それから
翌日に、熱が出た。
「大丈夫か?」
ベッドを覗きにきたサンザシ少年の目を見る。
「……治癒をすると、サンザシ殿の能力発覚に繋がるでしょう。……隠す気がないなら構いませんが、面倒ごとがお嫌いでしたら、なにもされぬ方がいいでしょう」
「……なんで」
「植物の成長に影響を与えられるという事はそういう事でしょう。その上関わりたくないと仰られていたのに、来られたから」
「……」
「人というのは、すぐ堕落しうるそうで、治癒再生術をおこなえる種族、聖人か神人と言われた方々は、貢がれそういう事を……、けれど、応じられない程の怪我や病気もある、人数が増えれば限界も、……関係は破綻して今は魔の国に。いるかどうかも定かではありませんでしたが……。サンザシ殿は随分とそういう種の能力をお持ちですね」
「……好きでじゃない」
「でしたら、隠しておかれてはと、思います」
目を閉じて息を吐く。それでなにであったか、目をうすら開いて視線を向ける。
「放っておいて、治る程度のものです。お気になさらずに、お過ごしください」
「……気になる、だろ」
「……お優しい」
サンザシ少年の前髪をさらさらと撫でる。面白い人だ。関わりたくないと言っていたのに。難しそうな表情を歪ませたサンザシ少年は手を払って身を引き降りる様子。
「食いもん持ってくる」
サンザシ少年の言った思いやりであったかと、目を閉じて息をした。
次の日には熱も下がり、授業を受ける。ラリア少年から粗方の事は聞いていたので支障もなかったが、よく分からない訝しられるというのか。一日目から休めばそんなものであろうし、頬にも湿布をしているので、そのようなものかとも思う。ただ慣れぬ人の多さに呼吸を浅くしつつ、身が強張るのを感じる。嫌な汗をかきそうで、気分が悪い。
「大丈夫か?」
尋ねてきたのはラリア少年で、部屋ではともかく、人目があるからか関わりたくもなさそうにしていたのに、話かけてくるのは、人が良いものというのだろうか。
「ルシャ?」
「……いえ、人が多い所に慣れておりませんので……、慣れねばならないものでしょう」
部屋の大きさで思えば、教室の方が抜けていて落ち着きそうなものであるけれど、気分は良くない。人がいる場にはあまり出された事がない。社交の場というのか。年齢の問題もあるだろうけれど、家でそういう事もしなかった。
「まぁ、だろうけど。無理しなくていいぞ?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「……」
ラリア少年の顔は微妙な表情で判断のつきようもなかった。
「小綺麗な顔していると思ったら、 リボンなんて付けてんのか」
「……」
渡り廊下での同級生のからかい気味の声に、サンザシ少年は不満気で、なんというのであろうか。持たれた手をサンザシ少年は払う。それに不服そうな同級生の意味が分からないが。また伸ばされる手。
「人の物を取りたい程、リボンがお好きですか」
それに対する口出しとして、間違っている気もする。ただリボンを取られる事は自分が横殴りにされるよりも悲惨な事になるだろうと思う。顔に傷を作ると注目される様なので、両腕でクッション性を付けつつかばい軽く殴られた方向に動く。
「お綺麗な顔同士庇い合いかぁ?良い趣味してるぜ、下民を同室にするとか。下民を大人しくさせる生贄だろ。病気には気を付けろよ。貧民街でなにをしていたか分かったものでもない」
「部屋割りは入学前の試験結果であり、上位方向より」
がんと、腹を蹴られて倒される。腹筋である程度庇える所であるが、痛くない事も……。床が冷たい、冷気が。サンザシ少年を見れば血も滴る程拳を握っている。あぁ、自分では駄目なのか。人一人かばうことも出来ない。守れない、無力なままで。
「寮長か部屋長と、面白い程似たり寄ったり」
立ち上がりつつ、なんであるのか。アレが成績上位者と思うと組織の程度が心配になる。
「軍というのは己の暴力性を発散する為に所属を望む方がいらっしゃる様ですね」
「テメェ」
「また、殴られますか。我慢するより簡単ですから、相手が自分より弱いと思っていれば尚更。怖くもない相手をいたぶるのがご趣味で、その為に学校に来られたのでしたら、殴られれば」
