06
ここからアホな展開が加速します。
一国のお国事情がこんな感じて良いのかと、描いてる張本人が悩むばかりです(´;ω;`)
「お邪魔しまーす」
今日も異世界風居酒屋・悪役令嬢は大盛況。リリアリアちゃんが引き戸を開けた時点でお客さんの賑わいは最高潮だった。
労働者を客層とした居酒屋に国会議員となった乙女ゲームのヒロインが入り込む。
これほどまでギャップのある光景はどんな乙女ゲームにも存在しない筈。と言うかこんなスチムが有ったら運営にクレームが殺到するだろう。
「いらっしゃい、リリアリアちゃん。ちょっと待っててねー。あ、ここの席に座ってて」
「お構いなく」
リリアリアちゃんはペコリと頭を下げてチョコンと可愛らしく席に座る。
「マリーちゃん、こっちの席にモツ焼き赤を塩でお願い」
「はーい」
「マリーちゃん、こっちはモツ刺しお願いしまーす」
「はいはーい」
「マリーちゃん、俺と結婚して」
「ドサクサに紛れて変な注文すると出禁にしますよ?」
今日もいつも通りに営業中だ。
唯一違うのは隅っこの席にその住人が不在と言う事。店の誰もが首を傾げたくなる光景ではあるが誰も言葉に出そうとはしない。
そうです。
元王族連中四人の姿が見当たらないのです。
そしてその答えはまさかの人物の口から語られる事となる。その人物は汚物を思い出したかの如く表情を嫌悪の感情に染めて語り出した。
「今日、この店に来る途中でホームレスの炊き出し会場の前を通ったんですけど」
「うん?」
「……アイツら、ホームレスに混じって列に並んでました」
アホやな。
まさか元王族がホームレスにまで堕ちるとは誰も想像だにしないだろう。と言うかアイツらは王都中の飲食店でツケを口実にして飲み食いしていたから当たり前かな?
出来得る範囲でこの店でそう言う被害を受け止めてたんだけどなあ。それでもコレなんだ……。
リリアリアちゃんの温度を感じさせない声が店の喧騒を押さえつけてしまった。こう言うのってマウントポジションと言うんだろうか。
まさか乙女ゲームのヒロインがメンタル的にプロレスの技を使うとは。
誰も想像だに出来ず場が凍り付く。シーンと静まり返っては皆んなが私に視線を向けるのだ。え? もしかして私にこの空気をどうにかしろって事?
この無茶振り、キリキリと胃が痛くなる思いだ。
いい加減にしてくれないと私も顔の筋肉が固まっちゃうぞ。
「リ、リリアリアちゃん。ビールでいい? 私からの奢りだよ」
「……何と言うか奢られるとアイツらと同レベルになりそうで」
さいですか。
寧ろリリアリアちゃんは今日店に呼び出された理由の方が気になって仕方がないと言った様子だ。席に座りながらソワソワとして落ち着きがない。
手持ち無沙汰だと居酒屋と言う場所は居心地が悪いもので。
注文が止むまで彼女はずっとそんな感じだった。時折注文を口にしそうに見えたが、常連さんたちの勢いに負けて口を紡ぐ様子は何とも可愛い。
本人には申し訳なく思うが、やはりヒロインのこう言うところは卑怯だと思う。
そんな風に感じながら店を切り盛りしているとパタリと注文が途絶える。ようやく店の山場が過ぎたと言ったところか。
「ごめんねえ、呼び出しておいて待たせちゃった」
「マリアンナさんもお忙しいのに私が無理を言ったから……」
「気にしない、気にしない。で、早速だけど例の件」
「お願いします」
リリアリアちゃんが座る席の前からカウンター越しに身を乗り出してみる。この姿勢で話すとやっぱりバーのママみたいな気分になるのよね。
まあ、でもそれはそれでアリかなと昨日から本気で考えてしまう。
「コレなんだけどリリアリアちゃんは知ってる?」
私がカウンターに小皿に盛った茶色い液体を差し出すとリリアリアちゃんは首を傾げて不思議そうな表情で覗き込んだ。だからヒロインがそんな仕草をすると危険やねん。
この子は自分の身に集中する周囲の常連さんからの視線にもっと敏感になるべきだ。
だがそれでも天然で自分に突き刺さる好意など気にも留めなのがヒロインな訳で。
モテモテと鈍感。
これが乙女ゲームのヒロインの絶対属性なのだ。
「これは……何ですか?」
「ハチミツ擬き……かなあ?」
歯切れの悪い私の様子にリリアリアちゃんは更に傾げる首の角度を大きくして怪訝な様子を深めていく。
「擬きと言うと?」
「これねバイオレンス・ビーの巣から採取されたハチミツなのね。だから擬き」
「……モンスターがハチミツを集めるんですか?」
「毒とかは無いから。普通に食べられるし栄養価も高くて味も抜群なんだよね」
