楔
美しい術式に焦がれるのがどうしてかわかってもいないけれど、美しいものが好きという人は幾らでもいるので、そんものかと思う。あと、綺麗な包みも好ましく思う。思うが、少しばかり意味が分からない。自分の教科書だけを詰めたはずのロッカーに、綺麗な直方体と一筋長い立方体と平たい立方体……。綺麗に箱に合わせて折られた包装紙。一つ、立方体を手に取る。術式はなく、爆発物でもなにかの遺体でもなさそう。綺麗なリボンにサン少年を思い出したと言ったら当人は顔をしかめるだろう。振るが音はほぼしない。
「モテるねぇ」
フゲン少年の茶化すような声に見返す。
「これらの理由が、お分かりになられるのですか」
「あー、うん馴染みないんだ」
「殺害予告などはよく。けれど私に直接届くものでもありませんでした」
「うんうん、老師様の息子も大変だねぇ」
「やはりその手のものだしたら、この綺麗な包みのままとっておくべきでしょうか」
フゲン少年はこちらをまじまじと見る。
「……眼福感謝的な?まぁ、だから開けて嫌な目にはならないだろうけど、盗聴器とか仕掛けられていたらなんだし、開けたら?」
「……盗聴器は、嫌なものではありませんか」
「結構繊細なこと言うね」
「術式の気配はありませんが、電池式ですと認知しかねます」
「話逸らした?」
「私の行動を知ってどうしたいのか図りかねます」
「うーん。なんとなく?」
「なんとなく」
「知られて困ることでも?」
「聞けばいいでしょう。勝手に知られて、こちらに選択の」
選択の余地がないことを嫌うのは私ではない。ん?
「いいのでしょうか、それほど困らない?いえ、しかし知らない相手の行動把握となると奇襲などにも使われる不安要素が」
「普通に嫌がっていいだろ」
ハク少年の呆れたような声。自身のロッカーから必要なものは取ったらしい。
「すみません、いつまでもいたら迷惑ですね」
「……送り主の分からないプレゼント自体気味が悪いだろ。捨てとけ」
「捨てるには惜しく思う包みの綺麗さではありませんか」
それを見せるが顔をしかめられた。わかってもらえないらしい。
「はいはい、それら持って教室行こうか」
「……はい」
それで教室に行けば、覚えのない包みが二つほど。長方体と手紙の封筒。
「んー、大袈裟な量ではない辺りに本気度を感じられるね」
「新規歓迎の習わしでもあるのですか」
「……」
「そう言うことにしとけよ。もう」
ハク少年はとても疲れた様子で言う。そう言うことでいいのかと、ともかく座り、机の上の一つ箱の方を手に取りリボンをひく。元に戻せるだろうかと、テープを剥がせそうな包装紙であるので剥がして、包みを破らないように折に合わせて開く。
「馬鹿みたいに丁寧に開けるね」
「綺麗ですから、元に戻せればと思います」
「大事なの中身ね」
「綺麗な箱です」
しっかりとした紙製の黒い箱。
「それ箱だけなの?」
「見た目よりも重いです」
「開けなさい」
焦れるように言われたので、ぱかりと開く。
「……」
「なに?」
「……望遠鏡、ではなく、万華鏡、でしょうか」
錫と真鍮に飾りを施した筒、といえば単純であるが。鈍く光るそれを手に取り、光の方を向いて除けば、ガラスが煌めき、回すことで輝きを変える。美しいなぁと思う。
「それ、……生徒のプレゼント?ドン引きじゃない?めちゃ高じゃない?それ、なにそれ」
「トネリコ工芸店のだろ、確かに高いよ」
「有名なのですか」
「あー、タモのガラスは?」
「聞いた事があります」
「サト細工」
「金属加工細工、銀が主でしたか」
「硬さも違うしあれだけど、それ合わせてソレ」
ソレと言われた万華鏡。
「気に入ったならいいよ。地元の名産品。送った人間の気は知れないけど」
「リカステ区の良さを紹介、などですか?」
新規歓迎といえばそう言う事であろうか。ハク少年は呆れた様子で息をはく。
「他は?」
「あぁ、はい」
「その手に万華鏡っていうのも眼福だけど」
「え?」
「気にしないで」
「はい」
リア少年の方が物を大切に扱う手をしていたけれど。箱に戻して、包みなお。
「ソレ、戻さなくていいから」
「そうですか」
そう言われても……、仕方なく、端を合わせて折りリボンを巻いて終えておく。立方体を開ければガラス細工の嵌められたピンズ。平たい箱の包みは青緑のチーフ、織りの具合であろうか、透明感さえある模様がある。それから、長方体には銀のペーパーナイフ。もう一つの手紙のような封筒は開けると無地で香りが立つ。香かなにかツンとしつつも柔らかな独特の香り。
「紙?」
「香りのようです」
「わぁ、怖い怖い」
「フゲン、やめとけ」
「この香りを追って見つけろということでしょうか」
「その発想も怖いけど、どれもちゃんと差出人書いてないなら気にしなくていいよ。貰っときな」
「……」
「いいから」
「……はい」
美しいけれど、生活などには必要のない物。持って来る発想のなかったそれが寮の部屋に加わることになった。
今日は万年筆と、ブレスレット……は、銀細工が綺麗なのだろうけれど。
「わぁ、身につけてほしい系?」
「これはフゲンさんのものではありませんか?」
「ん?」
きょとんとされてそれを見せつつ首をかしげる。
「フゲンさんのお父上の術式の癖があるように見えます。術具の中でも隠遁系術式武器の新規武器ではないかと思います」
「うぅわぁ。言ったけど、言ったよ。ルゥに会ったって、それでそれって……うーわー」
「あの、フゲンさん宛ではありませんか」
