まわりまわるは林檎の樹
「死んだから言うわけじゃないんだけど、もう少し死ににくくしてもらうことは出来なかったの?」
出来る事なら、あの痛み地獄は避けたいのでダメ元で聞いてみる。
「そこはすみません。私の管轄外のパラメータやスキルは与えられないので、どうしても脆弱にならざるを得ません」
やっぱり、絵と音楽の分野以外では大した力を持っていないらしい。だからしつこいほど忠告してくれたんだな。
「そうか……。でも、できる限りのことをしてくれたというのはわかるから女神が謝る必要はないよ。今回はみんなの忠告を無視した僕の責任だし」
「あ、でも、音楽では素晴らしい力を授けているのですよ? 本当に魔法が要らなくなるぐらいの力なんです!」
僕の作った音楽は三十秒程度でも一億円で売れることはわかっている。確かに魔法なんか使う必要はない。
「うん。感謝しているよ」
僕が礼を言うと女神は少し赤くなった。
「ところで、その……」
「なに?」
「作りかけの新曲を少しお聞かせいただくことはできますか?」
僕は思案する。
作りかけの曲を途中で聞いてもらうのは恥ずかしい。でも、聞いてもらって感想を貰えれば曲のどこを直せばよいのか参考になる。僕はひとりで曲作りをしていたから、常に迷いがあった。投稿する直前も投稿してからも、このメロディでいいのか、リズムパートのレベルは強すぎないか、もっといいアレンジがあるんじゃないかと迷ってばかりで自信が無かった。
「えっと、本当に作りかけなんだけどいい?」
「はい! 作りかけのを聞いて、完成したらまた聞いて、曲が出来ていく過程も知りたいのです!」
なるほど。実は僕もそれには興味がある。
「じゃあ、僕のも聞かせる代わりに女神が作りかけの曲を聞かせてもらってもいい?」
「はい。この前、下界へ行ってインスピレーションが湧いたので次に下界へ顕現するとき用の曲を歌いますね」
「あ、先に聞いたら自信無くなりそうだから僕からでいい?」
「え? あ、はい。もちろんです」
ついこの間に天界へ帰ったばかりの女神にすごいのを歌われたら自信喪失どころか、マイナスになりかねない。
「じゃあ、いくよ」
僕は作っている途中の新曲『ボカロのようにウタを歌う』をDTMの神具で再生する。
最初は単音でメロディラインが始まり、そこにハーモニー、それにリズムパートのパーカッションが加わる。最後にシンセサイザーの音とドラムが入り本格的に曲が始まる。
とても長い前奏のあと、ボカロの歌が入る。
始まりは恨み言。でも、それは自分の弱さ。弱さを認識して向き合い、否定し、それでも自分の一部だと理解して相反しながら生きていく。
僕の現実だったものと理想の現実だったものがごちゃまぜになって代弁している歌詞だった。
最後は今のところ、新しい自分として強みも弱みも内包したスーパーマンになる結末で終わっている。
「……聞いて良かったです。これは名曲ですね!」
そんな名曲を僕が作れるとは思えないけど、褒められて悪い気はしない。
「ありがとう。何か気になった点はある?」
「そうですね……。このままでも完成度は高いとは思いますが、あえて結論から初めての見るのはどうでしょう?」
「なるほど……?」
僕はあまり理解できてなかった。
「つまり、こういうことです」
そういうと女神は僕の曲を二番から歌い始めた。最初に前向きな内容の歌詞が来ることで同じメロディながらキャッチーな曲に聞こえる。そのまま一番、最後は逆に音を減らしていく。
「すごい。そんなアレンジの仕方もあったのか……」
僕は素直に感心した。
「はは。元の曲がいいからですよ」
謙遜しているが流石音楽の女神だ。もうトイレの女神なんて恐れ多くて呼べない。
「じゃあ、次は女神の番だね」
