死は導く
朝食を取ったあと、僕はテミスの用意してくれた馬車でミューズの街まで戻ることになった。
「本当なら街まで見送りたいのだ」
シュンとした様子で僕を見ている。
「わかってるよ。今から大事な知らせが来るのに館を留守にするわけにはいかないもんね」
「すまないな。埋め合わせは必ずする」
「気にしないで」
僕はテミスが「着いて行く!」とか言い出さないようにさっさと馬車に乗り込むと笑って手を振った。テミスも手を振り返し、僕たちは別れたのだった。
◆ ◆ ◆
目の前には氷砂糖もちょっと入った乾パンの缶詰がたくさんある。バイト先のオーナーが賞味期限が近くなった災害用備蓄をバイトのメンバーへ配っているのだ。
「ひとり何個までですか?」
僕はこれは食費が浮くと思ってすごく嬉しくなった。
「何個でもいいよ」
周囲のバイトの同僚の顔を見回す。
僕が食べるものに困っていることを知っているのか、うんうんと頷いている。
「じゃあ、ふたつ……」
「いや、全部持ってけよ!」
「遠慮にもほどがあるだろ」
「枝里くんらしい」
みんなからツッコまれてしまった。
「いいんですか? だって百個以上ありますよ? それに『おやつにも』って書いてありますし、休憩時間とかにおやつとして食べれますよ?」
「ああ、大丈夫。みんな味見してあんまり美味しくないって知ってるから」
「あ、そうなんですか」
みんながいらないというのには理由があるのか。
「でも非常食としてはありだよ」
「じゃあ、ありがたく頂きます」
その日、僕は当面の食料とバイトの同僚の暖かさを手に入れた。
◇ ◇ ◇
街に帰ってきて神託がどうなったか聞こうと思い魔石屋へ向かう。魔石屋は『CLOSED』の看板が出ていたが中に人の気配がする。少なくともソニアはいるようだった。
恐る恐るドアを開いて入る。
「おはようございます」
「いらっしゃい……なんだ、シマか」
「神託の件はどうなったか聞きに来たんだ。昨日は領主の館に連れてかれちゃって街にいなかったから」
「それな」
ソニアはすごく不機嫌そうな声で答えた。なんだろう。神託を報告したら理不尽に怒られたとか?
「神殿は神託を偽物だと決めつけた。神官か巫女以外が神託を受けることはありえないそうだ!」
バン!とカウンターを強く叩く。同時にカウンターに乗っていた音貨が綺麗な音を立てて転がった。
「え、なんで……?」
僕は女神に直接聞いたから神託が本物だと知っている。でも、それを知らない人なら真偽の判断はすぐにつかないはずだ。でもすぐに神託が偽物だと決めつけるのはおかしくないか?
「スノウがミューズ様の姿を見てないからだそうだ。古い記録にある姿と同じ容姿を答えられないと偽物なんだと」
「でも、スノウは……」
「そう。目が見えない。姿を見てなくてもおかしくはない。それでも神官様の堅物頭はダメなんですと」
ソニアは完全に不貞腐れていた。ほっぺたが膨らんでいる。美人が台無しの変顔である。
神殿の言うこともわかる。これまでは一番信仰心が高かったのは神官か巫女なのだろう。しかし、ここで例外が発生してしまった。
たまたま信仰心が一番高かったのは神殿で預かっていた孤児のスノウだった。しかも、目が見えないから女神も姿を見せることができなかった。
FPをケチったツケがここで回ってきてしまったようだ。
その原因の一つになっている僕としては責任を感じてしまう。色々女神にねだってFP使わせちゃったからなあ。
「女神はまだ下界にいるはずだから、もう一度神託を出してもらえば……」
「そのミューズ様も本物だといいな」
うわあ。心底お怒りのようだ。僕にまでとばっちりを受けそう。
「ちょっと探してくるよ」
「はいはい。お願いしますね」
僕は慌てて魔石屋を飛び出すと、女神を探してミューズの街を駆け巡った。
「……いない」
二時間は探しただろうか。街のどこにも女神はいなかった。
「お探しですか?」
「うひっ!」
また後ろから声をかけられた。
「もう! どこにいたの? めちゃくちゃ探したんだから!」
僕は八つ当たりで女神を怒鳴りつける。
「少し街の周辺を見てきただけですよ。それでどうしたんですか?」
「なんか、昨日の神託が偽物だと判断されちゃったらしくて、もう一度神託を出してほしいんだ」
「いやですよ」
「このままだと神託がなかったことになって魔物の襲撃に備えられなくなるんだよ? そうしたら女神を信仰する人も減ってFPが入らなくなるんじゃないの?」
「なるほど。でも、いやです」
「なんで?!」
「過去に授けた神託も事が起きてからじゃないと信用しなかったんですよ。だからもう一度神託を授けても同じことです」
過去の神殿も今の神殿も何してくれちゃってるの?!