「口で挑発して、殴ったら俺が弱いと馬鹿にする気か」
「そちらが自身の弱さをひけらかされるので、つい口にしてしまい、申し訳ありません」
「口だけの奴がっ、何様のつもりか知らねぇが、お前の親がどんだけ偉かろうが、ここでは関係ないんだぞっ」
「ならばどこの出身であるかも関係ないのではありませんか」
「は?」
「同室の者を」
「あぁ、孤児は孤児だろ。親もいない、生きる為に犯罪を犯してきた奴らだ。身売りでもしていたら稼げそうではあるが、どっちにしろ犯罪者だ。なぁんで士官学校に入れたんだか。カンニングでもしたんだろう」
カンニングは規則違反ではあるが、あの状況下で出来ると思っているなら、する気もなかったのだろう。そこはいいとも思う。
「学校側のカンニング対策に対応し得たならそれはそれで大層な実力をお持ちなのではと思いますが、必要もないものと思います。お二人は頭の悪い方ではありません」
「煩く口がよく動くものだな。ペーパーテストなんかで通すから口だけ野郎が入校しちまうんだ。テメェもハウスマスターやルームマスターをのしたっていうが、冗談だろ。お前がたいそうひょろっこいんで油断なさっておられたか、殺さない様に手を抜いて下さってたんだ。現に次の日は休んだろ。そのご慈悲も分からず己の実力知らずに奢って哀れだなぁ」
「……」
サンザシ少年の冷気が今は外気に分散されて、気に留めなければ分からないが、随分冷えが増してきている気がする。どうすれば落ち着くのだろうか。バレたくないのは当人の筈で押さえ込みはしたい筈、それが出来ていないのはこの人の所為か、それとも自分が余計な口を出したからであろうか。あれだけ忠告されていたのに、どうして口を出してしまったのであろうか。残念で箍が外れた、役に立たない、解決出来ない、なにも。なにも。
「どうした今更になって、自覚して怖くなったか」
「すみません。その口動かさないで貰えますか。そうして貰えないとそちらの手段に落ちて頼ってしまいそうです」
「はっがっ」
回し蹴りで相手の顎を外す。これで暫くは話せないだろう。外れる骨の感触が気持ち悪かった。どうしてこの手段を好むのか。骨の当る感触も、肉の潰れる感触も嫌いだ。怖気が走る。自分の顎に手をかけて戻そうとする相手の手がこちらにも向かってくるけれど、サンザシ少年に手首を引かれ、離れていく。
「行くぞ」
「……」
冷たい手である。
「あんなの相手にするだけ疲れるだけだ、ほっとけ」
「……冷気が漏れておられました。我慢はその身を危うくするやもしれません。気を付けられた方が宜しいかと思います」
「俺の為かよっ」
止まった足、振り返り睨まれる。涙の滲みそうな。
「部屋に戻りますか。ここでは泣けぬでしょう」
人通りはないが廊下である。
「馬鹿かっ。ホントに、お前。どうしようもない程、残念で」
苦しそうな声が、嗚咽になりかけ、涙が落ちる。キーンと落ちて輝く石となる。ぎゅっと握られる手首。冷たい手。
「拾いませんと」
「ホント最低だな」
「……すみません。余計な口出しをしてしまい、状況を悪化させてしまいました」
「……ふっ、はは、ホントに、どうしようもない程のお人好しだな」
「……?」
意味が分からない。サンザシ少年は手首を離して、落とした石を拾う。
「良いんじゃないか。そのままで」
「……」
「無神経で杓子定規で自分の能力に胡座かいちまってるけど、お前が同室で良かったよ」
「……理解出来ません」
多分サンザシ少年は自分の事を一つも分かっていないのだろう。
「大丈夫だ。根本的にじじぃ共と違うから、いや一緒でもなんでも。美しい術式だったか、作っても大丈夫だ。お前の作る術式はきっと美しくて優しい。大丈夫だ」
「そう、ですか」
それでも相手が望んでいるものに合わせて言葉を紡ぐ。それは自分とはかけ離れた、それが思いやりなのだろうかと、疎い頭で考えた。サンザシ少年は泣いてた割に幾分かすっきりとした表情で、自分の手に持った石に光を当てて眺める。
サンザシ少年に持たれた手首が赤く腫れる、凍傷まではいかないまでも、霜焼けにはなるだろうか。跡にも残らないだろうけれど、それが少し勿体ない様に感じた。生体記録には興味がない筈なのに不思議なものだった。