「違う違う、心配なんでしょ、前に誘拐とかされているし、父さんからすればルゥの目は喉から手が出るほど欲しいんだろうけど、我慢しているのに他に取られたら難じゃない?お守りのつもりでしょ、受け取っておいてよ」
「しかし、術式具、特に武器の所持は」
「かったいなぁ。いいじゃん。新規っていうなら試供品、試作品ユーザーにでも選ばれた気でいなよ。術式武器の扱いの講義は受けたんでしょ」
「……怒られてばかりでした」
「……」
「へぇ、以外だな」
フゲン少年はちょっと驚きに見開いて、机に向かう途中、近くに来ていたハク少年に言われる。
「どうでしょう、自分の出来そうな中で楽なものを選んでしまったので、そうですねセコいとも言われました」
「それはまた、口さがないというか」
「おー、下民でも領主様の娘に取り入るとなったら、お上品で?」
通りがかりの男子生徒がハク少年に向かって言う。
「それで、教授の息子の次は老師様の息子かよ、お忙しいこって」
「そういう発想が貧困だとは」
「おぉ?なんだ?やるのか?水暴走させるのかよ、おー怖い」
ハク少年の手袋をした手がぎゅっと握られる。どうにもサン少年を思い出してしまうので、リボンを手に取り、指で挟むようにそれを引き通して、霊力でもって術式を入れていく。するすると入れて近くで握られている拳の手首にリボンを巻いて結んでいく。
「は?」
「え?なに」
「いえ、霊障を気になされておいでであれば、少しは抑制出来るものかと思います」
「え?」
「身体に影響は起こさないと思います」
「……」
「待って、冗談でしょ」
冗談、とは。
「よく、わかりません」
「こっちが訳分からないっ馬鹿なの?意味不明だよっ、訳わかんないのわかんないのっ?」
「すみません、よく」
「ともかく、来てっ」
側まで来ていた手が伸ばされ掴まれる。びくっとなるのに力強く掴まれていて、離してもらえない。手袋越しの手でも熱い。
「ハクも」
「はぁ?」
「授業が」
「急用で休むから、言っといて」
フゲン少年の勢いに押されていた男子生徒に、口伝を頼み、自分は教室から引っ張り出されてしまう。なにであるのか。
「フゲン、なに?」
付いて来るハク少年が聞くのを聴く。
「頭おかしいんだよ。普通術具なんてそれなりの道具、霊力の宿ったもの自体がいるのに」
「あぁ、そう」
「その反応、ほんとみんな術に疎い」
「いや、なんで俺まで」
「その術具が本当に抑えて、影響もないか」
「あー」
なんとも言えない様子のハク少年を伴って、大学の研究室に。一応入るのに手荷物検査などはされた。情報抜き出し系が重点的な検査対象とはいえ、それにブレスレットやリボンが引っかからないあたり、ざるであろう。
「父さんっ」
「おー、と、ルゥ君」
「ルゥ頭おかしい。常識ないの」
「常識にとらわれないのはいい事だぞ?」
「素手で術具作ったって。ちょっと見て」
ようやく離された手をさする。痛くて感覚が鈍くなっているのが幸いであった。しかし自分の血が通うのに頑張っている感が気持ち悪い。フゲン少年はハク少年の手を取りリボンの巻いているのを見せる。
「これ、霊障抑制になってる?」
「人に見てもらえる程美しくは」
「ちょっと黙って」
「おーおー」
フゲン少年の父上、カンザン教授は眼鏡のようなものをとり、ハク少年に巻いたリボンを見る。
「へぇーよく出来ているなぁ」
「簡単に作れるなら、頼むところだったんですけど……、リボンって」
「なんだ?悩んでいたなら相談してくれれば」
「学校の水道壊したりタンク駄目にしたりして、悩んんでないと」
「おー、若気の至りだろ」
「ごめんね。無神経な父親で」
「いやいや、フゲンも相談して来なかったってことは大して悩んでいると思ってなかったろ」
「……、ルゥはどうして?」
「どう……」
サン少年と、と言っても仕方ないような。
「少し作るのに興味があったのかもしれません」
「まさかの興味本位」
「自分で作っても美しく出来ず」
サン少年のリボンはあれはあれで美しくもないものであったが。
「おー。きちんとしていて綺麗なもんだけどなぁ。向上心が高いのは良いことだ」
「……すみません」
「ともかく、外でお気軽にやっていい所業じゃないでしょ、怒って」
「おぉ、そんな時こそ、私の送った術式武器の出所ではないか」
「……」
「そうでした。お返しします」
そのブレスレットは置いていくのも躊躇われ手にあったので差し出す。
「だーいじょうぶ、扱えるだろう?」
「武器は武器です。携帯許可申請を出す気もあるません」
「大丈夫だ、私の権限でサクッと出した。試験運用の検品替わりと思ってくれ」
「試験施設運用はされたのですか」
「君なら暴走もさせんだろうし」
「問題があるかと思います」
「君がつまびらかにした問題点を改善したつもりだから」
「……私が持って意味のあるものでは」
「大丈夫大丈夫、あとそれ最終段階が防壁で、他は色々な形態を可能にした武器で、ニ双式にも転換可能で、銃のモードで形態変えれば遠くの一点打ちや、爆発的破壊も可能。凄いだろ」
「それはそれとして」
「わかっていたね。素晴らしい目だ」
「……術式武器から手を引かれたのではなかったのですか」
「いいや、義体が武器に繋がらないとでも思うか?下手に痛みを感じる肉体より、よっぽどいいだろう?それに強化性も伴う。あとは神経伝達のスピード。どれだけ反射を体現するか、むしろ人以上の神経判断スピードに持っていきたいもんだ」
「……」
「父さんサイテー。ここに義体求めに来ている人の多くが戦闘による怪我が原因なのに」
