3話 開幕前 ‐ 探偵 ②
依頼人が来て帰るまでの時間は約5分。普通はもっと話を聞いてから依頼を受けるかどうか決めるのだが、5分で受けることになってしまった。戸惑う笛吹とどや顔の内海。2人は再び向かい合って座っていた。
「なぁ内海、何で依頼受けちゃったんだ?」
「え?なんで所長は断ろうとしてたんですか?」
そう、この依頼は断ろうとする笛吹を黙らせ内海が勝手に受けたものなのだ。
「いやぁ、浮気調査なんてつまらないしな。探偵になったのはシャーロックホームズに憧れたからなんだ。たかが浮気調査に俺の灰色の脳細胞はつかえないからな!」
唖然とする内海。何故かどや顔の笛吹。
先に口を開いたのは内海だ。
「まず、初めに言いたいのは、灰色の脳細胞はシャーロックホームズではありませんってことです。それはエルキュールポワロです。その間違いは許されませんよ!」
「そうか、もう記憶が曖昧でな。」
「あと、浮気調査はつまらないから、断るってなんですかぁ!それじゃあいつまでたっても家賃がはらえないじゃないですかぁ」
「いやぁ、でも……」
「でもじゃないです!それに500万円ですよ! これだけあれば家賃だって払えるし、そして何より……」
「?……」
「わかりませんか?」
「う、うーん……」
「そうですか、そうだったんですか。つまり所長は私の"給料"の事なんて頭になかったんですね。」
「あ、あ、あー、」
内海の説教で笛吹はすっかりちいさくなっている。
「仕方ない。500万のためだ。この依頼受けるとしよう。出かける準備だ。内海。」
「やっとですかぁ。じゃあちゃちゃっと片付けて500万ゲットしちゃいましょう!」
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笛吹と内海は今、歩いて今回の調査対象の自宅にむかっている。
「いやぁ、それにしてもあの奥さん、四木では知らない人はいないであろう、山田産業の社長とはすごいですね。所長!」
「だなぁ、夫は無職だから浮気もしやすいんだろうな。」
「だからと言って浮気なんて最低です。あ、ちょとコンビニよっていいですかぁ。」
内海が大手コンビニチェーンを指さしながら言った
「なんだ、トイレかぁ?それなら事務所を出る前に行ってくればよかったのに。」
「な!? 違いますよ!!レディにそんなこと言っちゃだめですよ!」
怒りながら、
「そうじゃなくて、食べ物とか飲み物は張り込みに必須でしょう!」
「あぁ、そうか。そうだな。アンパンとか牛乳は必須だよな。久しぶりだから忘れてた」
「……行きましょう」
それから15分後、2人は山田宅の斜め前あたりにあった公園のベンチに座って張り込みをしていた。 笛向きは右手にパックの牛乳(1L)、左手にはアンパンという "THE 張り込み?" といった装いだ。
「所長、それはツッコミ待ちなんですか?カマチョなんですか?ズーズー」
「ん?何がだ?別におかしいところはないと思うのだが」
「………じゃあ、そんなに言ってほしいなら言ってあげます。ズズズー」
「…………」「…………」2人の間に緊張が走る!
「なんで牛乳1Lパックにストローさして飲んでるんですか?ズーズー 普通張り込みでアンパンと牛乳って言ったらもっと小さいパックだと思うんですよ。ズーズー」
「い、いやぁ。これがウズシキ流なんだよ。ちょっとだけじゃ喉が渇くし、牛乳は発育に良いからな。たくさん飲まないと成長できないぞ?」
「…………いい年したおっさんが何ほざきやがってるんですか?ズーズー」
身長の事を言った笛吹だが、どうやら別の意味だと思ったらしい。怒っている。
「それより内海、お前こそツッコミ待ちか? さっきからズーズーズーズー。張り込み中ラーメン食べるとか何なんだ!!」
「なんですか?今度は太るぞとか言いたいんですか?大丈夫です大丈夫です運動してるんで、そのおかげで"ドコ"にも贅肉はついてないですから!」
「なんだぁ、まだ気にしてるのかぁ。そう怒るなって……」
「気にしますよ。こっちは所長みたいなおっさんじゃなくてピッチピチの現役女子大生ですから。」
「そうかそうか、で、何でラーメンなんだ?」
「はい?私張り込みはラーメン派なんですよ。所長はスタンダードに牛乳とアンパンみたいですけど。」
「いやいやいや、おかしいってそれは」
「はぁ?」
そんなバカみたいな会話を続けていると
「あ!所長!家から誰か出てきましたよ!」
「お、あれは誰だぁ」
笛吹は資料の写真と今出てきた人を見比べる。
「間違いない、山田什造だ!尾行始めるぞ内海!」
「ラジャー! あぁあぁ、ラーメンの汁飲み干さなくちゃー、あー、まってー」
もたもたしながら笛吹を追いかけると、
「内海、あまり目立たないようにな、」
「はーい」
幸いなことに対象は徒歩での移動だった。しばらく尾行を続けていると何もないはずの路地に人だかりができているのが見えてきた。
「内海、ちらっと見てから行こう。」
「はい?」
止める暇もなく尾行中のはずの探偵は人だかりの方へ歩いて行ってしまった。行ってみると、そこには《KEEP OUT》と書かれた黄テープで道がふさがれており、さらにその奥には大きいブルーシートで壁ができていて、中が見えなくなっている。警官と思しき人たちもたくさん集まっている。
「内海、こりゃぁ、何か事件があったんじゃないか?」
「そうですね。それより対象を見失わないう………」
「あ!あそこにいるのは桜田警部と志木刑事じゃないか?殺人か?」
「あ、そうですね。懐かしいです。でも、殺人とは限りません。尾行を続けましょう。」
「ちょっと話しかけに行ってくる!」
「話聞いてましたか所長!もう見失っちゃいましたよ!どうするんですか!早く探しに行かないと!」
「あ、う、そうか、でもー、」
「無駄な葛藤はしなくていいですから!早く行きますよ!!」
「ぐぎゃー!」
内海の関節技が炸裂し、笛吹はなすすべなく引きずられていった。