「仲のお宜しいことで」
食堂でサンザシ少年と向かい合って食べていたら、隣にロサケア少年が文句の様な調子で言いながら座った。
「なにか、用か?」
「空いているから。用がないと駄目なの?」
「……いや、食うもんは食うんだろ」
「そうだね、食堂だもんね」
黙々と食べていば、ロサケア少年が溜息を吐く。
「会話がない」
「食事中です」
「必要ねぇだろ」
「まぁ、確かに食事中に話すなってシスターもいたけど」
「シスター?」
「あぁ孤児院には宗教色の残したものもあって、構の施設でもそういうのあるから。ちょっと厳しめだったりもするけど。あぁ、お金にくどい所も」
「なんだそれ」
「稼ぎの良い賞金稼ぎ育てて、金返してもらおうって腹みたい」
「宗教って慈善事業じゃなかったのか」
「今更神様信じてうんだらくんだら説法説いている所もないんじゃない?」
「……」
「鉄の国は確か、神がいます」
「そんなはっきりといるんだ」
「霊獣と思われるのですが、千の目を持つと言われまして、神は人のする事を把握し、見通しているそうで、神宮にて神託を受け執行するそうです」
「なんか思っていた神様と違う」
「前例参照で刑を執行することも」
「うん。思っていた神様とも違うけど、霊獣もどうなの?人に影響を与えるとは言っていたけど、そういう生活支配的なの?」
「……」
生活支配とは、なにか。は置いておくべきか。
「砂の国に住む竜と呼ばれる霊獣は、人の作った物を崩す星を振らせるといわれ、花の国と泉の国の間周辺にある翠の森は迷いの森とされて、人を迷わせるそうです。あとは武の国に降る赤い雨、人、鉄などを腐食させるというそのものも、霊獣ではないかと言われるそうです」
「……普通に災害だね」
「迷いの森ってのが弱そうだな」
「災害規模で行くとねぇ、近付かなきゃいいわけだし」
「弱い強いのものでもないと思いますが、武の国も砂の国も近付かなければ良いものかと」
「そうだけど、砂の国って、危ない虫とか色々いるらしいし、その割には好き好んで住み着く人も多いいみたいだけど、国で区民受け入れるの砂の国と石の国ぐらいだし、ある種の条件なしは砂の国ぐらいだし」
「国がいいのか」
「区はまぁ無法地帯だし。国の内部事情なんて知らないし、アレだけど。武の国は周りの区を自分達が売りたい武器の実験場か実演販売場としか思ってないみたいだし、その赤い雨で農産物ほぼ壊滅状態だしねぇ」
「それにしたって、周りに迷惑かけんのは駄目だろ。つかそんな所に誰が住むんだ」
「カジノとかに資金出すらしいよ」
「……犯罪じゃ」
「碌でもない事にならない為の法律ってとこなのかなぁ、とは」
「……そうなると法を守れば、碌でもない事にはならないって事か」
「ルシャの喜びそうな結論だねぇ」
「ご馳走さまです」
食べ終わり手を合わせる。
「うん、マイペース」
「法を悪用する事も可能という話です」
「あぁ、うん」
「ご馳走さま、んでそうなんだ?」
「武の国申し立て世界法は、武の国の軍服を穢した者は極刑に処す、その方法は問われない。武の国の軍服を着た者をカジノ会場に招き入れた時点で、そこは制圧対象であり、反撃をすれば周囲も巻き込み壊滅させられます」
「立法時点で間違ってそうな話だけど」
「穢す、という言葉は明確なものでもありませんので、法に対して疑義を申し立てた時点で処罰対象になり得ます」
「碌でもないねぇ」
「立法は大事な機関です」
「そこが汚職まみれと、ご馳走さま」
「どうしたものでしょうか」
「そういえば、立法機関で悪いことじゃなく出来るのに、そこまではしないんだね」
「悪いことじゃなくなるのか?」
「なるんじゃない?」
サンザシ少年の言葉にロサケア少年がなんとも言えない笑みを浮かべる。
「以外なのは、その辺りルシャは追求しないの?」
「証拠がありません」
「なかなかになかなかだね」
「法規則に抵触しない方法を用いたかもしれませんし」
「あぁ、成る程、上に上がるの早すぎっていう、ただの偏見な訳だ」
「はい」
ロサケア少年は首を傾げる。
「子供として感じた変化はないの?」
