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死は神託の前に立たない



 食事も終わり頃、タピオカミルクティーのようなデザートが運ばれてきて「これも魔物の卵とかじゃないよな?」とじっくり観察していると、僕はテミスに聞いてみたいことを思いついた。


「テミスはダンジョンへ行ったことある?」


「ああ、この辺のダンジョンの浅い階層なら行ったことあるぞ」


「へー。いいなあ。僕も行きたいんだけど、知り合いから止められてて」


「それは知り合いの言うことを聞いたほうがいいな。私は一廉の実力者ではあるがダンジョンは魔物が多い。囲まれたらあっという間に死ぬだろう」


「やっぱりダメか……」


「もしダンジョンに欲しいものがあるなら冒険者に依頼して取りに行ってもらったほうがいいな」


「冒険者って? どこへ行けば依頼出せるの?」


 予想通り聞いてみたい話題になって、千載一遇のチャンスだ。


「冒険者はダンジョンに潜って依頼の品を取ってきたり、魔物を退治したり、荒事を専門に解決する人たちのことだな。冒険者ギルドと言うのが街の正門近くにある。そこで依頼は出せるはずだ」


「なるほど」


 疑問も解決し、美味しいデザートも食べ終わると、テミスの部屋へ行くことになった。そこで一休みしてから温泉に入るらしい。


「テミスの部屋だから武器とか鎧とか飾っているかな? と思ったけど、割と女の子の部屋なんだね」


 ちょっとからかうつもりで言ったのだが、テミスは思ったより真剣な表情だ。


「えっと怒った? ごめんなさい」


「怒ったわけではない」


 テミスはそう言うが顔は笑ってなかった。


「ここには二人しかいない」


「う、うん」


 な、なんだ。いきなり空気が重い。


「正直に答えてほしい。君は特別な魔法を使ったね?」


 魔法。使えるのなら使ってみたい。けど、僕は魔法を使えない。使った覚えもない。


「魔法は使えないよ。使えたら使いたいけど」


 テミスはその答えには納得していないようだ。何か考え込むようにして椅子に座った。


「えっと、何を見て魔法を使えると思ったの?」


「……助けてもらったとき」


「うん」


「『助けてください』と何もない空間から聞こえていた。あれが魔法でないというのならなんなんだ?」


「あー」


 無から何かを生み出すのが魔法なのか。確かにDTMの神具は他の人には見えないから、そこから音が聞こえれば魔法と思うのかもしれない。


「原理は僕も知らないから説明が難しいんだけど、蓄音機の魔道具を見えなくしたものを持っていたんだ。それを投げたんだよね」


「! そんな魔道具があるのか!」


「うん」


「そうか。それで謎が解けた。しかし、あのときはそんな貴重な魔道具を使わせてしまって悪かったな。それであのあと回収できたのか?」


「できたよ。安心して」


「良かった。無くしたとあれば弁償しなければならないところだった」


「律儀だね」


 僕が笑うとテミスは「そんなことはない。これは一般常識だ」と否定した。いや、絶対に詐欺に合うタイプだよ。


「難しい顔をしていたのはそれを聞きたかったから?」


「ああ、領主の娘としての仕事だな。今は特に警戒しなければならない時期だからな。悪いが君も試させてもらった」


「そ、それで僕はどう? 問題ない?」


 ここで問題ありとして処刑されても困るけど、この流れなら大丈夫そう?


「はは。それは……」


「それは?」


「問題だらけだな!」


「ええー!」


 これは処刑エンドまっしぐらだろうか。


「君とはまだ信頼関係が出来てないからな! これから温泉で裸の付き合いをしようじゃないか! そろそろ準備も出来たことだろう」


 あ、からかわれていただけか。


 『裸の付き合い』と言う単語で気がついた。

 え?! 一緒に入るのか? それはヤバいのでは?


