第六話:ギルドへの依頼
シャルがダ○ソン魔法陣を編み出してから数日。
リビングでくつろいでいた所にシャルがやってきた。
両親は居ない。何となく改まったような雰囲気に気付いて、俺も居住まいを正した。
「ねえヤスユキ。ヤスユキって、幽霊なんだよね」
「あ、あぁ。証拠があるわけじゃないけど、それ以外には考えられないな」
「神様、じゃないって前に言ってたけど、やっぱり神様じゃないの?」
「うーん…日本には、死んでから神様になるっていうパターンもあったとは思うけど、俺が神様っていう気はしないな。やっぱりただの幽霊であってると思う」
「そうなんだ…」
俺が幽霊、という認識は小さい頃からずっと理解していたはずであるが、魔法を覚えた頃から少しその距離感が変わったような気もしなくは無い。が、あからさまに神様じゃないのか、と今更聞いてくるのも不思議な感じで、俺は逆に聞き返した。
「どうした? 改まって」
「ううん、じゃあさ、伝説の蘇生魔法を、ヤスユキに使ったらどうなるの?」
「うーん…」
伝説の蘇生魔法と言っても、この世界にその言い伝えは無い。
シャルが言っているのは、俺が昔話して聞かせた日本の昔話や、漫画のストーリーの一部を言っているのだ。シャルにとっては、この世界の物語も日本の物語も、昔から自分の周りにあったものであまり区別しないで話をしているのだろう。
「仮に、もし本当に蘇生魔法なんてもんがあったとして、だ」
「うん」
「俺の知っている物語…伝説では、ろくな結果にはならない。腐った死体のまま蘇ったり…俺の場合は風化したか、火で焼かれて粉々になった骨だな。あるいは魔法の行使に他人の命が必要だったり、術者が命を落としたり…」
「そう…なんだ。そうだよね」
「なんだ、俺を生き返らせたいのか?」
少し沈んだ表情のシャル。が、本気でそんな事を言っていたのだろうか。俺が霊体になってからこの世界に来た事はしっかり理解していたはずなのだが。
「うーん、生き返らせたいかって言われたら微妙な所かな。でもさ…」
「うん?」
「蘇生魔法を探して旅に出るって、いい理由だと思わない?」
「ああん!?」
思わず声が裏返る。なんて突拍子もない事を言い出すのか、この子は。
「いやー、もし本当にあるなら、それもいいなーって思ったくらいで、実際にはこう、ね? わかるでしょ? 旅なら、ギルドでどうこうって事も気にしなくていいし。通りすがりで、ちょっと手に入った魔物素材とかだって買い取ってもらえるし」
「おいおい、無茶苦茶言ってる自覚あるか?」
「そんな無茶苦茶かな? この世界で、最高の魔法使いが、伝説の魔法を求めるのって当たり前の事じゃない?」
「最高の魔法使い? ヴィルジール団長の事か?」
軽くすっとぼけてみたが、シャルの目は笑っていなかった。
「自惚れって言われる程、私は弱くないつもりだよ」
正直な所、その通りだろう。少なくてもこの国では。あの魔法騎士団長はシャルに3周くらい負けていると思う。それくらい魔法の扱いに差が付いているように思えた。
「否定はしないけど、認めたくも無いな。アロイスさん、マリエスさんが心配するのが目に浮かぶ」
「じゃあ、私が16歳になってから旅立ったら心配しない?」
「いや…」
多分、大差無いだろう。
「じゃあさ、心配しなくて良いんだよ、私は強いよって証明したら、どうかな」
「証明?」
「ヴィルジール団長に勝つ、とか」
「はぁ? 喧嘩でも売る気か?」
そんな事をしたら、下手すりゃ犯罪者扱いだ。あり得ない。
「そんな事しないよ。これ…」
そう言いながら、シャルが懐から出したのは一枚の紙。
ギルドの依頼受注証明書だった。
これはギルドから冒険者が仕事を受けました、という証明じゃない。
ギルドが、あなたからの仕事を引き受けますよ、という依頼主への証明書だ。
軽く目を通して、無いはずの頭がクラクラするのを感じた。
依頼内容の複写部分に書いてあったのは、いかにも子供が考える、頭の痛くなるような内容だったのである。
『私は世界最強の魔法使いです。魔法の腕に自信がある、という方。フェラン通り2番地のシャルロットの所まで来てください。私に勝てたら金貨10枚を報酬として支払います』
「お、おま…これ」
「名前売っちゃったら、そのうちスカウトが来るでしょ? そしたらヴィルジール団長に挑んで、こんな弱い魔法騎士団には入りません! って断ればいいと思うんだ」
やだ、この子頭おかしい。
俺が痛まないハズの頭を抱えた時だった。
ドンドンドンッ
強く、ドアが叩かれる。
そうだ。依頼受注証明書がここにある、という事は、これは既に張り出された依頼なのだ。
受付嬢め…。
「た、たのもー! シャルロット殿に挑戦したい!」
若い男の声だった。多分、本職の魔法使いの。
「あ、はーい!」
嬉々としてドアに向かうシャル。
もちろん負けるなんて心配はいらな…いや、頭の心配をしなきゃならないだろうが、この賽は既に投げられていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
戦闘の結果を、事細かにお伝えする意味はあるだろうか?
