04
「トマトベースの煮込み料理なんですね」
私の知ってるモツ煮は味噌仕立て。
だけど乙女ゲームの世界に味噌があるはずも無く、最初のメニュー作りで私も頭を悩ませた。その時は確かホルモンをトマトで煮込む料理がヨーロッパに存在したと思い出して何となく試したら大成功。
今ではこの店の売上トップスリーに入るヒット商品となりました。
「モツって脂がすごく出るからスープって訳にもいかないの」
「うーん、でも全然臭みがありません。普通の肉だって煮込んだら多少の臭みが出るのに凄い……」
「オルガノやタイムみたいなハーブと一緒に煮込むから何とかね。はい、スプーン」
リリアリアはパアッと満面の笑みを浮かばせて私からスプーンを受け取った。そして受け取るなり直ぐに器からモツをすくって口に放り込む。
モツを口に入れた彼女は乙女ゲームのヒロインスイッチを押して魅力オーラを店中に撒き散らす。
やべえな。
やっぱりヒロインの魅力は恐ろしい。眩しすぎて目の前にいる私はその内、失明するのではなかろうか? リリアリアはそんな私の苦悩など気にも止めずドンドンとモツ煮を食べすすめていく。
て言うかいくら貧乏男爵家のご令嬢でもモツ煮をがっつくのは如何なものかと思う。
まあ、本人が喜んでるなら大した事では無いと思うけど。
「うわあああああ……、こんな美味しいもの初めて食べましたああああ……」
「お世辞でも嬉しいわ」
「そんな事ありません!! マリアンナさんは頭も良くて美人で気立も良くて!! その上、料理も完璧なんて何処の物語のヒロインさんですか!?」
いやいや、アンタがヒロインでしょうが。
必死こいて断罪イベントをぶった斬ったんだから、不用意なフラグ発言は控えて欲しい。と言うかこの子は本当に表情が豊かだなあ。
一口モツを頬張る度に幸せそうな顔付きになって「んーーーーー!!」と叫ぶ辺りが貧乏貴族出身と言ったところか?
ま、こんな可愛らしい仕草は貴族社会では中々お目にかかれないからバカ王子がノックアウトしたのも頷ける。
私は静かにヒロインの笑顔を肴にビールでも飲みますか。
と思ったけど明日の下準備がまだだったから客足が減り始めた今のうちに済ませておくとしよう。この店はモツ専門店、だから一日でも看板商品のモツを欠かすわけにはいかないのだ。
とは言っても魔法でチョチョイとやるだけだから割と簡単なんだけどね。
私が「ヨシ、やるか」と意気込んで腕を捲し上げると店で歓声が沸き起こる。常連さんたちが私の方を見て鼻の下を伸ばしたり、ゴクリと唾を飲み込んだり。
一体何だって言うの?
そして今日に至ってはリリアリアちゃんが何かに慌てた様子を見せる。もはや何が何だか分からない。私は平凡に居酒屋を経営したいだけなのだけど。
「マリアンナさん、それはダメです!」
「へ?」
「若い女性がそんなに素肌を晒したら男性が狼になっちゃいますって!!」
「え……、たったこれだけで? 腕を捲し上げただけだよ?」
「見て下さい、お客さんたちのいやらしい視線の数々!! マリアンナさんはもっと自分の魅力に気付くべきです!」
確かに常連さんたちが全員一斉にそっぽを向いた。と言うか国王とか王子たちまで白々しくそっぽ向くなや。
アンタらは私をギロチンにかけようとした張本人やないかい。
「んな童貞じゃないんだし。そもそも私はギロチンされかけちゃうくらいの嫌われ者なんだから大丈夫だって。誰も欲情なんてしないよ?」
悪役令嬢に欲情する男が何処の乙女ゲームにいるって話よ。
「私が欲情します!!」
アンタがかーい。
危うくワイングラスを掲げそうになった。
と言うかアンタは女性やんけ、もはや理論崩壊待ったなしだな。リリアリアちゃんは涙混じりに力説を開始する。再びビールジョッキを勢い良くカウンターに叩き付けては隣の席の常連さんと語り出す。
しかも内容は私が如何に魅力的か、と言うもの。
と言うかそもそもこの子はどうして私の店に来たのだろうか?
今更になってその理由を考え出してしまう。リリアリアちゃんの興味が私から離れた様だし、モツの下準備を進めながら色々と考えてみる。
私がこの店を開店したのは半年前。
丁度、断罪イベントを回避して父から勘当してもらった直後だ。あの頃はリリアリアちゃんも議員になりたてで多忙を極めたから今になって挨拶をしに来てくれたのだろうか?
だけど私とこの子はそこまで接点はない。
確かにギロチン台の上ではそれなりに好感度を取り戻せた気はする。この店の端っこで肩身狭く安酒を煽る王族連中をダシにしてアピール出来たとは思う。
それでも私とリリアリアちゃんは友達でも何でもない。にも関わらず半年間も音沙汰なしで今更私に会いに来るだろうか?
と言うかこの子は食べ物にがっつくなあ。
側から見ると飼い犬が餌を無心で頬張っている様にさえ思える。乙女ゲームのヒロインってこんなだったっけ?
「……ご飯、要る?」
「欲しいです!」
私の提案にリリアリアちゃんは学校の事業を受ける小学生みたいにシュバッと挙手をする。まあ邪推な憶測は後でいいか?
モツの臭み抜き用に発動した水の魔法を解除して店の奥に向かってため息混じりにヒロインの要望を叶えてあげた。茶碗てんこ盛りの白米を差し出すとリリアリアちゃんの食欲は更に加速していった。
この分だとこの子は明日も来るな。
ならば今のうちに私に会いに来た理由を聞き出さねば。
何度でも言うが悪役令嬢の私からすればヒロインなんて率先して関わりたいものでは無い。私はリリアリアちゃんが唐突にここに姿を見せた理由を聞き出すタイミングを見失いながら喧騒深める居酒屋を切り盛りするのだった。
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