卒業 研修地にて
前話若干書き足しましたが、読まなくとも支障はないです。
ただ授業を受け、実習をこなす日々。なにの変哲も無い。こういうのを。
「今は平穏無事に過ごせているのでしょうか」
「まぁ、うん。そうじゃない?」
「なら、良かったです」
「ん。……って、あぁ僕に言った?」
他に誰がいようか。反応を示してもいた。
「あぁ、うん。いや、あのさ。僕の望みが叶って良かったねって、言ってんのねって」
「……まぁ、はい。そうでしょうか」
「あぁ、そこ疑問系なんだ」
ゆるく笑んだロア少年の目を見返していた。
それからも平穏無事、穏やかな日々は過ぎていった。
卒業式。卒業してそれぞれ署に、所属するため部屋の片付けに入る。
「段ボールいるか」
「結局テーブル代わりのやつ」
「はい、いただきます」
「まぁ、元々、ルシャのだけどな」
「どうも、ありがとうございます」
受け取って、組み立てて、本を詰めていく。
「本、持っていけないんだっけ」
「そう、聞きました。家に送ります」
「家に戻らないのか?」
「家に?」
「俺は地元に一度帰るけど、ロアは……、ないのか」
「ないっちゃ、ないのかなぁ。すぐに、署に行かなくていいなら適当にぶらつくけど。サンは研究所に戻んなきゃなの?」
「……」
「ルシャの無神経がうつってるぞ」
「んー、それは困った」
「ウゼェ」
「サンは口悪いねぇ」
「うるせぇ」
「でもさ、なんだっけ、一応そこに存在した限り、これからそこまで蔑ろに出来ないでしょ。署には所属したりして、それがいいか悪いかはともかくとして、一個人になるわけじゃないの?」
「個人がなかったみたいに言ってんじゃねぇよ」
「あったの?」
「……」
「まっ、頑張って署員やりなよ」
「うっせ、テメェも、なんだ。……」
「平穏、穏便、安寧」
「に、頑張れや」
「頑張ったら、なれないような」
「頑張って作れや」
「……まぁ、うん。そういや、サンは食べていければ良かったんだっけ。リアは稼げたらいいと、ルシャは?」
「……」
「術式さえあればいいと」
「ここの術式が美しいので、名残惜しくはあります」
「あぁ、うん。美しいとかいう術式あるといいね」
「はい」
「俺の忘れてくれ」
「はいはい、若気の至りっと」
「まだお若いです」
「ねぇ」
「くそっ」
「うんうん、リアも案外下手打つよね」
「黙ってろ」
「まっ、頑張って高給取りになって」
「あぁ、はいはい。くそ」
「お金を稼ぐために頑張ることは通常ではありませんか」
「ねっ、でも、目的をそれにするとどうなんだろ的じゃない?」
「リアは地元のガキ食わすんだったか」
「立派だねぇ。でも奉仕を受けて当然と思わせるとヤバイけど」
「大丈夫だろ」
「あぁ、思いやり洗脳」
「言い方」
「かからない方もいるのでしょう?」
「今の子供はそこまででもない気もするけどな」
「あぁ、もう実感ない世代か」
「……んなとこ」
「じゃぁ、やっぱり危うくない?」
「……大丈夫だろ」
「まぁ、ばら撒く訳でもないもんね。必要と思う所に突っ込むんでしょ」
「……なにに必要かもな、難しいけど」
「じゃぁ、頑張って会社設立して、優良企業目指せば?その初期資産がんば」
「ざっくりくるな」
「変な企業に入られて困ったんでしょ。ともかく、食う寝る休むところ?」
「お前、同義語連チャン癖か?」
「今更、休むと寝るが同義語か微妙だし、平穏穏便安寧が同義かも謎だけど」
「つか、食う寝るって格言か?」
「さぁ」
「ん」
「まっ、衣食住の保証って大切だね」
「おー」
なんと言えばいいのか。
「何事もないように務めます」
「うん、研修中は特にね」
「……はい」
誰も食べるに困らないように、お金を稼ぐ事に引け目が無いように、平穏無事に済むように、ただ務める。それが自分のつく職であると思うから。そう心掛ける。
着任地は多分普通といえる調和機構管轄の自由特区アンセプス区であった。農業地と商業地、工業地と言えるほどのものはないが、物流の中継地であるのでさして困っていない。運ばれてきた糸の材料で織る機織りの音が響く工場が一番大きく、騒がしい。そこも四交代制をとっており、交代の一部が一般授業に当てられ、助成金を受ける審査を難なく通る。それでいて、区に美術館や博物館を建造、駅舎なども綺麗に保たれている。そこを歩いて回る巡回と、区への人の出入りの検閲などと、立ち当番と呼ばれる決められた所に立っておく仕事が主な研修兵の仕事である。先輩兵と組んでやるそれらの仕事を間違えないようにこなしていく。