「はいはい、そんな子達にパーツ提供する資金を出しているのは、武器屋ですよぉ、と。資金がなけりゃ研究もままならんし、義体の発展もないだろぉ。戦闘がなくなったって人体欠損は事故でも病気でもなんでも起こりうる。そこに武器屋が資金提供するゆわれはないんだよ」
「そういう問題じゃないでしょ」
「先立つものは必要なんですよぉ。分かるかな?金銭不足の前に平等は訪れない。物種あっての発展と平等性だよぉ」
「ふざけてる?」
「金がなくなったら、そこにもある種の平等性が生まれるかもしれないけど、そこに発展、探求はない訳だ。嫌だね、そんなもの」
「馬鹿なの?金がなくても気持ちは動くでしょ」
「だが作れんものは作れん」
「サボってるだけじゃん」
「我が息子ながらムカつくなぁ」
「父さんの息子だからねぇ。というか的を射られたからムカつくんでしょ」
「そんなことないよ、ねっルゥ君。君になら分かるだろ」
「人体形成術式は不得手です」
「うん、虫も殺せないものな。そうじゃなくてだな。研究心が止まらない気持ちは分かるだろって言いたいわけだ」
「……、そうですね。安定的に多くの術式を見たいと思っていましたが」
それでいくとカツラ九席の研究室であの美しい術式を堪能していれば十分だけれど。
「災いを防ぐ為であればなんでも構いません。そういうわけでこれはお返しします」
「……どういうわけか分からないけど、これが君以外に渡ればその人物も周りにとっても災いの種になりうるよ」
「……私以外持ちえないものに価値などありましょうか」
「プロト版だしね。最高水準のものをたまには作りたいんだ。士官学校での話を聞いてからずっと構想を練って、作って来たんだ」
「学校ってルゥがどうしてたか知ってたの?」
「話題に出なかったし。それはいい。それよりルゥ君、渡したくて仕方がなかったけど、もっと良いものがとも思っていて、送るのは迷っていたけど、ここに来たって言うから、ついね。許可はとってあるから、問題点改善点があればいつでも言ってくれ」
返す為に差し出した先から受け取って貰えないブレスレット。これがあればあの砲撃や爆発の被害を防げたであろうか。砲撃は気付くのが遅かったけれど。これは。
「あぁ、あとその目に不純物が入る可能性は万に一つもあってはならない。着眼点は良いが、君には必要ない。魔装はやめておきなさい」
学校の個人情報の取り扱いに疑義が生じた。提携校でも問題あろうが、提携校でもない。
「魔装って」
「術式の解析や術式情報蓄積、情報処理に使えるのではと、興味があって希望を出して講習も受けたらしいが」
「そんな理由で?」
「というか講習って」
先の言葉はハク少年で、あとがフゲン少年。
「そりゃ、士官生は大切だろう。使い捨てに二年もかけない。ただどころかお金を払って育てるんだから」
「さっきからそればっか。ルゥもルゥだし。どう考えたら好き好んで、そんなことをしようと思うわけ?」
「術式の」
「それはもう聞いた」
「金銭目的であれば」
「違うでしょっ」
「食い種に?」
「ふざけてる?」
「選択の幅を」
「魔装がどう生み出されたか分かってる?札付きだって大概どうかしてるよ?」
「フゲンさんは」
「可愛い女の子と、ひ弱なお兄さんを」
「父さんは黙っててっ」
ならどうしてと聞こうとしたところに、カイゼン教授が言おうとしたのを、フゲン少年が怒鳴った。それにカンザン教授は首をすくめた。
「酷いな、私の情報だろう。それに札付きは拒絶反応が出ないか適性テストがあるから、施術のリスクぐらいしかないだろ?手術リスクと変わらん」
「病気や怪我でもないのに手術する方がどうか」
「なるほど、病気の代わりに術式を」
「やめろっ、黙って」
「あー、カリカリするなよぉ。しかしハク君はリボンの効果絶大だな」
カンザン教授は面白そうに笑むが、ハク少年はリボンを巻いた手首を握りながら不満を貯めた様子でカンザン教授を睨む。
「それ、外したら問題改善の努力を怠ったてことだもんなぁ。いくらルゥ君にムカついた所で外せない。哀れだねぇ。さっき言ったルゥ君の選択を増やすは、魔装においては否、であるね」
「……そうですか」
忠告をする相手はもういない。
「さて、研究もあるから、その辺の話ルゥ君がしたいって言うならいくらでも居てくれたら嬉しいけど、そうじゃないなら仕事しないとだなぁ。君らも授業に戻りなさいな。その目が狙われたり能力を狙おうと、目をくり抜けばって単純な話でない。ルゥ君の意思を伴わなければどうにもならないんだから大丈夫だよ」
「……」
「さて、じゃ、ルゥ君、いつでも来てね」
そんな事を笑顔で言う相手に見送られて、部屋を出た。
「ムカつく」
「すみません」
「いやルゥがじゃなくて、いやルゥもなんだけど」
「すみません」
心無い謝罪とよく言われる。きちんと何が悪いのか考えて反省しろと。不満がありそうな目で見ながら、二人はそれを言わなかった。
寮でシーナ補佐官に首を傾げた。
「やはり私は邪魔なだけではないでしょうか」
「それの許可は人事部が出したそうで、大丈夫ですよ?」
シーナ補佐官はエレナ艦長と道具なしに通信のような事が可能で機構の把握している技術的には傍受不可能であるらしい。
「仕事の内容を不用意に口に出してしまいそうで、内容を聞けません」
「うん。いい心掛けじゃないかな」
「……」
「居てくれるだけでいいから。ルリさんが目立ってくれているおかげで、僕は目立たず行動出来るし」
「……そうですか」
目立つのは不本意であるのだけれど、そう言われてしまえば嫌がれもしない。そういえばであろうか。
