2話 開幕前 ‐ 探偵 ①
四木市で都市化計画が進んだのはもう15年も前の事。
ちょうど中心に位置するのは四木市役所。市役所からちょっと南に行けば四木駅がある。
都市化計画でもっとも力が入っていたのが駅周辺だ。周辺とはいっても北側、つまり市役所側だけだ。
駅ビルやらサトーヨーカドー四木駅前店、理髪店にBOOKON。生活に必要なものはだいたい駅周辺で揃う。
一方、放置され続けたのは駅の南側。おんぼろ木造アパートに廃屋、廃寺、古い物件ならなんでも揃っている。地下には秘密の実験室があるとかないとか言われる都市伝説的な場所が駅の南側だ。
その一角にあるおんぼろ木造アパートの201号室。そここそは四木市で唯一の探偵が営む《うずしき探偵事務所》だ。
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【11/14 早朝 うずしき探偵事務所】
「おっはよーごっざいまーす!!」
探偵事務所の扉が勢い良く開き、陽気な声が響いた。内海 裕菜 探偵助手。黒髪ロングの美少女。その実情はピチピチの女子大生。おしとやかな見た目にそぐわずその性格は嵐の如く活発。さらに性格にそぐわず探偵小説を読むという。
つまりしゃべらないで大人しく読書をしていれば高嶺の花ということだ。
そんな内海は今日も元気に早朝出勤。
「しょーちょー!なんでソファーで寝てるんですかぁ!風邪ひきますよぉ」
「ふわぁーーーあ。おはおー うふみぃ ひょうほはやひなぁ。もうふほひねかせ……すぴぃー」(おはよう内海、今日もはやいな。もう少し寝かせ……すぴぃー)
しょちょーと言われた男はこの町唯一の探偵 笛吹だ。30を超えたおじさん。が 渋い雰囲気ををまとっていて、いかにも探偵らしい風格だ。
「なんでまた寝るのー! 今日は依頼人が、久しぶりの依頼が入るんですよ!給料が入るんですよ!仕事して早く私にバイト代払ってください」
「……すぴぃー……」
「あ゛ーーーーー!!」
内海が大声を上げると、笛吹は目を擦りながら渋々起き上がった。
「大声出すなって、近所迷惑だから。あと、な、今回依頼達成できても滞納してる家賃に消えるから、な、すぴぃー……」
「え?あ、はい?今なんて?」
思わぬ回答に頭が追い付かない内海と、またもや寝ている笛吹。時間が停止すること3分。ようやくすべてを理解した内海のこぶしが、安らかに寝息を立てる笛吹の腹に直撃した。
「ぶはぁーー!」
声を上げてソファーから転げ落ちた笛吹は動かなくなった。
そこから数分。内海と笛吹は向かい合って座っていた。
そして内海は今一番の疑問を口にした
「所長は一体何か月家賃を払ってないんですか?」
「家賃、家賃……そうだな、、」
「何渋ってるんですか。早く言ってください。私の給料が懸かってるんですよ」
「…………」
「私、所長から給料ちゃんと貰ったことない気がするんですよ」
「……………………」
笛吹は何か決意したように立ち上がると、穏やかな口調で言った。
「前に払ったのは、半年以上前になるかな」
「…………………………………」
「どうしたんだい、聞いたのはそっちなのに何で黙ってしまう?」
「所長…… 早く朝食食べて仕事しましょ……」
「俺は朝食いらないからもうちょっと寝て……… うぎゃーー!」
本日二度目のこぶしが笛吹の腹に直撃した。
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「いてててて、なんたって殴ることはないだろうに」
朝から2度、腹にパンチを食らった笛吹はお腹を抱えながら言った。
「何ですか。当り前じゃないですか。何で危機感を持たないんですか。半年ってそんな、よく追い出されないでいますね」
「そりゃ、大家のおじいちゃんが見逃してくれてるからに決まってるだろぉ、その代わりいろいろと頼みごとを聞いてるから良いんだよ、ちょっとくらい」
「ちょっとって、まぁそれはそれとして、今日は依頼人が来る予定でしたよね?」
「そうだな。朝来るって言ってたからそろそろだと思うが……」
その時、ピンポーンと、チャイムが鳴った
「お、噂をすれば、内海、出迎え!」
「了解です」
そういって
「どうぞ、お入りください。」
「失礼します」
そういって入ってきたのはいかにも金持ちといった服装、装飾をつけた貴婦人だった。それを見るや探偵はきりっと椅子から立ち上がり
「どうぞ、こちらへ」
来客用のソファへ促し、向かい合って座ると
「おはようございます。私、愛と勇気、正義と希望のうずしき探偵事務所所長の笛吹と申します。あ、笛を吹くと書いてうずしきと読みます。よろしくお願いします。」
笛吹の良くわからない自己紹介に若干戸惑いながら
「はぁ… 私、山田幸子と申します。あのぉ、依頼内容について話し始めてもよろしいでしょうか?」
どうやら話は手短に済ませたいらしい。
「えぇ、どうぞどうぞ」
「わかりました。私 最近夫の山田什造の浮気を疑っていまして」
「ほほぅ、それでは、浮気調査ということですね?」
「そうです。で、これが夫の写真です」
そういって一枚の写真を取り出した。そこに写ってるのはスーツ姿の男性だ。これは結構イケメンだ。スポーツ選手にいそうな顔をしている。
「そうですか。 ですが残念ですがその依頼はおこ………」
ここで今まで黙って聞いていた内海は異変に気付いた。そして口をはさむことを決意し
「ちょっと待ったーーー!その依頼うずしき探偵事務所でお引き受けいたします。どうか奥様、ご安心を!それではさっそく、報酬についてお話ししたいのですが……」
「それでしたら、500万円くらいでどうでしょうか?」
「ご、ごひゃ!!」
500万円というと、相場遥かに上回る金額だ。よっぽどの金持ちなのだろう。
「はっ、はい!それで大丈夫ですよ!」
「そうですか。それは安心しました。それでは私 そろそろ行かなくてはなりませんので。あと、これは夫に関する情報をまとめた紙です。どうぞよろしくお願いいたします。」
レポート用紙の薄い束と戸惑う笛吹を残し、依頼人は去っていった。