「えっと、笑うのはなしですよ?」
「笑わないよ」
真剣に音楽に向き合っている人を笑うなんて僕には出来なかった。
「では……」
女神は下界で歌ったときとは違う歌い方で歌い始めた。やさしく包み込むような音階の揺れが気持ちいい。畏怖を感じさせる先日の歌とは全く違った。
だけど、こっちのほうが断然良く聞こえる。
相変わらず歌詞の意味はわからないけど、感情がダイレクトに伝わってくる。体のみならず、心までいたわり、無条件で愛情をなみなみと注ぎ込まれるような、なんとも言えないむず痒い感覚。
母の愛をもっと規模を大きくしたような、流石神様と言った歌だった。
「……どうでしょうか?」
歌が終わると女神は閉じていた目を開いた。
「すごく良かった。うまく表現できないんだけど、愛されているって感じがダイレクトに伝わってきたよ」
「本当ですか?!」
「うん」
女神は相当嬉しいようで頬を抑えて飛び回っていた。
◆ ◆ ◆
ライブハウスからゾロゾロと出てくる人を見ながら単発のバイト先へ向かう。ライブを見終わったばかりだと言うのにテンションが低い人たちは黙ったまま駅の方へ向かって歩いていく。
疲れて声が出ないという感じではない。一体何のライブだったのだろうか。ライブハウスの看板を見つけて告知をマジマジと見てしまう。
「これか?」
該当する時間帯のライブは一つしかない。単独ライブのようで、そこそこ有名なボカロPの名前があった。
歌を歌うのは『歌ってみた』で有名な歌い手が何人もいた。
「豪華じゃん」
でも、ライブハウスから出てくる人たちは冴えない顔だ。
動画の方が良かったのだろうか。それとも何かがっかりすることでもあったのだろうか。
有名な人たちでライブをすればもっと盛り上がるんだと思っていた。
でもそうではないらしい。
原因を予測しつつ告知のポスターを眺めていたら、ボカロPと歌い手らしき人たちも出てきた。
裏口とかないんだ。
「なんか全然盛り上がらなかったね」
「仕方ないよ、オタクだもん」
「いや、トーク滑ってたし、アレンジもなんでバラードなん?て感じだったし、構成からダメダメだったよ」
「そんなん言ったらお前なんて歌詞覚えてなくてラララだったじゃん。ちったあ練習してこいよ」
「練習したって! 緊張してたんだよ……」
僕は責任の擦り付け合いだと思った。しかし、それにしてはみんな険悪な雰囲気ではない。
「ま、反省会をそこのガスロでやりますか」
「そうだね。次は成功させたいし!」
『失敗した』と終わった瞬間に認識し、次へ向けて動き出す。僕には出来ない。
僕は呆然と彼らを見送った。
◇ ◇ ◇
飛び回る女神を微笑ましく見ていたら僕は右手が透け始めていることに気がついた。
「残念ながら時間のようです」
女神の言葉で肉体の再生が終わるんだと理解した。
「まだ帰りたくないんだけど」
このまま天界で女神と曲作りを続けていたい。
「気持ちは嬉しいのですが、これも決まりです。仕方ありません」
「痛いのは嫌なんだけど」
「大丈夫です。見つかる前に『隠密』を使えばなんとかなります」
「なるほど……」
確かに痛みさえなければスキル発動もなんとかなる。
「楽しかったよ。次に女神と曲作りをするのはいつになるかわからないけど、楽しみにしてる!」
本当に楽しかった。本の少し勇気を出せば女神みたいな友達が日本でも出来たかもしれない。
いや、今からだって遅くない。
これから行く下界には音楽がたくさんあるんだから。
「もしFPが溜まったら私から会いに行きます。そしたら下界でも曲作りしましょう!」
「楽しみにしてる」
そして、僕は天界から消えた。
「願わくば怪我のないように……」
女神の祈りは誰に向けたものなのか僕に知るすべはなかった。