「魔装の札付きはどう」
どう、聞こうとして聞き方が、なにであろうか。あの言い方は。
「立候補制、でしたか」
「ん?どうかした?」
「いえ、フゲンさんが望まぬ、ハクさんもでしょうか。……、カンザン教授が少女とそのお兄さんでしょうか、その為に、というような言い方をされていたので、どうしてかと思いまして」
「少女とお兄さん……、記録になにか。いえ、あれ?ん?確か一昨年?兵志願ギリギリの……、ニシキは昨年で、盟約?一昨年と言えば不作で……けれどそのような場合は納税見合わせが。それにここは、いや、貯蔵庫の火災が、その場合、過失者の責任で……貯蔵庫責任者は区長……領主。娘と息子がいて。……。兵役を、魔装希望を代わりに?」
「シーナさん?」
「はい、ここの署長は、変わらないんです」
「え?」
「ここは械の国の学研政策で機構の全管轄でない上に、自警団もあり治安も良く問題が起きにくい。五年もあればまた移動で上に行きようもあるけれど、最低五年……、なにもないから実績も上げられず、上昇志向が強い人間には不満のたまるところかもしれない」
「?」
「前の署長は五年以上ここの署長を務め、ニシキ君の魔装施術後に異動になってます。魔装希望者提供が実績評価されたとしたら」
「そういうものですか?」
「人事評価にその項目はないけど、魔装の推進者はその希望者を出した人を優遇しようとするかもしれない」
「はぁ」
そこまでなにか。
「そうだとして今度のあれは……、事件のでっち上げで上に?」
「今の署長は一年もたっていないのではないですか?」
「うん、でも上昇志向で……、何年計画かで、五年内に追い詰めて、事件を起こさせ、それを収めて実績に?それとも前の署長に恨みでもあって、推薦希望者が問題を起こしたからと、追い落としにかかるとか?そうなると続柄調査を……」
「なにを調べておられるか聞いてもいいですか」
なにかもう面倒になってきた。
「あぁ、うん。なんかここの区で独立運動が起きているって話しで、えーっと、その中心人物が領主兼区長さんの娘さんのソトベニさんで、協力者が魔装持ちの三人、ニシキ、ハクさんフゲンさんって話でね。計画があるからって話で、それが本当か本当だとしてどうしてか。人柱を立てるなんて方法を取るほど追い詰められている理由はなにかと調べたくて」
「人柱、ですか」
「あー、うん。三柱結界?火霊、水霊、風霊の魔装を柱に結界を構築したいらしくて」
「バランス悪くあるませんか」
「うん、突っ込みどころそこなんだ」
「木霊ならともかく」
「んー、でも地獄の霊王の柱って火霊、水霊、風霊、土霊だっけ?木霊にそこまでの重要素はないんじゃないの?」
地獄は機構管轄の結界により閉じられた島であるらしく、罪人が黒の大将の守る門を通して送られる、隔絶された島。それの安定にも金霊がいた方がいいと思うけれど希少種で人に協力する事、まして契約することはまずない。けれど、……リア少年の地元で起こった事を解決するには金霊の助けがいるような……。それはいいとして。
「そこで選ぶならば火霊、水霊、土霊です。土霊は意思の硬さ土着で有名ですから、そう簡単に人に扱えるものでありませんが、木霊ならば土霊より弱くとも共存が測れ安定性は高さは風霊以上に測れます」
そもそも風霊の封じ込めは自由気儘過ぎて難しいような。四柱でも選ぶなら風霊より木霊であろうに。
「結界作るには不格好過ぎるにしても、そういう計画があってね」
「……環境課が嫌がられるのではありませんか」
「だろうけど、それを止める以上に、なぜそんな計画を立てたかを調べに来たの」
「そうですか」
そういえば、そう言われていた。
「納税の代替わりの見返りに、魔装希望出させたならそれはそれで問題だし、そういうなにか追い込まれるようなことがあるならってこと」
「それ自体の立件はされないのですか」
「記録上は普通に納税されているから、無理かも」
「それは供述だけではどうにもならないと」
「そういう取引をしたとなったら区長にも責任問題になるし供述してくれるか微妙じゃない?」
「……そういう場合の処分はどうされるのですか」
「あぁ、艦長や僕の聴取ね……。そこでそれしたくないかも」
「よく、わかりません」
「うん」
シーナ補佐官はそう頷き、微笑むだけだった。
ここの学校というのには休みが週毎にあるらしく、週末に天文台に行こうと誘われて、フゲン少年に連れ出されていた。ハク少年とニシキ少年も一緒で、シーナ補佐官がいない事にニシキ少年には不満を漏らされた。
「うん、で、落ち着きないね」
「あぁ、はい。前に学校にて美しい術式を見かけたのですが」
あれ以来見ていないというか、学校の人ではなかったのか。通りすがりの人など周りを見回していた。街に表立って術式は見当たらない。
「時々、義体の人を見かけるぐらいでしょうか」
「……学校で見た美しいってのは義体じゃなかったの?」
「なんとも、……一瞬でして見惚れ……。なにと言えばいいのか」
その人の全てを内包するような。それが術式の全てに見えて、そう見えているだけのような。
「天文台は丘の上だし、街全体を見渡せるとは思うけど。双眼鏡で探せるなら探したらぁ。人を直接まじまじ見るのはどうかと思うよ」
「……そうですか」
街の結界術の準備はあるのかないのかも気になるけれど。
「本当に術式が好きなんだな」
ニシキの言葉に瞬く。好き?好きなのか?美しいものが好きという発想として、美しいから好きなのであって術式が好きであるのか。
