それからと今まで
公害問題を彷彿とさせる会話があります。敏感な方はご拝読避けて頂きますようお願い致します。
建物の把握を随分出来てきた気がするので、部屋のデスクにて紙に図面を起こして、頭の中では気付けない、不可解なものがないか付き合わせていく。術式の書き込みをしていき、教員だけが使用出来る空間が教員にあてがわれた個室以外にもある事を把握。教員部屋は生徒も用件があれば入室可能であるしとも思うが、学校に生徒が使わない空間がある意味はあるのであろうか。係の者以外用のない所はあるが、武器に保管庫などは必要な備品が収められている。しかし、そこは公にされている。武器を奪って暴動など起こす資質の者は育てないという意気込みであろうとも考えられる。それはいいとして、見えない部分にはなにがあるのだろうか。分かるようになっているあたり、そういうものに興味が引かれようと、気に留めないようにする心掛けを教えようとしているのであろうか。
「なにしてるの?」
「学校の作りを書き出しています」
「……よく分からない書き込みがあるんだけど」
ロサケア少年に聞かれて答えれば、なんとも言えない表情をされるも、疑問が来る。
「術式の配置図です」
「結界術?外に出さない為?外からの侵入を防ぐ為?」
「そうですね。あまり侵入を防ぐものでも、外出を防ぐ為のものにも思えません」
「結界術はあるんだよねぇ」
「人の出入りを制限するものではないかと思います」
「それはルシャの目があるからじゃなくて?」
「……分かりかねます」
「術式が見えるのに分からないの?」
「穴があるので、出入りを制限しているようには見えません」
「それは、つまり制限する方向性の術式は配置されているってことでしょ?」
「不十分に思われます」
「十分か不十分かの問題じゃないの。配置されているなら制限しているつもりなの」
「試験会場の術式はとても美しいものでした」
「……え?」
「カンニング対策のものも、会場全体、防御結界、建造物秩序術式、出入りの制限をする術式も全て、穴のない綺麗な配置でした。見惚れてテストを忘れそうになるものです。あれを見れたので入学出来なくとも構わないと思いましたが、学校で見れるものとも期待しておりました」
「肩透かしだったんだ」
「はい」
「まぁ、でも、あれって会場ごとに用意されたんじゃない?つまり会場供給側の都合?」
「学校が手配するものでは?」
「そりゃ手配はするだろうけど、大事なのはテスト内容が時間迄に漏れないことと、採点だから、輸送は管理しているだろうけど、世界的に同時期、色んな区でやるんだから、ある程度会場は区間格差はあると思うよ」
時差があるので、最初に入った人間は最後の会場の人間が入るまで、外に出られない。完全なる空間隔絶の為外との意思疎通は不可能。
「ルシャどこ?」
「中央区です」
「うん、機構の中心都市だね。元の会場が良いんだよ。カンニング対策は後付けだろうけど、手配出来る術師のレベルも違うんじゃない」
「確かに、術機による術式ではありませんでしたが、同じでないなら会場ごとの不平等が出ませんか」
「いやぁ、カンニングはしない前提でいいんじゃない?」
「そいつ、あのレベルの所でカンニング出来たならいいんじゃ的に言っていたぞ」
「いやいや駄目でしょ、というか決まりでしょ、規則でしょ、なにブレてんの」
「術式が」
「弱いな。そこそんなに重要?」
「……美しい術式でした」
「うん」
「お前らがカンニング疑惑吹っかけられた時に」
「そこは普通に否定して欲しい」
「カンニングをしなくとも大丈夫でしょうが、出来たら凄いと思い」
「していたら評価上がっていたの?おかしくない?法とか規則とかどうしたの」
「あまり法整備のされていない分野ですから、いかんとも言いがたいものがあるのではないかと思います」
「思わないでいい気がする」
「……」
「あのさ、なんだろ」
「法整備されていないのか」
「術式は権利関係がややこしいのです」
「それさっきのと関係ある?」
「いい術式を誰にでも広めるか、それに関わってきます」
「いいなら広めれば?」
「弟子にしか言わぬのが常でしょう。もしそれが五十年かけて考えた術式だったとします。誰がそれの価値を決めますか?」
