05
天然系ヒロインの本領発揮のパートです。
「実はですねえ、……お恥ずかしい限りなんですがマリアンナさんに相談が有りまして」
「私に? リリアリアちゃんが?」
リリアリアちゃんは唐突にそう会話を切り出した。
丁寧にモツ煮とご飯を完食して、ヒロインらしくスプーンを置く仕草も可愛げが見え隠れする。と言うか嫌な予感しかしない。
この子はヒロイン以上に今や飛ぶ鳥を落とす勢いの国会議員。
要は半年前で言うところの王族連中や宰相なんかと同等の立場だ。
……ん? この店の隅っこで元お国の中枢連中が管を巻いて安酒を飲み散らかしている。元国王なんて鼻くそを穿ってるやんけ。
アイツらを見てると現職の国会議員が大した事ない様に見えるからなるべく視線から外しておこうっと。
「はい。実は私、今は元王族たちの保有していた財産額の算出と分与を担当してまして」
「へ、へー?」
リリアリアちゃんの天然は最強だなあ。
と言うかもはや殺人級の凶器やんけ。この話題をここでするんだ、隅っこで酔っ払っていた元王族たちが驚きすぎて目ん玉をひん剥きながら貴女を見てますよー?
もう目玉がこぼれ落ちそうになるくらい凝視してます。
と言うか口から焼酎が漏れてるやん。後で掃除が大変だから粗相だけは止めて欲しい。これ以上、私に迷惑かけるならアンタらは出禁だからね?
下手に他の店で暴れられたら困ると思って今までは目を瞑っていただけだから。まあ、気持ちが分からなくも無いけどお願いだから店を汚さないで。
と言うか常連さんたちもスゴスゴと帰り支度始めちゃったし。
流石の常連さんたちもリリアリアちゃんの会話の話題が重すぎてドン引きしたらしい。店を出る時に私に挨拶をすると隅っこで固まった元王族を一瞥していく。
だけどそんな気遣いも気にしないのがヒロインと言うものらしい。
「ここだけの話、国王たちの財産が二束三文なんですよー。だから革命後の資金繰りが大変なんです」
「……お城は? それ以外にも国王が所有してた建築物とかがあったんじゃない?」
「有るにはあるんですけどお城は建設費用のローンがまだ残ってるし、他の建物は全部老朽化が進んで修繕しないと売れないんです」
「……セーフ」
「ですよねー? お互い泥舟に乗らずに済んで助かっちゃいましたねー? でも、今度はそれが大問題になって……」
うわー。
隅っこでグサグサとナイフが突き刺さる擬音が飛び交ってる様にすら思える。まるで一昔前の樽にナイフを突き刺すオモチャみたいに王族連中の心にナイフが突き刺さっていく。
と言うかお城にローンが残ってるってどう言うことじゃい?
「で? 私に相談って……?」
「実はマリアンナさんのご実家にかなりの出資をして貰ってまして……それで何とか今まではやって来れたんですけど……」
「私から追加出資を頼めって話?」
「はい、お恥ずかしい限りです。流石にこれ以上頼むのは気が引けまして」
うーん、と言うか国家が転覆してその予算繰りを元王族の元婚約相手の実家が担保するってどんだけ情けない話じゃい。もう情けなさすぎて隅っこでその元王族たちが口から霊体を吐き出して気絶しとるやん。
だけどリリアリアちゃんもやっぱりヒロインだわ。
申し訳無さそうに人差し指をツンツンとさせてるところが何とも愛らしい。
くっそ、純粋に女として魅力負けした気分だ。そんな屈辱感に塗れるのも全ては大した財産を持たないアイツらのせいじゃん。
……ん? と言うか待てよ?
「あ、あのさあ……リリアリアちゃん?」
「どうかしましたか?」
「アソコの連中さ、私の店での支払いが全部ツケなんだけど……」
「ああ……」
「その反応はやっぱり?」
「はい、ご愁傷様です……。と言うか幾らくらいツケがあるんですか?」
「……かれこれ半年くらい貯まってるから四人合わせて四百万グラン……かなあ?」
「……上司に相談します。多分、全財産を処分すればそれくらいは何とか……」
王族の財産がたったのそれぽっちなの!?