ただ自分は差し出がましいようで、言われた事だけしろと言われるか、色々見逃されている事を逐一報告書にまとめれば煙たがれる。一緒に新着した新兵見習いには士官兵だからと調子に乗り過ぎと煙たがられ、言われた事だけやれと言われて、懇切丁寧そうすると、何が出来ていない、なぜ判断出来ないと、言われていない事を言われる。ここで知るのは教員が教育者であった事と、入学した時点で教える事はほぼなかった様な言い回しの嘘である。と言って、こう機構軍の理不尽さを体現されても、困った事だろう。まぁ殴られた時点で理不尽で、最初にそれが済んでいたから教員が手をあげるまでもなかったと言われたら、返しようもない。あれをよくある事と片付けて、要求が理不尽である事に苛立ちを募らせるのが変であろうか。これが無神経と言われる所以か。そもそも向こうに深手を負わせている。自分は言葉でそれが出来得ないような……。考えだすと面倒を覚えて、なにかがプツリと切れた。あぁ、そうだ。法を守ることが正しい、規律を重んじて行動すればいい。それで文句をつけられる言われはない。それが正しく、諸悪の根元を断ち切って行くのだ。息を吐いて吸って諦めた。ここにはリア少年もロア少年もサン少年もいない誰にどう思われようがどうでもいい。自分はただそこにある規則を守ればいい。他は諸事だった。
「お前、怖い」
それが拒絶の目であろうと、慣れたものであったはずのもの。
「鬱陶しい」
あまり言われた事もないが、蔑みの目でいいとして。上官の物言いでも断ることは断り、やるべきことだけをした。そんなわけですっかり変人として扱われた。上官は自分を目立った仕事のないところにばかり回して、検閲からは外され、立ち当番も目立った動きのない所に、巡回路もそうなる。なるほど、問題のある場所は把握しているらしい、それに対しても報告書もぐりを出して、書き立てる。良し悪しでなく、決まりでどうなっているか。極力自分の判断を入れないように努めて、さっさと仕事としてやっていく。
「どういうつもりだ」
署長に呼び出されて署長室にいた。
「規則と決まりに則った申し立てです。上官は受ける義務があり、怠惰は罪と存じます」
「ふざけるなっ」
デスクが大きく叩かれるが無視をする。
「仕事です」
「貴様は仕事をなんだと思っている」
「最大限法に則り、規則のまま生き、規律を重んじる事により、法制限を他者に求める事です」
「破ったものを裁けばいい」
「裁くのは私の仕事ではありません。破られる事を憂いてもいます」
「軍のではない」
「内部に守る者がおらずに誰に乗っ取らせられましょうか」
「区民に守らせる」
「些か横暴かと思います」
「くどい」
またデスクが叩かれる。
「黙っていれば幾らでも上にいける士官兵だろうが、黙ってしたがえ」
「重きを置く所が違うのでしょう。諦めて下さい。私は他に上申書をあげます」
デスク越しに伸びてきた手に胸倉を掴まれる。
「ふざけているのか」
「署長に心得て頂けないのであれば、他に頼みます。無駄な書類の量産は資源の無駄遣いですから。それは軽視出来得ません」
「……黙って働け」
「働いております」
「言っても分からんか」
その手に引き寄せられるので、その肘を打って離させる。
「署長の言われることはわかり得ません。失礼します」
退室を宣言してそうする。さっくと出てさよならであるが、後ろから羽交い締めにしようとするので、弾いて相対する。気分が悪い。さっきの後ろを取られた感覚が背に這うように人の気配を感じさせて、吐きそうである。
「流石に良い反応であるが」
「行動原理が意味不明です」
「君もだ」
「署長のような方が」
伸びてくる腕を払う。なんでこの人は人を捕らえようとするのか。気味が悪い。
「あぁ、そうかそうか、そうだろうな。その顔で、襲われないわけもない」
「……顔?」
父のことでなく?
