第五話:吸引力は変わらない
あれから更に5年が過ぎた。
シャルもしっかり成長し、見た目は年齢より少し大人びて、母譲りの綺麗な顔立ちに幼さを残し、なかなか俺好みに育ってくれていて嬉しい。かと言って何が出来るわけでもないが。そして特筆すべきは魔法の腕だ。メキメキと腕を上げ、今となっては敵無しレベルまで腕を伸ばしていた。ただし、それを知っているのは極一部…というか、俺と両親くらいのものだ。
理由は単純。最初から能力が高すぎたので内緒にしている。
推測だが、人間の中の魔力というのはあまり使えて居ないように思える。
去年、祭りの日に魔法騎士団長ヴィルジールの演武を見学した事があるのだ。
実戦では無く、プログラムに沿って魔法を打ちまくっていたのだが、全身魔力の2割くらいしか使えていないように見えた。主に手、腕から腹くらいまでの魔力はある程度動かせているが、それだけだ。終わった後で肩で息をしていたので、そこそこ全力での演武だったのだろう。
とは言っても、一般人レベルでは無い。ついでに言うと、守護霊が憑いていた。やはり俺のように思考しない、ただ憑いているだけの霊だったが。背中に大きな燃料タンクを乗せていればそりゃあ強いに決まっているだろう。
で、シャルの方はと言うと、霊体…魔力だけで構成されているらしい俺の魔力操作を全身で感じたためだろう。髪の毛一本一本から、つま先まで魔力を張り巡らせる事が出来るようになっていた。俺の現代小説・漫画知識から、それを常時出来るように訓練した結果、魔力のコントロール力、総量が途轍もない事になっていた。次の段階として全身に張り巡らせた魔力を、防御膜として鎧のように纏う練習もしている。短時間であれば物理的な衝撃は100%カット出来るだろう。常時発動まではまだまだ掛かりそうだが…。完全に俺の現代知識による英才教育の賜物だ。
それだけで化け物なのだが、最悪なのは隣に居る俺の存在だ。
ざっとニコラの店の道具類を見た限り、一番強い魔力を持つ道具でも俺の100分の1にも満たない性能だ。まぁ、当たり前だろう。こちらは成人男性サイズの魔力の塊。あちらは大きなものでもせいぜいが20キロ程度のサイズの塊で魔力濃度は薄い。魔力濃度が濃いものだと小さい上に、魔力濃度の比率だけで言っても俺は100%、あちらはせいぜいが10%。最大×最高濃度だったとしたら俺の3割くらいにはなるだろうが、そんなもの国宝どころの騒ぎでは無い。ヴィルジールの守護霊と同じくらいの容量ではあるものの、俺は俺自身の意思で魔力を動かし、シャルに力を貸せる。垂れ流した魔力の一部を巻き込んで使うだけのヴィルジールとは桁が違うのがわかるだろうか。
で、だ。その2つを兼ね備えた、たかが13歳のシャルは、両親から外では絶対に魔法を使わない事、と厳命され、能力を隠して生活していた。
当たり前だろう、軍隊に入れられて殺戮マシーンにさせられたい女の子が居るだろうか。
あの、初めての魔法体験の夜。
俺の言葉を仲介しながら両親と話をしたシャルは、ニコラには魔法が使えないと判定されたが、帰り道で何かを掴んだ、と伝えた。
両親は喜んだが、シャルの表情は優れない。どうしたかと問い詰めたら、いつも近くに居るヤスユキが、力を貸してくれた。とても大きな力で、軍に利用されるかもしれない、と告白した。
両親はヤスユキという名前を知っていたが、それはシャルを見守る神様の事だと理解している。
少しお話をしている、というのであれば、小さい頃からだし、妄想癖なのかも…とも薄々思っていたので慣れもあり放っていたのだが…魔法の力を賜ったとなると話が変わる。
現代日本人なら、ヤスユキなんて名前の神を誰も信じないだろうが、ここは異世界だ。聞き慣れない神の名前が出たとしても、誰も違和感は感じなかっただろう。そして、両親はシャルが軽く出した特大級の火球…危うく天井を焦がしかけたそれを見て、信じないわけには行かなかった。
そして、去年。ヴィルジールの演武を見て凄い、と声を上げた両親に、シャルは言ってのけた。
「魔力の出し方が下手…もっと細く絞った方が効率よく出来るのに…」
軽く、魔法騎士団長にダメ出しをしてしまう13歳の少女。
両親は戦慄し、シャルの進路を心配した。この力で悪さでもしたら、一発縛り首か、戦争兵器扱いだ。が、それは杞憂というものある。
シャルは基本的に良い子なのだ。時々イタズラはするが可愛いもので、特に大きな被害が出るような事はしない。父、アロイスの酒瓶以外には。うまく魔法の力を隠すか、水が少し出せるレベルと抑えて生きていくのはそう難しくない。
ではなぜ俺が英才教育を施しているのか。
ロマンだから、に決まっている。
両親からすると余計なお世話なんだろうが…本人は新しい魔法の創造なんてもんも初めてしまって、軍に入らなければ魔法で食っていくのも悪く無い、と思い始めているようだった。
そんなある日。
「ねぇねぇ、ヤスユキ」
「ん?」
最近、シャルはにーちゃん、と呼ばなくなってきていた。思春期だし…何となく俺の見た目年齢に近づいて来たからだろうか?