「人体学的、治癒術式など興味のない分野もあります」
そうロア少年を助けられなかった所で興味の湧かないそれは薄情というところであろう。母の時にしても助けられなかった反省もない。母の事の後であろうと、どうにかしていれば、ロア少年の事はどうにか出来たであろうか。
「ケーブルカー使う?」
「登るぞ、若いんだから」
「その言い方が年寄り臭い」
「うるさいな」
「ルゥは?」
「ケーブルカーは術式ですか?」
「うん、ブレないね。つまらないから階段で行こうか」
「階段かぁ、あれ階段って言えるかなぁ」
そんな事を言われるその道は、緑の小高い丘に沿って、土の道がある。そこに木の板で土を押し留める階段があったりなかったりする。そこに沿って、金属製の楔が打たれてロープが通される。上がって行くうち、その中の一本が目に付く。術式?足を止めてしゃがみ込む。それを眺めて首を傾げる。指を伸ばしてその楔をなぞる。自分が霊力を流しても影響もないであろうが、流さず辿る術式の線。なにであろうか……。霊力不可避け?この地の霊力流に影響を与えないような。美しい……それ。
「それがどうかした?」
「守護しているようです」
「ん?」
「この地の御守りのようです」
「それが?他とどう違うのか分からないんだけど」
「この地に代々伝わるような、守護術式ではないのですか?いえ、術式という伝わり方でもないと思いますが、口伝か何かで儀式的にとか」
「えー、ハク、ニシキ知ってる?」
「いや?守護聖獣は昔いたとか言うけど」
「その寂れた楔とか、なんでもないし。抜く?」
「いえ、下手に抜いたらこの土地の霊力流に影響が」
ではしないが霊力流を脅かす何かから守りが薄くなるだろうと。
「御守りだと思います」
「えー、訳の分からない。いや、それ自体なんでもなさそうで気にしてなかったからなんだけど、オガタマさんに聞けば何か分かるかなぁ」
「オガタマさん?」
「母さんの仕事の相方的な人。地元の領主の息子さんだから、代々ここの事は分かっているはず」
「そうですか」
名残り惜しいながらも、丘を上がって天文台に着く。煉瓦作りの建物に半円のドームが乗っている。窓も少なく、街灯もない。
「もしもーし」
扉を叩きながら、フゲン少年が声をかける。
「はいはーいと、あぁ、いらっしゃーい」
扉を開けた相手は笑顔と言うのかのんびりとしたそれで迎える。銀縁眼鏡に赤みを帯びた茶の長い髪をまとめた、緑の目の人。背はあるが体格は良い方ではない。白衣のその人は迎え入れて案内をするように先を歩く。
「先生は望遠台の所にいるから」
「んー。そうそ、丘に上がる途中の楔あるじゃないですか。……なんだっけ。そのうちの一本に御守りあります?」
「……楔は楔でしょう?」
「そう。ほら、ルゥ、ね?」
「……」
「抜いちゃえば?」
「やめておいた方が良いように思います。御守りは願掛けでもありますが、他より守るものでもあります」
「いや、よく分かんないし、よく分かんないものあるの不気味だし」
「それは……」
自分が言ってしまった所為であろうか。楔を御守りにした人への裏切りであろうか。
「んーと、まっ良いんじゃない?分からないし」
「いや、聞いちゃったし」
「ルゥ、引っこ抜いて持って帰って良いって言ったら」
「良いのですか?」
「嬉しそうだねぇ」
「色々貰っておいて」
「ハクゥ、別にあれは欲しがったものじゃないでしょ?嫉妬?」
「え?嫉妬?ソトベニがなにかルゥにあげたの?」
「そうじゃないっ」
騒ぎよるニシキ少年をハク少年は煩わしそうにする。
「贈り物はこの地の代々ある工芸品で、それを下に見るような」
「あの術式も代々同じ意志でもって引き継がれ、どれだけも精巧に、無駄を排し、それでいて簡略化だけでない技術の最高峰であると」
まるでカツラ九席の、けれど大元、土台がまるで違う。
「仲良いねぇ」
オガタマ氏のなんとも気の抜けた声にハク少年はなにか言おうとして、なんとも言いがたい表情で黙る。黙認のつもりもないが、仲が良くないとも言い難いらしいその距離が、どこまでも遠い仲を示すような。階段を登った先で、オガタマ氏は扉を開く。
「センセー」
入った先は円形の部屋に半球屋根、金属製の階段と望遠鏡、そしてその脇に座る白衣の女性。しかし、望遠鏡に繋がれた緻密な記録術式の刻まれた霊玉と、記録してあるだろう霊玉の数。
「あれー、シノグじゃないか」
「ルリチシャです」
背もたれにもたげて、仰け反るようにこちらを見た女性、ヨウキ天文台長に言われた母の名を否定しておく。
「あぁ、いやはや、よく似てるねぇ。美人に育っちゃって、たまげた」
のんびりとした様子でそう言って、上体を起こし椅子から立ち上がって、階段を降りてくる。
「そんなっ先生が動くなんて」
「どんな態度でいるんだよ母さん」
オガタマ氏の動揺と、フゲン少年の呆れた目に、ヨウキ天文台長は手を煩わしげに振る。降りてきた、ヨウキ天文台長は目の前に立って、首傾げる、銀縁の眼鏡に色の抜けた茶の髪に青い目。
「あの子の旦那は元気かい?」
「さぁ……、あまり顔も合わせませんので、分かりかねます」
「ふむ、あんまり死んだ妻君に似ていたら会い難いか。どう接していいか分からんものなぁ」
伸びて来た手を避けるように身を引く。
「ふむ、人嫌いも相変わらずか。シノグの洗脳もここに極めりだねぇ」
「なんのことですか」
「いやぁ、あれだけとことん人を遠ざけてりゃぁ、人への警戒心も育つわな」
「……そういうものでは、ないのですが」
