第四話:魔法の才能
ニコラ魔法店。
売っているものは魔法具…と言っても、魔力を流して動く機械とか、道具じゃない。
魔力を補うアイテム…何かの魔物の頭蓋骨とか、魔力を含んだ石とか、変なものが店内には所狭しと並んでいた。
存在は知っており、俺が1人で覗いたことはあるが何を売っているのかイマイチ分からず諦めた店だった。
「こんにちわー」
正午を意味する3回の鐘が鳴る時間、俺はシャルに付き添ってその店の前まで来ていた。
小さく「こんにちわー」と続けるが聞こえるわけじゃないし、気持ちの問題だ。
「ああ、アロイスさんところのシャルロットちゃんだね。どうぞ、奥へ」
姿は見えないが、店の奥から声が返ってくる。入ってみると、入り口側の棚の奥に頭と上半身を突っ込んで居る店員らしき男の下半身が見えた。
「おじゃまします?」
「ああ、奥で待ってて。今道具を…よいしょ…」
どうも棚の奥にある道具を探しているらしいが、大きく奥行きのある棚にはそこだけでも100以上の石やら骨やら枝やらが押し込められていて、探すのに手間取っているらしい。
声の雰囲気は爽やかそうな若い男の声で、店の不気味さとは相反して安心感を与えていた。
俺もシャルも少し気乗りがしないで足を踏み入れた店内だが、促されたまま店の奥、カウンターの方へ移動する。
「あぁ、あったあった」
探しものが見つかったのだろう。ぱっと見直径3センチくらいの小さな石。それを手に乗せ、男はずるりと上半身を棚から引き出した。
「お待たせして済まないね。私がニコラだ。お父さんから話は聞いているよ。君の教材を探していてね…」
「よ、よろしくお願いしますっ」
軽く頭を下げて、シャルは挨拶をした。
「まぁ、どのくらいの期間かはわからないけど、よろしくね」
言ってニコラはカウンターの奥にある通路へとシャルを誘導した。奥に作業用の部屋らしきものがある。そちらで授業をするのだろう。
「さて…実は私は先生は初めてでね。前回この街で産まれた神の見守り子は王都まで勉強に行ったらしいし、そうそうある話では無いから」
「はいっ」
「というわけで、説明が下手でも頑張って付いてきてほしい」
「はいっ」
シャルは元気よく返事はしているが、横に居る俺にも緊張が伝わってくる。
人見知りはしない質の子だが、初めての魔法授業となるとそうも行かなかったらしい。
「ではまず、魔法とは何か、という所から始めよう」
「はいっ」
進められるままに椅子に座り、シャルは行儀よくニコラの話に耳を傾け始めた。
「魔法とは、自分の魔力と、周りの魔力を使って起こす不思議な現象の事だ」
「はい…」
『周りの魔力?』
俺が声を出したが、当然ニコラには聞こえていない。
シャルは少し声のトーンを落とし返事をしたので、既に何か理解に困りかけているのだろう。
「魔力を正しく放出出来れば、その魔力は君のイメージ通りに変化し、操作出来る」
「はい…」
「動かない、小さな炎をイメージして、指先から魔力を放出すると、こうなるんだ」
そう言ってニコラが指先を立てて見せる。
すぐにボゥッと音がして、指先にサッカーボールくらいの火炎球が姿を表した。
それを見て、瞳を輝かせるシャル。逆にニコラは少し怪訝な表情を見せた。
「ちょ、ちょっと大きかったかな。危ないから触らないでね」
取り繕うようにそう言って、火炎球を消す。
なんだろう、少し違和感のある言動だったと思う。が、俺も魔法の仕組みを知れるのは楽しいので続きを待つ。
「そしてこの店で売っている魔法道具は、その魔力を補助してくれるんだ。この石には魔力が豊富に宿っていてね。これを握った手で魔法を使うと、石から漏れ出ている魔力が自分の魔力に混ざって、力を増やす事が出来るんだ」
「えっと…水かさが増えるような感じ?」
「そうそう。飲み込みが早いね。魔法がうまい人っていうのは、指や手から魔力を放出出来る量が多い人の事だ。あとはイメージの上手さかな。出せる魔力が多ければ、それだけ勢い良く周りの魔力を巻き込めて、どんどん威力が増すんだよ」
「はい」
どうやらシャルは話に付いて行けているらしい。初めての教師という割に、ニコラは説明が上手かった。
「魔力の使い方も色々あるんだけど、基本は放出だね。火の玉を前に飛ばす、水を出現させてコップに入れる。風を起こす…大体放出。土で壁を作ったりするのは、停滞っていう方法だったりするから全部では無いけど」
「ていたい?」
「そこに魔力を置いておくって事さ。まぁ、それは今度にしよう。今日はシャルロットちゃんがちゃんと魔力を放出出来るかどうか、だ。これが出来ればとりあえず魔法使いとしての第一歩は成功」
「はいっ」
出来なければ才能なし、という訳だ。思ったよりわかりやすい話だ。
俺も放出出来たらな…と思うが、今はシャルの練習を見守る事にしよう。
シャルの横で俺が成功させて炎を出しても、何も無い空間から魔法が飛び出して来る事になり、ニコラが何を思うかわからない。後でこっそり試してみよう。
「じゃあ、手を出して…こう、出したいもの、今は水にしようか。火だと危ないから。しっかりイメージして…」
「はい…」
シャルも目を瞑って、イメージを固める。
「うーん…ずわって感じで、魔力を出す」
「え?」
「こう…ぶわって言うか、ずるって言う…」
「えっと、わかりません」
「こう、こうだよ。うーん、ずわっ」
そう言って突き出した手の先から、ニコラは水を出した。
結構大量に出たので、もしかして苛ついている?
