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死は試練と共に歩く



「もちろん泊まっていくだろ?」


 お風呂から上がると、元々着ていた服ではなく、寝間着に着替えさせられたのはそういう意図だったのか。


「お誘いは嬉しいんだけど、宿に戻らないと……宿の人も心配するだろうし」


 宿泊客が領主の馬車に連れて行かれて帰ってこなかったらめちゃくちゃ心配するだろう。『もしかして犯罪者だったんじゃ?』みたいな噂が立ってもおかしくない。


「なら、宿には使いをやろう」


 テミスはどうしても泊まって行ってほしいようだ。僕はどこで寝ようとも構わないのだが、テミスの両親、つまり領主夫妻とは会いたくない。テミスが時折漏らすエピソードからすると厳しい人なのだろう。


「ご両親は戻ってこないの?」


「ああ、数日は戻らんだろう。安心してくれ。両親がいなければ何日でも泊まって行ってくれて構わんのだが……」


「そ、そう。でも、友達は対等な関係でなきゃ。僕もテミスに遠慮したくないし」


「そうだな。そのうち君の部屋にも泊まりに行こう」


「そういうことじゃないから!」


 なんて言うことを言うんだ。全然反省してないじゃないか。また兵士が泣くぞ。


「はは。冗談だ、冗談」


「いや、絶対冗談じゃなかったでしょ!」


 そんなこんなでなし崩し的に僕は泊まっていくことになった。




◆ ◆ ◆




 トイレに籠もって考え事をしていた。シャワーも一緒にあるユニットバスなので少し湿っている室内。窓もないから照明をつけても薄暗い。


 だが、人間は狭い空間で行動の自由を奪われると思考が加速する。『限定環境においては特徴が顕著に現れる』と聞いたことがあるけど、まさにこの事なのだろう。


 まるで神様が降りてきたかのようにメロディーが思い浮かぶ。


 何時間もトイレの中で鼻歌を録音した。




 たくさん録音して満足していたので、トイレから出てきた。


 そして、録音したものを再生する。


「ダメだ……」


 録音したものの殆どは改めて聞いてみると、他の人の曲と似通っている。


 似ているだけならまだしも完全にそっくりなものもあった。


 僕はただ過去に聞いたことのある音楽を下手くそな鼻歌にしたにすぎない。時間を無駄にしただけだった。




◇ ◇ ◇




 大きなベッドだったのでテミスと並んで寝ることになった。恐る恐るテミスの横に寝るとふわりと良い香りがした。

 明かりが抑えられた室内で黒に近い紫色。髪を下ろしたテミスがこちらを向いている。


 ちょっとドキリとしてしまう。姫様というだけあってとても可愛らしい顔立ちに就寝前のリラックスした表情が何よりも夜に合っていた。


「こういうのが夢だったのだ」


「こういうの? あ、友達と一緒に寝ること?」


「ああ」


 意外というか年相応というか、姫様なりの悩みがあるのだなと思った。


「高い教育を受け、力仕事や家事なんかもしたこともない綺麗な手をしている。それに珍しい魔道具を持ち、金に困った様子もない。でも貴族では無いという」


「僕のこと?」


「ああ」


 テミスは僕の手を握る。


「君はきっと自分が何者かわかっているのだろう? だが、私にはそれを言えない」


 そこで一度言葉を切って俯く。僕から表情が見えなくなる。


「寂しい」


 ズキリと胸が痛む。


「……もちろん無理に聞くつもりはない。だが、言えるときが来たら最初に私に正体を明かしてくれ」


「約束するよ」


「絶対だぞ」


「うん」


 実のところ、「寂しい」の下りでテミスに『正体を明かしてしまおう』と決意仕掛けてた。だが、今は明かさなくてもいい雰囲気だったのでやめる。

 ていうか、これもテミスの策略かな? てっきりテミスは脳筋のお姫様キャラだと思っていたけど、ちゃんと領主の娘の仕事をできるぐらいには狡猾な面も併せ持っているのかもしれない。