「可哀想にな」
可哀想?母に似ていると言われる顔が?
「署っ長ぅ」
背後の扉が開かれる。
「怪我人だよぉ?と?なにしてんの?」
白衣の女性である。
「取り込み中だ、後にしたまえ」
「……」
「医療班としては、怪我人を出されたくないんだけど」
「仕事だけしていろ、怪我人が出たなら治療を」
「うん。だからね。終わったし医療費請求を。増やさないでって」
「下がっていろ」
怪我をさせてはいけないのか。怪我をしてもいけない。
「うん。駄目ですよ。署長」
「私に言うんかね」
「この子は逃げる構えだし。怪我するとしたら貴方でしょう?」
にこにこと笑っている、女性。睨む署長。
「うん、やめなさいな」
署長の舌打ち。
「ルリチシャ兵曹出ていけ、医療費は書面で回せ」
そんなわけで部屋を出る。
「書面って苦手なんだけどなぁ」
閉じた扉を背になんとも億劫そうに。
「差し支えなければ、手伝いましょうか?」
個人的な情報で差し支えがあれば難であるけれど。
「おや、本当に?」
嬉しそうな目で言われて手首を取られて連れられる。袖越しであるし、そこまで強く握られてもいないので、構わない程度の接触。むしろ何か心地いいぐらい。そんな風に連れられて行った、医務室の裏側は凄惨と言うには妙であるけれど、事故でもあったようである。
「診療記録などは見ません」
「うん」
了承を得てともかく、整理を始める。診療記録をあまり見ないようにしながら、日時で分け、まとめていく。継続診療必要者は病院に回しているらしい。
「先生ー、さっきの診療記録事務方にって。お客さんですか」
「あぁ、ありがとう、回しておいて。いやぁ、書類作り手伝ってくれるって」
「それは何度言っても必要項目を埋めてくれない先生に、項目を埋めるように指導してくれるってことですか」
そういえば、そういう話であったか。切りのいいところで書類整理をやめる。
「なんか、瞬く間に綺麗になりましたけど」
「あぁ、これ助手」
「看護師です」
「えぇっと、君はルリチシャくんだっけ?」
「はい」
その名前を聞いて助手の人は少し戸惑いを見せたが、息を吐く。
「ともかく、書面でお願いします」
「んー、どこだい?」
書面を持って聞かれるので、埋める箇所の説明をする。
「こっちは」
「そちらは当人に状況説明を求める人が埋めるので、先生の仕事ではありません」
「んー」
「先生は見て分かるだけの事実、事象を書き。使用機械、使用薬品を書く。そうすれば送られた側が必要分を補充してくださいます」
「わぁ便利」
「先生、何度も言ってますよね。書いて貰わないと備品申請とか困るって」
「そうだっけ、よくわかんない」
先生は項目をさっさと書いていくので、記憶力が覚束ないわけではないらしい。部屋の整理に戻る。あまり見るのも想像力を煽られて気味が悪くなるので、来るのじゃなかったとも思う。人体はやはり苦手である。
「顔色悪いね。具合悪いのかい」
「人体がなぜ動くのか、考え出すと気味が悪く思います」
「うん、苦手なのに手伝ってくれるのか、いい子だね」
「いいえ」
ただなんであろうか。
「ただ礼を言うにも、規定を守らない方に言うには躊躇われるものがありました」
「礼?」
整理は済んでいる。息を吸い吐いて、気分を整える。
「助けていただき、ありがとうございました」
「……必要だったかな?」
「殴る感覚は好きではありません」
「あぁ、気味が悪いのかい」
「はい」
「ふふ、まぁ、ならウチに世話にならないように気を付けるといい」
「……はい」
そちらに興味はなかったが。世話になった相手にそう言われては仕方ないのか、頷いておくしかなかった。
「母さんの世話焼いてくれたって?」