「それ程関わりのある方ではありません」
「うん……、みたいだね」
なんとも言えない様子で頷かれた。それでいてどこか寂しげに息を吐く。
「さて、午後の授業も頑張りますか」
「……」
「おー」
そんな訳で、術式武器の練習、それの実習。対戦方式であったので、相手の術式武器の安全装置を発動させ機能停止をさせれば怒られた。理不尽ではなかろうか。武器の機能を奪うのは正しい戦法ではないのか。口にするとまた何か悪化するのかと思え、黙ってみたけれど、すこぶる腹立たしく、口を開いてしまおうかとも思う頃には、口を開けば泣き出してしまいそうで、それは違うだろうとも思う。自分の望む所でもないのに、どうしてこうも、この体は自分の言う事を聞いてくれないのだろうか。生態学でも勉強すればいいのか、けれど、想像するに気持ち悪く。
「分かったか」
「……」
「はい、先生だ。そんな簡単な事もなぜ言えない」
なぜ自分は父に間違った事はしていないかと、そんな簡単な事を問えないのであろうか。
「貴様は、軍の規律がなぜ分からん」
上の言葉に疑問も抱かず是とするのは規律ではなく、慣習であろう。息の心地が悪い。
「我らは法に則り、それを執行する為に何者にも臆せず対抗せねばならない」
父になにも言えない自分が、誰に何も言えた口ではないのか。吐きそうである。
「その為には、仲間と協力し合い、規律規則に準じ、上の者の言う事をよく聞き。おい、聞いているのか」
「……」
そう聞かれてどう応えよと言うのか。聞いてはいる、ただその言葉を逐一取り込み考えているかと問われれば否である。そもそも喋り立てている時点でその点は諦めるべきであろう、次の言葉を聞く事を思えば、頭に残らない。その点は自分も気をつけねばと反省しうる所ではある。
「この、不埒者がっ」
殴ろうと動く手に対応するのも煩わしく、殴られた拍子に頭を打ってぼうっとする。もう、泣いてもいいだろうか。なぜ泣くのかも分からないけれど。殴る方は殴られる方が対応する事が出来るか計って事を為すべきだろう。何の拍子で死にうるかも分からないのに。
「馬鹿なの?」
目を開けた所に、ロサケア少年がいて、天井からして医務室だろうとは予測がついた。
「受け身取れる癖して取らずに。教師は教師で前に授業でやったのになっとらんってぶつくさ言ってたし、自分を顧み見ずに最低なの?」
「……運んで下さったのですか、ありがとうございます」
「なんか違う」
不満気である。
「お手を煩わせて申し訳」
「うん、そうじゃない」
「……」
「なんで、受け身取らなかったの?ムカついてたならやり返したら良かったじゃん」
「……話さない方が良いのかと、自分の言葉は自分に返ってくるようですし」
「……考えなくても良いんじゃない?君はそういうの」
そのしょんぼりした感じを後半に出してくるのは何であるのだろうか。
「お前が残念とかなんとかバカスカ言うからだろ」
側にいるらしいサンザシ少年が言うので起き上がろうとすれば押し留められた。
「混とんするぐらい頭打ったんだから、安静にしてなよ」
「……、大丈夫です。大した事はありません」
そう、ちゃんと強く打たない様に倒れた筈だ。
「心配されたかっただけなのでしょう、すみません」
「……」
靴のある方を確認して、足を下ろして履こうとするが、頭を下げると頭痛がした、よくある事。口にするのも馬鹿みたいに甘えている。
「サボりたいなら、サボりたいって言えばいいんじゃない?」
「……」
顔を上げてロサケア少年を見る。
「そもそもの所がよく分からないし、あれだけど。軍人じゃなくて軍の研究者になりたいんじゃ、武器の問題点つきたくなるよね。というか戦いにルールなんてないんだし、つかれたら一発KOじゃん。対策練らないとだし、狙って怒る方がおかしいよ」
「そう思うならその場で言ってやれば良かっただろ」
「はぁ?だって、ルシャだったら言い返すと思ってたし、そんな事言ったらサンが言えば良かったじゃん」
「ルール無用の戦いなんて知るか。それにコイツがあんな奴にやられると思うか?」
「ほら、やっぱり僕の事言えないじゃん」
「違うわっ、お前らみたいにバカスカ言葉も考えも及ばないんだから、あそこで俺が出来るとしたら、リボンを取って氷漬けにするくらいだぞ」
