第十三話:奴隷馬車・後編
男達は、思ったよりも鈍感だった、と評するしか無い。
気付けばもう昼時。太陽は高く上がっており、真上、というわけでは無いが、朝よりも遥かに方角に気付く事は難しくなっていた。
「おい、あとどのくらいだ?」
「もうそろそろだと思うんだが…」
幌を捲って御者台に話しかけているのが聞こえるが、御者の歯切れは悪い。
流石に街付近の様子であればある程度地形も覚えているのだろうが、記憶の中の道中と、現在地の地形が噛み合わないのだろう。
俺やシャルも周りの森の様子から昨日通った道だと言うのはなかなか難しい。
全く同じ向きで徒歩なら、もしかしたらわかったかもしれないが。
「流石に街は見えてくる頃だろ?」
「いや…まだ見えないな」
「おいおい、まさか一本道で迷ったとか言わねぇよな?」
「そんなわけが無いだろう。お前、俺を馬鹿にしているのか」
男たちの苛立ちがこちらまで伝わってくる。
シャルと一緒に居るだけでも居心地が悪そうで不機嫌だったのだ。そりゃあ喧嘩も始まるだろう。
「ちょっと、一回止めてくれ」
落ち着こうと思ったのか、本当の小用なのかわからないが小休止に入った。
ついでに軽く食事でもするのだろう。男たちはシャルにも目もくれず、道の脇に泊まった馬車から降りて森の方へ入る。3人の娘達も促されて降り、後に続いた。
「私、ちょっと用を足してきますね」
そう言ってシャルは逆の森へ入ったが、男たちは見向きもしない。背中が、逃げるなら逃げろ、と言っていた。
「ヤスユキ、あっちの様子見ててね」
本当に用だったようだ。すまん、と頭を下げ、俺も男たちを追った。
「はぁ…なんだってんだ。どう見ても街の近くまで来てねぇぞ」
「…途中から違和感はあったんだが、もしかしたら王都に向かっているかもしれん」
「あぁ? なんでだよ。朝出る方向を間違ったってのか?」
「…わからん」
御者を問い詰めていた男は、昨夜シャルにキレた短気な男だった。
はっきりしない返事に、御者の胸ぐらを掴む。
「てめえのせいで無駄足食ったってんなら、タダじゃおかねぇぞ」
「や、やめてくれ。俺だって参ってるんだ」
掴んできた手を抑え、御者は詫びるように項垂れた。
「飯を食ったら、もう少しだけ進んでみよう。誰か前から来たら、道を確認したらいいんだ」
「はっ、もっと早くそうしておけ、クズが」
言い捨てると、男達は適当な場所に腰を降ろして背負ってきた袋を開ける。
先程からずっと黙っていた男が、袋を覗き込んでヒィッと息を飲んだ。
手から落ちた袋から、いくつかのアプの実がこぼれ落ちる。
それを見た男たちは、一様に黙り込んだ。
タイミングを図っていたのだろうか。その沈黙を破るように、草むらをかき分けてシャルが戻ってきた。
「すいません、ただいま戻りました」
「おい…」
戻ってきたシャルに、男たちが目線を上げて固まる。
まる一日以上着替えて無かったので、どうやら着替えをしてきたらしい。シャルは先程までの茶系の服装から、少し明るい青系の服装に変わっていた。
「「「…」」」
再び完全に黙り、男たちはピクリとも動かなくなった。
「あれ、どうしたんですか?」
返事は無い。シャルは心底心配したような表情を浮かべ、一番近くにいた御者に向かって声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「お…おお、お前は…化け物か、神か?」
「はい?」
やっとの思いで声を出したが、それは投了を宣言する内容だった。
「もう、俺たちをからかって遊ぶのはやめてくれないか…。悪かった、俺たちが悪かったんだ」
そう言って、一筋の涙が頬を流れる。
『あーあ、泣かせたー』
「え、え? どうしたんですか?」
「すまん、本当にすまん…もう、助けてくれ」
他の二人も、その様子を見ながら止めようとはしなかった。
このいくつかの不思議な現象の原因があったとするなら、確実にこの栗毛の少しおかしな少女以外思いつかないのだろう。まぁ、正解なのだが。
脇で状況を見ていた奴隷3人娘も驚いた顔をしては居るが、男たち程では無い。シャルに対して変な娘という印象もあるだろうが、境遇的には親近感があったからだろう。なんだかんだ恩恵も受けているし。
「えーっと…何から助けたらいいのかな…」