「そんなことより、バザールも今日が最終日らしいので一緒に楽しみましょう。ほら、アイテムボックスにお金はたくさん入ってたでしょ? 買い食いしましょう!」
元々ダメ元で出した神託だったようで、女神は偽物だと思われても全然気にしてないようだった。
ここはご機嫌取りを頑張ってなんとか思い直してもらうしかない。
僕のせいで誰か死ぬなんてゴメンだ。
「買い食いに付き合ったら一緒に神殿へ行ってくれる?」
「いいですけど、何をするんですか?」
「スノウに授けた神託が本物だって説明する」
「上手く行くといいですね。それで手を打ちましょう」
女神は僕の手を引き、手近な屋台へ向かっていく。
「ちょっと待って。羽根、羽根をしまわないと」
「ああ、そうですね。忘れてました」
羽根は少し震えたかと思うと光となって宙に消えた。
「これでよし! 最初はサラマンダー焼きです!」
その名前に嫌な予感がして見ると、デカイトカゲを串に指して丸焼きしたものだった。魔女が薬を作るときに作る材料みたいだ。
「いや、あれはやめようよ。トカゲじゃん。しかも魔物。女神が食べるようなキラキラしたものじゃないよ」
「えー、見た目は良くないですけど美味しいんですよー。半分こして食べましょうよー」
女神に付き合うとは言ったものの、神殿へ行く前に僕がギブアップしそうだ。
仕方無しになるべく小さな串焼きを選ぶとお金を払って受け取る。見た目は完全に焦げており、とても食べられるものとは思えない。
「最初はあなたからどうぞ」
この女神、やっぱり僕をいじめて楽しんでいるのではないだろうか。
「えい!」
と勢いよくかぶりつくが口の中は焦げの苦味でいっぱいだ。
「苦い……」
「あははは! お口真っ黒ですよ」
女神は袖口で僕の口元を拭いてくれた。
「その焦げてる部分は剥いで食べるんですよ。ほら、こうして」
と言いながら女神は器用に焦げた皮を剥いでいく。
「ここを食べてみてください」
「うん。あーん」
がぶりといくと、ジュワッと油が幸せを運んでくる。『やっぱり油は正義だよね!』という声が聞こえてくるようだ。
ちょうといい塩梅で素材の良さを引き立てている。
「美味しい!」
「そうでしょう。この味は百年前から変わってないですねえ。あの時も魔物に襲われて大変でした。逃げた先には食料もなくてしかたなく魔物を狩って食べたものです。知ってます? 魔物を食べ始めたのはつい百年ほど前からなんですよ」
なんか領主の館でテミスが出した料理が魔物尽くしだと思ったのはそういう歴史があったのか。テミスだけがゲテモノ好きではないんだな……。
「じゃ残りは私が頂いちゃいますね」
そう言うと女神は僕の手事口の中に入れる。
「え? 僕の手……」
サラマンダーは長さ三十センチはあったはずだし、僕の手は女の子と言えども口に入るような大きさではない。それがどういうことか女神の口の中に収まってる。
チュッポン。
女神から手を引き抜くと串も骨もなくなっていた。
「驚いてますね? ふふふ。私はお供えは残さない主義なのです!」
「改めて人間じゃないんだなあ」
「なんたって神様ですから!」
胸を張るが僕は「人間ではない」と言っただけだ。神様のやることではないと思う。
「さあ、次に行きましょう!」
そこから僕は女神とバザール中の屋台を食べ歩いた。




