第十五話:悪巧みと反撃開始
旦那と呼ばれた商会主らしき男は、道中での話を聞いて唸った。
誘拐未遂の件には特に言及せず無事に戻ってきた事を労ったあたり今までに何度か成功させているのか、同類であることは間違いない。もしかしたらそもそもがチャンスがあれば犯行に及ぶように命令している張本人かもしれない。
「とにかく、うちにこれ以上突っかかってくる可能性は低いんだな?」
「ええ、そう思いますぜ」
話をあらかた聞き終わり、難しい顔で考え込む。
「それだけの力だ…うまく取り込めたら…」
呟きながら、御者達3人の顔を眺めた。
「俺たちも、そうかもしれないと思ったんで急いで戻ったんです」
「ふむ、話はわかった。今日は休め」
そう言って、男たちに金貨を1枚ずつ渡すと追い出すように部屋から退出させる。この金は特別ボーナスか、口止め料かはわからないが男たちは嬉しそうに出ていった。
商会主はソファでしばらく考えた顔をした後、デスクに行って机上にあったベルを鳴らした。
少し待って、身なりのきちんとした男が部屋に入ってくる。
「お呼びですか」
「あぁ、さっき届いた奴隷はどうした」
「それなら、いつもの部屋に入れておきました。今日は遅いので、明日風呂に入れて出せるように整えます」
「少しの間、売りに出すのは控えようと思う。フランツ達が王都からの道中、ミスをやらかしたらしい。面が割れているから念の為隠しておきたい」
「ミス…ですか?」
「あぁ、凄腕の魔法使い…神の見守り子に手を出したらしい」
「神の…というとヴィルジール団長ですか? 最近町娘に負けたという噂ですが…」
「多分、その娘の方だ。14、5歳くらいで、未だに神と会話をしていた、とフランツ達が言っていた」
「神と…ということは、フランツ達も神に会ったと?」
「姿は見えていないがな。そして今、そいつがこの街に向かっているか、既に入っている」
「そこはわからないのですか…」
側近と思われる男は、顎に手をかけて難しい顔をする。どうやらコイツらは俺の事を神と思っているらしいが、あの実力を見せられ、今までの伝承を元に考えたら無理も無い話だ。
「恐らく入っているな。先に向かったはずなのに追い越さなかったと言うから、魔法か何かでこっちに来たのかもしれない」
「そんな魔法ありませんよ」
「誰も知らない、魔法の部屋に荷物を入れて旅をしていたらしいぞ」
「魔法の部屋…」
「ヴィルジール団長を倒す腕、一面の森を切り開く攻撃魔法の才能、隠して荷物を運べる魔法の部屋、もしかしたら一瞬で移動出来るだけの誰も知らない魔法…。それが手に入ったらどうなる?」
「…裏の仕事をさせるとしたら超一流、伐採…いや、魔物素材を取るにしても超一流、荷運びだけでも価値があり、多分、政治的にも強い力を持つでしょう」
その回答を聞いて、商会主はニヤリと笑った。
「明日、あいつらから人相を聞き出せ。昨日の昼から、一応明日の夕方までにこの街に入った人物の情報も洗え。荷物が少なく、14、5歳の女の一人旅だ。この街に親戚が居ると言っていたらしいが、本当かはわからん。宿も全て洗え」
「攫うのですか?」
「出来るだけ敵対するな。暴れられたら終わりだ。出来るだけ金で解決したい。金で駄目なら薬を使え。話し合いの手土産に仕込んでおいて、金で解決しそうなら回収したら良い。眠っている間に攫えば暴れる事も出来ないだろう」
「承知いたしました」
恭しく礼をすると、側近は部屋を出た。まぁ、ここまで作戦が筒抜けだとは思っていないのだろう。俺もそっと部屋を出ると、階下へ降りた側近を探したのだった。
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翌朝、シャルに昨夜見たものを教えると凄く羨ましがられた。その場面に立ち会いたかった、と言われても…寝ていたし、そこは諦めてほしい。
「で、どうする?」
「もちろん、真っ向勝負!」
だよな、こいつはそういう奴だ。
「じゃあ、今日は?」
「うーん…街を散策、ついでにその商会も見に行って、出来るだけ見つけて貰えるように行動する!」