「目的用途じゃないのか」
「えー、誰でも使えるかの便利さ?」
「もし一瞬で思いついたとしてもその人の才能でしょう。こいうものに価値を決めるのは難しいものです」
「本には著作権とかあるよね。その手の感じにはいけないの?だって古本で安くなろうが、高くなろうが時代でしょ?」
「古いものの変化形が多いので、その辺り、始祖が分からないのです」
「それは百年ぐらいで区切れば流石に分かるんじゃない?」
「いいえ、その関係で秘匿主義が主流ですので、分かりません。弟子や子孫は自分の師や祖先がと言うかもしれませんが、はっきりする事はないでしょう」
「分からないの?見えるんでしょ」
「ある程度の区分は可能ですが、それも分からぬ様に見せる事も出来ます」
「見える人の為に?」
「見られても真似出来ない様に、見えなくする事は可能でしょう」
「本人にしか分からない?」
「暴ける人は暴けるやもしれませんが、会場のものは例え全てが見えても真似するのも難しいかと思われます」
「どういう加減、それ」
「えもいわれぬ加減です」
「……」
「初めて家を出たのですが」
「待って、初めて?」
「あぁすみません、誘拐された事が」
「それはカウントしなくていい」
「……そういえば、お隣の方と縁のあった時は、行っていたかもしれません」
「そう、なんか……、それって親の知り合い?ルシャと同じくらいの子と友達だったって話?」
「親も知り合いの年の近い、友人だったのでしょう。親御さんの仕事の都合で械の国に帰られるまでは付き合いがありました」
「手紙は」
「しませんでした」
「……目の事は?」
「目?」
「械の国の要人って大体技術者でしょ。それって、興味持たれたなかった?」
「あぁ、隠した方がとは言われたかもしれません。あと親御さんに興味を持たれていたものと思いましたが、確かその時分でしたか、そちらの家にも行くなと母にきつく言われるようになりました。それ以来、遊びに来られる事が多くなったかと思います」
「親が?というか、なんか、どうだろう。ルシャの親が過保護なのか、ルシャの目がそれだけ貴重なのか、親の仕事の加減でそんなものなのか。それを思うとなんかコレだけ知らない人の中で立派にやってるねって気になってくるあたりやばい」
「確かに試験会場の人に気分を悪くしそうになりましたが、美しい術式を見られましたので、とても晴れやかに過ごせました」
「うん、で、期待して来てがっかりだったのに大丈夫だった」
「はい。同室の方々が人の良い方々でしたので、だいぶ楽になりました」
「わぁ、良かったねぇ。勉強頑張って同室保とうねぇ」
「成る程、成績順で最初から馴れ合えば向上心に繋がるという事ですね」
「うん。どうしよ。流したらツッコミどころ見失った」
「?」
なにかとても不安げな表情をされたので、首を傾げる。
「わぁ、ねぇ頭撫でていい?」
「……すみません、了解を取らずに私は撫でてしまい、泣かせ」
「うん、忘れてくれていいから。あれかな。多分新しい環境にちょっと不安だったんだよ、ルシャの所為じゃないから」
伸びてきた細身の手に優しく、毛並みに沿って撫でられる。
「すっごいサラサラそれでいてしっとり艶々」
「俺もいいか」
「構いません」
視界で黒い繊維が揺れる。サンザシ少年の細くて長く白い指が髪に触れる。今の体温はしれないが、冷気もなにもないので平静なのだろう。ぼうっと見ていれば、扉が開いて、こちらを見たラリア少年が瞬く。
「なにしてんだ」
「やったツッコミ役が来た」
「いやいや、人をなんだと」
その疲れた様子のまま、ラリア少年は自分のデスクに物を置きに行き、自分の椅子を連れて来る。そのうちに二人は髪から手を離していた。
「リアはなんかないのぉ?」
「なんかってザックリとした求め方だな」
「んー、なんかルシャが建物の図面描いてて」
「図面?」
疑問符を付けたラリア少年が、距離をとっていた椅子を寄せて来てデスクの上の図面を見る。
「綺麗に描くもんだなぁ……、この疑問符なんだ?」
「建造物上存在しうるのに、認知出来ない空間です」
「……認知しているんじゃねぇの?」
「あぁ、すみません。生徒には視認出来ない空間です」