正直、ここまで素直に謝られるルートは想定していなかったのだろう。シャルはシャルで困った顔をしてしまっている。
『もう、魔法だって種明かししても良いんじゃないか? 勝ち目無いのもわかるだろうし』
「うーん…まぁ、演技はもうやめにしますね」
そう言ってシャルは男の脇に座る。
「誘拐って、犯罪なんですよ。知ってました?」
「あぁ…本当にすまない」
「で、私って魔法使いなんです」
「魔法?」
男たちの表情が変わる。シャルが反撃に行っていたおかしな演技をやめて、まともに話が出来ると思って安心したのだろう。
「ええ、魔法で色々とイタズラしてただけです。本気でやったら殺しちゃいますから」
「…でも、そんな魔法見たこと無いぞ…です」
「これですか?」
そう言ったシャルの手には、アプの実があった。
「そ、それもそうだし…」
「荷物をですね、全部魔法の部屋に隠してるんです。私しか使えないオリジナルの魔法なんですよ。凄いでしょ?」
「…嘘だ、ですよね?」
うーん、言葉がおかしい。奴隷商人と言っても、下働きなのだろう。それでも、シャルに歯向かわないという意思だけはしっかりと伝わってくる。
「じゃあ、わかりやすい魔法でも見せますか?」
そう言って、シャルが手を伸ばした先の木々と草むらがざわりと風を受けると、竜巻のように吹き飛び、あっという間に手頃な空き地が出来る。
「これは、ただの風ですから。見たことくらいありますよね」
「…こ、こんな威力では見たこと無いけど」
「あぁ…これに巻き込まれたら…」
「とんでもない凄腕じゃないか…」
口々に驚きを表す男たち。娘達は驚いたり、目を輝かせたりと反応はバラバラだが、魔法というのは信じて貰えそうだ。
「ば、馬車が迷ったのは…」
「あー…あれは魔法じゃないけど、今向かっているのは王都ですよ。朝、ちょっと仕掛けまして」
「やっぱり…でもどうやって」
「そこは秘密です。まぁ、そんなわけで私達が負ける事は無いんですよ。剣で切りかかってもいいですよ? どうせ効かないですけど」
「…無茶言わないでくれ。そんな度胸ねぇよ…」
「私たち…」
御者がポツリとつぶやくと、ぎょっとした3人プラス3人はあたりを見渡した。が、何も見つけられないだろう。嫌な予感を振り払い、御者は組織か何かの事かと思い直したように顔色を戻した。
「まさか、魔法騎士団なのか?」
「いえいえ、私達は二人だけで旅してる一般人です」
「…いや、もう良い。聞きたくない」
結局、また全員であたりをキョロキョロと見渡す事になった。一般人、にツッコミが入らなかったあたり、相当限界に来ているようだ。
「さて、ヤスユキ。私達は行こうか」
『ん、おいてくのか?』
「んー…別に被害っていう被害はなかったし、衛兵とかに突き出す必要もないよね?」
『まぁな。シャルの事だから奴隷は開放しろーとか言うのかと思った』
シャルは情が厚いほうだし、物語での奴隷の扱われ方もよく知っている。てっきり俺と同じ日本人思考になると思ったが、そうでもないらしい。
「あなた達、この商人から開放されたい?」
シャルが娘たちに声をかけるが、3人とも困ったような表情になる。
「ん、じゃあいいや。元気でやってね。その袋のアプはみんなで分けて」
この世界の常識だけで考えるなら、この娘たちの判断は正しい。
もし実家に帰っても、貧乏でどうしようも無い親に奴隷以下の暮らしをさせられるか、また売られるか。家に帰らないで自立しようにも、後ろ盾も金も無い。野垂れ死にを免れる事すら難しい。商人に着いていけば、最低限の生活は保証される。嫌な主人に当たったとしても、死ぬような事にはまずならない。犯罪奴隷ならともかく、女の奴隷は高い。基本的に大事にされる事の方が多いのが現実だ。器量が良ければ奴隷の身分を返上し、愛人以上の扱いになることもある。
極稀に虐待する主人も居なくは無いが、「売られる程の境遇だった場所に戻る」リスクを天秤にかけると、虐待されても尚マシだった可能性もあるのだ。
シャルはみんなに手を振ると、もと来た道を引き返した。
後に残された男の1人が小さく声を上げる。
「神の…見守り…」
それは、時に魔法の天才に育つ可能性をはらむ。
小さい頃に神と交信し、数年に1人と言われる特別な才能。
それが今も尚、神と交信を続け、一緒に旅に出た。
それ即ち、神とその従者である、と男たちは気付いたのであった。