確かに、あいつらがシャルを見つけられなかったら話は進まない。最悪、この街には来ないで王都に戻ったと思われたら接触の機会も無いだろう。
「OK、無茶だけはしないように」
「はーい!」
そうして、シャルの楽しい一日が始まったのだった。
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宿で朝食を摂り、まず向かったのは門である。
朝イチから商会の手先が張り込んでいる可能性が高かったからだ。流石に門の前で堂々と張り込んでいることはなかったが、建物の影で身を潜めて伺っている2人組は発見した。シャルはそれに気付かない振りをして近くを通り過ぎたが、彼らの目にはシャルがターゲットとは映っていなかったらしく、動きはなかった。
「あれ…スルーかな?」
「人相書きかなんかがまだ回ってないんじゃないか? 門を通る1人旅の娘はマークするけど、今のシャルは近所の街娘にしか見えないからマーク対象外ってこと」
「あ、そっかぁ…」
恐らく正解だろう。しばらく様子を見てからもう少し近くを通ってみても反応は無い。そのまま離れたけど追っても来なかった。
情報が間に合っていなくても仕方がない。今頃昨日の3人組…フランツ達はシャルの人相書きを作らされていることだろう。現場に出てシャルを探すような事はしていないはずだ。誘拐未遂犯なのだから、シャルに警戒心を抱かせる存在にしかならない。
下手に煽るような真似をするのも躊躇われたので、俺達は一旦その場を離れた。商会のある商業地区のメインストリートを目指して移動する。途中、2の鐘が鳴ったので店は開いたはずだ。とりあえず店に入って、動きがあるか見てみることにした。確実に人相書きが出回った頃…例えば昼過ぎくらいに来ても良かったが、下手に先手を取られると面白くない。
カラン…
ドアを開けると少し重い音のドアベルが鳴った。
店内をぐるりと見ると、少し高級感のある内装、並んだ武器や防具、奥には雑貨もある。総合的な店と言うよりは少し冒険者や軍寄りの店に見えた。
「普通だね」
流石に指向性を持たせた声が俺の耳に届いた。
「そうだな…店の裏では奴隷も扱っているし、一般人よりは金持ちとか軍人、傭兵向けの店みたいだけど」
「正直見るもの無いよ?」
「ま、適当に短剣でも見とけ。ノーマークならそのうち追い出されるだろ」
この世界は商売においては子供に厳しい。
金にならない客、冷やかしはお断り、ということが当たり前なのだ。大抵は店員が「何かお探しですか?」と寄ってくる。
が、しばらくウロウロしてみても店員が寄ってくる気配は無かった。仕方ないのでシャルをけしかける方向に切り替えてみる。
「すいません、護身用の短剣ってオススメはありますか?」
「は、はい! 護身用でしたら、冒険者向けのものと貴人用のものがございますが…」
話しかけた優男は、少し緊張した面持ちで対応してくれる。その反応だけでこちらに気付いていた事は容易に想像ができた。
『貴人用にしとけ。どうせ買わない』
「貴人用でお願いしますわ。少し高くても構いません」
シャルのやつ、そこまで言っていないのにノリノリである。しかしこちらが身分ある立場と思ったら手が出しにくくなるだろう。反応が楽しみだ。
「はっ、失礼ですがどこのご令嬢だったで…」
「そんなもの貴方には関係のない話でしょう?」
商会として、どこの貴族に物を売るか、というのは大切な情報であるが、シャルは尊大な態度、食い気味の拒否で切って捨てた。なかなかにお嬢様然としていて良い演技だ。
「失礼いたしましたっ」
慌てた様子で彼は棚からいくつかの箱を降ろした。中から立派な彫刻の入った短剣を出して説明を始めるが、シャルは聞いているようで聞いてない。
その間に店の奥、バックヤードの方に顔を覗かせると、昨夜の商会主の側近がこちらを伺っているのを見つけた。ビンゴだ。これでこいつらはシャルを認識した。俺はそれを確認すると、そっとシャルのところへ戻ったのだった。