因みに一般労働者の年収がおおよそ四百万グラン。
そんな懐事情を垣間見たら婚約破棄されて良かったと思うしかないじゃん。だけどリリアリアちゃんは天然だけどやっぱり良い子だ。泣けなしの元王族の財産を一居酒屋のツケに回す様に上司に掛け合ってくれるとか。
もう私も情けなさを通り越して哀れみで泣いてしまう。
それとやっぱり明日から気絶してるアイツらは出禁だな。もうツケを払う見込みが無いし。アイツらがツケで飲み食い出来た理由はいずれ配分されるだろう財産分与を見越したものだった。
と言うかアイツらは王都中の飲食店にツケがある筈だから、明日からどうやって生きてくんだろう?
ま、断罪されかかった私が心配する義理は無いか。
差し当たっては私がリリアリアちゃんのお願いを聞くか否か、と言う話だろう。だけど私は既に実家から勘当して貰った身な訳で。ここで自己都合で縋るのは悪役令嬢の沽券に関わるのだ。
さてどうしたものか。
「やっぱり厳しいですか?」
「うーん、頼めばお父様の事だから追加出資してくれると思うけど……。でもなあ……」
「マリアンナさんはご立派にもご自身から勘当を進言されたんですよね? どっかの元王族とは大違い」
「問題はそこ。別に頼めなくも無いし、お父様も鬼じゃないから私が口添えすれば首を縦に振ってくれると思うのよ」
「つまり筋を通したい訳ですね?」
「リリアリアちゃんの言う通り。つまりは私自身の問題なのよ、どうしよう?」
「はあ、マリアンナさんは人間としてもご立派なんですね。やっぱりどっかの元王族とは大違い。カッコいいですう……、私ってば欲情しちゃう」
ヒロインがそうポンポンと欲情するなや。
ま、今はそっとしておこう。とは言え私の本音は折角居酒屋経営が軌道に乗ったのに、ここで貴族に借りを作るのは如何な物かと言うことだ。
もう貴族社会なんてまっぴらごめん。
幾ら革命後で王族がいなくなったからとは言え、その内政は未だ貴族が舵を握っているのが現状だ。革命とはそう言うもので、成された後の方が大変なのだ。
革命軍は基本的に政治の素人。
だから前政権から信頼出来る人間を引っこ抜くのは当たり前、私の父もそう言った背景からヘッドハンティングされて新政権に助力している。
それは知っていた。
だけどまさか身銭を切って国家予算の資金繰りまでしてあげていたとは思わなかった。それでも今更ながら想像は易い。お父様はそんなお人好しで人望があるから新政権のメンバーに選出された訳で。
逆に言えば元王妃とのスキャンダルで選出されなかった宰相がウチの店の隅っこにいる訳だ。まあ、今は役に立たないから気絶させたままで放置だけど。
「うーん、何とかお父様にメリットを作れれば良いんだけど……」
「どうでしょう?」
「ちょっと待ってね。うーん、…………あ」
「マリアンナ様?」
唸って唸って唸りまくって。
ふと妙案が浮かんでしまった。これならお父様にもメリットがあって新政権も継続的に予算を確保出来ると言う誰もが両手を上げて笑顔になれる妙案だ。
何だったら便乗して私にもメリットがある話。
私のちょっとした反応にリリアリアちゃんは戸惑った様子で私を覗き込む。きっとこの子はさして縁が無かった私に縋るのが申し訳なかったのだろうと思う。
ヒロインはどんな時も良い子だから。そして天然で人の心を抉る。
別に抉られた人間に同情なんてしないけど。アイツらは自業自得だからリリアリアちゃんが帰ったら適当に外に放り出しておこう。
今は表情を曇らせるこの子の心の負担を少しでも和らげてあげる事に尽力すべきだ。
「リリアリアちゃん、ちょっと妙案が思い付いたから明日の夜もう一度店に来てくれないかな?」
「は、はい。分かりました」
リリアリアちゃんは不安そうながらも私の言葉を受け入れてくれた。
こうして今日も一日が終わりを告げる。
このやり取りによって異世界風居酒屋・悪役令嬢は国会議員と言う今後の太客をゲットする事になる。そしてツケ塗れの元王族四人組は王都での居場所を失うのだった。
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