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第十話:旅立ち

 近衛騎士団の面々が腰や胸を抑えながら帰っていくのを窓から見届けた後、シャルは旅立ちに向けて準備を済ませた。とは言っても、ほぼ終わっていたのだが…。ちょっとした身の回りの物や財布を次元収納に入れて完了である。

 なんの荷物も持たない旅人などまず居ないのだが、まぁ、その時々でダミーを用意するとか、色々方法はありそうだ。街中を駆け巡っていた元気な娘とは言っても、体力は13歳の女の子相当。重い荷物を持って出発するよりはよほど良いと思う。


「ヤスユキは旅の準備は良いの?」

「良いっていうか、俺は何も持って無いからな」

「いや、近所の人に挨拶とか…」

「知り合いの霊なんて居ないよ…」


 シャルもわかってて言っているのだが、予想通りの回答に笑いながら手際よく部屋の中を片付けている。しばらくか、ずっとかはわからないが部屋を汚したまま旅立つ気は無いのだろう。うん、良い子に育ったもんだ。シャルは俺が育てた(斜め上に)。


「あ、お母さん帰ってきた」

「え?」


 シャルが宣言して数秒後、玄関ドアが開く。確かにマエリスさんが帰宅した所だった。


「シャル、今のどうやって気付いた?」

「探索魔法」


 …どうやら、俺が昔語った異世界物語の魔法知識は片っ端から試して居るらしい。

 全然気付いてなかったが…単純な放出魔法の威力だけでは無く、バリエーションも途轍もない事になっている。


「シャル、お前どれだけの魔法を作ったんだ?」

「え、ヤスユキが教えてくれた魔法は結構あるよ? 蘇生魔法とか、転送魔法とかは試した事ないけど…。あ、これ最新作。スマートホン」


 正しい発音はフォン、だと思うが…シャルが差し出して来たのは板状の…板。


「耳に当てて声を出したら、対になってる板から声が出るの。停滞で付与している風魔法が空気を振動させて…」


 風魔法を電波のように使った通信装置、ということらしい。受け取って試してやれないのが残念…って、それはスマホじゃなくてただの電話だ。


「ただ、ヤスユキが言っていたインターネット? にどうやってつないだら良いかわかんないんだよね。なんかヒント無い?」

「無理。この世界にインターネットが無いからな」

「そっかぁ…残念」


 あまりに突飛な発想をしてしまうのは仕方ないのだろう。聞きかじった情報だけで創造しているのだから。


「いや、うん。シャルが凄いのはよくわかった。とりあえずあんまり変な事はしないようにな」

「まぁ、必要があったら惜しみなく使うけど、不用意に使わないようにはする…」

「おぅ、そうしてくれ…」


 こりゃ、結構な心労を覚悟しておかないと行けないな、と思ってため息をつくと、俺はマエリスさんの行った台所の方へ移動する。


「シャル、ちゃんと明日行くって話をしておこう。あと近衛騎士団が来たり、他の軍関係者が来るかもしれない。説明はしておいたほうが良い」

「あ、うん…」


 持っていた服をチェストに仕舞い、少し気乗りしない顔でシャルは立ち上がった。

 まぁ、今になって寂しいと言い出しても仕方ないだろう。まだ13歳の子供なのだ。

 とは言え、街中で自由に魔法を見せて遊ばせるようなわけにも行かない。恐らくいろんな人に迷惑をかけすぎてしまうだろう。旅というのはその時だけの関係だから多少の迷惑をかけても逃げられる。指名手配になるような事態さえ防げれば良いのだ。むしろ行った先で色々貢献出来ることの方が多いだろう。


「お母さん…」

「ん、どうしたの、シャル」


 シャルの落ち込んだような声に気付いたのだろう。

 水瓶の前で桶を洗っていたマエリスさんは腰を伸ばしてシャルに向き直った。

 丁寧に一つづつ、朝からあった事件を説明していく。

 ヴィルジールの件、ギルドでの依頼取り下げ、近衛騎士団の事だ。

 ヴィルジールの件で守護霊が暴走した事まで説明したので、若干俺と一緒に居る事の危険性、という部分に話がとんだものの、あちらは知能を感じない、会話も出来ない霊だった事、俺は知能も知識もあり、シャルをちゃんと守ろうと意識しているという部分を説明してくれた。