「生徒見張る場所って事?」
「さぁ、見張りが出来るものかどうかはあちら側から見れば分かりますが、こちらの術から可視するのは少し他の術が分厚く、立ち止まって確認をすれば分かるかも知れません」
「うん、やめとこっか。というか歩きまわるだけで、この図面」
「喫煙所もじゃないか」
「え?」
「えー?学校って禁煙でしょ」
「吸っている先生の目星はつけてたんだけどな。どこで吸ってんだかと思ってた」
「うっわ、目端聞くよね。煙草臭い人なんていないじゃん」
「……」
「臭いの取れる術式を通る様にしておられるのかもしれません」
「それどこか分かる?」
「それぞれ立ち止まり、確認していけば分かるものかと思います」
「よし、弱みを握ろう」
「やめたれ」
「リアはなんで探知してるの?」
「……癖だよ」
「弱み握って?」
「いや、人の顔色伺うのが」
ラリア少年は後ろ首を撫でて、息を吐く。
「相手の癖を把握しておけばある程度、対応出来るからな」
「そういうのルシャに教えてあげなよ」
「無理だろ」
「格闘術は時間をかけて覚えました」
人との組手は物凄く不愉快でやめたいと訴えたが辞めさせてもらえなかった。
「……覚える気あるのか?」
「どういう話でしたでしょうか」
「……、や、自分で考えてだな」
「……」
自分で考える。自分で考える?
「術式以外をですか」
「そこを変えようか」
「……」
「いや、流石にもっと色々考えているでしょ」
「考える事は考えています」
考えている、とは思う。
「そういえば術式はレシピに近いものとおも」
「あー、門外不出とか、伝来のとか、確かに著作もないし」
「真似を出来るかどうかは腕次第でありながら、企画もの、缶詰など同じを機械的に制作可能であり、古くから伝わる製法のものを新しいものにも使用可能で」
「違うの、乗っかっておいて、結局術式じゃんかって、ツッコマないとダメな所なの」
「ロアその辺諦めろよ」
「……そのリアの出来た人っぽい所嫌い。ルシャの方が可愛げある」
ぎゅっと頭を抱かれる様にされるのに、緊張する。体が。
「可愛げなんぞ自分に求めてねぇ」
ラリア少年はロサケア少年の頭を手刀で軽く叩いて、手をロサケア少年の頬にやり、ロサケア少年は自分から剥がされる。
「で、これ使って探検でもするのか」
「いきなり子供ブルね」
「うるさい、黙れ。抜け出すのに使うのか」
「許可のない外出は」
「そういや、学校禁煙なのに吸っているわけだ」
「……確かに、事実だとすると問題ありですね」
「じゃぁ、懲らしめてあげようか」
ロサケア少年はニコリと笑う。
「しかし事実確認が取れて」
「ルシャはリアと教師のどっちを信じるの」
「……リアでしょうか」
「というわけで、この謎部分を探索しよう、入れる?ルシャなら入れるよね」
「……出来なくもないとは思います」
「おい、そういうのは危険だぞ。お前平穏、穏便安寧だろ」
「それを教師が脅かすのが悪い」
「煙草吸っているのとは」
「被ってもいるでしょ」
「そこって煙探知機ないのか」
「久々に声聞いた。懐かしい」
「うっさい、お前らがバカスカ話から、どこで口挟めばいいか分からのだ」
「煙探知の術式具は置く場所に合わせて感知濃度が変えられるものが主流であり、煙排出機能も付いているものが多いいです」
「煙はどこ行くんだ?」
「指定箇所でしょうか。多くが上空指定にしますが、ガス発生の恐れのある薬品などを置く場所などでは、外の空気より重く分散され難いものや、少しでも致死量のものもありますから気をつけるものと思います」
「煙草の煙ってのは?」
「上空分散で対処可能と思います」
「んー。ならそれ切って、探知する濃度下げて警報鳴る様にって、外から出来る?」
「可能ではあるかと思います」
「じゃ、それしよ」
「上官に報告をすれば良いのではないですか」
「うん、君みたいにリアだからって信じてくれるならそうするけどね」
「みじかな人間の方を信じるのが人間であるという」
「うん。僕ルシャの事信じている面と信じていない面とあるよ」
「そうですか」
「うん、でさ、さっくとやる所見てみたい」
「いいですけれど、楽しいものでしょうか」
どこか楽しげである。