「え、えっと…」
珍しくシャルが戸惑っていた。まぁ、当たり前だよな…大事な所が下手すぎか、コイツ。
「魔力の流れを感じて…こう…ずわぁっ」
再び放出される水。先程より多い水が、床とニコラの足元を濡らした。
…ん?
今の瞬間、何となくだが俺の周りの空気が動いた気がする。
肌で…実体は無いのだが、動いた感触がした気がしたのだ。
これが魔力か?
「わかった?」
「も、もう一回お願いします!」
「うーん…ずわぁっ」
お、やっぱり動いている。というか俺からも流れ出てるな、これ…。
あの水の発生源…手に向かって俺の体全体から何かが出ていた。吐いた息が、勝手にそちらに向かっているような感覚…。ごく僅かなので最初は分からなかったが、意識してみると確かに出ている。
「なんか、今日は妙に調子が良い…」
ポツリとニコラが呟いた。
…まさか、「周りの魔力を巻き込んで」って、俺の霊力的な何かも巻き込まれてる?
初めての感覚と、嫌な予感に俺が少し戸惑っている間も、シャルはうんうん唸って手を前に突き出していたが何も掴めていない様子だった。まぁ、「ずわぁ」って言われてもな。
「駄目かなぁ…。出来る子なら、すぐ出来るんだけど。シャルちゃんには残念だけど、才能は無さそうに見えるね」
「そ…そんな…」
『シャル、もう一回見せて貰って』
見限るのも早いな、コイツ。
とりあえずもう一回、俺のほうが試してみたい事が出来たのでおねだりさせて貰おう。
「も、もう一回だけやってください」
「まぁ、良いけど…行くよ。うーん、ずわぁっ」
ぴちょん
先程とはうって変わって、雨粒よりは少し大きい水玉が床に落ちる。
今、俺は息を止めるように魔力を抑えようとしたのだ。
「あ、あれ? あ、まぁでもこんなもんか」
なるほどな。俺自体が大きな魔力補助の道具というわけだ。
これ、もしかして面白い事になるんじゃないだろうか。
「うーん、うーん…」
手を出して唸るシャルは、俺のテンションがぐんぐん上がっているのには気付かずに再び試していたが、やはり無理だったようだ。
「うん…無理だね。魔力を掴む才能は先天的なものと言われているんだ。どうやらシャルちゃんには出来ないらしい」
…そうか? 俺は今引き出されたから感覚がわかったぞ?
とは言っても、人間同士ではその感覚を共有するのは難しいか。
もし、俺がシャルに教えたらどうなるだろう?
「そう…ですか」
「うん、お父さんには私から連絡をしておこう。今日、お父さんが帰りに寄ってくれるハズだから」
「わかりました…」
その後、シャルはお茶を頂いてから帰路についた。
どうやら落ち込んでいるらしい。自分には才能が無い、と言われれば諦めるしか無いのだろう。
帰りの道中。
「シャル」
「なに? ヤスユキにーちゃん」
振り向いたシャルの顔は、今にも泣きそうだった。
思ったよりもショックが大きかったのだろう。
「ちょっと、道のそっちへ」
適当な路地を指差し、シャルを移動させる。
さっきから俺はずっと体内の魔力を動かす練習をしていたのだ。一度掴んだ感覚を忘れたくないし、シャルに伝えるのが失敗するのも嫌だ。全身に血が駆け巡っているようで何となく居心地は悪いが、しっかり掴んだと思う。
路地に隠れるように入ると、シャルの手を握る。
触れることは出来ないが、少し手をシャルの体に沈めて繋がったような感じにする。
「もう一回、試してみよう」
「え?」
ずわぁっ
俺の全身を魔力が駆け巡り、流れの勢いそのままシャルの体内へ。手から入った魔力が、シャルの全身を通りまた俺に返ってくる。
「わわっ、なんかぞわぞわするっ」
「これがずわぁ、だ。わかる?」
「う、うん…多分」
「よしいけ!」
ぱっと手を離し、シャルが目を瞑った。
バッシャァァァァ!!!
壁にぶち当たった大量の水は跳ね返りシャルの全身ずぶ濡れにした。
びしょ濡れになり、目をぱちくりさせた後、シャルは大粒の涙を流したのだった。