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第十六話:店内での攻防

「ううーん…」


 俺が戻ると、シャルは一本の短剣を見つめながら唸っていた。


『シャル…?』

「あっ…」


 急に呼びかけられてびっくりしたのだろう。軽く声を上げて視線が宙を泳ぐ。


 流石に素で返事をするような失態は犯さなかったが、明らかに不審な様子で店員に笑顔を向けて困惑させている。

 どうしたのかと手元の短剣を覗き見ると、それは白っぽい光を纏った短剣だった。金属の光では無い。それは明らかに特有の光を放っていた。


『魔力か…?』


 俺の声に、店員には不自然にうつらない程度に視線で肯定を伝えてくる。


『で、ちょっと欲しくなったと?』

「この短剣…金貨3枚と言う割には出来がいいですのね」

「い、いえ…切れ味はなかなかのものですが、なにせ装飾が地味ですので…お嬢様にはこちらの方が良いのでは無いでしょうか」


 確かにシンプルめな装飾だが、他では見られない魔力の輝きが確かにある。これは俺も気になるひと振りだ。店員が勧めてきたのは豪華な鞘、柄の煌びやかなもので、武器と言うよりはアクセサリーのようなものだが貴族の持ち物としては相応しく見える。


「いえ、私はこれが気になるのです。でも金貨3枚ですか…ううーん…」


 手持ちが金貨10枚程度のシャルには少々高い買い物だが、気になるものはしょうがない…とは言え、貴族の令嬢が金貨3枚で悩むだろうか。日本円にして約3万…微妙な金額ではあるが、偉そうな態度を取った割には少々みみっちい。そもそも買う流れに行くのも得策じゃない。


『シャル、バレてるぞ。撤退しよう』

「…はぁ。短剣は次の機会にします。ごめんなさいね」


 そう言って、シャルは物惜しそうな目を隠せないまま一歩下がった。

 少し挑発して逃げる程度の様子見だったのに、下手に捕まるとまずい。俺は手招きをしてシャルと店を出ようとした…が、流石にそう都合良くは行かなかった。店員の後ろからよく通る声が響いたのだ。


「その短剣が気になったのでしょうか? よろしければ、もう少し話を聞いていかれてはどうでしょう」


 それは、あの側近の男だった。先程のシャルの態度では、会話の緒を与えたようなものだ。まさに敵に塩を送ったのである。


「あら、良いんですの?」

「ええ、もちろん構いませんよ。私は支配人のシモーヌと申します。そうだ、今日は暑くなりそうですし、お飲み物でも出しましょう」


 シモーヌの名乗った男は、そう言って有無を言わさぬ態度で店員に飲み物の給仕を指示し、シャルを応接スペースへと案内しようとした。昨日の商店主がオーナー、この店の支配人…つまり雇われ店長がシモーヌと言うことだろう。


『お、おい…』

「まぁ、それはありがたいですわね。よろしくお願いいたします」


 いつものにっこり笑顔でシャルは笑うと、ついていってしまった。

 なんでこうなった…という気持ちもあるが、俺はとっさに飲み物を取りに行った男の後を追う。昨夜の指示通り、飲み物に薬でも入れられたら大事である。そう思い追いついてみると…案の定だった。給湯台の引き出しから紙に包んだ薬のような粉をコップの中に入れ、マドラーでしっかりとかき混ぜる。それを確認すると俺はシャルの元に戻った。


『シャル、飲み物に薬が入ってる。気をつけて』

「あら、新人さんの打った短剣にしては、随分と高いのですね」

「ええ、出来はあまり良くなく見えるのですが、不思議と切れ味は良いのです。見た目には少々難がありますが、護身用、それも実戦で使う可能性があるならば切れ味も十分に価値がありますから。もしよろしかったら少々値引きも可能ですが…」


 端的に要件だけ話すと、話の邪魔にならないように俺は少し身を引いた。

 シャルが何を考えてこの場に座ったか良くわからないが、話の邪魔をするような事になって変にボロを出させてもまずい。他人から見えない幽霊という立場は微妙に立ち回りが難しい。既に戦いは始まっていると認識すべきで、フォロー以外には話も出来ない。

 話の途中で、先程の男もコップをシャルと相手の前に置いて静かに下がった。あまり話に集中して、何気なく手を伸ばしてしまうだけでもアウトと思うと少々ひやひやする。

 昨夜の指示では話し合いの末、破談になったら予め手土産に仕込んだ薬で…という話だったはずだが、最初から薬一本に絞ったらしい。不信感を抱かせず、最大限に危機を回避した上で作戦を成功させるなら判断としては正しいのかもしれない。なにせ事前に調査した上で話し合いをしに訪問するのでは無く、シャルが先に乗り込んできてしまったのだ。味方に引き入れるような話を切り出すきっかけが無いのだろう。


「では、やっぱり購入しようかしら。新人さんへの支援にもなりますし」

「ええ、そう言って買っていった令嬢が居る、と伝えたら当人も喜ぶことでしょう。では、包装させますので少々お待ちいただけますか? あぁ、そちらの飲み物は、当店自慢の果実のジュースですので、ぜひお飲みください」