「うん。煙が壁超えても払えない様にしようか」
「……はい」
どこまで操作して見つからないものか少し興味も持ってしまっていて、頷いてしまっていた。
警報機が学校中に鳴り響いた。
「術式操作が上手くいったみたいだねぇ」
「……」
「これで吸えなくなるのか」
「さぁ、学校長とかが認めていたなら無理じゃないか」
「そう?これだけの騒ぎにしておいて?管理責任問われない?」
「その場合術式管理の問題になるのでしょうか」
「どうだか。上が黙認していたなら」
避難指示に従い避難先に向かっていた所であった。部屋にいたので、四人一組での行動中、教師に通せんぼをされた。
「お前らか」
「私が」
「術式はそうだとして、そそのかされたのだろうが」
らではない様な気がして口を開けば遮られ、相手の言葉にロサケア少年は不満気に口を開く。
「決まり破っていたのはそっちじゃないですか」
「なら立証しろ。決まりを破り返してどうする」
「校則にも法律上も術式への介入禁止の項目はありません」
「……警報機を使うのは無闇矢鱈と混乱を招き、大した事のない事でも反応するなどと認識されては、その者の安全にさし障る」
「失礼しました。申し訳ありません」
謝ればなんとも言えない表情で見られる。
「あの、無用の認識をされない為にも同一避難をしてもよろしいでしょうか」
ラリア少年が言えば、またなんとも言えない表情である。そして息を抜く。
「分かった。避難してなさい。処分については追って沙汰する」
「はい」
とりあえずの避難に向かうので教師を置いていけば、背後から深いため息が聞こえた。
そんなわけで、四人呼び出された一室。ラリア少年、ロサケア少年、自分、サンザシ少年の順に横並びで座り、向かいに横長のテーブル越しに教師陣、三人である。こちらを制圧するには、微妙に足りないので、談話であろう。
「反省文書きますから、こういうのやめませんか?」
「その態度に反省が微塵も感じられない」
ロサケア少年の提案は一蹴される。
「それで、術式を改竄する技術は他には伝えていないな」
「はい」
聞かれるので頷く。
「君らは知らないと」
「はい」
「術式武器の止め」
「サンいらない事言わない」
ついでに報告しようとしたサンザシ少年をロサケア少年はたしなめる。
「後で文句言われる」
「そういう時は、聞かれなかったからっていう魔法の言葉があるんだよ。改竄ではないでしょ」
「……そうなのか?」
「えぇ、不可をかけているだけですので、術式自体には変化をきたしません」
「そうか、すまん」
「うんうん、本当はこういう相談は他所でしたい所だけどね」
目の前にいる教師陣の顔は曇り顔。
「うちで扱っている術式武器は高等武器だぞ。勿論建物の術式も」
「え?だって」
「?」
疑問符を飛ばしたロサケア少年に袖を掴まれ、見られて首を傾げる。
「ロア、ルシャは会場より美しくないとは言ったが、技術的レベルに関しては言ってない。それこそ聞かれなかった、だ」
ラリア少年がロサケア少年に言う。成る程。
「すみません。技術レベルを測れるほど多くを知りませんので、私が触れるのも躊躇ものを、上位術式と捉えております」
「……へぇ、そう。つまりルシャは高等術式もお茶の子さいさいで弄り倒せるわけだ」
「……」
「聞いてない。どういう事?なんで平然と出来るのそれ」
「そっちで揉めないでもらえるかな」
悩む所で、教師からの止めが入る。
「今回の事はロサケア君は規則を守っていない教師へのちょっとした意趣返しのつもりだったんだね。けれどずっと事態は深刻だ。うちは魔術式を教える学校ではない。だからと言ってそこまでゆるい術式体制を敷いているつもりもなかったんだ」
緩やかな調子で微笑みをたたえながらも、実に重苦しい雰囲気を醸し出す。ロサケア少年も自分の感知していない事で責められない事を把握してか大人しく座り整う。
「私もルリチシャ君がどうやったのか聞いた所で分からない。しかし高等術式への干渉など前代未聞であるし、勿論術式武器へのものもだ。武器への干渉は初日から聞いてはいた、いたが不可能、不具合であろうと判断。実習の時に二度目があり、ルリチシャ君の霊力値が並外れているか、他への干渉が起こりやすい波長であるのかと思った。しかし今回は明らかに意図した方向へ干渉されていた。事の重大さを認識させられたよ」
