第十二話:奴隷馬車・前編
シャルが奴隷馬車に乗った、その日の夜。
あたりが暗くなって来たので馬車は道の脇にあった空き地に停車し、食事となった。
旅の途中でも野営がしやすいようにか、野営で何度も使われるからか、空き地はそこそこ広く整備してある。
3人の奴隷娘達も降ろされ、乾燥したパンと、干し肉、水を渡されて少し離れた場所で食べ始める。
男達はシャルにもそれを受け取るよう言ったが、シャルは首を横に振った。
「いえ、私は自分で用意します。ただで乗せて貰っているのに、食事まで世話になるわけにはいきません」
と言いながら、いつものにっこり笑顔だ。
「はぁ? まだんな事言ってんのか。良いから食え、下手に飯抜いて弱ったら品質が下がる」
「ええ、自分で用意して食べますので。お気遣いありがとうございます」
笑顔を崩さないまま、シャルが上げた手のひらには乾燥していない、美味しそうなふっくらパンが乗っていた。
「あ? お前、どこからそれ出した」
「ね、大丈夫ですから」
うわー…挑発してるなーとは思うものの、荒事でシャルが負けるような気もしないので黙って見守る。
「…脱げ」
「え?」
「なんか隠してんだろ? 服を脱げって言ってんだ」
「嫌ですよ。私はタダじゃ脱ぎません!運賃はタダで良いって言ったのはそちらの御者さんですよ? 運賃が欲しいなら御者さんに脱いで貰ってください」
「そういう意味じゃねえ!」
「ええ!? 裸が見たいんじゃないんですか!?」
シャルがわざとらしく驚いて見せると、ついに男の精神の限界が来たようだった。黙って剣を抜くと立ち上がる。
横で見ていた男が静止し、話し相手が御者に変わる。
「おいお嬢ちゃん。舐めた真似してると痛い目にあうぜ?」
「舐めた真似ってなんですか? 私はタダで馬車に乗せて貰ったんですから、感謝こそすれ、馬鹿になんてしてませんよ。何かご不満でしたら、ここで降ろして貰っても全く構いません」
「ああそうかい。しかしな、お前が降りるのはここじゃない。新しいご主人さまの家までは俺らと一緒なんだからよ、あんまり怒らせるなよな」
流石に商品価値を下げるような真似はしてこないようで、御者もそれだけ言うとパンを齧る。どこかに荷物を持っている、というのは確信していても、服の下にそれほど沢山荷物も入らないので、すぐに残りは無くなる、と思っているのだろう。特に起伏の乏しいシャルの体型では、ちょっと見ただけでもう何も無い、と普通は予測する。きっちり身体検査をするなら最初にすべきだったのだ。もう彼らには本気で強く出る勇気は無さそうに見えた。
男達はシャルと話をするのも嫌になったようで、シャルを警戒しつつも自分たちだけで話し始めた。
少し離れはしたが、丸見えになっている位置でシャルはパンを2つとアプの実を食べ、自分の水袋を出してゴクゴクと飲んで見せる。
「おい…」
「言うな」
「なんか気味悪いぜ…?」
最初は機嫌悪そうに話していた男たちだが、どんどんテンションが下がり、ヒソヒソ声になっていた。小声になるのはあまり意味は無いが、気持ちは手に取るようにわかる。
「あ!」
なにかに気付いたようにシャルは立ち上がり、奴隷3人娘の方に駆け寄った。
男の手が再び剣に伸びる。
「あなたたち、それだけじゃ足りないでしょう?」
そう言って、シャルはどこからか取り出したアプの実を3つ、差し出す。
「お、おい…」
「か、勝手な真似すんな!」
流石に男達は声を荒げたが、シャルは全く気にしない様子で、笑顔で振り向いた。
「タダで乗せてもらったお礼です。気にしないでくださいな」
「…」
パンが2つに、りんご大のアプの実が4つ…それに水袋。
決して大きな荷物にはならないが、服の下に入るほどの小さいサイズでも無い。絶対にあり得ない光景に、男達3人の目には恐怖が浮かんでいたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なぁシャル」
