第二話:異世界は本当にあったんだ
「着いた…?」
先程までの、現代の洋服を来た人波は見当たらない景色。
辺り一帯が茶色い。
テーマパークの建物は全体的に白かった。少しカラフルで、いかにもな雰囲気ではあったが作り物だった。
今回のワープ先は、全て木造で、木の風合いそのままの建物しか無い。
そして、あまり多くないが現地の衣装と思われる、少し古臭い、シンプルな服装の人が見える。
少なくともテーマパークのキャストには見えないので、成功したように思える。
「異世界転移…成功じゃねぇ?」
呟きながら、適当な店らしき軒先に頭を突っ込む。どうやら辺りは市場のようだった。
並んでいる商品はどれも見たことの無いものだ。
雑踏のざわめきに耳を済ませる。
聞いた事の無い言葉。
少なくとも日本では無さそう。
東南アジアとか、アフリカか何処かの田舎町…とか言うオチでなければ、成功したように思えた。
が、冒険者っぽい人とか、魔法使いは見当たらない。
それこそ魔法でも見れたら確定だろうが…見た感じではそれらしきものは無い。
何か無いか。ここが異世界だと感じられるものは…そう思いじっと街行く人達を眺めていたところ、一人の女性が目に入る。
日本人なら20代半ばくらいのお姉さんだった。顔立ちはヨーロッパっぽい。それだけならただの外国人だが、耳が頭に付いていた。それも茶色の、毛が生えた…犬耳の人がいた。
「獣人だ…」
思わず声に出しながら、その人に近づく。
横顔を見ても、普通の人間の耳は見えない。長い栗色の髪で隠れている様子もなく、時折角度を変えるケモミミが本物であると示していた。
「やった、やっぱり本物だ…異世界は本当にあったんだ」
嬉しくなり、俺はその女性の後ろを付いて飛ぶ。
時々店先の商品を眺め、手に取り買ったりしている。交わされる言葉はわからないが…俺は初めての異世界との邂逅にワクワクしながら、その女性に付いて回った。
どうやら妊婦さんらしい。
あまり大きくないお腹で、じっと見なければ分からない程度ではあるが…時々お腹を擦るので気付いた。何となく人妻にストーキングしている罪悪感を感じなくもないが、まぁ、幽霊だし。何ができるわけでもないし、せっかく見つけた異世界っぽさだ。もう少し観察させて貰いたいのでそのままついて行くこととする。
とは言え、言語がわからないのは致命的だった。スキルや言語能力を貰っての転生だったら…と思うと残念な感じは否めない。どうやって覚えて行けば良いだろうか。幽霊向けの語学学校なんてあるわけが無いし、そもそもこの世界で日本語でレクチャーしてくれる人はいないだろう。
悩みつつ、何とか言葉の一部でも理解は出来ないだろうか、と考えながら獣人の女性について行くと、屋台というか、露天の串焼き屋らしきところで足を止める。
指を2本立てながら注文。が、会話のどれが「2」を表しているのかも聞き取る事が出来ない。時間をかければなんとかなるだろうか?
とにかく女性と店員のおっさんは、楽しそうに会話を続ける。そしておっさんが脇にあった木箱から焼き台に炭を足した。今から新しく焼くのだろう。火は付いているが火力を上げるようだ。
おっさんは脇の木箱に火バサミの代わりの極大の菜箸を投げ戻し、おもむろに手のひらを炭に向ける。
刹那。
手のひらから大きな火の塊が飛び出して、炭を吹き飛ばした。
突然の事に、俺を含めた3人が声を上げる。
2人は突然爆ぜた炭に驚き、俺は今目の前で起きた現象…魔法に歓喜の声を上げていた。
どうやら威力の調整をミスったようだが、そんな事はどうでも良い。
本当にケモミミを持った獣人の女性に、魔法で火起こしをする露天商。
嬉しいに決まっている。好奇心丸出しでおっさんの手元を見つめ続けていたが、結局串焼きが焼き上がるまで再び魔法を見ることは出来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
おっさんの店を離れてからも、あちこちで買い物をしたり、立ち話をした女性は、そろそろ帰路に付いたようだった。
周りの人との会話、呼びかけられた時の様子から、この女性は「マエリス」という名前だったと推測している。ハズレかもしれないが、とりあえず便宜上マエリスさんとしておこう。
街にいればまた魔法が見られるかもしれないが…そもそも魔法を見るだけだったらあのおっさん露店にでも戻れば良いかもしれない。でも…俺も一応男だし?