触られるのが嫌なだけで、警戒はほぼしていないと思う。それがどう動いているのか想像するのが怖いのだ。
「そんな顔で言われてもねぇ」
「なに、を」
伸びる手に一歩引く。
「はいはい、夫婦揃ってルゥを困らせないの」
「だって可愛いから」
「子供かよ」
「あら?焼いてるのかな。フゲンくん」
「焼いてないって」
「えー昔はよく僕のルゥを取らないでって半ベソかいて」
「そっちっ?」
「どっちだい?」
きょとんとしたヨウキ天文台長に、フゲン少年は顔を赤くして押し黙る。
「あぁそれで、霊玉見に来たのならそっちのは記録してないから、適当に扱っていいよ」
「そこは星の記録見せようよ」
「えーだって、ルゥ君が好きなのは術式だろう?星の記録が見たけりゃオガ君に頼んで、記録済みの霊玉にはアンタらは触るんじゃないよ」
「わぁ、信用されてるなぁ」
「いや、それぐらい出来ないとね」
フゲン少年に言われてオガタマ氏は困ったように笑う。
「自分の領域に手をつけられるの嫌がるひとだよ」
「あんたもあの人も勝手に弄れるから嫌いなんだよ。オガ君はちゃんと了解とるし、変異もなにもきたしやしないし、星への目配りは効くんだよ」
「悪かったね、勝手にいじって。記録には影響出した覚えはないけど?」
「どこで閉じるかとか、色々あるんだよ」
「たく。よくあの神経質に合わせられるね」
「はは」
「いや、割と常識的なことを言われているような」
「そう?」
オガタマ氏のから笑いの後に呆れたようにハク少年が言えば、フゲン少年は心底不思議という様子で首を傾げた。
「俺は適当にやっちゃうなぁ」
「ニシキはそうだとうけど」
「んー」
あまり入る話題でもないので、許可の出ている記録のない霊玉の術式を眺める。
「それって、映像記録装置だよねぇ」
「そうだよ?」
「術式は映像で穫れるの?」
「そりゃ、術で見る眼鏡的なのに接続すればねぇ」
「ルゥの視界が見えるって事?」
「そりゃ無理だろ、あの人の話じゃ、どの霊眼術式より上等な目だって言ってんだから」
「でもそれって人の目を通そうとするからで、記録媒体に直接繋げば霊力制限気にしなくていいんじゃないの?」
「術式の問題だよ。そもそもルゥ君の霊力値はそこまで高くもない、扱いが局所的に上手いってだけだよ。君ら三人の誰にも霊力は上回っちゃいないだろうけど、魔装や術式の機能を借りなくても、君ら三人魔装を使おうが霊力操作では敵わないだろうさ」
「いや、僕らの精霊系で」
「それでもだよ」
ヨウキ天文台長はある種の核心を持って言うが、ソラ講師に全く敵わなかった自分である。魔装の使い手であろう人に敵う気もないけれど。霊玉を眺めて撫でる。
「ていうか、霊力値考えなければ、術式も新規で作れるんじゃないかって言ったんであって」
「そう言うことは、あの人にいいな」
「父さんはここまで高品質の記録媒体揃えてないからね」
「そうかい、まぁでも術式作りたいなら自分でやるか、あの人に頼みな」
「……そう、わかった」
不服そうではあるが、ヨウキ天文台長相手には折れねばならないのだろう。
「それで、揃ってなんだい?星を見ていくのかい?」
「あぁ、僕らはオガタマさんに用があるから、ルゥのことよろしく」
そう言って、フゲン少年はオガタマ氏の腕を掴み、ハク少年とニシキ少年を伴い部屋を出て行く。すぐに階段であるのに、引っ張られたオガタマ氏は大丈夫であろうか。
「仲間外れにされているのかい」
「仲間でもないでしょう」
「相変わらずこざっぱりとしてるねぇ。……星の記録を見たかったら言いな」
「はい」
そんなわけで霊玉を眺めていた。
「ねぇ、ルゥ」
「はい」
呼ばれて見れば、ヨウキ天文台長は望遠鏡台の階段の一番したの段に座っていた。周りは暗く星が投写されて深い空の闇の中に輝く。どれくらい経っていたのだろうか。
「うちの子と友達に戻る気はないのかい」
「……フゲンさんにないものかと思います」
「嫌いな奴の見えている世界なんぞに興味はわかんよ」
「…………、先程見た楔が気になったのかもしれません」
「楔?」
「美しい術式の楔です。ここに上がってくる階段脇に沿って配された。ロープを渡した金属製のものの中に、一本美しい術式の入れられた楔があったのです。ニシキさんは気味が悪いから抜きたいと仰られましたが、この地の御守りのようであるから、……私にくださるのなら欲しいとは思ってしまいますが、ここの霊力流を守る為のもののように思います」
「霊力流は苦手じゃなかったかい?」
「……あまり得意ではありませんが、そうと言いましても術式との関係は深いです」
「……話逸れてきているけど、その流れに乗るならね、一年内かな、ここらの霊力流に変異が見られてさ、星との関連があればとも思ったんだけど、ないみたいだし、ここら以外にも出ているのかとか、大学の観測記録科に問い合わせてね。微妙な変異がここら一帯に観られるってんで、一応機構の署の方にも報告したみたいなんだけど、最近元の霊力流に戻ったし、ちょっとブレがあってもすぐに戻るから気にしなくなってたんだけどね」
「そうですか」
「変異は楔が原因かい?」
「いえ、楔は安定化を図るものかと思います」
「ふむ、誰ぞが対策を打ったてことかい?誰が?」
「環境課ですか?」
「それ言うとここの連中は嫌そうにするだろうね」
ヨウキ天文台長は力を抜くように笑った。
