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死は歯牙にも掛けぬ華



 魔石屋へ入るとカウンターに荷物を置くソニアが見えた。その傍らには孤児だと言う少女がいる。


「あ、シマ! スノウ、ちょっと待ってて」


 スノウはこくりと頷いた。あの子、スノウと言うんだ。


 ソニアは僕の側までやってくると、僕に耳打ちするようにヒソヒソ声で話しかけてきた。


「おい、神殿に行って確認したが神託を受けたものなんて居なかったぞ。やっぱり間違いじゃないのか?」


 どうやら神託を受けた人を探しに行っていたらしい。木を探すなら森の中、という事か。


「いるよ。そこの女の子が神託を受けてる。さっき、そこで女神とあって聞いたから間違いないよ」


「そんな街娘と雑談したかのような調子で言うなよ……」


 確かに僕も女神のノリは軽すぎるとは思うけど、事実なんだから仕方がない。


「スノウ、紹介しよう。この娘はシマ。数日前から観光に来ている私の客だ」


「あの……スノウです。先程は失礼しました」


 僕のことを声で覚えていたのか、店の前であった人間と同じと認識してくれているようだ。


「あ、いや。僕こそ怖がらせてごめんね」


「ん? すでに知り合いなのか?」


 僕はスノウか店の前で待っていたときのことを話した。スノウは必死に勘違いしたことを謝ってくれたけど、僕は僕で「こっちが悪かったんだよ」とお互いにペコペコした。


「そんなことよりだ。シマが言うにはスノウがミューズ様からご神託を授かったと言うことなんだが……」


「! それでどうしたらよいかと思ってソニアさんに相談に来たんです」


 スノウはちょっと焦っているようだ。


 状況や背後関係がわからないけど、なんとなく今までの神託は神官か巫女だけに授けられていて、それ以外が貰ったのは稀なんだろう。神託を受けることは名誉なことなのかも。


「うーん、どうするかは一度横に置いて、神託の内容は話せるか?」


「はい。『数年以内に多数の魔物がミューズの街を襲う。備えなさい』です」


 ソニアはそれを聞いて深く考えているようだ。フードに顔が隠れて表情が見えない。


 僕はあの女神のヒントを思い出していた。


『ミューズで百年暮らせるお金』


『神託の内容は未来に起こる危険だから関わらないほうがいい』


 このふたつを合わせて考えるとミューズの街は魔物に襲われるが滅びるようなことはなく、なんとか切り抜けるのだろう。


「なぜミューズの街を……」


「この周辺には魔物はいないの?」


  魔物の行動になぜも何もあったものではないだろうが、異常な現象には原因があると考えるのが普通だろう。


「ほとんどいないな。居るとしてもダンジョンだ。あとはだいぶ離れたところにある森に魔物がそこそこいるだけだ。ミューズの街を襲えるほど多くの魔物が来るとは思えない」


「過去に魔物がダンジョンからたくさん出てきたような事件はないの?」


「そこまではわからないな。ここから先は神殿と領主に報告してからだ。内容が内容だけに報告しないわけにはいかない」


 ソニアは神託の内容に懐疑的なようだが、報告はすべきだと考えているようだ。


 女神が嘘をつくとは思えないが、ソニアの疑問もわかる。人間の生息地域を拡大してきた歴史があり、古くから安全を保ってきた地域が危険になるとは考えられないんだ。


 とは言うものの僕はこの世界に来たばかり、詳しいとは言い難いんだか……。


 いや、違う。


 女神はもう一つヒントをくれていた。


『この世界はあなたが聞きたがっていた曲、そのもの』


 つまり、僕はこの世界を題材にした歌を知っている?