「なんだ?」


 僕がテミスを観察しているのに気がついたのか、僕の言いたいことを言わせようとする。


「テミスって脳筋だよね?」


「な! 気にしてることを! 友達だったらもう少しやんわりと指摘するものではないか?!」


「あはは。でも、そんなテミスが好きだよ」


「……っ!」


 テミスは見る見る赤くなっていく。


 あ、これは素だ。狡猾なんてテミスにはありえないな。


「君はなぜ私を助けたのだ?」


「あの時は深く考えてなかったけど、相手の男たちは黙って剣を抜いたでしょ? 衛兵に助けを呼びにいく時間はないと思ったんだ」


「……そういうことではなくてな」


「え? どういうこと?」


「ふふ。それが君の正体というわけか。納得だ」


 マジでどういうことかわからない。


「とりあえず、もう僕のことはいいでしょ。ミューズの街やこの辺のことについて教えてよ。僕は来たばかりで詳しくないんだ」


 なんで笑われたのかわからなかったけど恥ずかしくなったので話題を変える。


「そうだな。ミューズの街がなぜ出来たのか、昔話をしてやろう」


「おお、興味ある。お願いします」


「谷は深い木々で覆われ、深い霧と森があった。そこにミューズ様は降り立ち、右腕を振った。右腕からは様々な音が鳴り出し、谷にある魔石に封じられた……」


 神話らしい導入だ。だが、今の女神は腕を振っても音は鳴らない。劣化してるな。


「左腕を振ると魔物がいなくなり、歩いた道に清らかな川が出来た。そこに動物たちが集まり始め、それを追ってきた私達の祖先がここにミューズの街を築いた」


「テミスのご先祖?」


「そうだな。続けるぞ。周辺のダンジョンから魔石が採れ、時々ミューズ様の祝福を受けた録音された音貨が見つかるようになる。ご先祖は研究して蓄音機の魔道具を発明した。そこからは色々な音楽がダンジョンから掘り出され、今のようなミューズの街になったというわけだ」


 この世界の音楽は飽くまでもダンジョンありきなのか。


「音貨以外の音楽は生まれなかったの?」


「もちろんあったし、今もある。しかし、やはり音貨は便利だからな。音楽を聞くとなったらどうしてもそちらを使ってしまう」


「歌は?」


「歌は神殿の専売のようなものになってるな。誰か歌ってもいいのだが、やはり下手だとミューズ様を侮辱しているように思えるのだろう」


 音楽の街の割に「なんか歌を聞かないなあ」と思っていたら、そういうことだったのか。


「録音するには広くて静かな場所が必要って聞いてるんだけど、ミューズの街にもあるの?」


「神殿にあるぞ。高いがな」


 神殿は音楽に関する既得権益の塊みたいなものだな。


「この街はあまり音楽が気安いものじゃないんだね」


「そうだな。ちょっと贅沢な嗜好品だ。今日食べたヒクイドリの丸焼きのようなものだ」


「サラマンダーのお酒もそうでしょ?」


「バレてたか。そうだ。あれもちょっと贅沢な嗜好品なのでお客様をもてなすときしかださない。でも私はあれが好物でな。君も度々遊びに来てくれると助かる」


「わかったよ。テミスのご両親がいないときに遊びに来るよ」


「わかってるじゃないか、友よ」


 テミスは余程お酒が好きなんだろうな。


「明日はどうする?」


「明日はミューズの街へ帰るよ。そろそろ、神託の結果がどうなったかわかる頃だろうし……」


「ちょっと待て。今、なんて言った?」


「あ」


 失言だった。テミスはまだ神託があったことを知らないんだ。


「ある少女が神託を貰ったという話を魔石屋で聞いたんだ」


 ソニア、ごめん。先に心の中で謝っておく。


「その少女はどうしたんだ?」


「魔石屋の店主と神殿へ報告へ行ったよ」


「そうか……ならば明日には神殿から報告が来るか。やはり明日は遊べそうもないな」


「そ、そうだね」


 領主夫妻が不在の今、代理はテミスなのかな。この若さで為政者の責任を負うのか。神託の内容が内容だけに精神面が心配だな。


「もし僕に力になれることがあったら言ってね。大したことは出来ないだろうけど、また助けるから」


「ありがとう」


 そういうとテミスは僕を抱きしめた。鍛え上げられた筋力で締め付けられる。


「く、苦しい」


「あ、すまん。ちょっと力が入りすぎた」


 ちょっと? いや、テミスの筋肉ヤバいね。


「そろそろ寝るか。明日は大変そうだしな」


「うん。がんばって」


「ああ」


 そして、僕たちは眠りについた。





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