03
勘違いされながらストーリーが進むと主人公の脳内はツッコミの嵐が吹き荒れます。一度はゲームの中でその全容を見てるからつっこまずにはいられないんでしょうね?
「お久しぶりです、マリアンナ様」
「もう様は止めてよ。今の私は居酒屋の亭主でリリアリアちゃんは見事に出世して今は国会議員だっけ?」
「はい、おかげさまで」
凛としたスーツを着込んだゲームのヒロインがニコリと悪役令嬢に微笑む。
うーん、でも私としては出来得る限りヒロインとは関わりたくない。それが正直な本音だ。何しろ私は乙女ゲームの悪役令嬢、そんな私がヒロインのリリアリアと関わってもロクな事にならないと思う。
下手をして喧嘩にでもなれば勝てる自信なんて無いのだ。
触らぬ神に祟りなし。
これが私のヒロインに対する接し方、だがそれでもヒロインはお構いなしに私に懐いてくる。美しいブロンドヘアーを髪留めでまとめて飲酒に本気で取り組み姿勢を見せる。
やっべーな。
これはリリアリアちゃん、もしかしなくても閉店まで居座る気かな? とは言え面と向かって帰れとも言えず、まずは私から牽制の意味を込めてジャブを放つとしよう。
注文に悩むリリアリアの前にスッとビールを置くと彼女は驚いた様子を見せる。
私はそこまで驚かなくても良いのにと呆れながら言葉を付け足した。
「はい、私の奢り」
「え? いや、でも……」
「言ったでしょう? 私はリリアリアちゃんが大好きだって」
「ありがとうございます……」
おお、すげえ……。
流石はヒロインやんけ。彼女は可憐に微笑みながらヒロインとしての魅力を放射線の如く店中に撒き散らす。その白く美しい肌を真っ赤に染めて大きくクリッとした目を細めて笑う。
この笑顔だけでエロ親父ならビール三杯は軽くいけるんじゃないの?
「リリアリアの笑顔でホッピーが三杯はいけりゅううううう」
はい、エロ親父は黙ってて。そこの元国王、アンタが要らん発言を大声でするからヒロインが汚物を見るような目つきでアンタを睨んでますよ。
と言うかこの子はアンタのバカ息子の元婚約者でしょうが。
頼むからこの店で警察のご厄介にだけはならないで欲しい。この居酒屋は私が必死になって立ち上げた唯一の楽しみなのだ。前世の記憶を思い出して咄嗟の機転で生き延びた私にはもうこの店しかない。
私の唯一の居場所をアンタにだけは絶対に潰させてたまるかっての。
「はあ、……マリアンナ様はお美しくて経営の才もあって羨ましいです」
はい頂きました。乙女ゲームのヒロイン特有の天然な嫌味。
革命と言う時代の流れに見事に乗っかって議員まで出世した貴女にだけは言われたくない。でもここは居酒屋だし? 逐一お客さんにガミガミ言い返してもキリが無い。
私はため息すら許されずリリアリアに笑顔で接するしかないのだ。
「そんな事ないってばあ、リリアリアちゃんの方が絶対に可愛いって」
「そんな事ありません! その腰まで滝の如く流れ落ちる真紅の髪にクリッとした大きな瞳に女性らしい豊満なスタイル。マリアンナ様はこの王都の女性全ての憧れです!!」
乙女ゲームのヒロインがビールジョッキをカウンターに叩きつけて悪役令嬢を語るなや。と言うかリリアリアちゃんもサラッとオヤジ発言する子なんだ。
しかもビール一口飲んだだけで酔っ払ってるし。
リリアリアちゃんは意外とめんどくさい子でした。
「私はリリアリアちゃんのスレンダーなスタイルに憧れちゃうなあ。私なんてちょっと油断するとすぐに太っちゃうし?」
私はバーのママかっての。
このやり取りは絶対に場末のバーに転がってると思う。
「私のマリアンナ様にそんな事を言う奴がいたら即刻ギロチンです!!」
えらく物騒やんけ。
て言うかセクハラで判決ギロチンとか本気で止めて欲しい。