「すみません」
謝れば困った様な笑み。
「君にも自覚はなかったらしいね。ラリア君はどうかな」
「……ある程度は、……、ここでそれほど干渉をされやすい術式を使用するとも想像はつきませんでした。術式武器も壊されたと思って憤られていたものと、地元で見るよりもだいぶと、武器の作りとして精巧な作りでした」
「壊されたからと怒るものでもないけれど、そうだね。そこらで出回っているものをここで使わせてはいない。しかし知っていて当人にも黙っていたとなれば利用したいのかと。なのに、今回の事でルリチシャ君の能力が知られるのは分かっていて止めなかった。どういうつもりかな」
「どういうつもりも何もありませんけれど、隠せば言いとは言いましたが、どうしてか分からない様でしたので、好きにすればいいと」
「……」
教師はなんとも言えない視線をラリア少年に向けている。自分は横にいるので見れないけれど。一息吐き視線はラリア少年からこちらへ。
「それで、どういう術式を使っているのかな」
「?」
「……術式を使って解読をしたのだろう?」
「いいえ、見えるものを霊力を使い書き換えるだけですので、術式と呼べる程の事は何もしていません」
「……よく、分からないな」
「そんなにこいつの目は珍しいのか、ですか」
教師の反応にサンザシ少年が尋ねる。
「魔眼……、霊眼とも言うけれど、種類は様々と聞くが、術式を解読しうる魔眼か。聞いた事はないけれど、自分の能力を隠す者は多いい。それに術などで見る者もいるだろう。判別は難しいだろうね」
「言わなきゃバレないんじゃん」
ロサケア少年が不満気にもらす。
「教員は生徒に関して守秘義務があるけれど」
「内緒で煙草吸っている様な人がよく言う」
ボソッと聞こえるようにロサケア少年は言った。
「……君らは随分とお互いを信用しているようだね」
にこりと笑みを作る教師。
「そうしたくないなら、一人部屋にしてくれたらいいんじゃないですか」
「いいや、そういうものじゃないよ」
不満気なロサケア少年の声に、にこにこと笑みを返す教師。
「ともかくとして、学校側が」
バンっと扉が開く。教室以外の扉はノックをする様にとは言われるが、慣習であり規則ではない、同室者がそれを守らないので諦めてもいたけれど、突然開くと驚くもので、その扉を開いた人物にまた驚いた。美しい術式を纏ったその人。日の朝焼けのオレンジがかった白い黄色の目で、部屋を一通り見回して。その美しい術式は何であろうか。ただの結界ではない。ないのに、ただの結界にしか見えない。ただ緻密で精巧。美しく順当な古典式で。
「あぁ、お前か」
目が合って寄ってきたその人が腰を浮かしかけた自分を、その人とテーブルの間に留め置く様に腕をつく。顔が近い、目にも術があるのだろうか、覗いた先で光が揺れる。
「目に霊力値が集中しているな。他はそこそこの霊力値だというのに」
「あなたなんですか、勝手に」
「一応呼ばれて来たんだけど、緊急案件?」
その人はテーブルから手を上げて、ズボンや上に羽織る白衣のポケットを探る。サンザシ少年が少しばかり剣呑な様子でいるが、爺様方というには若いような。これだけ術が見えるのに見えないと、この見た目が、その者の姿と捉えていいのか、疑問ではあるけれど。ただの人の人にしか見えない、けれどただの術式ではない。
「あぁ、これ」
テーブル越し教師に紙を差し出す。それを受け取り書面を確認する教師。
「環境課科学室?どうして校舎の術式改善に環境課が、土木課の仕事で」
「すみません、こちらに不審な、いた」
警備兵が扉の所で、美しい術式の人を指差す。入ってこようとした。その人達を教員が制止する。
「無闇矢鱈に騒ぎ立てるでないよ。きちんと手続きを取って入っていただけなかったようですね。身分証の提示をお願いします」
警備兵を窘めながら、書面を返しつつ教師は尋ねる。
「それ、持っているんだから」
「ここは学校ですよ。決まりは決まり、身分証を」
催促されて、白衣したのシャツの胸ポケットに手をやるも、そこには首から下げた紐が、クリップのようなもので止められているだけで、紐に先ある留め具に何もついてはいない。
