが、僕は苦手だった。


 小学生の頃、スポーツ少年団で剣道を習っていたが、活動は夜だった。帰りは親が車で迎えに来てくれるはずだったが、その日はいくら待っても来なかった。


 幸いにも活動場所は僕の通っている小学校の体育館だったので、歩いて帰ろうと考え、剣道の先生に伝えて家路についた。


 しかし、家まであと五分のところにある森の中には街頭がほとんどなく、歩いているうちに足元も見えないような暗闇になってしまう。

 いつも通っている道がまったく違う恐ろしい場所に思えた。


 途中に道祖神が立っているところがあり、色々な噂が流れていた。死んだ子供を慰めるためだとか、そこで自殺した人が幽霊になって出てくるだとか。


 真っ暗なので何も見えないのだが、遠くに見える民家の明かりを頼りに道を進んでいく。道からはみ出ないようにゆっくりとしか進めず、僕は涙目になっていた。


 結局、モタモタしているうちに親の車が通り、僕に気がついて回収された。


 何かあったわけではないが、それ以来僕は暗闇が苦手だ。


 そして、大きくなった今も暗闇をゆっくりとしか歩けず、結局、夜が明けて隣駅から電車に乗って帰った。


 最初から待っていればよかったのだ。




◇ ◇ ◇




 僕はミューズの街に戻ってきて宿のベッドでゴロゴロしていた。

 隣町のハーメスはダンジョンも含めて危険な街だった。新宿歌舞伎町なんて雑魚もいいところだ。女神からもらった『隠密』スキルがなければ僕のような小娘が一人で歩くことはできなかった。


 そんな危険な場所に行ったのは完全に若気の至りと言ってよかった。もうしない。


 とは言うものの、孤児院のために頑張っている武闘神官のタウロスや冒険者のための応援ソングみたいなのを作ろうと思っていた僕は早々に行き詰まってしまった。

 僕は応援したい人たちのことを知らないと自己中心的な歌になって心に響かないと思っている。


 あんまりいい考えが思いつかなかったので夕食を食べに下のレストランへ行く。


 本日のメニューはキノコのシチューらしい。それにパンとキュウリのような野菜の酢漬けだ。


 キノコをスプーンで掬って食べる。


「うま!」


 何のキノコかわからないけど旨味たっぷりだった。


「聞いたか? 隣町のダンジョンにミューズ様の使いが現れて魔物に大群に襲われた冒険者を助けたんだとよ」


「へー。ミューズ様の使いか。強かったのか?」


「いや弱かったらしい。と言うのも最初はどこからともなく少女が現れて叫び声を上げて魔物を引き付けたんだと。冒険者も自分の命が惜しくて少女を見殺しにして逃げたんだけど、街で冒険者を集めてダメ元で少女を助けに行ったらしい」


「それで助かったのか?」


「いや、少女は流していたはずの血も含めて跡形もなくなっていたんだと」


「血も?」


「ああ。身を呈して冒険者を助けたって話だし、この前、孤児院にミューズ様が顕現したって噂があっただろ? たからこれはお使い様に違いないって噂だぜ」


「俺も会いたかったなあ……」


 それ僕のこと?


 僕はパンを噛みながらレストランで食事している冒険者二人組の話を聞いていた。


 なんかいい方に解釈されてるなあ。


 幸いにも僕の容姿は詳しく見られてないらしいので騒ぎになることもないだろう。


「まだこの辺にいるんかな?」


「助けられた冒険者二人が探してるらしいぞ。お礼をしたいんだと。黄色の髪の少女を見つけたら連絡が欲しいそうだ。冒険者ギルドに依頼も出てる」


 あっれー。めっちゃ覚えられてるっぽいぞ。


 今の僕は帽子を被って髪の毛を隠しているし少年に偽装するために胸に晒しを巻いているので、『お使い様』には見えないだろうけど、油断は禁物だな。


 僕は平静を保ちつつ食事を終えると急いで部屋に戻った。


「こりゃ、風呂に入れないのでは……」


 風呂に帽子をかぶったり、胸に晒しを巻いたまま入るわけにはいかず、どうすればいいか……。


 仕方無しに水で濡らし絞ったタオルで体を拭くにとどめた。




 さて、困ったらソニアに相談だ!