「なに?」
食後、男達は交代で見張り番を決めて就寝する。俺たちの会話は常に聞こえないように魔法を使うことになっていた。
数人分の毛布は積んであったが、それすら断り自前の毛布を出したシャルに、何か言おうとするものは既にいなかった。
「これ、このまま放っておいても、明日普通に逃げられないか?」
「うん、正直効果ありすぎてびっくり。でも、私何もしてないよ?」
「まぁなぁ…予定通り自前の飯を食って、馬車に乗せて貰ったお礼にアプの実を配っただけだな。いたって普通の行動だ」
「でしょ?」
「でも…」
そう言って、寝そべるシャルの目を覗き込む。
「「このままじゃ面白くない」」
声が重なり、シャルはクックっと肩で笑った。
突然動いたからか、見張り番の男…御者がこちらを凝視するが、何かするわけでもない。
御者は明日の為に長く寝られる最初の見張り番なのだろうが、今夜、眠れるのだろうか。
「ヤスユキ、なんか面白い案ある?」
「いや、こいつらを門番に逮捕させる方法、奴隷を全部逃がす方法、いっそ皆殺しにする方法…色々思いつくけど、どれも面白そうではないな」
「じゃあ、私の案で行こうか。実験も兼ねて」
そう言うと、悪い笑みを浮かべ、俺に作戦の概要を話してくれたのだった。
翌朝。昨夜と同じような食事を取った後、馬車に全員が乗り込む。
幌が閉められ、御者が手綱を奮ったとたん、シャルが何事か大きな声で男達に話始めた。
俺のところまで話の内容はよく聞こえないが、お昼には街に着くとかそんな感じの当たり障りの無い話だ。
馬車はゆっくりと道の方へ向き直ると、王都を目指して、もと来た道を戻り始めた。
しばらく進んだ頃、御者がコテリと首をかしげる。どうやら寝落ちたらしい。が、揺れで起こされたのだろう。少し首を振って、目を開く。
御者は幌の中に首を突っ込み、中の男と何事か話をすると前を向いて馬車の運転に戻った。どうやらうまく行ったようだ。俺は少し上空にいたが、馬車の中に戻る。
中に入ってみると、昨日に引き続き奴隷娘3人に果物を配ったらしい。
アプの実より少し大きいモンモの実だ。垂れそうになる果汁をすすりながら、娘達は少し嬉しそうな顔で実を食べていた。逆に男達の顔は悲壮感すら感じる。
「シャル、大成功だ」
「さっすがヤスユキ。実験も大成功だね」
「あぁ」
二人でニヤニヤと笑い、俺はシャルの横に並んで座る。とは言っても浮いているが。
今、この馬車は王都に向かって戻っている。
が、それに誰も気付いていなかった。
御者すらも、だ。なぜなら、この馬車を動かしたのは俺だったからだ。その時御者は夢の中にいた。
シャルが提案したのは憑依実験。寝ている男に俺が憑依したらどうなるか。
結果先程の通りだ。御者は寝たまま、俺が彼の体を動かすことが出来た。シャルが会話で馬車内の気を引いているうちに、俺が馬車を逆走させる。運転は見様見真似だが、なんとかうまく行った。動いた感じや、太陽の位置でバレる可能性は十分にあったのだが、乗客達は揺れの違和感に気付かず、憑依を解いて目覚めた御者も、寝ぼけて居るのか、という仲間の言葉に違和感を感じながらも仕事に就いた。どうせ両サイドが木々に囲まれたあまり明るくない道だし、太陽の向きは気を使えばわかっただろうが運良くバレなかったらしい。
「久しぶりの肉体はどうだった?」
「おっさんじゃなければ、最高だった」
「今度は私にしてみる?」
「ご遠慮させていただきます」
若干デジャヴを感じる会話をしながら、俺たちはニヤニヤと見張りの男たちの顔を眺めた。
あまりシャルに目を向けようとしていない。本音を言えば、もう降りて欲しいとすら思っているかもしれない。もしかしたら街に着いたらこのまま逃がすつもりなのかもしれないが…逆走に気付くのが遅れる分だけ、シャルと一緒の旅程が伸びる。男たちの地獄はまだ折り返しもしていないのだ…。