 横で聞いていて若干気恥ずかしい部分もあったが、まぁそれは問うまい。

 他にも近衛騎士団についてかなり心配した様子だったが、年齢的に今すぐ近衛騎士団に入る事は叶わない為、しばらくは心配が無い。

 もし16歳になった頃にもう一度くるかもしれないが、その時にシャルがこの街、この国にいなければ何も出来ないだろう。もしかしたらそれまでに違う地位を得ている可能性も有る。


 立身出世系の異世界転生物を知っていればわかるだろう。

 多分、シャルに貴族位を、とか…囲おうとしてくるどこかの国というのは間違い無く出てくる。飛び抜けた強さというものはそれだけ価値があるのだ。


 あらかた話が終わり、明日旅立つ、という事を告げてもマエリスさんは特に反対はしなかった。むしろ、騎士団をそれだけ追い返したという事実は、シャルにはこの街は小さすぎるという証明でもある。旅立つ事は寂しくても、その方がシャルの為になりそうだ、という結論に達したようだった。


 食後、両親ともいつもと変わらない会話をしてシャルは床に付いた。

 明日は出発という事で寝られないのでは、と俺は枕元で物語を聞かせてやろうと思ったが、いつもと同じペースでシャルは眠りに付いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 翌朝。朝食を食べ、両親の早い外出に合わせて外に出る。

 役所に向かうアロイスさん、市場方面へ行くマエリスさんは街の中心部に向かう為、家の前でお別れだ。


「じゃあ、行ってきます。手紙書くね」

「あぁ、行ってらっしゃい、シャルロット」

「いつでも帰ってらっしゃいね、シャルロット」


 二人はいつもの愛称では無く、ちゃんと名前で呼んだ。

 まだ13歳ながら、お前は一人前なんだ、という気持ちを込めたのだろう。

 誇らしそうに笑うと、シャルは手を振った。



 小さくなっていく背中を少し見つめ、シャルも踵を返した。


「さて、どこに向かう?」

「まずは王都で買い出し。それからこの街と逆の方向かな」


 王都はすぐ近くだ。街を出るのに30分、王都まで徒歩で2時間程あれば付く。

 王都と商業区であるこの街の間には畑しか無いので、危険も全く無い。王都で昼食後、別の街を目指すということになるだろう。


「王都で地図も買いたいね」


 シャルの財布には金貨13枚が入っている。

 日本の価値で実際に換金すると全然違うレートかもしれないが、銅貨100円、銀貨1000円、金貨1万円くらいだろうか。大雑把に俺はそう見ている。そもそも買い物をする事が無いので、ざっくりしかわからないが。とりあえず当面生きていく金は有るのだ。シャルが昔からずっと貯めていたお金が。

 ちなみに、これはシャルが倹約家というわけではない。大抵の子供は、小さいうちから手伝いや見習いで小銭を稼いでいる。独り立ちする時に、そのまま資金にするのが当たり前で、両親が貯めておいてくれ、それを引き継ぐのは一般的なのだ。

 よほど貧乏であれば使い込まれる事もあるだろうし、ひどい親も居るだろうが、シャルの家はそういう家庭では無かった、というだけの事だった。


「では、出発!」


 一声出して、気合を入れるとシャルは歩き始めた。

 近所の子供が挨拶がてら、遊びに誘ってくるが全て断る。


「お、おい…シャル。近所に挨拶って、お前したのか?」

「してない。説明が難しいから」

「あ、そうですか…」


 両親が後から子供が居なくなったとか、変な非難を浴びなきゃ良いな…と思ったが、杞憂かもしれない。昨日・一昨日とシャルが戦っているのを見たご近所さんはそこそこいるのだ。昨日の近衛騎士団の整列も丸見えだったし、両親ならうまく説明して回るだろう。


 一番の心配は、やはり俺の心労か…。

シンプル過ぎるサブタイトルをどうにかしました。

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