「あー」
また、服にポケットを探り出す。そのうち首を傾げる。それにしても美しい術式。
「忘れたみたい。また今度って事で」
「よくありません。即時退校願います」
「えーっと」
頭をかいてこちらを見る。
「君、うち来る?」
「……はい」
「ルシャっ?」
つい承諾をしていれば、後ろからロサケア少年に抱きつかれる。
「本校の生徒です。連れ出せば誘拐とみなします。さっさとお帰り下さい」
「ルシャ、何考えているの」
「美しい術式だと思いまして、つい」
「子供なの?お菓子くれるからとか、おもちゃあげるって人について行ったらどんな目にあうか分かったものじゃないんだよ」
「……分からないのであれば」
「そういう意味じゃ」
「美しければ、干渉しないのか?」
ロサケア少年を気にせず、美しい術式の人が声を掛けてくるので頷き見返す。
「干渉する余地のないものに干渉いたしません」
「それで、俺のは美しい術と?」
「はい、とても美しく見えます」
「ふーむ」
「生徒と会話しないでもらえますか?」
教師は警備兵に視線をやる、視線を受けた方は、術式の施された棒を構えるが、どうしようもないだろう。
「元々作り込まれた術式であったし、根本的に干渉させない為には校舎の改築が必要だったが、そういう事なら必要なさそうだな」
「ですから勝手に」
「霊式干渉となるとこっちの方が良いな」
その人は首もとに手をやり何か押す仕草。そこで、切り替えられたのだと思う。術式としては転換。元の状態より上質な術式の施された服に切り替わる。それに特異な仮面。その服は機構軍の形の赤い制服。襟の階級賞には、環境課の文様に九とある。環境課九席、席官は大将直属の上級将校。これに教師陣とラリア少年が腰を浮かせる。一般軍人の制服であれば騙りともとれるが、席官を騙る者は不味いない、赤、環境課ともなれば尚更。
「おっ、身分証こっちにあった。環境課九席科学室室長カツラ」
その美しい術式の人は教師陣に見せつつ仮面を軽く上げる。写真との見比べを望んでいるのだろうけれど、追って来た人達も教師陣も引け腰。
「じゃぁ、早速」
カツラ九席は仮面を下ろして壁に向き直り、手を当てる。
「術法、介入」
一言一言の言葉に術が宿る。通常定着型に言葉に宿る思考だけで介入出来る事はないが、それを意図も容易く果たす。元の建物自体の術式はそのままに表面に付け加えられ、ある種こんがらがっていた術式を整理整頓、必要のないモノを捨て、整いやすいモノを残し、整理整頓をしやすくするモノが加えられ、ただ順当に強化される。本陣でもない所から全体に介入したらしい。赤の席官は理論軸が違う。時間軸自体が狂っていると、そう言われるぐらいに、一線をかくした存在であると。
「さて、こんなもので、どうだろ?」
振り返り聞かれて頷く。
「とても、美しいと思います」
「……あんまり、そう言われる事もないから、あれだけど」
壁に向き直り、指でなぞる仕草。見ていれば隣のロサケア少年に袖を引かれれて耳に顔を寄せられる。
「なんか、凄いの?」
「えぇとても綺麗になりました。あと全体修正には、通常は核となる術式、本陣というものから修正作業をするものですが、必要ないようです」
「うん、なんか怖いね」
「怖い、ですか?」
「あぁうん、滅茶苦茶嬉しそうだし」
なにか困った様に笑まれて。首を傾げる。
「よく分かんないけど、ルシャが規格外っぽいのは分かったから、それが憧れるってどうかしているよね」
ロサケア少年の言葉に瞬く。そして壁に向かう九席を見る。
「カツラ九席少しよろしいでしょうか」
「ん?」
振り返りざま仮面があげられる。
「私の目は珍しいものですか」
「……さぁ、自分は肉眼で見られないから、これが必要だけど」
これ、というのは仮面。
「目の種によって出来る事は違うし、他は他に出来る事もあるから、あれとして。便利だなぁ、以上にその術式への興味に興味は湧く」
こちらに寄って来た九席に目を覗きこまれる。
「持ち物検査に引っ掛からないから、使い様に寄っては悪い事も出来そうな気もするけど、こんなトコに入学したなら、それもないか」
「……」
悪いこと?