食堂で正面に座った先輩兵士に聞かれて、疑問を抱く。
「誰の世話もしていません」
「医務室のディア先生、俺の母親」
「……そうですか。書類の整理は業務内かと思います。たいした分け方もしていません」
「うん。お前やっぱ、なんかなぁ……。面倒くさい」
「……」
言われた事はあるか、ないか。
「今日は立番な」
「はい」
それから何かと言うと先生の息子さんのレア班長が面倒をみてくれるようになった。思いやりというものか、かけられている。そういえば、忘れていた。思いやりは訳の分からない相手にかけるのだったか。仕事を守って、きちんとしていれば人の生活を守れるものと、それが仕事であると。息をつく。胸焼けがする。息苦しい。なり得ないものに焦がれて、なにになると言うのか。自分を諦めて、出来る事だけをする。見限ればいい。自分に出来る事をしていれば、出来ない事は他の人がしてくれるはず。そのはずである。
「調子悪いのか?」
レア班長に聞かれて見返す。
「法は人の生活を守るためのものですか」
「……だろうな」
「なら、いいです」
「……調子悪ければ母さんの所に行けよ」
「……はい」
確かに起きてから調子はよくない。なにか変な感じがする。
「空気が変な感じしませんか」
「空気読めないお前が言うか」
「霊気が揺れているような」
「……そういうのに詳しくない」
「私も詳しくありません」
「……誰だろ……エレムルス辺りか。聞きに行くか?」
「いいのでしょうか」
「ん?んー、まぁ大丈夫だろ」
まだ勤務時間までは時間はあるかと、エルムルスという人の所に向かう。
「エルゥ、霊力地場に揺らぎってあるかぁ」
「なんてことだい、レアが霊力に興味を持つなんて」
書類と機械に囲まれた一室で一人画面に向かっていた青年が目を輝かせてレア班長を見る。
「俺じゃなくて、ルリチシャ隊員がな」
「君、霊力流に興味があるのかい?なら観測官に転属を」
「研修士官兵だよ。章で分かれ。で」
「あぁ、うん。青空霊力値に波があるかな」
「青空って」
「土壌でない方、なんか微妙に減って」
そこにある、波の映る画面、下側は一定の波であるが、上は波立ち微妙に減っていく。
「普通変動があるならあるで青空と土壌同機するはずなんだけど」
「報告はされましたか」
「んー、この程度で報告してもわかってもらえないというか、なんの前兆か捉えがたいし。なんか推測たつかな」
「誰かが見つからないように吸収しているなどでしょうか」
「んー、というか。なんでわかったん?」
「霊力流が妙なものであると思いました」
「肌感?すごいな。やっぱウチに来たらって、新人が検閲で違法術具取引なんかの摘発したって。君?」
術式具のやり取りは、規制がある。認可されていないもの以外、所持も取り引きも違法である。
「術式は見えます」
「肉眼で?つか、術式で箱にしか見えないようにした箱に入れられてたろ、眼鏡的術式でも分からない術式だったろ」
「その箱の術式が見えました。隠す箱になにが入っているのか確認するべきでしたので、開けることになりました」
「へぇ、ヤバイな、その目。悪用しまくれるじゃん。そっちの方が儲かるだろうに」
「そうですか」
そのような目であるだろうか。瞬く。この部屋にある術式機械の術式は先進のもの。
「術式を作られる方が凄いものと思います」
「好きなんだなぁ。まぁ、これからも気をつけて見るけど」
少し目を離していたエルムルス技官の目が戻ると同じ時に、計器が警報音を部屋中に響かせる。
「な、に。嘘だろ」
青空霊力値というのが底辺になっている。なんというのか。レア班長の足を払って屈み込ませて、エルムルス技官を椅子ごと背中から庇う。それに少し遅れて地響きを立てた建物が揺れる。