それから常連の皆んなも然りげ無くリリアリアちゃんの言葉の納得するなや。ウンウンと頷いて「マリーちゃんの良さを分かるとお嬢ちゃんも通だねえ」とか言ってるし。
店の常連とリリアリアちゃんはガシッとハイタッチしてるし。
勝手に盛り上がって勝手に意気投合してるし。
後、付け足すとすればリリアリアちゃんは議員だからね? 頼むから常連の皆んなもそんな大人物と場末の居酒屋で悪役令嬢を酒の肴にすんなや。
ここは場末の居酒屋。
店舗面積も狭く客席の間隔もギリギリだ。下手の騒げはカウンターなどは隣の席の客と肘がぶつかる。天井も低くて換気設備もギリギリで見栄えがいいとは言い難い。
入口だって開ければボロボロの引き戸が毎度軋んで不快な音を鳴らす。
それでも私が一人で切り盛りする事とあまり派手に儲かって国のお偉いさんに目をつけられたくない一心でここに店を開いた。
おかげで土地柄客層のガラは決してよろしく無いが、それでも気のいい人たちが常連になってくれた。
まあ、そのせいで元王族と言う余計な常連も居着いちゃったけど。
「マリアンナ様」
「もう様付けとか止めて。今の私は貴族でも何でもないんだから」
「ほわあ……、他の元貴族の人たちなんて未だに過去の栄光に縋ってるのにマリアンナ様って凄いですね?」
「そう言うリリアリアちゃんだって元貴族でしょうに。それと何度も言うけど様付けは禁止」
やべえな。
ヒロインが悪役令嬢に私に目を輝かせて尊敬の眼差しで見つめてくる。このコントは本当にいつまで続くのやら。と言うかリリアリアちゃんこそ議員なんだからもっと偉ぶってもいいと思う。
この子がどこまで行っても時代の流れなど関係無くヒロインだと思い知らされた。
とは言えここは居酒屋。
お喋りしてても私は儲からない。これ以上は互いに無益な時間になりそうだし、そろそろ注文もして貰いたい。私がジーッとリリアリアちゃんを見ていると彼女も気付いた様で慌ただしくメニューに視線を落とした。
でもこの店はメニューも特殊だし初見のお客さんから質問が飛んでくるのは慣れっこだ。リリアリアちゃんも例に漏れずメニューをみても料理のイメージが湧かなかったらしい。
彼女はヒロインっぽく可愛い仕草で私に助けを求めてきた。
「あのお、……このお店の料理って……」
「ウチはモツの専門店なのよ」
「モツって何ですか?」
「牛とか豚とか動物の内臓だよ」
「な、内臓って食べられるんですか?」
「うん、この店を始める時に運転資金を抑えたかったの。だから王都では需要が無くてタダ同然で手に入るモツを売りにしてみたんだ」
「えーっと、じゃあモツ煮と言う料理を下さい」
なーんてうっそー。
本当は一生食べて行けるお金はドナテロからぶん取ったから運転資金なんて気にしません。だけど折角居酒屋を開店するなら繁盛するに越したことはない。
そもそも閑古鳥の鳴く店なんて寂しいと思うし、そんな店を元貴族のご令嬢が切り盛りしてたらシュール系のギャグコメディにしかならない。
折角ならいつでもお客さんが賑わう店にしたかった。
だから王都でも珍しい食材を売りにしただけ。
その結果は一目瞭然の大ヒット、この王都でも異世界風居酒屋・悪役令嬢は労働者たちに一目置かれる存在となったのだ。たまに酔い潰れて閉店後も居座り続ける客をその嫁さん連中が連れ帰る光景なんかも見ていて面白い。
大体の客が次の日に謝りに来てはまた飲んで酔い潰れる。
私は居酒屋経営が性に合っているらしい。と自分の適性について考えている間にリリアリアちゃんの注文が完成した。
「はい、お待ち。モツ煮でーす。お好みで粉チーズや唐辛子を入れてね」
リリアリアは初体験の料理を目の前にして何処かウキウキとした様子を覗かせていた。
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