「……なるほど、流石はマリアンナさんです」
寧ろ流石はリリアリアちゃんだと言いたいぐらいだ。
実はこの乙女ゲームの世界にはモンスターが存在しておりバイオレンス・ビーとは最強クラスに列するそれなのだ。強さも普通の大人では太刀打ちすら出来ず、人間からすれば触らぬ神に祟りなしと言った存在。
その針で刺されると激しい痛覚が波動となって全身を走り気絶してしまうそうだ。
最近になって私は気付いたのだ。
このモンスターはミツバチと同じ習性があって巣にミツを蓄える。そのミツはこの世界には数少ない甘味と言える。この世界は基本コンセプトが中世ヨーロッパだから甘味がとにかく貴重。
このミツの存在は常連の冒険者がお土産にと置いて行ってくれたもの。
因みにこの世界には冒険者と言う職業も存在する。
この事実を踏まえてリリアリアちゃんは私が言いたい事を先回りして理解した様だ。やっぱりヒロインは凄い、可愛い上に頭もキレて察しがいい。
私は改めて思い知った。
悪役令嬢としてこのヒロインと敵対関係となるのは完全に人生のマイナス行為だ。
「コレの採取、冒険者のクエストに登録出来ないかな?」
「……出来ますね。そして冒険者ギルドの運営もバイオレンス・ビーが生息するダンジョンも……」
「何方もウルベルト公爵家の管轄でしょ? これを輸出すれば一気に貿易黒字になるんじゃないかな? その儲け話を担保にすれば殆ど貸し借り無しでお父様から追加出資して貰えると思うの。お父様はクエスト登録料やダンジョン管理費用でもガッポリ見返りが期待出来るから嫌とは言わないと思うよ?」
「……でもこの話ってマリアンナさんの商才があれば個人的な商売にする事も出来たんじゃないですか?」
「どうかな? コレをくれた常連さんは中級冒険者なんだけど命がけでコレぽっちしか採取出来なかったみたいだし、最低でも上級冒険者じゃないと任せられないレベルのクエストだと思うよ」
このミツを採取した冒険者の常連さんは私がツケで飲食を融通したお礼だと言っていた。そして同時にバイオレンス・ビーはもう懲り懲りだともボヤくくらいだ。
現実的には冒険者ギルドと深い関わりが無いと成立しない商売だ。
だからリリアリアちゃんの質問には即答しかねる。
とは言えこの儲け話をしたからには私もそれなりに見返りは欲しい訳で。リリアリアちゃんはやっぱり頭がいい、それを理解してまたしても先回りをしてくる。
私が求める見返りは至ってシンプルで彼女も満面の笑みで了承してくれた。
「では採取したバイオレンス・ビーのミツの一部はこの店に融通すると言うことで良いですか?」
「オッケー。と……もう一つだけ」
「この際です、何でも言って下さい!!」
ヒロインは満面の笑みで居酒屋に魅力を撒き散らす。と言うかそんなに安請け合いして大丈夫かな?
この見返りが一番厄介なんだけど。
でもコレもリリアリアちゃんからすれば得をすると言っていいと思うし、ここは一つお音葉に甘えさせて貰うとしよう。
「……冒険者ギルドに登録して欲しい四人組がいるんだけど、大丈夫? 冒険者としては素人だけど血統書付のダメ人間四人」
「ま、……まさか?」
「……うん、王族って魔法も使えるし剣も子供の頃から稽古してるからそこそこ使えると思うんだよねえ。……どう?」
リリアリアちゃんが完全に固まっちゃった。
とは言え『あの四人』をこのまま放置する方が危険だとも考えている。王族はそこら辺のゴロツキよりも腕っ節は立つし、不必要にストレスを与えると爆発しかねない。
あの四人は放置するといつか何かをやらかしてしまう。
だから私は仕方が無いと諦めていつかはツケで払ってくれると信じて?と店の出入りを許していたのだ。それが私の本音の本音。
アイツらにツケを許してきた本当の理由だ。
だってアイツらやべーから。
やべーからこそ性癖一つで国家が転覆する訳だし。
その事にようやく気付いたリリアリアちゃんは顔面蒼白になって必死になって言葉を吐き出そうとする。彼女はガチガチとまるで冷蔵庫の中に閉じ込められたかの如くゆっくりと言葉を口にした。
「……元国王と元王子二人、それに元宰相で……冒険者パーティを結成させちゃうんですか?」
「下手に追放するよりも飴と鞭で縛ったほうが楽じゃない?」
「……ですね」
こうして本人たちの知らないところで一つの冒険者パーティが産声を上げるのだった。
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