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死を前に嘘をつく



 約束通り、女神は神殿へ着いて来てくれた。僕だけでは神殿に入れてくれないと思ったので、魔石屋へよってソニアにもついてきてもらっている。

 バザール期間中は神殿も忙しいらしく、僕と女神とソニアの三人は応接室で待たされていた。


「相変わらずですね。普通、神が来たといったら待たせませんよ」


 女神は応接室に飾ってある音貨を使った置物を叩いて音を鳴らして遊んでいる。


「おい。あの方は本当にミューズ様なのか? 確かに神殿にあるミューズ様そっくりだが……」


 僕の隣に座っているソニアが女神に聞こえないように聞いてくる。


「そうだよ。間違いない」


「それにしては普通の女性にしか見えないのだが」


「さっきまでバザールで楽しんでたから羽根はしまってもらったんだ」


「そ、そうか」


 ソニアはまだ信じられないようだ。これは神官に会わせても神様だって信じてもらえそうもないな。信じてもらえなかったら羽根を出してもらおう。


「しかし、遅いですね。私が下界にいられる時間も残りわずだというのに」


「あ、そうだった。あと何時間ぐらいいられる?」


「あと一時間ぐらいですね」


「僕、早くしてもらえるようにお願いしてくるよ」


 そう言って応接室から出ようと立ち上がったとき、部屋の入り口のドアが開いた。




◆ ◆ ◆




 誰もいない会議室で姿勢を正しておとなしく座って待つ。


 就活を初めての面接だ。


「お待たせしました」


 ノックの音がして面接官が入ってきた。すぐに立ち上がって礼をする。


「どうぞおかけください」


 面接官は若い女性のようで、ちょっと安心した。


「私は株式会社ナロウ音響の佐藤と申します。本日の面接を担当させていただきます。緊張しているでしょうが、枝里様の本当の実力が分かるように補助しますのでリラックスしてお応えください」


「はい」


「まずは……」


 それからいくつもの質問に答え面接は終わった。




 面接に大きな失敗はなかった。だが、一次面接で落ちた。


 何がいけなかったか、そのときはわからなかったけど、何件も落ちるうちにわかってきた。


「何もしてないからか」


 実力主義なんて銘打っている会社でも実績がないと評価してくれない。言葉だけで「できる」と言ったところで信じてもらえない。


 結局、人に認められていない僕はいないのも同じなのだ。




◇ ◇ ◇




 神殿の応接室に入ってきたのは、神官らしき人が二人だけだった。一人は痩せぎすの中年、一人は筋肉ムキムキで丸坊主の青年だった。


「お待たせしました。神官長が不在でして、代わりに私がお話をお伺いします。あ、どうぞおかけください」


 物腰は丁寧だな。てっきり最初から偽物扱いされるかと思ってた。


「はい。ありがとうございます」


 僕は女神に真ん中に座るように目配せすると、女神は仕方ないと言った感じで座る。


「私からご挨拶をさせて頂きましょう。私は上級神官のハミルトンと申します。横に控えているのは武闘神官のタウロスです」


「僕は枝里シマ、そっちは魔石屋のソニアです」


「ソニア様は昨日お会いしましたな」


 そうするとハミルトンが神託を偽物と判断したのだろう。差し詰め現場の最高位ってところなんだろうな。


「ご用件をお伺いできますか?」


「スノウに神託を授けた女神を連れてきました」


「ほう? で、どなたがミューズ様と?」


 ハミルトンは僕を睨んだ。女神を語る偽者だと思っているのだろう。


「こちらです」


「そうです。私がミューズです!」


 なんだ、そのコントみたいな自己紹介は……。


「確かに伝承通りのお姿のようですが、ひとつ足りないものがあるようですな」


 ハミルトンは『羽根』が足りないと言いたいのだろう。


「ほら、羽根出して」


「いやですよ。私が羽根を出したとしてもどうせ『手品だ! ペテン師だ!』って騒ぎ立てるだけですよ。信じようという心がない人間に何をしても無駄です」


 これは完璧に人間不信ならぬ神官不信を拗らせている……。


「こちらもミューズ様を語る不届き者が絶えず訪れるような状況でして。ミューズ様のお姿に一致してない方の『神託』は到底信じられないのです」


 ハミルトンの言うことももっともだ。そのセキュリティ意識の高さは現場の責任者として称賛されるものだろう。

 でも、ここにいるのは本物なんだって。


「時間の無駄ですよ。この神官は私を信仰していません。なにやっても無駄です。帰りましょう」


 女神は立ち上がって僕の手を引っ張った。


「いや、それじゃ神殿に来た意味が……」


「私は確かにここへ来て目の見えない少女に神託を与えました。夜中にも関わらず真摯に音楽のことだけを考え、私に捧げる曲を携えて、私の像の前で祈りを捧げていたのです。そんな少女に神託を授けず、他の誰に授ければよいのですか?」


 僕に言ってるような形になっているけど、これは神官たちに自分は本物だと言っているのだ。本来だったら知り得ないはずの神託を授けたときの状況を語ることでヒントを出してくれている。同時に神官たちを皮肉ってるんだが。


「お帰りください。神託を授けた状況ならスノウからソニアに話したのを聞いたのでしょう? そんなものでは証明になりせん」


 神様に存在証明を求める神官と言うのはなんとも不思議だな……。

 ここまで来て僕は女神の言っていたことを理解した。これは何を言っても駄目なやつだ。


「わかりました。帰ります。神託の内容はちゃんと神殿に伝わったわけですし、僕たちの役目は終わったことが確認できたので安心しました。最近、魔物が増えているようですから、ちゃんと備えてくださいね?」


