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死は暫くして動き出す



「女神の歌か……」


 一応、音楽の神様だし、なんか凄そうなのでDTMの神具で録音しておくことにした。


 伴奏なしのアカペラで歌うようで、女神は蓄音機の魔道具も僕のDTMの伴奏も必要ないと言った。


 女神は中庭の中央に子どもたちに囲まれるようにして立つ。その周りには年齢の高い子供と大人が立っていた。


 おもむろに女神が優しい声で歌い出す。


 すると騒いでいた子供たちは静かになり、年齢が高い子供たちは祈り始め、たまたまいた大人たちはみな跪き頭を垂れている。


 みんな、女神に畏怖を感じているのだ。


 あれだけ女神を「普通の女性」と言っていたソニアまで祈るように頭を垂れていた。


 唯一、僕だけが女神の歌をまともな精神状態で聞けているらしい。


 歌っている歌詞に意味があるのかまではわからないが、少なくとも日本語や英語ではない。

 歌声はまさに天使で高音域で歌っているにも関わらず、とても聞きやすかった。


「この声はどこかで聞いたことがあるような」


 思い出せないけど、転生する前に聞いたことのある声だ。

 なんとか思い出そうとしているうちに女神の歌は三分ほどで終わった。


 終わってからも子どもたちも大人たちも一言も発せず微動だにしない。


 僕一人だけが拍手していた。


「あ、残念。もう時間です。みなさん、楽しい時間でした。また会いましょう」


 そう言うと羽根を出し、空高く舞い上がって光となって消えた。


 最後の最後で神様らしいことをしてくれた。これで少しは神託の信用度が上がるな。


 そう思いながら視線を空からみんなに戻す。みんなは未だに放心状態になっていた。


 とりあえず、ソニアの側によって顔の前で手を振る。


「ソニア、大丈夫?」


「あ、ああ。本物だったんだな」


「いや、最初からそう言ったよ?」


「だってなあ」


 その気持ちは分かる。僕もレモングラス天界であっていなければ、普通の人間だと思っていただろう。


「でも、最後にいい置土産してくれたよ。これなら神託を信じる人も増えるんじゃない?」


 簡単にはいかないと思うが、子どもも大人もこれだけの人数が見ているのだ。噂は次第に広がり神託の内容はより真実味を帯びて人々の心に留まるようになるはずだ。


「……そうだな」


 何事にも疑り深いと思うソニアらしい返事だけど、僕は安心していた。このときは。




◆ ◆ ◆




 人間はどうして生きていられるのだろう? それを疑問に思った昔の偉人たちは大抵気が狂った。まともに考えちゃいけない問題なのだ。


 だが、僕は就活を通してその問題を考えることを強制された。


 なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ?


 こうやって「なぜ?」を七回繰り返して分析しろと言う。文字に起こして見ればわかる。この一文は気が狂った奴の遺書だ。


 僕は三回目ぐらいからいくら考えても同じ答えになるループに陥った。もちろん解決策なんて出てくるわけがない。


「自分の行動に理由が必要なのはなぜなんだ?」


 そもそも生きていくためには金が必要で、金を得るためには勤労が必要で、勤労するためにはどこかの組織に属していなければならない。


 そう決めたのは僕じゃないし、そう決めた人に働く理由なんか聞いてほしい。


 僕はどうでも良くなってインターネットで検索して出てきた志望動機を適当なアレンジで書き込んだ。




◇ ◇ ◇




 神殿の騒動を余所に僕とソニアはこっそり抜け出してきた。


 ソニアは魔石屋へ戻ってすぐに寝るという。昨日、今日とイベントが続き気疲れしたらしい。

 斯く言う僕も疲れていたので宿に戻ることにした。


 宿に取った自室に入るとベッドに飛び込む。


「ふう」


 こうやって寝転んでみると体の力が抜けてとても気持ちいい。なんだかんだ言いながらも僕も緊張していたんだな。


「お疲れ様です」


「うわあ!」


 ベッドから転げ落ちると、背中を壁につけて立った。


 僕の前にはベッドからすり抜けて出てくる女神がいる。


「マジで心臓に悪いって!」


「あはは。すみません。でも、あなたに挨拶し忘れたなと」


「そ、それは嬉しいけど……」


 女神はベッドをすり抜け浮いたかと思うとベッドに座る。そして、また自分の横をポンポンと叩く。

 僕は逆らわずに女神の横に座った。


「帰る前に忠告です。強く繰り返しますが、あなたは街を護る必要はありません。危険なことに首を突っ込む必要はないのです」


「わかってるよ」


 僕は軽く返事をした。


「わかってません。あなたは他人が困っていると何か理由をつけて自分の責任にするでしょう? ここはあなたがいた世界とは違います。あなたに因果がある人間はいません。だから、誰を見捨ててもいいのです」