「昔昔ここの主な食いぶちは狩猟だったんだ。居を構えるようになって、農耕もしたけど。んで主な狩猟相手の獣をどこぞから来た連中が狩りまくった、ここの連中が邪魔で主な食いぶちを潰すために、生きるのに必要ないまでに。で、その獣は減りに減って今や環境課の保護動物なんだが、ここの連中からしたら食肉で、骨は工芸品の材料、御守りとか生活用品?環境課からすれば食肉なぞ他から幾らでも入手できるし、食う必要もない。どこぞの思想家からすれば思考力の高い生き物で、殺すのは人身殺戮と同等だとおっしゃるもんで環境課の後押し的に資産提供するわけだ。そんなわけで環境課とはもめがち、署の常駐役は今は追い出されていないし、猟師に携わっていなくとも環境課と聞いていい顔するのは少ないよ」
「人身殺戮はどこでもあるように思います」
「……」
なんとも言えない表情をされた。そもそも人は人でそれぞれ人の人生を生き。獣は獣それぞれの生涯を生きていくものであるとして、世界観はどこまでも協調されるものではないであろう。
「あと」
ロア少年は何か言っていなかっただろうか。言葉を思い出そうとして、思い出せない。ロア少年は自分が言ったか覚えていないことも覚えていたのに。
「ルゥ?」
「私は」
友であったけれど、なんら誰と接し方も変える気も……違う、比べてもいるような。
「ルゥ?どうかしたかい」
「……いえ、すみません。なにでしたでしょうか」
「えーっと、美しい術式の楔がとなって、霊流の話だったかな。環境課は余分だったか」
「……思うのです。影響してあぁなのではと」
「ん?」
「ルゥー、っと、照射してるの?いつの空?」
扉を開けて入って来たフゲン少年が言うだけ言って首を傾げた。
「あれ?なんか邪魔だった?」
「いや、なんだい、楔から霊流の話をね」
「あぁ、記録取り寄せたのにご覧になられなかった」
ヨウキ天文台長の言葉にオガタマ氏が反応する。
「星に関係なかったんだから仕方ないだろう」
「なに、霊流に悪いの?」
「良し抜こう」
「いや、ルゥ君の話じゃ、元に戻したのが楔じゃないかって」
「そんな如何わしい話」
「霊力流の記録を見せてもらえますか」
「ルゥ、そうじゃなくて」
「記録ならそこの段ボールにあるけど」
「ありがとうございます」
非難がましくフゲン少年に呼ばれたが、オガタマ氏を見ていれば教えて貰えたので、段ボールの所に行き、開けて中身を取り出す。線の記録を見ていく。人為的な示唆を感じる。癖というのだろうか、波の変異に……。
「お前っ、勝手過ぎだろっ」
ニシキ少年の声がして手が伸びて肩を掴もうとするのを払い除ける。その払った時に手にあったた感触が気持ち悪い。散らばった紙を集め揃える。
「だから、なんでそうなんだってっ」
「……なんでと言われましても、なにが問題であるのか感じ得ません」
「はぁ?なんでお前はそう自分は信用されると思ってるわけ?お前になにが見えてるか知らないけどっ、そんなものっ。老師の息子だもんなっ、誰もみんなほいほい信じてくれるだろうさ、当たり前みたいに。お前にとって当たり前なんだろ、それが、誰も信用できない、頼れないことなんて分からないだろうがっ」
胸ぐらを掴まれて息苦しい。しかし、信用とはなにであるのか。
「ニシキ君、落ち着いて」
「オガタマさんは優しいからっ」
泣きそうな目である。
「ここで暴れないでくれないかい、霊玉が壊れたりしたらどうするんだい。出禁にするよ」
「母さんは勝手すぎ。ちょっとは気持ちに配慮っていうか」
「じゃぁ、ニシキ君はルゥ君の気持ちに配慮出来てるっていうのかい?フゲンお前はまだ見ている世界が違うってのを分かろうとしたけど。こいつは立場で頭っから否定してんだ」
「そりゃ僕は子供の頃のルゥも知ってるし。ルゥは立場とか関係なく、相手が誰であろうと配慮しないって。でも、それで今でも通用するのは老師の子だからってのもあるだろうし」
「本気でそう思うのかい」
ヨウキ天文台長はフゲン少年を嗜めるように言う。そして息を改めた。
「ルゥは人でなしだからこうなんだよ」
「は?」
「シノグが言ってたよ。人とは合わない、って。アルカリ性と酸性の洗剤の混ぜるな危険ってやつかね。だから基本人を寄せ付けないように育てた。どうせ嫌われるだろうし理解されない、術式に囚われれば囚われるほどそうなるのはわかってた。だからこんな風に人のいるところ彷徨くなんて思ってなかったろうよ。どっかで研究職にでもついて部屋にこもって、たいして人と関わらなくても生きていければ良かったんだ。それこそ老師の子だし、権力でも金でも好きにできた。それがこんなとこで人と関わってんだから、一種の気の迷いかなんか知らないけど、ルゥはルゥなりに人と関わって思いやってんだから、立場だなんだで否定してんじゃないよ」
「……母さんが言うんだ?」
「私の友達になってくれるようなシノグの息子だからね」
「いや、なんかもう、……ニシキもルゥには悪意はないから諦めて欲しいところだけど、悪意がないからいいってもんでもないって言うのルゥも分かるべきだと思うよ」
胸ぐらを掴まれている分には接触もほぼないので、放っていたが二人が会話している間に緩んだ手を払えばまた触れるのかと、嫌に思えてどうにもしあぐねていた。
「ルゥ?聞いてる?というかニシキもいい加減に離しなよ」
「あぁ、ん、ごめん」
少しばかりしゅんとした様子で離されるので襟回りを直す。
「別にその子は老師の息子だからって傲慢で、そのままで許されようってんじゃないんだ。そうだからそうなんだよ」
「どっちにしろムカつくんだけど」
ニシキ少年がいじけたように言えば、ヨウキ天文台長は首を竦める。
「だったら関わるんじゃないよ。ルゥは気にしやしないし、友達の友達だなんて馬鹿は言わんでいいし、職場の同僚でもないんだから」