「……それは出来かねます」


 ハミルトンは僕たちを睨んだままだったので、僕はソニアを促すと応接室を出た。


「お送りしましょう」


 ハミルトンの側に控えていたタウロスが案内してくれるようだ。

 廊下を歩いていく途中、タウロスは僕たちをちらりと見た。


「ハミルトン上級神官は元々高い信仰心をお持ちでした。しかし、ミューズ様を名乗る詐欺師に何度も騙されていてとても疑り深くなってしまったのです」


 ゆっくり歩きながら前を見て独り言のように喋る。


「それでいいと思いますよ。私は滅多なことでは下界に来ません」


 これもヒントか。滅多なことが数年以内に起こるのだ。神殿には信じてもらえないとしても別の方向から何かしなければならないなあ。


「もしお時間がありましたらスノウにあってはくれませんか?」


「なぜです?」


「スノウはとても信心深い子ですが、ミューズ様のお姿を拝見できなかったことで、授かった神託を偽物にしてしまったと悔やんでいるのです」


 タウロスは見た目に反して繊細な気遣いができる人なんだな。テミスみたいな脳筋なのかと思っていた。


「なるほど。それは可愛そうですね。では帰る前にあっていきましょう」


 タウロスに連れられて神殿の敷地の一角に設けられた孤児院に入っていく。


 孤児院には思ったよりもたくさんの子供がいて、みんな元気そうに遊んでいた。少し年齢が高い子は孤児院の手伝いをしているのか忙しく洗濯や掃除をしていた。


 孤児院の建物は広いとは言えないものの清潔で孤児と言えども蔑ろにされてるわけではないことがわかる。


「こちらです」


 一つの扉の前で立ち止まる。


「スノウ、タウロスです。あなたに神託を授けてくださったミューズ様が来てくださってます。扉を開けて出てきてくれませんか?」


 しばらく待つと扉が開かれ、中からスノウが出てきた。


「……ミューズ様?」


 扉の影でこちらの様子をうかがっている。


「はい。ミューズです。私が至らないばかりに苦労をかけましたね」


 その声を聞くとスノウはわっと顔を覆った。


「申し訳ありません。せっかく御神託を戴いたのに役目を果たせませんでした」


 泣きたくても泣けないという感情が伝わってくる。あまりに取り乱した様子に女神も心配になってスノウを優しく抱き止めた。

 それにソニアも加わっている。


 僕とタウロスはそれに加わることが出来ずにいた。


「タウロスは女神が本物だと信じているんですか?」


 なんとなく手持ち無沙汰になったので話しかける。


「わかりません。しかし、スノウはとても信仰心の厚い子です。そのスノウが本物と信じているのなら本物なのでしょう」


「というとタウロスはあんまり信じてない?」


「熱心な信者ではありませんね。歌は練習したり儀式のときに歌ったりしますが。実は私はこの孤児院の出身なのです。孤児院を運営するための資金を稼ぐために武闘神官になったようなものです。武闘神官ならダンジョンで魔石や音貨を集めることができますから」


「お金が足りない感じはしないけど、足りてないの? 寄付が少ないとか?」


「はい。食べ物に不自由はありませんが、ちゃんとした教育を受けさせるところまではいってません。教育を受けてないと冒険者や武闘神官になってダンジョンに行くしか稼ぐ手段はないので、出来ればこの子達には教育を受けさせてあげたいのです」


 行間を読むと冒険者や武闘神官はとても危険な仕事なのだろう。だから同じ境遇の孤児にその道を歩かせたくないんだ。


「あ、あのさ」


 僕はポケットから出すふりをしてアイテムボックスからダイヤモンド音貨を十個取り出した。


「これ、寄付するよ」


「こんなに……ありがとうございます。これだけあれば数人は学校に通わせられます」


「うん。だから命は大事にね」


 タウロスは驚いた顔をしていた。


「はい。孤児院のために命を賭してくださっている方々にもよく伝えます」


 タウロスはニカッと笑った。ボディービルダーのスマイルを思い出して少し吹き出しそうになってしまった。


「信心深い少女ですね。感動しました。私から祝福を授けましょう。何がいいですか?」


 スノウが落ち着くのを待っていたかのように女神が問う。


「使命も果たせていないのに祝福をいただくことは……」


「いやですか?」


「いやではありません! とても幸栄です……」


 そこで言葉を切り少し考えているようだ。


「その、使命を果たせなかった身ではありますが、願いを聞き届けてくださるのなら、孤児院のみんなに祝福をいただくことはできますでしょうか」


「いいでしょう。ただそうなると便利スキルとかを渡すわけにはいかないですね……」


 僕の方を見るな。


「そうだ。歌を歌いましょう。少しは良い気分になれるはずです。百年前の歌とは違いますよ。百年かけて作った新曲ですよ!」


 へー。女神も歌うんだ。


「ここでは狭いですから先程の開けたお庭へ行きましょう」


 そう言いながら移動する。途中にいる子供にも声をかけ、他の子供も呼んでくるように伝えてる。


 中庭に移動すると続々と子どもたちが集まってくる。


 みんな口々に「ミューズ様のお歌が聞けるんだってー」と言っていた。


「みんな集まりましたか? では、歌いましょう」





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