「新しい魔法の使い方考えたんだけど、見て欲しいな」
「ほぅ?」
そう言って、シャルは指先を壁に向けて風を生み出す。
「こう、指先から魔法を出すとさ、細い線に絡むように周りの魔力が巻き込まれるじゃない?」
「うんうん」
基本中の基本だ。簡潔に言えば、この線を太くすることで威力は強まる。
「で、これが今回思いついたの」
そう言って、再び指を空中に突き出す。そしてそのままくるりと指先を一回転。
指の軌道に沿って、光の輪っかが出来ていた。
「んん? 何これ」
「停滞で置いた私の魔力。コイツを起動すると…」
言って、円の真ん中に指を配置して魔力を打ち出す。軽く円が光ると、その円から魔力が打ち出された。極弱い魔力だったが…かなりの威力で壁が軽く軋みを上げる。
「こうすると、魔力の巻き込み効率がぐっと上がるの」
「あ、あぁ…」
なるほど、魔力が吹き出るリングを作り、その中心部に周囲の魔力を吸い込ませたのだ。
「…ダイ○ンか!」
「え?」
そう、それは俺の知っている現代の不思議な羽なし扇風機の原理そのままだった。
というか、若干俺の体が引っ張られた気がする。
吸い出して魔力を持っていかれるのはいい加減慣れたが、俺自体が引っ張られるのは初めての経験だ…。
「これ、やばくないか?」
「そう? 効率よく魔法使えて良いんじゃない?」
「いや…魔法陣っぽくて格好良いかもしれないけど…初心者でこの威力出せたらやばいだろ」
「うーん…初心者はこんな細い魔力の停滞線作れないと思うけど、そっか。必殺技として取っとく」
「お前は何と戦う気なんだ…」
最近シャルは外に出たがっているようだった。
無理もない、5年間に渡り魔法の技術をひた隠して来たのだ。魔法が使える子供というのは総じて自慢したがる。それだけの価値がある事だし、何より格好いいからだ。
でもシャルは、自分の為と信じて隠し続けた。幸い人徳故に誂われたりはしなかったが、悔しい思いをしたことは何度もある。
そして外に…つまり街の門から外に出れば、実力主義の、戦いの世界があるのだ。相手は魔物と言えど、自分の力を試したくなるのは仕方ない事だろう。
そして、13歳…今のシャルの歳だと、一人前として働きに出る事も可能な年齢に達していた。本当に才能が見込まれた男子であれば、冒険者パーティーの一員として護衛任務を受ける事が可能な歳となっていた。
ちなみに、店を持ったり、パーティーリーダーとして責任を持てるようになるのが16歳からだ。なのでシャルがもし冒険者になりたくても、あくまでパーティの一員としてであり、ソロも認められない。仕事を卸している冒険者ギルドが責任を預けて仕事を与えているので、当たり前と言えばそうだろう。
「何と…か。ドラゴン?」
「いやいや…ドラゴンも真っ青な威力が出そうだわ」
そうかな、と言ってシャルは笑うと、部屋を出ていった。自室に戻ったのだろう。
最近は流石にシャルにもプライバシーを意識して、あまり自室に勝手に入らないようにはしている。俺が唯一話せる相手は、俺が唯一気を使う相手でもあるのだ。
それでも俺は知っていた。自室に戻ったシャルが、ベッドに寝転がり、外の世界に思いを馳せているのだと言うことを。