「待ってそれ、制限効かないよね。ルシャも僕も巻き込まれるじゃん」
「おーい、お前ら外まで聞こえそうな」
シャッとカーテンを開けて入って来たラリア少年が言う。
「出た。事なかれ主義」
「お前に言われたくない。それにバレたくないのはサンとルシャだろ」
「……」
「?」
「いや、ルシャ、目の事隠しているんだよな。特殊なんだろ?狙われるだろ?」
「……そういえば、そうでした」
「自覚ないんだな」
溜息を吐かれる。
「術式に対する不用意な行動はよくないと思うぞ」
「……すみません」
「それって見えないと、突けないの?」
「……、術式武器の形態によって安全装置の場所はある程度決まってきますので、余暇分を見逃す霊力源があれば機能停止には持ち込めるものかと思います」
「よし、みんなでやれば怖くないって奴だね」
「いやいやいや、問題ありだろ」
「ここでやめたら向こうの言い分を承諾したって事になるよ」
「なにルシャみたいな事を」
「無抵抗を求めて、無抵抗と分かっている相手を殴る教師の授業なんてぶっ壊して良いんだよ」
ロサケア少年は笑顔で言った。
「いやいや、そもそも、問題は術式武器の弱点だろ。これが広まったら機構軍がヤバイ訳だ。認めると思うか?先生はルシャの技能と認める訳にはいかない、ズルした事にしないと駄目。だけど、先生はルシャの能力を疑っているだろうし、それを広める真似をしたら、機構に狙われるぞ」
「……まじ?」
「分からんけど、ともかく隠すのは優先すべきだろ」
ロサケア少年はラリア少年の言葉に面白くなさそうな顔をして溜息。
「じゃぁ、どうやって誤魔化すの」
「相手の出方を待つ」
「……バレてるとも限らないもんね」
「つまらなさそうだな」
「だって、械の国ご自慢の術式武器が意図も簡単に機能停止って、しかも従軍前の子供に。笑えるじゃん」
「だから狙われるんだろうが」
「安全装置を狙っておりますので、械の国の技術者は持ち手の安全性を重んじておられる方と言えますが、何か恨みでもおありですか?」
「国ってだけで偉そうで、ムカつくだけだけど、そういや安全装置って?」
「霊力暴走が起こりそうな場合に、爆発などの問題を起こさない様にする為の機能です」
「超大事じゃん。なんてモノ狙ってるの」
「外部霊力も受け付ける術式武器の場合、外部からの霊力に反応しますが、内部霊力機能化されたものは外からの霊力によって安全装置が反応する事はありません」
「外部からなんで求めるの?」
「浮遊霊力や地場霊力はどこにでも存在します。霊石や自身の霊力は限度もありますので、現地調達で補えるだけ補いたいものなのだと思われます」
それが行き過ぎて、石式の魔装は使用禁止になった筈である。石式魔装の場合、人体に埋め込んだ霊石と魔装の接続により動くので、人体結合された霊石の枯渇を避けるため外の霊力吸収に特化していた。それをすると、かなりの負担となり、その地はしばしばおかしくなった。しかし。
「世界的に使用するものであれば、問題点は改善すべきものかと思います」
「妙な技術的正義感が」
「知られて何が困るかよくわかりませんし」
「今言ったぞ」
「改良するべきものがそこにあるにも関わらず」
「うん、でも外部霊力頼りって、高額の高品質霊石買えない人用だったり、支給品的量産型だよね。その弱み広めて割食うの現場じゃない?」
「お前、みんなで」
「サンは黙って」
「ですが問題点が相対する側に知られた時、被害を被るという事。私が見えるものが誰にも見えぬと言う事は、ないに等しいと考えられます」
「そりゃ、そうだけど、それで、ルシャが割食う必要はないでしょ」
「わり?」
「あのね」
「いいじゃねぇか、好きにさせてやれば」
「だからサンは」
「自分が、見逃した事によって人が死んだらどう思う」
「それは元々械の国の技術者の」
「俺は自分の能力隠すのに、熱を出したコイツの怪我も治せなきゃ、冷気で動きを止める事も」
「それはやらない方が宜しいかと、凍傷になった場合細胞の回復が」
言って気持ち悪く思う。
「治しゃ良いんだろうが」
「そこまで、操作出来るのですか」
