第三話:シャル8歳
「おーい、シャル、そろそろ帰るぞー」
あれから8年の月日が流れていた。
思ったより言語習得は順調に進み、シャルの成長も同じくらい順調だ。
少し…お転婆が過ぎる気もしなくは無いが、子供なんてこんなもんだろう。
何より可愛い俺の妹分だ。オムツを変えてやった事も無いが、そこは仕方ない。
「まってー、ヤスユキにーちゃんー」
シャルは返事してから、手に持っていた木の枝を道端の木の根本に突き立てる。刺して行く気だったのかもしれないが、そのままザクザクと木の根本を掘ろうとしている所で俺が背後にたった。
「おいおい、また遊びに戻るな」
「えー? あ、えへへー」
にっこり笑って振り返ると、シャルは立ち上がった。
今のこの状況は、別に俺が実体を得た、というわけでは無い。
単に、シャルには俺が見えている。声も聞こえている。
マリエスさんや、周りの人には全く見聞き出来ていないので俺のコミュニケーション相手はシャルしかいない。
なぜ、シャルには認知されているのか…?
多分、胎児の頃から俺の霊力の影響を受けてうんぬんかんぬん。そんな感じだろうか。
シャルの悪ガキ仲間にもやはり認知されていないので、想像でしか無いが当たらずとも遠からず、といった所だろう。
シャルが時々、何度も注意しているにも関わらず、両親の前で俺に話かけたりするが、別に恐ろしがられたりはしていなかった。ちなみに日本語もそこそこ話せる。こちらは少し奇妙がられているようだ。
空中に向かって話をする子、というのは、日本なら奇妙がられるだろうが、この世界ではそうでもない。
この国では数年に1人、そういう子が産まれるらしい。
大抵の場合、大人になるまでにはその性質は無くなるが、そういう子の中から、やたらと魔法に長けた子が育つ場合がある。
この国の魔法騎士団長もその1人だったらしい。全員が、というわけでは無いものの、優秀な才能を持つ可能性があるとして、多少期待される性質らしく好意的に受け入れられている。
曰く、「神に見守られた子」。
実際には俺だ。
想像するに、そういう子の周りの誰かか、その子自身があの日本で見たような守護霊に憑かれているのかもしれない。そして、その守護霊によって魔法の才能が開花する…?
そう考え、シャルに俺の守護的な魔法の才能を授けてみたいと思った事もあるが、やり方が分からず。まぁ、そのうちなんとか…と思い今は何もしてない。ただの遊び相手だ。
俺の立場で考えても遊び相手は嬉しいし。なんせ寝ることもなく、やるべき事も無い俺にはシャルの存在は貴重過ぎるのだ。
「今日のごっはんはなーにっかなー?」
楽しそうに歌いながら、夕暮れの帰路を歩くシャル。傍目には1人で歩いている子に見えるが、この街はそんなに治安が悪くない。
時々チンピラが居なくは無いが、誘拐事件なんてそれこそ全国ニュースTOPレベル。数年に一度あるか、無いか。
暴力事件でも結構な思い罪になるらしい。犯罪者には生きにくい環境のようだっだ。汚職や脅迫、詐欺のようなものはそこそこあるらしいが…どれにしても加害者は権力者か、汚い商人のような者たちで、一般のお子様には全く縁がない。なかなか悪くない世界に転移したものだ。
なので、冒険者は居ない…というわけでも無い。人間の犯罪者は居ないが、魔物は居るのだ。そういう仕事を生業にしているものは、大抵の仕事場が街の外のため、もっと外周に近い場所に居る。商業地区であるこのあたりまで来るのは、たまにの買い出しで、どうしても行きたい店がある時くらいのようだった。俺もわざわざ見に行った時くらいしかお目にかかった事は無い。
「おかーさん心配するからな。もうちょっと早めに帰るようにしようなー」
「はぁーい」
仲良く並んで歩く。一緒に遊んでいた近所の悪ガキも既に帰っている。