「だってシイナが……」
「シイナって?」
「……」
ニシキ少年が答えようとしないので、ハク少年が息をついて口を開く。
「ニシキが気に入っているニシキのクラスメイトで、ルリチシャの同室でルリチシャに懐いているんだけど」
「わぉ、そんな希少な子がいるのかい」
「ルゥも気に入ってるんじゃない?抱きつかれても払わないし」
「わぁ」
「ほら、大事にしようと思えば大事に出来るんだよ」
「そういえばシイナ君、老師の息子だって知らなかったみたいだったけど、どういう付き合いだったんだ?」
ハク少年に首を傾げられて自分も首を傾げる。
「どう、と言われましても。自分も知っておられるものと思っていましたので、なんとも言い難いです」
「ん?大将の養子で人と関わり下手だからって頼まれたんでしょ」
「ルゥ君に頼むかい」
「それは私の方からも言いました」
「じゃぁなんで?」
「上司からの指示です」
「上司?」
「艦長、でしょうか」
「いや、聞かれてもっていうか、船なの?」
「配属早々調子が悪そうだからと休みついでに言い渡されました」
「あぁ……なんか言ってたね。ごめん」
「いいえ?」
なにであろうか、フゲン少年が調子悪そうに言うのは。
「病気かい?」
「いいえ、人が沢山死にました」
「ざっくっと来たね。ってサンデリーとアンセプスのことかい?」
「はい、アンセプスが研修先でした」
「え?」
「マジで?」
「フゲンは聞いてたんじゃないのかい」
「え、あ、場所までは。人が死んだからって」
たしかに場所を言った覚えはない。
「怪我しているようには見えないけど」
「えぇ、半地下にいたので砲撃で崩れませんでした」
「……、初撃はそうだったとして、……後も大変だったろ」
「そうですね。第二波の暴風も建物を崩しました」
「そこじゃないんだけど……、まぁいいや。研修生がどうも出来ないわな」
「えぇ、どうにも出来ませんでした。その場に残っても役に立たないと判断されたようで、家に帰されました。そこから次の赴任先、……で、言い渡されたのが先程の通りです」
「あぁ、そう」
なにも言うこともないと、そんな様子のハク少年を見返しつつ、考える。あの霊力流のブレはなにであったろうか。シーナ補佐官に相談したい気がする。
「すみません、帰ります」
「え?」
「なんだ、星を見ていかないのかい」
「十分見ました」
記録霊玉から、映し出された映像世界。記録図形。
「失礼します」
そんなわけで、帰る。楔を見て行きたい気もしたが、見惚れて動けなくなりそうなので、ケーブルカーに乗って帰った。
「霊力流に変異、ですか?」
「フゲンさん達は知らなかったようですので、動機とは関係ないものかと思います」
「うん。でも気になりはするかな。その美しい術式の楔も」
「抜いて、持って帰って来た方が良かったですか?」
「うん、己の欲望のまま動かないで偉かったね」
何か、とても内包した笑みで頭を撫でられた。
「美しい術式に、霊流変動、でも異常なし……。それで、ルリ君は環境課だと思うんだ」
「……以前カツラ九席の術式を美しいと思いました」
「会ったことないけど、特殊な術式?印?あるの?」
「いいえ、大元、基礎が違います。違いますが、正しい姿勢というのでしょうか。求めている形は同じかと思います」
「……癖が同じ?」
「癖をなくそうとしている癖が同じです。けれど違う人だとは思いますが、……正しい姿勢であろうとする、式の整理整頓することを求めているようで、緩やかさがあるのです。綺麗さだけでない、美しさが」
それは。
「私は、作り得ません」
あの柔らかな美しさ。
「私は、あの自然な流れを内包する生かし方がある術式が分かりません。見えるのに作れない。自然なままのあれは美しい。私は綺麗に整頓された術式が好きです。そのように作ります……、ただカツラ九席や楔の美しい術式を見ると思うのです。……、規律や規則に生きるのが人の正しさであり美しさ、そうではなく自然のままに近付くことの方が正しくあれるのではと」
「……」
「正しくという方が間違いでしょうか」
なにかとても不安に思う。間違えているのではと。そもそも、人間でなしみたいなことを言われているのであるし。
「ルリ君はいい子だねぇ」
穏やかな調子で言って、ぎゅっと抱きしめられる。人の感覚のない人。
「変わった人ですね」
「ルリ君よりはマシだと思うけど」
少しいじけたように言って、身を離す。
「まぁ、でも、多少問題はあるんだけど」
「はい」
「君が規律正しく生きたいのに見逃してしまう楔は一つ間違えば違法です。勝手に人の敷地に術具を置いてはいけません」
「あぁ」
「いくら絵が上手かろうと落書きは落書きだからね」
「では、ニシキさんが正しかったと言うことですか」
「例外が一つ。その楔に術をかけた理由が潜入活動中であることと関わりがあった場合。一種の、例外として、……です」
「それは、問い合わせたら分かるものですか」
「さぁ、一応聞いてみるけど。そもそも霊力流に影響を及ぼすモノに、それを帳消しにするモノとか、訳の分からないモノだよねぇ」
「砲撃前にも変化はありましたが、それとは違いそうです」
「そう。僕も記録は見るけどなんだろ。なくなったなら良いのかな。というか潜入捜査中ならそれの捜査か。んー、邪魔したくないけど。被ってないよね……?」
「分かりかねます。が……」
なにと言うのだろうか。
「信じてくださるのですね」
「……ん?」
よく分からないという様子できょとんとされた。それだけだった。