「安全装置起動による、術式武器機能停止に関して、どう思われますか」
「ん?んー、術式武器使わないしなぁ」
身を引いて頭をかく様子。
「どうでもいいけど、ゴミ増えるのは困るかも」
「……」
「環境還元も一緒に考えてくれたらいいんじゃないか」
「……」
「あぁ、そうだ。これ」
九席は自分の服の内ポケットから、深い青の輝きを持つシガーケースを取り出す。
「どう見える?」
「……細工の綺麗なシガーケースに見えますが……」
微妙な霊気は感じられるが、際立つのは細工の精巧さ。張られた銀線の溝を埋める様に青のガラスの輝き。七宝であろう、色味は縦方向うちに向かって薄く、外に向かって濃くなる。
「そうか」
それは少し残念そうに響く。
「これ、やる」
差し出されたそれ。つい受け取るそれ。
「中身は、術式を視認させる煙の出る線香が入っている。粉にすれば掛けた所のが浮き上がる。必要ないだろうけど、誤魔化したい時に使うと良い」
中を確認すれば、綺麗に詰められた線香。
「ケースの扱いには注意する様に。下手に扱うと怪我をするから」
「……?」
それはよくある注意書きのそれでないような言い方で。
「乱暴にしないであげて」
「はい、分かりました」
「解けたら連絡頂戴」
紙を一枚、ケースの線香の上に置かれる。
「紙飛行機作って飛ばしてくれればうちに届くから、宜しく」
「はい」
不思議な事を言われているのに頷く。紙に特別な術式が施されている様には見えないのに、それが折り込まれた時に成立するのかと思えば、心臓が高鳴る。体の熱が上がって高揚する。
「んじゃ、あとは、君らで上に報告しといて」
ふらふらと、手を振りながら窓の方に向かい、出て行った。それをぼうっと見送っていれば教師の方から溜息。
「……あぁいう大人にはならないように」
物凄く疲れた様子で。
「今日はもういい、部屋に戻りなさい。これからはもう少し他者を頼る事を覚えなさい。なんでも出来る個人は、……孤独だ」
立ち上がって、教師陣の方が警備兵と先に部屋を出て行った。
「四人でも孤独なのか」
「今回の共同正犯だっけ?は認めるけど、共同体ではないでしょ」
サンザシ少年の疑問にロサケア少年は疲れた様に答える。
「共同体は孤独でしょう」
共同体自体は一個体と数えて構わないだろうし、他とは孤立しているなら孤独だろう。
「ルシャは、ならない方がいい大人に真っしぐらだね」
ロサケア少年は笑んで言った。悪戯っぽく。
「窓から出入りする事はありませんし、身分証不提示などの規律違反もする気はありません」
「でも、注意しない程、見惚れていただろう。相手が何者であろうと、お前なら注意しそうなものを」
ラリア少年が疲れた様に言いながら、立ち上がる。
「戻ろうか」
「ラリア殿は」
名前を呼んで睨まれて、少し驚く。ラリア少年は気を切り替える様に、息を吐いた。
「リアで良いから、言いぱぐれていたけど」
「……リア殿」
「だから敬称もいらないから」
その苛立たしげな様子が。
「リア、は」
なんと言いたかっただろうか。
「なに?」
「……環境課と何かありましたか」
確かにあの時、腰を上げ、息を飲んだ。サンザシ少年なら白衣に良い印象がないと考えてもしまえるけれど。ラリア少年はこちらを見て、息を吐く。
「思いやりがどうとか言っていたけどな、俺にとっては呪いの様なものだ」
「……」
「俺が小さい頃、街に病気が蔓延した。元々、下街じゃ疫病が酷かったし、大して目立った事でもなかったけど、なんか違って、みんな多分なんとなく分かっていた。下街に出来た工場の所為だろうって。排水だか排煙だか。でも未就業者の救済って言って、下街の学のない人間を雇って、結構マシな生活を出来るようになってたんだ。雇われた奴だけじゃなく、雇われた奴が使う使い道も出来て、だからみんな目を背けていた、流産が増えようが、おかしな病気が蔓延しようが、黙認してたんだ」