おっさんと、結構綺麗な獣人おねーさん…人妻だが、どちらに憑いていきたいかなど考えるまでも無い。
そしてもう一つ、俺には別の思惑もあった。
前に見たテレビ。何となく印象が強くて覚えているエピソード。
とある男性が事故か何かで体が動かなくなった。
子供が産まれたばかりでの突然の不幸だったが、回復不能の言われたその男は数年をかけて回復する。
何をしたか。
産まれたばかりの娘のマネをしたのである。
子供が産まれて、寝返りをうつようになり、首が座り、立ち上がれるようになり…という過程を、娘と一緒にトレーニングしたのだ。そうする事で、人間の成長と発達を事故で失った自分の細胞に促し、奇跡の回復を遂げて見せた。
つまりだ。
マエリスさんがこれから産むであろう子供と一緒に生活…幽霊のなので霊活? をしていく事で、俺も言語を習得出来ないかと思ったのだ。
一応はそこそこの日本語を不自由なく使っていたわけだし、赤ん坊よりは理解力があるだろう。
英会話教室とか、語学学校に行ったとしても、まともに会話できるレベルまで新しく言語を覚えようと思ったら1年くらいはかかるだろうし、霊体となった以上時間は無限にあると言っても良さそうに思える。時間をかけてゆっくり言葉を覚えても特に問題は無いと思えた。
まぁ、俺の寿命というか、成仏までの時間なんてわかるわけがない。1年だったとしても、1万年だったとしても…そういうものだと受け入れる他無いのだから考えないでおこう。そもそも他に言葉を覚える手段が思いつかない。
ワープの時のように、不思議な霊能力で…と思ってマエリスさんの背後で試行錯誤はしてみたが、どれも不発だった。物理的な脳内は透けて覗き見ることが出来るが、思考のほうの脳内は見えなかったのだからどうしようもない。
そういう事で、俺はマエリスさんの家に無断でお邪魔し、勝手に居候となったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
勝手な居候を初めて早3ヶ月が経とうとした頃、女の子が産まれた。
マエリスさんの旦那さんは獣人らしい特徴は無い普通の人間風で(実際は知らない)、どういう子供が産まれるかと楽しみにしていたが、普通の耳の子だった。普段服に隠れている前リスさんの細長い綺麗なしっぽも無い。ぱっと見た目にはただの人間の子だが、手の甲に少し、獣っぽさを残す毛が生えていた。少し前に家に来たマエリスさんのお母さん…つまり、おばあちゃんになったばかりらしい女性はかなり毛が多く、いかにも獣人、という顔つきだったのを見ると、マエリスさんが獣人のハーフ、この子はクォーターと言ったところか。もしかするともっと血が薄いかもしれない。
この子はシャルロット、と名付けられた。これから、俺と一緒に語学を勉強する仲間だ。3ヶ月ほど俺が先輩ではあるが、マエリスさんのお腹をさすりながらの「よしよし」的な言葉と「ご飯」「仕事」「おはよう」「おやすみ」くらいしかきちんと理解できていなさそうな俺と大差ないだろう。
「よろしくな、シャルロット」
マエリスさんに抱かれたシャルロットに、俺が日本語で優しく声をかける。
その青い瞳は、じっと俺を見つめ…見つめ!?
すぐに、大きな声で泣き出したのだった。