「なんだ」
「嘘だろ。メガトン級の術式武器なんて構にしか」
驚くエルムルス技官から身を離して息をつく。
「はぁ、なんの」
「区に避難を支持されてはいかがでしょうか」
「はぁ?」
睨むように見られて見返す。
「署の被害は相当なものでしょうが、相手の次の動きが分からない以上優先すべきは区におられる方々の人命でしょう。術式武器の破壊力からして巡回員には手に余る相手かと思われます。特殊部隊の要請をされるべきでしょう。その際や、他、被害を広げないように、命は還りようのないものかと思います」
「……わかった。巡回員と事務員で避難誘導をさせる、俺は救助訓練要員と母さんと署の対処にあたる。お前は、エル技官と敵勢力の調査、情報統制、技官に無理はさせるな、技官は貴重だ。ともかく把握出来るだけして、回してくれ、情報は貴重だ」
「はい」
「おー」
部屋を出て行くレア班長を見送る。
「運転は?」
「出来ます」
「んじゃ、よろ」
荷物を渡されれていく。それを持って、所定の車両に乗り込み、攻撃方向へ車両で向かう。
「上から眺めたい所だけど。上部悲惨だわ」
署の建物の上部分が飛んでいて周りにも崩れた煉瓦などが散らばる。
「瓦礫が少ないのは方向だけでなく、エネルギー量の問題かなぁ。しかし、署を吹っ飛ばすのが目的で、区の人命とかいうのに興味があるか薄いけど」
「確かにそうですね」
区を壊したいのであれば最初の砲撃を街の地面近く横断させた方がたやすく、砲撃域に署の建物も含めれば、上部を狙うより被害は甚大。自分達も危なかった。
「署長狙いでしょうか。避難所地は混乱を招く判断でしたか」
「どうだろ、あんな吹っ飛ばし方する程の大物じゃないはずだけど」
区界の壁に向かっているところで、攻撃がある。
「どうやらすでに門を突破されてるなぁ」
「そのようですが」
なんというのか。
「おかしくありませんか」
「だな、あれうちの軍用車だろ」
「ここの署のものでありませんが」
「ないの?」
「全て把握しています」
「うん。逃げる?」
「あの程度の術式武器でしたら対応可能ですが、敵兵力の調査目的とすると、対応は少し悩むところです」
「うん、捕縛して、聞き出そうか。術式武器検知するには、同一種の構の武器だと難しくなる」
「はい」
そんなわけで、車を止めて降り、相手の三人の術式武器安全装置が壊さているのに、残念に思いながら、手持ちの警棒の術式改変をして相手の車を止めて、相手と打ち合うのに術式介入。壊していきつつ、相手を気絶させていくが、どうしたものであろうか。目に生気がない、というか虚ろ?気絶をさせても動くのだ。仕方なく腕を外し、足も外す、が動き出そうともがく。気味が悪い。操作系術式にはかかっていないのに。
「よく分からんが、なんか霊力流が当人の物だけじゃなさそうだぞぉ」
ゴーグルをしてこちらを見ていたエルムルス技官が言う。
「どうにか出来ませんか」
「んー、人体解析機は署だし。帰って調査せんことには」
それはまた。倒した相手を結束バンドで縛って、車の後部に放り込み運転席へ。署に戻る方向へ走らせる。ジタバタしているが暫くして動きが止まる。
「おっ霊力流の乱れがなくなった」
「それは解析機にかけても答えが出ないって事ですか」
「かもしれない度は高め」
「どうしましょうか。術式は見えませんでした」
「君に見えないとなると相当高度な見せません術式か、他の介入。しかし操られているのとやり合うとか。他の人そんな目にっていうか、……やっぱり避難誘導は間違いかも。構軍不信は元々あるのに、攻めて来ている方も構でとか、さっきのには巡回員も対応出来ない上に事務職員付きとか。ヤバめ」
「すみません」