相手が居ないなら居ないで、一人遊びに没頭してしまうのがシャルの悪い所ではあるが…実際には俺がそばに居るので、シャルは一人遊びがとても苦手だった。さっきの穴掘りだって、ある程度掘ったら俺を呼びつけて自慢しただろう。
シャルは近所の悪ガキには人気者だった。快活で可愛く、何より遊びを作る天才だった。
今日のオモチャは家から持ってきた一本の薪だった。
そんなものでどう遊ぶのか。と友達が聞いてくると、シャルはみんなが知らない遊びを教えてくれた。
薪を蹴って、回収してくる間に隠れる「かくれんぼ」要素。
そして見つかったら始まる薪を蹴るまでの「鬼ごっこ」要素。
そう、缶けりである。
シャルも初めてやる遊びに大変ご満足だったのだろう。先程から楽しそうな歌が止まらない。
歌詞のすべてが食べ物関係なのもいつも通りだ。曲調が某日本のアニメ主題歌なのは…まぁ、英才教育の賜物だろう。
何事もなく家に辿り着き、シャルは玄関から、俺はその脇の壁から家に入った。
「おかーさん、ただいまー! お水ちょうだいー!」
「はいはい、おかえりなさい。ちょっと待ってね、今桶が空いてないからー」
台所に立つマリエスさんを見ると、桶の中には野菜が水につけられていた。まだ食事の準備中のようだ。
この世界には帰ってきたら手洗い、という習慣は無い。もちろん汚れが酷ければ洗うが、シャルは毎回ちゃんと洗う。誰の入れ知恵によるものかは考えるまでも無い。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夕食時、シャルの父親、アロイスさんは食事をしながらシャルに話を始めた。
「ということで、シャルは少し魔法の勉強をしたほうがいいと思うんだ」
「わたし神様に守られてるの?」
神の見守り子であることは周知の事実だ。
が、必ずしも魔法の才能が開花するわけでは無い。それでも可能性があるなら、子供の頃に少し習って見て、様子を見たいと思うのは当然の事だろう。
この世界の魔法使いというのは、生活魔法レベルでも10人に1人くらいなのだそうだ。なので、以前見た露店のおっさんとかは、結構良いものを持っている事になる。
ただ、火を付けられる、水を出せる…程度の才能であれば、それこそ軍隊に行けばもっと高い確率で居る。長距離の行軍の際には便利なので、高確率で採用されやすく、待遇も少し上がる。
日本で言うと、他より多く資格を持っていて給料面で優遇されているようなものだ。魔法専門の兵士などは、日本で言う所の国家資格レベルまで取っての技術者、といった感じだろうか。
それが民間人でも同じことだ。長距離を馬車で移動して荷物を運ぶ商人や、護衛となる冒険者、飲食店をやるにしても火をつける手間、水を運ぶ労力を削減出来るだけ有利になる。この家でも水瓶に水を運ぶのがマリエスさんの毎朝の仕事で、大変そうなのだ。
なんにしても、魔法を覚えておけば国に雇ってもらうでも、自分で店をやるしても有利なのだ。
「わたし、魔法より剣がいいなー」
ニコニコと元気に答えるシャル。
うーん、アロイスさんとしてはシャルを兵士にするつもりは無いのでは無いだろうか。
覚えておいて損は無い、という話だったようだし。でも俺が冒険者の素晴らしさや、剣と魔法の冒険譚を小さい頃から聞かせて居るせいで、シャルの中では魔法=戦い、という図式ができあがっているようだった。
「いや、別に戦う必要は無いんだよ、シャル」
「えー?」
「覚えておけば、いつか役にたつかもしれないから、やっておこうってだけだ。別に戦わなくていいんだよ」
「うーん、わかった。明日ニコラ魔法店だね?」
という事で、シャルの魔法の勉強が始まったのである。
そしてそれは、俺が魔法の勉強を一緒に出来る、という夢のような環境であった。
出来る、出来ないは別として。