さっきリボンの抑えを外して、氷漬けにとは言っていなかっただろうか。
「そこに食いつかんで良い。ともかく助けられそうなもんを、自分の為の隠し事で見過ごしてんのは屈辱的……、というか、なんつうのか、ともかくだ」
なにか泣き出しそうであろうか。
「こいつは、大して自分に被害被るのは気にしてないだろ。避けられる癖して」
「父の事で命を狙われる事はよくある事と思いますので、今更それが増えようと気に留める事の程の事とも思えません」
「……それとこれとは」
「さっき心配かけたかっただけって、そういう意味なの?」
「……どういう」
そんな事を言ったか?それこそ心配されたいだけの。
「みんな心配しなかったの?ルシャが老師の息子で狙われるの仕方ないから。ルシャがなんだんだ強いから。心配されて来なかったから」
強くもなかったのだけれど。
「泣かなかったからでしょう。母が死んだ時も……。その前から、ずっと何かに反応して、泣いたりとか、そういう事がなく、術式以外の見える事に無関心であったので」
あの時、友人と思っていた相手も幻であったかの様に。
「母以外自分に関心を寄せる事もなかったというのに、確かに母が死んでも悲しまなかった。だからこそ余計に人との距離が出来ました」
多分でしかない。多分。
「心配だよ?いくらルシャが無神経で、無関心で、なんかアレでも」
「……」
「いちいち人の言葉なんて気に留めないでよ。気にも留めないと思って言っちゃうんだから。人に言われた事のなにが残らず、なにが残らないのかなんて人には分からないんだし。気にしないって思っちゃたんだもん。だから、馬鹿みたいに気にしないでよ。気にしないで、好きにしていいから、自分の体粗雑に扱うのだけはやめて」
「粗雑には」
「扱ってるじゃん。なんか平気で殴られるし、受け身取るにしても、ちゃんと避けられるなら避けてよ」
「殴ってすっきりされるなら、それで構わないものかと、思います」
「よくないし」
人の良いものであると。
「殴るなどの感触が好きではありません」
メイド長から教えを受けていた時も気持ち悪いからやりたくないと言ったが、やめさせて貰えなかった。
「腕を外すのに真っ当な所から行き違えさせた時、骨や筋肉の反発やなにか、壊れていく感覚が、耐えがたい程、気持ちが悪く。壊してしまうのが、虫酸が走る程気持ち悪い」
なんの虫であったか。
「虫を殺した時のバリバリともつく、あの感覚が嫌いでならない」
「……えぇと」
「嫌いなんです。殴るのが。防御行動はとれますので、気にしないで頂ければそれで」
「気になるから避けて」
「……」
人が良い。
「気になりませんので、気になさらないで下さい」
「さっき心配してほしいって言ったよね。するからやめて」
「言った覚えが」
「リアはいなかったけど、サンはいたし聞いたよね。なんとか言って」
「黙れと言ったり、口出せって言ったり」
「だって、こんな馬鹿に振り回されるの嫌なんだもん。どうしようもない奴だって思うのに。見限りたいけど、ルシャに加虐趣味はないし、真面目なんだか抜けているんだか、しっかりしてそうでしてないから、気になって気になって」
「だから、そうならそうで自分で説得しろや」
「だってなんか凄い腹立つから」
なぜ泣きそうなのか。
「家が金持ちだから、ムカつくし、自分が優遇されて育てられてきた自覚もなくて、自分勝手に振舞って平気なそれが、ムカつくのに。なんで、なんで」
「ロサケア殿、部屋を変わられたいのでしたら」
「やだよ。他の奴らなんて、人を見下して、暴力性強いし、人いたぶって喜びそうなタイプ。それかそれに媚びるか。自分より下を決めてそれを虐めたがる、そういうのばっかり、大っ嫌いっ」
「そうそう、一概に纏められるものでも」
「だろうね。ムカつく」
「一年経てば、また成績で」
「やだ、落ちない。君も落とさないでよ」
「気をつけますが」
「ともかく、怪我しないで。あとは好きにしたらいいよ。そのまんまで。ただの妬みだから。僕の言葉なんか気にしないで。そのままで、大丈夫なんだよ本当は。誰にも君を侵害する権利なんてないんだから」
「……」
分からない。なぜそう言うのか。なぜ。そうも泣きそうに話すのか分からなかった。