 この世界で相談できるのはソニアだけ。


 いやテミスもいるけど神託関連で忙しいと思うから今回は選択肢から除外だ。


 と言うことで変装したまま魔石屋に来た。


「こんにちは。ソニアいる?」


 僕が魔石屋のドアを開けて店内に入るとソニアはカウンターで不貞腐れていた。


「あれ? 不機嫌そうだね」


「ん? シマか。なんでそんな変装……あ!」


 何かに繋がったのかソニアは僕を指差した。


「ソニアのマネで変装してみた」


「お前だな! 『お使い様』って!」


「は?」


 いきなり真相を言い当てられて「こいつ推理小説読んだことないな?」とか思ってしまった。


「いや、シマだろ。黄色い髪の毛の少女」


「ち、違うよ」


 僕は慌てて否定する。ソニアに断りもせずにダンジョンに行って死んだとバレたらめちゃくちゃ怒られるだろう。


「じゃあ、ここ数日はどこへ行ってたんだよ」


 ソニアの強烈なアリバイ確認だ。なんとでも言い訳出来そうだけど。


「部屋に閉じこもって作曲してたよ」


 嘘だし、第三者が見てないのでアリバイにならないがこれで押し通すしかない!


「いや、私はシマを訪ねて宿屋へ行ってるからな。女将さんがシマがハーメスへ行ったことを教えてくれたぞ」


 あ、やっちまった。なんで過去の僕は馬鹿正直に隣町へ行くなんて言ってしまったんだ。


「……どうかお許しを。ソニアに黙ってダンジョンへ行ったことは謝ります。僕が馬鹿でした」


「いや、なんで謝るんだ? 冒険者を助けたんだろ?」


「いや、それは……」


 僕が言い淀んでいるとソニアはまた何か理解したようだ。


「まあ、『お使い様』ってバレたら大変だもんな。秘密にしておくよ」


「あ、ありがとう」


 どうも違う方へ解釈してくれたようだ。助かった。


「考えてみればシマはミューズ様と気安いし、ミューズ様が神託を授けたことも知ってるし、すごい曲を演奏できる魔法も使えるしな」


 ただこのままだと本当に『お使い様』と認識されてしまいそうで困る。もう女神とは意思疎通できる手段はないのだ。


「一応訂正しておくと、僕は『お使い様』じゃないからね。女神とはたまたまこの街で会って話をしただけだから」


 ものすごい苦しい言い訳だ。


「そういうことにしておくよ」


「で、話を戻すけど、なんで不機嫌だったの?」


「あ、ああ。言いにくいんだけどさ、ミューズ様があそこまでしてくれたんだが、神殿のお偉いさんと領主様は神託を偽物だと決めつけたままなんだ」


「え……」


 僕は絶句してしまった。


 女神は本物だと示した。それでも神託を偽物だと決めつける理由は何なんだろうか? 自分の目で見ないと信じないのかな。

 僕も自分の目で見てなかったら信じてなかったかもしれないけど、魔物に備えるのはやってもいいと思うんだよなあ。


「私にはどうにもならないこととはわかってるんだが、納得できなくてな」


 ソニアはフードを目深にかぶると口を結んだ。


「そうだね……」


 僕はどうにかならないか考えていた。


 スノウの悲しみ、孤児院の子どもたち、さらに言えば魔物と最前線で戦うことになるタウロスや冒険者たち。備えがあれば全員とは言わなくても助かる人はかなり多くなるだろう。


 僕が死なないからと言う理由でミューズの街にいる知り合いを助けない理由にはならないと考えていた。





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