まぁ、集計だけはお伝えしておこう。11戦全勝。ちなみに使った魔法の回数も11回ぴったりだった。
昼過ぎに張り出した依頼で、11人も来たのだから、入れ食いだったと言える。
先程6の鐘が鳴ったので、もう来ないだろう。6の鐘はこれから深夜である事を告げる。
急用でも無い限り、他人の家を訪問するのは非常識と言われる時間だった。
ちなみに、夕方帰ってきた両親はシャルが始めた無茶なチャレンジに、頭を抱えた後、旅に出る許可まで出したがシャルはやめなかった。
なんせ実戦経験が皆無だったのだ。これだけの実力がありながら。
楽しくて仕方ないに決まっていた。
「シャル…頼むから、明日の午前中には依頼を取り下げて来てくれ」
少し遅い夕飯を食べながら、アロイスさんは頭を下げた。
「そもそも…軍に入りたくないから魔法は隠すんじゃなかったのか?」
「うーん、私、もう軍に入る事は無いと思うの、お父さん」
しれっとした顔でそう言い放つシャル。
正直俺も薄々そう思っていた。
シャルの実力があって、抑え込める軍なんて無い。
仮に両親を人質にとっても、だ。シャルに恨みを抱かせ、前線で裏切られでもしたらどうするのか。国家戦力を相手にしても多分シャルが勝つだろう。軍に入れたいからと、敵対する他国以上に危険な敵を作るリスクを犯すバカは居ない。友好的に利用しようと画策するのが関の山だ。
「どういう事だ…?」
アロイスさん、非常にお疲れの様子。マリエスさんも同じような表情をしていた。
「だって、私が敵対する方が怖いでしょ?」
「シャル、つけあがるのもいい加減にするんだ。軍が本気で来たら、あっという間に縛り首だぞ?」
「お父さん…。ちょっと見ててね」
すっと手を出して、あのダイソ○魔法陣を描く。
そして俺に見せたのとほぼ同じ強度の風魔法をシャルは打ち出した。
「これ、どう思う?」
「…そこそこの威力がある攻撃魔法。風じゃなくて火だったら、魔物にもある程度効くだろうし、兵士としては一線級だろう」
大体いいとこ付いていると思う。
風魔法は何かと使えるが、攻撃には向いていないのだ。礫でも飛ばさない限り。
「これが、私の魔力の大体1万分の1くらいかな。やろうと思えば、ここから門の所まで、一発で吹き飛ばせると思う。風だけでね。ヤスユキの力を借りたら王都まで行けるかも。この国を3日で更地にしろって言われたら、多分行ける。5日あれば確実」
「…」
死にそうな表情になる両親。娘が最強最悪の魔王だったと知ったのだから、そうなるだろう。正直俺も気持ちは同じだ。だけどそうじゃないのだ。シャルは魔王では無い。
「もちろんそんな事しないけど、これだけの力があるなら、もっと役立てて良いと思うの。16まで待っても良いけど…3年無駄にするのを我慢できる程、私出来た子じゃなかった。ごめんね」
「なるほど…手段はアレだが、話はわかる。だが…何をして役立てるんだ?」
「魔物を減らしたり、困っている人を助けたりかなぁ…」
「そんな適当な…」
見かねて、マリエスさんも口を挟んだ。
「だって、うちに居たらその適当な人助けも出来ないじゃない」
アロイスさんは役所勤めだ。学校も無いこの世界だと、シャルは本当に家でゴロゴロしているか、自主的に勉強しているしかやる事が無い。好奇心旺盛な年頃のシャルには、あと3年は本当に辛いだろう。
「…はぁ、仕方ないんだろうな」
「いいの? お父さん」
「何より、夕方良いって言っただろう。ただし、依頼だけはしっかり取り下げて来るように」
「うん! ありがとう、お父さん!」
結果的に、ただの脅迫だったような気もするが…遅かれ早かれこうなっただろう、と俺も納得する事にする。
『なぁ、シャル。それって俺も憑いていくんだよな?』
「え…来てくれないの? ヤスユキおにーちゃん…」
涙目で見てくるシャル。
誰だ、このあざとい技を仕込んだ奴…。