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いきなりクライマックス!

2022/09/30 追加




◇ ◇ ◇




 濃い霧の立ち込める森の中、魔物の咆哮が森の木々を揺るがす。その数は万を下らないだろう。

 数体の魔物なら強い冒険者や武闘神官が余裕で倒せる。しかし、どんなに強い人でも一日中戦うことは出来ない。

 この数の魔物を撃退するには多くの人が人間の限界を超える必要がある。


 魔物の襲撃は女神の神託通りだった。


 数年前からわかっていたことだが、現実になると心底震える。怖い。


 今から僕たちは魔物の大群からミューズの街を防衛する。土塁で作った第一次防衛線は突破された。ここは領主の館の前にある切り立った谷。第二次防衛線だ。ミューズの街はその後ろにあるので街の機能に支障をきたさない最後の防衛ラインと言える。

 第三次防衛線は街の城壁なので、門を締め切った籠城戦になってしまう。籠城戦のためにたくさんの食料は備蓄しているが、できればここで決着をつけたい。

 その後は街の中で戦う第四次防衛線と続く。

 どこまで防衛ラインを下げることになるかわからないが、きっと長い戦いになるだろう。


 でも、大丈夫。きっと勝てる。その為に僕たちは準備してきたんだから。


「シマ様、そろそろ始めますか?」


 サファイアのような瞳は静かな闘志に揺らめいている。その青い髪は戦闘の邪魔にならないようにサイドで結ばれ、普段着ている水色のワンピースは置いてきて、今は動きやすい革の鎧に小柄な身を包んでいる。

 少女はボカロの一人である水音(みずね)だ。

 普段は命令がないと動かない水音であるが、今はやる気が溢れているかのようだ。


「うん。歌って!」


 始めに武闘神官のタウロスがその強大な肺活量を使って魔物の咆哮を打ち消すかのような声で歌い始める。そこに九人のボカロが歌を続けた。

 神聖語による歌は魔法の効果がある。歌うことで周辺の魔力が冒険者や武闘神官たちに渦を巻いて流れ込んだ。


「来た来た来た! これは何回やってもたまりませんねぇ!」


 タウロスはスキンヘッドをペシャリと叩き、ポーズを取って己の筋肉に血を送り込む。新鮮な酸素が筋肉に染み込み戦闘の準備を整えた。


「タウロス、先陣を切ります!」


 戦槌と呼ばれる金属製のハンマーを軽々と振り回す。ハンマーヘッドが魔物に当たる度に『ドンパンドドパン』と血しぶきと共にリズムを奏でている。

 いや、曲に合わせてリズムになるのはどうなんだ?


「タウロスに続け!」


 筋骨隆々の武闘神官たちは我先にと魔物の群れに当たり前線を構築する。

 だが、魔物の数が多く、すべてを受け止めきれない。小型の魔物を中心に何体も背後に漏れてしまう。


「魔物を駆逐しろ!」


 武闘神官の後ろに控えていた領主の娘テミスが叫ぶ。冒険者たちはテミスと一緒に魔物たちを切り刻む。


「圧倒的ではないですか!」


 天音(あまね)は初めての戦闘で興奮していた。普段は前線に来たりしない参謀タイプだが、今回ばかりは歌の効果を上げるために連れてきている。


「油断しない。まだまだこれからだよ」


 僕が窘めなくても天音はわかっているはずだ。肩口に流れた桃色の髪をかきあげて耳にかける。そして、片眼鏡のズレを直す。


「そうだな。わかっているとも。任せ給え」


 水音と同じように革の鎧を着た胸を叩いた。


 ボカロたちはこの世界では精霊と言ってもいいような存在だが、人間と同じように怪我をしたり、死んだりする。

 正直、見た目が十歳ぐらいの少女九人を前線に連れてくるのは迷った。だが、今は他に方法がない。


 そう。人間ではできないことをボカロならやることができる。

 例え、このまま夜が来ようともボカロなら歌い続けることが出来る。歌で武闘神官を鼓舞し、歌で冒険者を癒やす。そうすることで万を超える魔物と戦うのだ。


「何人か武闘神官が戻ってきます」


 波がかったブロンドヘアを振り乱しながら土音(つちね)が報告に来る。


「わかった。火音(かのん)と音(とおん)。撤退支援を頼むよ」


「了解なのだわ」


「任せてよ」


 僕の後ろに控えていた火音はゆっくりと息を吐き出すように歌を始める。赤い髪が燃えているかのようにゆらゆらと動く。

 そこに綺麗に重なるハーモニーのようなと音の歌声が響く。


 そして、サビで二人は両手を高く天に上げた。


 それと同時に魔物たちの後ろで爆発が起きた。深い霧が一時的に吹き飛ばされ、隠れていた魔物たちが見える。

 次の瞬間、魔物たちにタングステン鋼の弾丸が音速を超えて襲いかかる。

 肉が飛び散ったあとに音が聞こえるレベルだ。


「撤退!」


 タウロスが叫ぶと打ち漏れた魔物を狩りながら下がってくる。

 前線が下がったことを確認すると、天音は土音に合図を出す。

 今まで戦っていた場所に沼が出来上がる。そこそこ深い沼で魔物たちは足を取られ、こちらへ容易に来ることが出来ない。


 水音が前に出て一人で魔物避けの歌を開始する。魔物たちは歌を恐れてこちらに近寄れずにいる。後ろから多数の魔物が押し寄せているのでいつまでもここで足留めしておくと迎撃地点である、この谷を迂回してしまうかもしれないが、これで体制を立て直す時間は出来た。