「情報収集もままなってないし、くそ。ヤバイ、混乱してきた」
「はい」
どうするのか、どうすればいいのか、答えが出ない。
「ちゃっちゃと本拠地探して叩くべきか」
「……はい」
「……ともかく俺はこいつ等解析かけるし、ルリチシャは相手の拠点探索に出て探ってくれ。さっきの特殊部隊顔負けだしな、いけるだろ」
「わかりました」
戻った署にエルムルス技官を下ろし、積んだ人を荷台に下ろして、自分は術式を搭載していないバイクに乗り換え署を出発する。正しい行動がわからない。まるでどうしたらいいのか。教員は能力的にはすぐにでも兵士になれると言ったがどこが。人との関わりに難があるだけでこうはならないだろうに。ガンッと、横から人が飛び出して来るようにぶつかって来られて、車体ごと倒れそうになる。
「美人のにいちゃん、どうなってんだ」
区の人らしい。
「すみません、避難誘導が余計な混乱を」
「従えったって、軍人どもが殺しにきてるぞ」
「すみません、今のところここの署員に影響は」
「んな顔なんていちいち覚えているかよ」
顔、か。制服で認識されていないことが……なにであるのか。
「区には小分けの自治体長、班長などがおられましたよね。その方々に避難誘導の依頼は出来ませんか」
「そりゃ、……ともかく避難なんだな。いやそうだわな。会社の子らは会社が面倒みるか……、連絡網で連絡してみるがこの状態じゃままならないぞ。あと交易で来ているのはそこで見切れんしな」
「そうですか。火事と叫んで走れば逃げてくださいましょうか」
「いや……、ともかく、逃げるように誘導するわ」
「ありがとうございます。お気をつけて」
バイクも離してくれていたので、また走り出す。混乱が広がる。なにか。
『おいっ』
無線機からエルムルス技官の声が響く。
『地面の霊力値が急低下してる』
それはまた。辺りを見回す。
『もう一撃くるぞ』
「いえ……、自爆されるようです」
『は?』
どうして気付かなかったのか。空にぶら下がった、砲台。術式の線を地面に繋げて、ワイヤーでぶら下げて空輸する飛行機。術式の作動状況だけでなく、あの状態からの砲撃は無理だと分かる。どうして気付かなかった。後手も思いつかない。これは天災でなく人災である。軍人がすべきは避難誘導でなく、敵を叩き殲滅すること。特殊部隊云々でなく。自分が。砲台の術式解除を、ここからでは出来ず。近くの同署員を軽く転けさせるように倒してから術式武器を奪う。
「は?お前、なにお前も操られて」
術式武器の逆換算。術式武器は段階を踏んで強力な霊力値の攻撃又は防御が出来るが、暴走さえさせなければ、逆回転で最大出力にしても良い。それを最大防御に振り切れさせて、防護壁形状の調節をして、発煙弾の術式を飛翔エネルギーになるよう改ざん、それを空の砲台に向けて飛ばした。少しの間、砲台が爆発した。不細工な術式を作ってしまった。気分が悪い。たった一つの術式武器の霊力で押さえ込めないエネルギーが地面に空気を叩きつける。爆風とともに窓ガラスや瓦が飛ぶ。爆心地に近い方では壁もなにもかも壊れているだろう。
「なにしたお前」
「防御結界を」
「あぁ?なにを」
「やめろ、最初の砲撃を見ただろ。あれと同じレベルなら、ここも吹っ飛んでいておかしくない。守られたんだ」
術式武器を奪われた人が文句を言うのを一緒にいた人が止める。
「きちんと守れず、すみません」
砲台を適切に潰すには直接触れる必要があったが方法が浮かばなかった。
「あぁ、しかしどうなってんだ」
「わかりませんが、操られているのは他の署の方のようです」
「サンデリー区だろ。それよか、……避難か」
先程の爆風で被害は広がった。しかしサンデリー区?