「本当に一緒に入るの? やっぱりやめたほうがいいよ。周りのメイドさんも困ってるじゃん」


 脱衣所についてなんの躊躇いもなく脱ぎだしたテミスに背を向けて僕は最後の抵抗を試みる。


 側に控えるメイドさんも決していい顔をしていない。そりゃそうだ。どこの馬の骨ともわからない少女と姫様が一緒のお風呂に入るなんて礼儀知らずもいいところだ。この場合、礼儀を無視しているのは姫様の方だが。


「ふむ。何か隠したいことがあるのかね?」


 僕の背中にのっしとやわらかく、しかし確かな弾力の塊がのしかかった。テミスは脱ぎ終わっているようだ。


「隠したいことと言うか、恥ずかしいんだよ」


 これは僕の本心だ。自分の身体を見られるより、女の子の裸を見るほうが恥ずかしい。


「それなら湯浴み用の服がある。出してもらおう」


「テミスもそれ着て!」


「ん? ああ、わかった。お揃いだな!」


 僕の意図したこととは違うが来て着れるらしい。これで裸を見ずにすむ。




◆ ◆ ◆




 僕は何も暖房がない部屋で震えていた。


 唯一、寒さに対抗できるのは就職活動のときにデパートで買ったカシミヤのコートだけだ。五万円以上したが冷気を通さないことはもちろん、かなり丈夫で五年以上使ってもほころび一つない。


 ただこれだけで凌げる寒さではない。


 今月は臨時の出費があったので食費だけではなく、電気ガス水道などの光熱費も切り詰める羽目になった。スマホもなるべく使わないように夜中は電源を切ってる。


「ダメだ。コンビニへ行こう」


 コンビニに行くと食べ物が目に入りお腹が空くので行かないようにしていた。ファミレスなんて以ての外だ。


 だが、この寒さには勝てない。コンビニで暖まったら、また帰ってこよう。


 夜中のコンビニは客が少なく、店員は品出し作業をしていることが多い。だから、何も買わないで長居する客は目立ちやすくなる。それは避けたいのだが、今は緊急事態だ。


 歩いて三分ほどにあるコンビニに入る。中はとても暖かくレジ横に置いてあるおでんに喉がなる。


「我慢我慢」


 なんとか誘惑に打ち勝つと、雑誌のコーナーで適当なマンガを手に取る。


 お金がないので普段からマンガなんて読まないけど、中世の女性画家を題材にした話が目についた。

 絵が描きたいが女性であるがゆえの障害が邪魔し、絵をかける環境にならない。しかし、この女性画家が僕と違うのは『才能がある』ところだった。

 女性画家の才能は師匠や身の回りの人を変えていく。


 周囲を変えてしまう。


 自分が変わる必要がない。それが才能を持つものの証だった。


 僕は辛くなって本を閉じると雑誌を棚に戻す。

 店員が搬入された雑誌の梱包を解きに来たので自分の部屋へ帰ることにした。


 身体は少しだけ暖まったが、心は完全に折れていた。




◇ ◇ ◇




 湯浴み用の服を来て温泉に入る。とは言うものの濡れれば肌にピッタリ貼り付き、身体の線が露になる。完全に目の保養、いや心臓に悪い。


 テミスはそんな僕の状況を気に求めず、さっとお湯をかぶると温泉に入ってしまった。

 僕もそれに習いお湯をかけて身体を清めるとテミスから少し離れて温泉に入った。


 温泉は白濁しており美容に良さそうだ。温泉特有の臭いもそんなにしない。


 入ってみて気がついたが、夜空に星がたくさん見えた。


「わあ、すごい」


 こんなに星を見たのは人生で初めてではないだろうか。


「だろう。君と一緒に入りたかったのだ」


「誘ってくれてありがとう。でも、なんで僕を誘ってくれたの?」


 領主の娘ともなれば僕でなくてもふさわしい身分の友人がいるだろう。


「初めてなのだ」


「なにが?」


「助けられたのが。ずっと誰かを助けてばかりだったからな。助けられるということがこんなにも嬉しいことだと教えてくれた。その感謝と……あとは……」


「あとは?」


 テミスはその先を言う前にお湯の中に潜る。


 中々浮いてこないので、溺れているのかと思って近寄る。


「友達になってくれ!」


 絶叫とも言える音量で叫びながら出てきた。お湯のざばぁという音の中でもはっきりと聞こえた。


「同じ女同士だが、私は君に惚れた! 恋とかそういう感情ではないが、君が好きだ。友達になりたい!」


 僕を指差して宣言した。僕はテミスの青春の叫びを赤くなりながら聞いていた。


「どうだろう? 友達になってくれないか?」


 息が切れたのか呼吸が少し乱れている。形の良い胸が湯浴み用の服の下で揺れていた。


「もちろんだよ。友達になろう」


 僕は右手を出す。


 間髪いれずにパーンと叩かれた。


「ありがとう!」


 握手のつもりだったが、これがこの世界の握手みたいなものなんだな。ちょっと痛い。


「こちらこそ」


 テミスは月を背後ににっこり笑った。





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