 魔物を駆逐し、被害が出ない内に体制を立て直す。少しずつ後退することになるが、少しずつでも被害なく魔物を減らすのが大切だ。


「合わせて百匹は倒せたと思います」


 実質の指揮を取っている天音が武闘神官タウロスから報告を受ける。一ウェーブでそれなら御の字だ。あと九十九回繰り返せば僕たちの勝ち。被害を出さなければ二十チームに分け交代で戦う僕たちに勝機はある。


「そろそろ第二チームに前に出てもらおう」


 準備を終えて今か今かと待ち構えている子供たちが天音の前に出る。魔道具で身を固めているとは言え、本当に戦えるのか不安になる。


「天音ちゃん、帰ってきたらお歌ね」


「わかっておる」


 子供たちの参戦にみんなが反対する中、天音だけがその重責を負わせることを選んだ。自らが戦って勝ち得ることの重要性を認識してもらうためだと言っていた。


「兎に角、霧に身を潜め、一人一殺だ。終わったやつから戻れ」


 子供たちの役割は沼で足を取られている魔物たちの息の根を止めることだ。ボーガンのような武器を持たされ、『隠密』スキルを付与された魔道具に身を包む。


「わかった! 行くぞ、みんな!」


 二十人の子供たちが霧の中へ消えていく。


 その様子を見送りながら天音は震えていた。

 僕は天音の頭をそっと撫でる。


「大丈夫」


 そう言ったけど天音の震えは止まらなかった。理論上は重責を負い共に戦うべきだと分かっていても、訓練し魔道具を装備していると言っても何が起こるかわからない、この場所では子供たちが全員無事に帰ってくる保証はない。それをわかっているから天音は怖くて震えているのだ。


「次の作戦を準備する。シマは寝ておれ」


 照れ隠しなのか、僕は短く返事をすると休むために補給基地と化した領主の館へ戻った。




◇ ◇ ◇




「大きいぞ!」


 領主の館は丘の上にあり、霧を眼下に臨む立地だ。殆どの魔物は霧に隠れて見えないが、そいつだけは頭が見えていた。

 十メートルを超える黒い鱗に赤い目を持つドラゴンだ。

 奴が大きく口を開けぬらりとした牙と舌を見せる。僕はそれを見て身震いをした。あの牙に割かれた腹の感触を思い出したんだ。


「あれは僕が対応する!」


 女神から貰ったDTMの神具を起動し、予め森の中に設置してあった魔道具と接続を確立する。


 メモリ代わりに使っている白金音貨へ『拘束の歌(アンカーボルト)』をリモートで書き込む。


「第一弾を打ち込む!」


『拘束の歌』が流れ始めると、二十個ほどの光のワイヤーが黒龍を縛り付ける。黒龍は大きく首を振るがその場から進めなくなったようだ。

 効果時間はほぼ無限だが、永遠に縛り付けられるわけじゃない。魔物にも知能があり時間が経てば魔道具が全て壊され、黒龍の束縛は解けてしまう。

 進路上に複数設置してあるが、硬くて大きい黒龍を倒すのには時間がかかる。それまでに他の魔物を減らしておかないと僕たちは四方から囲まれて戦力の集中ができなくなってしまう。

 今は霧の中に潜む万を超える魔物たちの殲滅が先だ。


 逆に魔物を殲滅出来れば黒龍を囲んで戦うことができる。そうなれば黒龍は街へ進むことが出来ず時間をかけても倒すことができる。

 それが僕たちの立てた作戦だった。


「シマ様! あれを!」


 見張りに立っていた兵士が叫ぶ。その指が指し示す先に僕は戦慄した。


「黒龍……」


 霧の上に出ている頭が三つになった。三頭の龍をというわけではない。僕が拘束したものを別とすれば新たに二体の黒龍が現れた。


「完全に想定外だ」


 急いで前線の子供たちを呼び戻すように伝える。こうなってくると第二次防衛線の維持は絶望的だ。それどころか戦っているみんなを無事に逃がすことも難しい状況だ。


 そんな場合ではないんだけど、走馬灯のように仲間やボカロと出会った日のことを思い出した。


 色々あった。


 一言で言ってしまえばそれだけだ。でも、それはとても濃い毎日だった。





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