 僕の態度が気に入らなかったのか、女神はさらに言葉を厚くして注意を続ける。


「そうは言っても女神も信者が減ったら困るでしょ?」


「困りませんよ。例え信者が全くいなくなっても音楽と絵はどこかに残ります。そして、音楽と絵がある限り、信仰は生まれ、私の信者は自然に増えるのです」


「なるほど。確かに」


 でもなあ。


「いいですか? もう一度言います。危険なことは避けてください。それが誰かを助けるためでもです。なぜならあなたはとても弱いのですから」


 女神は執拗に僕に対して忠告してくる。僕も馬鹿とはいえ命が大事なことを知っている。危険なことはしないようにしてるつもりだ。


「わかったよ。でも、寂しくなるね。女神と話せるのもこれで最後だ」


「また話せますよ。あなたが天界に来れば」


「確かに。でも、それはずっと先の話にしたいなあ」


「はい。なるべく先でお願いしますね」


 なんとなく女神と離れたくない。女神はこの世界で因果がある人間はいないと言った。そう人間ではいない。だが、この女神だけは僕と因果を持っている。


「毎日とはいかないけど、少しはお祈りするよ」


「お祈りなんていらないですよ。新曲が出来たら私にください」


「わかったよ」


 女神は音楽の女神らしく最後まで要求は僕の新曲だった。あんな音楽が作れるのに僕の新曲も欲しいとは貪欲なんだな。


「約束ですよ。でも無理はしなくていいです。私には時間はたっぷりありますから」


「なるべく待たせないようにはするよ」


「では今度こそ本当にお別れです」


 女神は窓から出て空に登っていった。僕は「さよなら」を言えなかった。仕方ない。僕は女神と別れたくなかったんだから。




 女神がいなくなって数日は宿の部屋でぼうっとしていた。

 喪失感がそうさせていたのかもしれないし、神託騒ぎが想定通りの方向へ落ち着いたことがそうさせたのかもしれない。


「いや! こんなことじゃだめだ!」


 僕の悪い癖だ。やることが向こうから来るのを待っている。


「何か目標を決めなければ」


 僕が異世界に来た意味は何なんだろう? 女神は僕が死に際に聞きたがっていた世界そのものだと言っていた。

 そして、女神は僕に新曲を作ってほしそうだった。


 新曲を作るのはものすごい労力がいる。作業に必要な時間も、「こんなものでいいか」と途中で投げ出したくなる心の弱さを押さえつける精神力も、「こんなものを作ってなんになるんだ?」と思ってしまう哲学のなさも、すべての面で何かを消費する。

 なんにも持っていない僕はそれらをひねり出すのに毎回苦労するのだ。


 でも、生活に必要なお金も食事なんかも心配がない。全く働かないわけにはいかないが、働かなくてもいい環境にある。

 そう考えると随分と必要な労力が減っていることがわかった。


「期待に応えなきゃな」


 僕はやっぱり新曲の着想が欲しかった。せっかく作っても聞かれなければ寂しい。だから、この世界のために曲を作れればと考えた。

 もっと言うなら孤児院のために命を賭して戦っているような人たちに勇気と希望を与えられるような曲を作れたらいいなと思った。


「やっぱりダンジョンへ行こう」


 タウロスのような人たちがどこで戦っているのかは知らなければならない気がした。もちろん、僕が戦えるわけではないので本当のところはわからない。でも、何も知らないよりは近づけるのではないだろうか。


 早速ダンジョンに行くための準備に取り掛かる。


 何はともあれ、ダンジョンの場所からだよなあ。


 地図みたいの、売ってるのかな?


 僕はバザールが終わり静けさを取り戻した霧の街へ出かけるのであった。





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