 でも、歌詞を思い出せない。曲の雰囲気すら怪しい。


 確実に覚えているのは『死が友達。そんな人生もいいんじゃない?』というワンフレーズだけ。


 僕はゾッとした。


 このフレーズの意味は、もしかして僕の周りにいる人たちが死ぬことを表しているんじゃなかろうか。


 ……いや、違うか。


 女神は他の神様とゼロサムゲームをしているんだった。


 それなら信者が減ってしまうようなことは避けたいはずだ。僕だけを守れればいいなんて考えないだろう。


 でも、僕の不安は消えなかった。




◆ ◆ ◆




 再生数が増えなくなって何日も経った。


 その間、僕は日々の生活をするだけで精一杯だった。音楽に関係することを何もしていない。


 気力も体力もお金も全てが枯渇寸前だった。


 一日一食で数日は暮らさなきゃならないから、水でお腹を膨らます。カップラーメンもそのまま食べるとすぐに消化されてしまうため、限界まで麺をふやかして食べる。

 自炊をすれば多少は食べる量を増やせるのだろうけど、僕にはそんなスキルはない。


 動くとカロリーを消費すると思って暗い部屋の中、目を閉じてじっとしている。

 でも、それをするとダメだったことを思い出してしまう。


 今まで投稿した八曲すべてが再生数は三百に届かない。コメントは一件もつかない。


 いいね、すらつかない。


 僕の曲はインターネットにあるはずなのに、そこにだけ幽霊のように透明だった。


 僕は悔しくて泣いて結局カロリーを余分に消費した。




◇ ◇ ◇




 ソニアとスノウは報告のため教会へ連れ立っていった。


 僕は関係ないため連れて行ってもらえなかった。確かに余所者が神託の、それも悪い内容の神託を知っていたら、ミューズの街の偉い人たちは僕を拘束するかもしれない。

 神託の内容を街にばら撒かれたら混乱は必死だ。もちろん、僕は言いふらそうなんて考えていない。

 どうにかして魔物対策を手伝いたいが何をするにも非力だ。役に立つどころか邪魔になるだろう。


 ない頭で必死に考えるが、僕が手伝えることも役に立つことも見つからなかった。


 宿に帰ると夕食の時間が始まっていたようでカウンターでお食事券を貰う。


「あ、僕にできることはあるじゃん」


 完全に忘れていたが、女神から貰った神具のアイテムボックスに音貨がたくさんあるはずだ。

 これを領主や街へ寄付すれば魔物と戦える人に少し高い報酬を支払えるから魔物対策もちょっとは良くなると思う。


 そう考えると僕は早速DTMの神具を開き、アイテムボックスを探した。


 女神の言うとおりアイテムボックスには録音用の白金音貨が数え切れないほど、その他の音貨もカンストしているかと思うぐらい桁が多く入っていた。

 これだけあれば百年どころか千年だって生きていけるだろう。


「そういや、冒険者ギルドみたいなところってあるのかな?」


 冒険者ギルドみたいな組織があれば、このお金を使ってそこに依頼を出すことだって可能だ。

 ただ今まで歩いた範囲には冒険者ギルドっぽいところはなかった。

 バザール開催中の街を歩いているとお店のような建物はたくさんあるんだけど、その殆どは閉まっていた。

 多分だけどそこでお店をしている人がバザールのときだけ露天や屋台で販売しているのだろう。なるほど、合理的。


 そうなると宿の人に聞くぐらいしかなくなるが、聞いても教えてくれるかわからない。なにせ今の僕はソニアが心配するほどの子供なのだ。


「うーん、ソニアに聞いておけば良かったな」


 これからソニアは神託関係でしばらく忙しくなるだろうし、足で探すしかないかな。


 僕が宿から出ようとすると、なんか出口近辺が騒がしい。

 みんな恐る恐る外を伺っているようだ。


「どうしたんてすか?」


 僕が宿のカウンターにいた女将さん風の女性に話しかける。


「あ、あんただよ! なんか、あんたを待ってるんだって!」


 ちょっと興奮したように応えた。


「僕ですか? 誰が?」


 自慢じゃないがこの街には知り合いは二人しかいない。ソニアとスノウだ。そのどちらも神殿へ向かっている途中のはずだった。


「領主様らしいよ。宿の前に止まってる馬車が領主様の紋章なんだと」


「へ?」


 寝耳にミミズだった。領主との繋がりなんてないはずだ。目立つこともしていない。

 あるとすれば女神が僕の存在を領主に吹き込んだ可能性があるぐらいだが、女神と話していてもそんな話は出てこなかった。


「……よくわからないけど、話聞いてきます」


 このままでは宿にも迷惑だろうし、僕は恐る恐る宿を出て馬車の前にいる兵士らしき人に話しかける。


「僕、シマにご用事があると伺ったんですが……?」


「シマ殿か。少々お待ちを」


 兵士はそういうと立派な馬車のドアをノックし、少しだけ開いた扉から話しかけていた。


「シマ殿、姫様がお話があるそうなので馬車に乗っていただけますか?」


 中の人の指示なのだろう。兵士は僕に馬車へ乗るように言った。


 これは……人さらいじゃないよね? 姫姫詐欺とか?


「わ、わかりました」


 不安ではあるけど拒否する選択肢はなさそうなので僕は言われるがままに馬車へ乗り込んだ。


 馬車の中は意外と広く、向かい合わせのベンチのような椅子がふたつ、奥にはサイドデーブルがついていた。内装も豪奢でさすが領主の馬車だと思った。

 ベンチには紫の髪の一人の女性が座っており、僕を見て笑顔になった。


「やあ、シマ。遅くなってしまったね」


「誰……?」


 それを聞いて相手の女性は少しびっくりしていた。


「うーむ、なるほど」


 そう言うと髪の毛を両手でポニーテールのようにまとめる。


「これならわかるか?」


「あ! テミス?」


「当たりだ」


 姫様はちょっと前に助けた剣士風の少女だった。


「領主の娘だったの?」


「そうだ。あのときの礼に来た」


 そう言ってにっこりと笑った。可愛かった。





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