 流石客商売と言ったところだろう。シモーヌは後ろ暗い企みをしているにも関わらず、その笑顔には一切の不穏な様子を見せない。シャルは促されるまま、コップを手に取った。


『お、おい…』


 思わず声を上げたが、シャルが手に取ったコップの口に、薄い魔力の膜が広がるのが見えた。

 口元で傾けると、そのまま魔力の中に中身が流れ込んでいく。シャルの口には一切入っていないが、傍から見れば口の中に流れ込んだようにしか見えなかっただろう。魔力を検知していなければ絶対に気付かれない程に巧妙だった。

 普通に一口分くらい流した所で、コップを置いてちらりとこちらに目線を流す。目線だけはしっかりと笑っているのがわかった。


 収納魔法か…うまくやったな。その後もしばらくシモーヌと会話を続け、何度目かの収納魔法の発動でコップの中身は空になったがなかなか短剣の用意はされない。当たり前だろう、シャルが昏倒するのを待っているのだ。恐らく永遠に出てくる事は無い。


「随分と包装に時間がかかっているのですね?」

「申し訳ありません…教育が行き届いていなかったようです。少々失礼させていただきます」


 シャルが催促するように言うと、シモーヌは席を外した。

 何をしに行くのか見たい気持ちも有るが、シャルと話をするにはこのタイミングしか無い。


「おい、ここからどうする気だ? そうそう簡単に出られるとは思えないぞ」

「簡単でしょ?」


 指向性魔法でそう言うと、シャルは魔力を広げて索敵を行う。相手の動きをチェックして、周りにシモーヌ達がいない事を確認する。衝立があるので、こちらの動きは見えていないハズだ。

 シャルは自分のコップの上に手をかざすと、収納魔法を使って中身を全て戻した。

 そしてシモーヌのコップと取り替えると元シモーヌのコップの中身を収納魔法に流し込む。


「ね、後は給仕した人が怒られるだけ」


 そう言って笑うと、ゆったりと座り直した。

 なるほど…頭の良い子だとは思っていたが、なかなか機転が効くものだ。もし直接交渉に出られたとしても、うまく回避するつもりだったのだろう。


「それに、あの短剣は本当に興味あったし。魔力を纏った道具なんて初めて見たから」

「あぁ、確かにな…」

「後でじっくり検分しなきゃね」


 そうこうしているうちにシモーヌが戻って来たのを検知し、シャルは口を閉じた。あたかも暇を持て余しています、という少々不機嫌な顔を見せる。


「申し訳ありません。包装用の資材を切らしてしまい、倉庫まで取りに行ったようで…もう少々お待ち頂いてもよろしいですか?」


 その手にはコップがもう一つ握られていた。それをシャルの前に置くと、空になった元シモーヌのコップを机の端に避ける。薬のおかわりと言うわけか…。もしかしたら、神の加護で薬が効きにくい、なんて事を考えているのかもしれないと思うと笑えて来る。


「別に包装なんてしなくても、どうせすぐに開けるのですから」

「いえいえ、当店としてはそのような状態で商品をお渡しするのは沽券に関わりますから」


 そう言ってさり気なくコップをシャルに勧め、世間話に務める。が、結果は一杯目と何も変わらない。すぐに2つ目のコップも空になった。

 よく見ると、シモーヌの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。状況が変わらない事に焦りを感じているのだろうか。たまたまか、まさかの取り違えを警戒してかわからないが、全くコップに手を付けなかったシモーヌがついに自分のコップに手を伸ばすと一気に半分ほどを飲み干す。まさかの取り違えでは無いと、変な方向で安心したのかもしれないが、それは間違いだ。

 緊張と焦りで喉が乾いていたのだろう…。吸収も早いのかもしれない。そこから薬の効果が出るまでに、2分もかからなかった。


「ええ、ですので当店では新人鍛冶師の支援も…」


 ガタンッ


 話の途中で、シモーヌは突然白目を剥いた。そのままゆっくり倒れ込むと机にぶつかり床に転がる。


「きゃぁ!! 誰か!」


 わざとらしい演技…では有るが、その声を聞いて奥から先程の男ともう1人店員が駆けつけてくる。


「きゅ、急に倒れたんです。急いで介抱を!」

「わ、わかりました!」


 給仕をした男の顔は真っ青になっていたが、シャルの言葉で2人はシモーヌの体を抱えると素早く店の奥へと連れて行く。シャルもそれに付いていくと、カウンター付近で立ち止まり、奥からこちらを伺っていた女性に声をかけた。


「こ、こんな状況ですし、包装は結構ですから…短剣をいただけますか?」

「は、はいっ、今すぐっ」


 下っ端の雇われ店員がこの状況に的確に対応するとしたら、金を払った客に迷惑をかけないように帰ってもらう他無いだろう。カウンターに包装もされないまま置きっぱなしだった短剣を受け取ると、シャルはさっさと店を後にしたのだった。

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