「仲が悪いのでしょうか」
「いや操られてるんだろ」
「サンデリーの署長はレア1班長のお父さんで、ディア先生の旦那さんだし」
「家族殺しはよくある事です」
「あぁ?」
「それだからお前は」
「……流石に署員を巻き込んではお袈裟過ぎますが目的の不明瞭化を」
「ちょっと黙ろうか」
「今お前にキレてる暇ねぇんだわ」
「操り手を知りたいので、署長ならば署員の多くと無理なく接触可能かと思いました。可能性を消していいのならそれでも構わないです」
「人を操れるなんて術者だろ」
「いえ、術式は見えません。催眠術の操作でここまでのことも出来ません。霊力流を操作されているようですが、術式を介入させずにやる方法がわかりません」
「それ、使い手潰してどうにかなるのか」
「意識を奪えば、少なくとも操作不能となるように思います」
しかし、操作されている者が多すぎる。相手の意識を奪って解決ともならないだろうか。
「操られている奴は幾らでも動くが、確かに無理か」
「捕縛されたのであれば、エルムルス技官に検査出来ないか、運び
「んな暇ないだろ」
「ならどうすればいいでしょう。後手に回ってしまっています」
「……」
「操作されているものから操り手を探るのが、止める早作かい」
「わかりません」
「……しかし殺してしまったから。気絶させても止まらず殺したら流石に止まったから……、殺す気で相手をしないと対処仕切れない相手も多いい」
がらがらがらと瓦礫の中を装甲車が走る。
「おい、ルリチシャっ、と、お前らも一緒か」
助手席からレア班長が顔を覗かせる。
「すみません、敵の本陣がどこにあるかも把握出来ていません」
「あぁ、通信もさっきのなんかでイカれたらしい。どうする」
「自分の考えでは後手に」
ガンっと装甲車の助手席と運転席の間に切れ目が走る。
「は?」
それの衝撃がまた上部を切り裂くように走る。
「はい?」
レア班長はそれを見て動きが止まる。術式武器の扱いは丁寧で適切とも取れる。その相手を見ればロア少年である。
「なに」
すっと最小の動作で弾かれた武器の動作で近くにいた一人の腕が飛び、もう一人の足が切られる。そしてレア班長の片目と腕が、運転していた人の腕が。後ろの座席とも取れないトラックの荷台状態のそこには怪我人と怯える人しかいないのは確認されていて、手を出す必要もないと判断されたようでロア少年と目が、合った。
「ロア?」
あきらかに、死を狙わず戦闘不能を狙うそれ。息を。息がつまる。操られている割に、他のサンデリー署員と狙いが違う。
「止める気ないんだ」
声がした。ロアの声。術式武器の術式展開を解除して通常の剣に戻される。あの状態であれば、術式を解除しようが剣としては成立する。
「僕以外の人意識もないみたいだけど、これ、体が勝手に動くんだよね」
「……」
「操っているの術式じゃないんだね。これ、ホント胸糞悪いや。勝手に行動を決められて、自由を奪って選択を迫る。ホントこういうの大嫌い」
泣きそうな目で笑みを浮かべるロアを見返す。
「ロア」
「ホント、君は変わらないね。そういうの、鬱陶しいし、ムカつくし、ホント不自由なく育ったんだって、クソみたいに思うけど、ただネジがぶっ飛んでるだけだし」
ロアは自嘲するように笑う。
「君のその純粋さは、順当さは大っ嫌いで」
ロアの足が踏み出しを切る。ただその様を眺める。どんと当たるようで当たらなかった。
「うん、君の予想は正解だった」
血が落ちてくる。自分の胸辺りを狙った刃がロアから血を流させる。正確に狙われたのはカツラ九席から貰ったシガーケース。返しの術がかけられているという予想は立てた。返しの術はあらゆる攻撃を攻撃した側に返す。それだけでないが今はそれだけ。
「ちゃんと自分の身を守れって言ったのに、守らないからだよ」
ロアの手が伸びてきて頰を撫でられる。
「馬鹿だなぁ」
笑みを浮かべたロアの身が倒れ込んでくるのを、受け止めながら膝をついて、考える。血が。どうしてこうなった?自分が身を守らなかったから、でもロアは?そう言ったロアはどうして守らなかった?自分の予想が外れると思った?そもそも言った覚えが、あるか?……あぁそういえば、幽体離脱とか、それのせいで肉体は操られても魂は操られなかった?それなのに、自身を動かして、レア班長などには致命傷を避けて、自分はシガーケースを?どんなのだそれは。なんだそれは、なんだこれは。なにが起きている?なにが。何が。
息の音がしない。自分の手が動かなくなった手に握られていた。