幕末の世、見越し入道雲水と出会う
なろうラジオ大賞2第十九弾。今回は『入道雲』と『幕末』を合わせてみました。『入道雲』タイトルの悪ふざけから、まさか難敵『幕末』を絡める事になろうとは……。
雰囲気作りで古風な言い回しを多用しております。読み仮名を付けてはいますが、見落としがありましたらコメントでお知らせください。
それでは志士とか新撰組とか欠片も出てこない、幕末奇譚をお楽しみください。
人が来る。久々の獲物だ。
黒船だ攘夷だと国が揺らぐ時、吾ら妖にとって格好の狩場となる。
不安、恐怖、畏れ……。そこから零れ落ちる魂を啜り、吾らは生きる。
さて此奴は如何な味かな?
「ふぅ、ふぅ」
む、雲水か。寺に留まらず諸国を巡る漂泊の僧。大抵食い詰めの乞食坊主だが、法力を持った本物も稀に居る。祓われたら堪った物ではない。
「ひぁ〜、暑い!」
小娘の様な声を上げて木陰にへたり込む雲水。見れば真新しい衣。大した坊主では無かろう。幸い腰を下ろした。よし。
「旅の方ですかな」
「あ、はい、私です、か……?」
雲水が見上げる。吾輩の身体は大きくなる。さぁ更に見上げろ! 恐怖しろ!
「わ! 大きくなった! 妖の方ですね!」
何故驚かない!?
「是非お話をお聞かせ下さい! お願いします! お願いします!」
止めろ! 頭を何度も下げるな! その動作をされると、吾輩は!
「あれ? 小さく成られてしまいました」
鼠の様に成ってしまった……。これで「見越した」と言われれば消えるしか……。
「えっと、こう、かな?」
雲水が吾輩を眺め上げる! 訳が分からぬ内に、吾輩の身体は雲水と同じ大きさになった。
「何故吾輩を大きくした?」
「お話するには、同じ高さが楽ですから」
雲水はにっこり微笑んだ。
「貴方が噂に聞く見越し入道なのですね」
「……うむ」
「妖は何を食べるのですか?」
「……恐れた人間から零れる魂だ」
「成程、だから妖は人を驚かすのですね」
「……何故そんなに妖に興味を持つ?」
「妖だけじゃないです! この世には知りたい事が一杯で!」
吾輩の質問に、雲水の眼が輝く。
「黒船も気になりますし、異国の人にも会いたい! 私は様々な物をこの目で観る為に髪を下ろしたのですから!」
「……お主、女性か」
妖の吾輩が驚かされた。女が髪を下ろすと言うのは、人生を擲つに等しい。
「何故そこまでして……」
「女の身では諸国を巡る事など出来ませぬ故!」
可哀な。この好奇心ではさぞ生き難かろう。
「暫し目を閉じよ」
「はい?」
怪訝な顔をしながらも、言葉に従う娘。その頭に手を当てる。
「一度家に帰れ」
「え?」
「お主の末を見越した。その髪が伸びきる前に、奇な物を見ゆる世が来る」
「本当、ですか?」
「吾輩、見越し入道であるぞ」
「……はい!」
娘は元来た道を戻って行く。それで良い。
徳川の終わり。開国。文明開化。娘を存分に満たす世は間近だ。
「ありがとうございます!」
童子の様に手を振る娘に、我知らず手を振り返していた。
読了ありがとうございました。
入道雲まんまで使ったら、私の場合絶対甘々ラブコメになると言う確信があった為、入道と雲を分けて何とか出来ないかとこねくり回した結果、こんな話になりました。
時代考証君が息してないレベルのなんちゃって時代物なので、細かい齟齬などは笑って流して頂けたら有り難いです。
ちなみに「わ! 大きくなった!」「あれ? 小さく成られてしまいました」で下ネタを連想した人、先生怒らないから手を上げなさい。良い酒を飲みに行こう。
残すテーマは、『農民』と『ブラウン管』。混ぜるな危険。別々に片付けるといたしましょう。
それではまた次回作でお会いしましょう。