そこで言い立てぬなら認める事と言ったのは自分であったろうか。
「そこに、一等男前な奴が来て、言ったんだと、親切は人に為ならず、苦しい時程誰かに優しくすれば、気も休まる。それでソイツは自分の病気の苛立ちをぶつけがちだった病気の妹に優しくした。怒っても仕方ない相手だと分かっていた、でも憤りをぶつける場が欲しくて自分より弱い相手にぶつけてしまっていた。それをやめて、ただ頭を撫でて、久々に妹が笑うのを見て、それで自分の気が休まるのを感じたらしい。そこまでなら良かったのかも知れねぇ。ただ、病気が治り出した。人に優しくすればする程な。で、その工場の事を査察に来ていたのが赤の二席だったそうだ。そいつは工場汚染の出ていなかった上街の、分かっていて見逃した連中の家族を病気にして、知っているだけの真相を語った奴の家族だけ助けて去っていった」
「うわぁ、えげつない」
「だな。きっとやりようは幾らでも。多分物証も掴んでいたろうに……暫くしたら認めなかった奴の家族の病気は治って本人が病気になったんだが……。どっちにしろ、それだけ好きに出来るんだと。術にしても異常だそうだが」
こちらを見られるので頷く。
「工業系の中毒でしたら体内浄化に時間を要しますし、病気の症状が出たものは、後遺症が残るものも、不死の病いと化している事も多いいかと思います」
ラリア少年は少し困った様に笑んだ。
「それが人に親切にしただけで治るってんだ、縋るだろ。だけど、思うんだ。俺が人に親切にするのは病気が怖いからじゃないかって。自分の為でしかない。それも曖昧な格言出なくて物理的に立証されちまっているソレに」
力ない笑み。神にでも祈りを捧げる様なそれ。
「空気中や土壌、水中汚染は綺麗にしていってくれたらしい。それも後で検査に来た奴らからしたら異常なんだと。神にでも焦がれる様な目で言っていた」
「赤の席官の常軌を逸した行動も能力もある種有名だけど、具体例は初めて聞いたかも」
「そうなのか?」
「そうだよ。まぁ身内って言っても席官以外の身内にも容赦ないっていうのでも有名だけど」
「なんだそれ」
「課に属している部下は上官が処分していいんだけど。クビっていうのがマジで」
ロサケア少年はサンザシ少年に説明しながら、自分の首の所で指で横に一線を切る。
「ずっぱとな」
「切るのか」
「まぁ切る以外の殺し方もあるだろうけど」
「そこ、大事か」
ロサケア少年の言いようにラリア少年が呆れた様に笑いながら言う。どうしてそうも寂しそうなのか。
「ラ、……リアは人が良い、私はそう判断しました。リアがどう自分を判断しようとそう思います。それと、妹に慈しみを向けたその人も、ただ少しそれを言われたぐらいでそうするのです、苛立つ事に疲れていたのかもしれませんが、良い人と判断していいものと思います」
言えばちょっと驚いた様に見られ、そして笑ったリア少年が近付いて、コトンとリア少年の額を自分の肩に置かれた。熱が。額は硬く骨の軋みも、脈も肉感もあまりなくてまだ良いけれど。
「そうか、よかった」
震える声だったまた泣かせてしまったかと思ったけれど、額を上げたリア少年は泣きそうな目で笑っていた。あぁ、リア少年は本当に優しくて強いものだ。人に甘えられない強さと孤独がそこに見えてしまった気がした。
環境課は違う事の為に作ったのに、と思うのですが、何故だか書いてしまった会話です。
カツラ九席は、ピクシブにてR18G指定で掲載中の地獄の作り方シリーズの、最後の方に登場する楿と同一人物ですが、読まないで頂いて大丈夫かと思います。名前が決まっているのがそんな理由なです。
ご拝読ありがとうございました。