さよならを言いに来た
殺意を携えた凶器が人の首筋に突き刺さる。
やり遂げた妹の背中を見た時に押し寄せたのは、成し遂げた喜びだった。
「…こっち!」
敵は私たちにすぐ気付いた。身軽な私が動きの遅い妹の手を引いて逃げ出す。
追っ手を避け、逃げ回るようにして部屋の隅に隠れた。
私たちは息を潜めながら、互いにしか聞こえないように声を潜める。
「…これでようやく仇がとれたね」
妹が疲れ切ったような顔で笑うので、私はそっと寄り添った。
できれば役割を変わってあげたかった。
けれど、力を与えられたのはこの子だけだったから、私にはそれくらいしかできなかった。
「ありがとう、これでようやく姉さんに顔向けできるよ」
私の目の前で、一番上の姉は死んだ。もうすぐ子供ができるんだと喜んでいた、そんな幸せの最中のことだった。
いつだって優しかった彼女は、この屋敷に出稼ぎに行って殺された。
閉じ込められ、追いかけ回された挙句に命を落としたのだ。
私は姉さんよりも小さかったから見つからずに済んで、隙をついて脱出できたけれど。
あの時の絶望を忘れてはいない。だから復讐のためにここへ戻ってきたのだ。
そして、もう終わった。
妹が仕込んだ遅効性の毒はまだ敵の命を仕留め切っていないけれど、時間の問題だ。
私たちは勝ったのだ。
「……あたし、姉さまに怒られちゃうかな?それとも、喜んでくれるかな」
「大丈夫。もし姉さんに怒られても、私も一緒だから怖くないよ」
きっと私たちは、これから死ぬだろう。
姉さんと同じようにか、もしかしたら別の方法が使われるかもしれない。
それでも構わない。
どうせ短い命だし、私はもうすべきことは終えている。子どもの元気な姿が見られないのだけが残念だ。
妹はそういうのは生き延びたら考えるなんて笑っていたけれど、そんなつもりがないのは目を見ればすぐにわかったから、私は何も言えなかった。
「……始まったね」
だんだん呼吸が苦しくなってくる。
きっと私たちが見つからないから、辺りを巻き込むのを承知で毒ガスを使ったんだろう。
視界が滲んでいく。妹の顔さえ、もうよく見えない。
「----」
私が最期に発した言葉は音にもならなかったけれど、妹は微笑んだ気がした。
私たちの小さな声なんて誰にも聞こえない。
だいすきな相手にだけ通じれば、それでいい。
体がゆっくりと傾いていく。私たちは手を繋ぎながら、地に落ちていった。
『……それでは次のニュースです。現在各地で死亡者が確認されている新型マラリアについて、感染症学会から新たな発表が……』
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夏からの連想⇒刹那的な生、理不尽な死、姉妹百合風味、私を狙い撃ちする蚊はどんな事情であれ絶対にぶち殺すという殺意
でした。